特効薬 頭が痛い。
これは今現在弦巻邸で行われてるハロハピ会議にて飛び出してくる、突拍子ない意見達が原因ではない気がした。
ライブを控え、毎日曲作りや演出の組み立て等に追われていて寝不足だったかな。最低限の睡眠は確保しているつもりだったけど。ノートと睨めっこしながら、眉間に皺を寄せた。
「……っていう感じはどうかしら、美咲!」
「うん……」
「? みーくんさっきから返事おかしくない? 大丈夫?」
「えっ、」
頭痛を堪えるあまり空返事になってしまっていたらしい。
取り繕おうと慌てて顔を上げると、目が合った薫さんと花音さんがぎょっと驚いたような顔をした。
「み、美咲!? 大丈夫かい!?」
「え、何が……?」
「美咲ちゃん、顔真っ青だよ……?」
血相を変えて慌てる二人の顔は蒼褪めていて、あたしなんかよりよっぽど顔色悪いんじゃないかって呑気なことを考える。
そうかなって首を傾げたら、花音さんがあたしの手を取った。その手が熱くて、花音さんの方が熱があるんじゃないかって心配になった。
「手もすごく冷たい……。寒くない?」
「……言われてみれば寒い、かも……?」
……けど、どうやらあたしの手の方が冷た過ぎるらしい。花音さんの両手に包まれた自分の手が真っ白でびっくりする。
頭痛だけに気を取られていたけれど、指摘されたことでひどく寒気がするのを自覚した。身震いすると同時に、肩に素早く灰色のブレザーが掛けられた。
三年生二人の後ろで、こころとはぐみが不安げな顔をしていることに気付く。やばい、心配を掛けさせてしまっている。
「みーくん、今日はもう帰った方がいいんじゃない……?」
「車で送っていくわ。行きましょう美咲」
二人までそんなことを言う。待ってよ、今日のハロハピ会議はステージ演出とセトリの相談じゃないか。そんな大事な話、あたし一人だけ抜けてはいられない。
「や、待ってよっ……!」
がたん。反論しようと席を立つ。だけど、それがいけなかった。
急に立ったせいでぐらりと視界が揺れた。吐き気が込み上げて、血の気が引いて、身体から力が抜けるのが分かる。
「っあ、」
あ、これやばい。
目眩がしてぐらりと身体が傾く。この後来るであろう衝撃に、固く目を瞑った。
「っ、美咲!!」
だん、と床に叩きつけられる大きな音がする。なのに痛みはない。でも、確かにあたしは倒れてしまっていた。
ぎゅっと強く抱き締められている感覚に、恐る恐る目を開ける。目の前には茶色のネクタイが見えて、どうやら床に身体を打つのを薫さんが庇ってくれたらしいと分かった。
「みーくん! 薫くん! 大丈夫!?」
はぐみの泣きそうな声が頭に響く。
薫さんが抱き起こしてくれるけれど、頭痛と吐き気が酷くて立てなくて、ぐったりともたれかかってしまう。
「私は心配ない。美咲が……、」
「美咲ちゃん大丈夫? 気持ち悪い?」
珍しく困惑する薫さんと、あたしの顔を覗き込む花音さん。大丈夫だよって口では言えてるのに、力が入らなくて立てないので説得力はきっとまるで無い。
しゃがんであたしに目線を合わせたこころが、滅多に見ない真面目な顔をしていた。
「すぐにベッドを用意させるわ。美咲、休んでいって」
さっきは車で送っていくって言ったのに、今度はベッド。珍しく命令するような口調だった。やばい、どんどん事態が大きくなっている。
これ以上心配や迷惑を掛ける訳にはいかない。この後の参加は流石に無理そうだし、大人しく家に帰ることにしよう。
「えっ、悪いよ、家帰るって……」
ぐっ、と気合を入れればなんとか薫さんから離れて自力で起きることは出来た。それでもまだ立てはしなくて、床に座り込んだままだけど。
花音さんが頰に手を添えてくる。あったかい。
「でも美咲ちゃん、本当に顔色良くないよ。ちゃんと横になって休んだ方がいいんじゃ……」
「いや、ほんとに、大丈夫なんで……」
「美咲」
後ろからきつく抱き締められる。右肩の重みが増して、吐息が当たった。薫さんが肩に頭を乗せたようだ。
「頼むから……そんなに自分の身体を粗末にしないでおくれ」
それがあまりにも悲痛な声をしていたから、どうしたらいいのか分からなくなってしまって。
戸惑って何も言えないでいたら、いつのまにか抱き上げられて、黒服の人が用意してくれたらしいベッドに寝かされていた。
すぐ目の前に、此方を見下ろす薫さんの心配そうな顔が見える。こころ達の姿は見えない。どうやら、気を遣って退室してくれたらしい。本当に情けない。
「……ただの貧血だそうだよ。薬を今用意してくれるらしいから、それを飲んで少し寝よう」
……情けないのに、繋いでくれた大きな手が温かくて。
その手をきゅっと、力無く握り返した。
「……かおるさん、傍にいて、となり、」
小さな掠れ声で絞り出せば、泣きそうな顔で微笑んだ薫さんが毛布を捲って隣に入ってきた。ぎゅ、と抱き締めてもらえばその温もりにひどく安心する。
こころの家の高価で暖かなはずの毛布の中でさえ、今のあたしには寒過ぎるから。
この寒気に免じて、今日は素直に甘えるくらい、許してくれるかな。