末っ子を可愛がって甘やかしたいの会「今日一日、美咲はあたし達の妹になればいいんだわ!」
「は?」
◆
今日はハロハピの練習日。昼食を食べてから練習の予定なので、お昼前にCiRCLEへ。車で送ってくれた親にお礼を言ってから、中へと入った。
「ごめん、お待たせ」
「美咲っ!」
到着したのはあたしが最後。こころが嬉しそうに振り返って、いつも通りあたしに飛びつこうとして……、足を止め立ち尽くす。他の三人も、あたしを見て驚いた顔をしていた。
「美咲、それ……?」
「あー……その……、」
みんなが呆然とするのも無理はない。あたしの身体は傷だらけだった。
顔には頰にガーゼが貼られ、口の端にも絆創膏。手首は捻挫。足は打撲。ともに包帯が巻かれている。
一番目立つのは、左手でついている松葉杖だろう。
「……ええと、」
四人分の視線が居た堪れなくて、そっと口を開く。
「……こ、転ん、…………轢かれた」
「「轢かれた!?」」
葛藤の末そう言えば、薫さんと花音さんが血相を変える。
「いやあの、そんな大ごとじゃないんです。轢かれたって言っても自転車だし、」
昨日の帰り、脇見運転をしていた自転車に後ろから衝突された。ただそれだけの話だ。
特に痛むのは車輪が直接当たった左足と、倒れた時に咄嗟に手をついて変に捻ってしまった右手首。あとは転倒した時に出来た擦り傷だ。見た目は派手だけど大した怪我じゃない。
それなのに病院では大袈裟に松葉杖なんか渡されてしまった。
取り敢えず今日は、仕上げて来た新曲は渡せるけど、DJとしての練習は参加出来ないことを謝った。ミッシェルが来れないことも。
「いっぱい食べればきっと早く治るよ! お昼ご飯食べに行こう! みーくん、歩くの大変じゃない? 痛くない?」
昼食に誘うはぐみが顔を覗き込む。
外のカフェテラスは近いし、それくらいだったら問題なく歩けるはずだ。
「いや、平気だよ。ありがと、はぐみ」
「でもでも! 段差とかもあるし危ないよ! いっぱい怪我してるのに、転んだらまた怪我が増えちゃうよ!」
「いや、そんな過保護にならなくても……」
「そうだ! なら、はぐみがみーくんをおんぶする!」
「は!?」
骨折してる訳ではないんだし、そんなに心配する程のものじゃない。しかもそんな、おんぶとか。子供か!?
片膝をついて此方に背中を向けるやる気満々のはぐみに、困惑して残りの三人を見る。
こころは「それなら安心ね!」と笑顔だし、薫さんははぐみの優しさに感極まっているし、花音さんに至ってはいつの間にか松葉杖を手に持っている。歩かせない気か。
「いや、ほんとにいいって! そんな世話を焼かれる程の怪我じゃないし」
「美咲は世話を焼かれるのは嫌?」
こころが首を傾げる。まんまるの金色の瞳が、真っ直ぐにあたしを映していた。
「嫌っていうか……申し訳ないっていうか……。あたしは別に、みんなの子供や妹じゃないんだし」
「それよ!」
「は?」
で、冒頭のあの台詞である。
「凄いこころん! 確かに妹なら、遠慮はいらないね!」
「美咲、今日はお姉ちゃん達にいっぱい甘えていいのよ?」
「いや、あんたら同級生でしょうが」
意味が分からず固まるあたしへ、四人の視線が集まった。きらきらとした、期待に満ちたような目。ねえ誰今妹欲しかったんだ、って言ったの。
そんな目やめてってば。そんな視線を向けられたら、もうあたしにはどうにも出来なくて。
「……わかったよ、もう……」
子供のように拗ねたみたいになってしまった口調で溜息を吐くと、諦めて大人しくはぐみの背中に身体を預けた。勢いよく立ち上がって、浮いた足が揺れる。結構怖いが、体幹がしっかりしている為か安定感はある。
「よし! 行くぞー、みーくん!」
「えっ、待っ、走らないで怖い怖い!!」
そのままダッシュ。
すれ違ったポピパのメンバーが皆驚いたような顔をしているのが、必死にしがみつく視界の端に映った。市ヶ谷さんに至ってはぎょっとしていた、の方が正しい。一番見られたくない相手だった。
◆
「美咲! ご飯はあたしが食べさせてあげるわ!」
はぐみから解放され、座らされた椅子にぐったりともたれる。
運ばれた料理を前にやる気満々で提案するこころに、またしてもあたしの表情は固まった。
「……いや、いいって、ほんと。子供じゃないんだし」
「でも、美咲は利き手を怪我しているだろう?」
薫さんからの指摘に、ぐっと口を閉じる。
確かに右の手首はまだ痛いが、食事が摂れない程ではない。けれど痛いのは事実なので、反論する術を失う。
「妹なんだから、遠慮なんかいらないわ。ほら美咲、あーん?」
オムライスを乗せたスプーンを差し出され、満面の笑み。気付けば、期待と慈愛の混ざった視線が三人分向けられていた。この全力の善意を拒否できる程、あたしは非情になれない。まさに八方塞がり、四面楚歌。
もうヤケクソだ。観念して口を開けると、嬉しそうなこころがスプーンを口の中へと入れた。
……それはいいんだけど、もうちょっと丁寧に食べさせてもらいたい。ただでさえ口の端が切れててあまり開かないのに、こころがスプーンを上手く入れてくれない。お陰で、たぶん口の周りにはケチャップやご飯粒が付いてる気がする。
「ああ、ほら美咲、こっちを向いて」
薫さんに呼ばれて顔を向けたら、紙ナフキンで口を拭われた。びっくりして後ろに下がり、椅子がひっくり返りそうになったけど、薫さんのもう一方の手が背凭れを支えた。逃げられない。
何これ、なんの辱めなの。結局スプーンを持つことは一度も許されず、こころが一口食べさせては薫さんが口の周りを拭いてくれる、の繰り返し。もういっそ早く終わってくれ。
完食するとえらいわねって頭まで撫でられて、これもう面白がってない? と顔を赤くしたまま疑いの目を四人に向けた。
「あっ、美咲ちゃん、口のところの絆創膏剥がれかけてるよ。新しいの貼ってあげるね」
食べ終わって食後のアイスコーヒー(流石にコップは左手でも持てる! と主張して)を飲んでいると、花音さんが剥がれかけの絆創膏に気付いた。
鞄から絆創膏を取り出すと、ペンを取り出して何かを書き足す。
「……あの、花音さん? 何描いてるの……?」
「ふふ、早く怪我が治るように、おまじない」
見せてくれた絆創膏には、ミッシェルのイラストが描かれていた。剥がれかけの絆創膏を丁寧にゆっくり剥がすと、新しいものを貼ってくれる。ミッシェルの絆創膏。もうかなり恥ずかしいが、あんな笑顔でおまじないと言われてしまえば無碍にも出来ないし、それにここまで来たらもう絆創膏くらいどうでもよくなってきた。
「じゃあ、食べたし練習しましょう! 美咲、どのお姉ちゃんにおんぶしてもらいたい?」
あ、まだ続くんですねこれ。
楽しげな姉四人(仮)は、まだまだあたしを甘やかすつもりでいるらしい。
……あたしとしては、お手柔らかにお願いしたいところだ。取り敢えず、おんぶはこころとはぐみじゃなければどっちでもいい。