聞いて聞いて「ミッシェル〜〜〜〜!!」
久々のミッシェルとしての練習日。休憩に入ったので控え室に一人向かおうとしたところで、後ろから抱き着かれた。犯人は、振り返らなくったって分かりきってる。
「なにかな〜? こころ?」
予想通り、振り向けば満面の笑みのこころが居た。嬉しそうな引っ付いてくる彼女は、何か用があるらしい。取り敢えず引き剥がしてから話を聞く。
「どうしたの? 何か用があるのかな?」
「ええ! あたしね、ミッシェルにとても大事な話があるの!」
話? 話ってなんだろう。他のメンバーにはそんなこと言ってなかった。ミッシェルだけにする、大事な話?
首を傾げれば手を引かれ、入ろうと思ってた控え室へそのまま誘導される。
後ろ手にドアを閉めたこころの顔を黙って見つめていれば、笑顔のままこころは本題を切り出した。
「あのね! はぐみと花音と薫にはもうお話ししたのだけど、ミッシェルにはまだ言ってなかったから、話したくて!」
「……ん? 何を?」
「あたし、美咲と付き合ってるの!」
「ングフッ」
むせた。
確かにあたしとこころは、つい先月お付き合いを始めた。
ハロハピメンバーには、付き合い始めたタイミングであたしとこころの二人で報告を済ませた。そっかー、ミッシェルの中身を知らないとこういうことになるのかー。確かにミッシェルには報告してなかったけど、中に入ってるのは一応あなたの恋人ですよー?
「……へ〜、そ、そうだったんだ〜……?」
けどそんなこと言う訳にもいかないので、一応知らなかった体を装って返事をする。
一体どうして、自分が付き合ってるという報告を自分の恋人から受けなくちゃいけないのか。なんだこの状況。
「ミッシェルだってハロハピのメンバーだもの、ちゃんと報告しなくちゃ。美咲からは何も聞いてないのかしら?」
「えーっと……、そ、そうだね……」
するか。本人だわ。
あたしの心情を余所にこころは頰を膨らませる。
「美咲ったら、きっと恥ずかしがっているのね。あの子、とっても照れ屋だもの」
「……うん、きっと」
「この間もね、花音たちに美咲が可愛いって話をしようとしたら止められたの。あたしは美咲の話を聞いてほしいのに」
眉を下げて困った顔をしているこころだけど、その時に一番困ってたのは間違いなくあたしだった。
こころは恋人としてのあたしの話をしたくて仕方ないらしく、油断してるとすぐに話そうとする。あたしとしては、そんなもん恥ずかしくてしょうがないので是非ともやめてもらいたいところだ。
「……でも、今は美咲が居ないから、たくさんお話ができるわね! 美咲には内緒よ?」
「えっ、」
あれこれ、逃げられない感じ? もう止まらない、止められないこころは一方的に話を始める。
「美咲ったらね、キスをするだけで顔をリンゴみたいに真っ赤にして、とっても可愛いの」
待って待って。仮にも恋人じゃない他人(と認識しているクマ)に、何話してんの!?
「いつまでも恥ずかしがるから、ついいじわるをしたくなってしまうの。他の人にはそんなこと思わないのに、不思議ね?」
「…………そうなんだ」
もう曖昧な相槌しかできない。勿論そんなリアクションじゃこころは止まらない。
「キスの時に舌を入れてみたの。そしたら目をぎゅって瞑って、リスさんみたいにふるふる震えてしまって。でもあたしの服をぎゅーって、握ってくれたの」
いや本当に待って、止まって。
顔を蒼褪めるあたしだけど、着ぐるみの中じゃもちろん気付いてはもらえなくて。対照的にこころはほんのり頰を染めている。完全に恋する乙女の顔だ。話してる内容全然乙女じゃないけど。
「口を離したら、目がウルウルしててすごく可愛かったのよ」
止めたい。叶うならば、今すぐミッシェルの頭を取ってやめてって叫びたい。
でもあたしのことを話すこころが本当に幸せそうな顔をしてて、それは躊躇われる。……そんなんだから、いつも優位に立たれるんだよなぁ。
こころの、惚気という名の辱しめは続く。
デートに行った時のあの服が可愛かったとか、抱き締めた時のにおいが好きとか、曲を作っている時の真剣な顔が可愛いとか。そんな話を延々と聞かされる。もう勘弁して。
「この前美咲がお泊りしてくれた時はね、寝言でこころって、あたしの名前を呼んでくれたの」
「ッ」
そうだったの!? 初耳だし、すっごい恥ずかしい。寝言でそんなこと言って、それを本人に聞かれてたとか。いや、ハロハピみんなで泊まった時じゃないだけマシか。
「嬉しくてぎゅーってしたらね、美咲がとっても嬉しそうに笑ったの。寝ている時の美咲の顔って、いつもより幼く見えてとっても可愛いのだけど、その時の顔はそれよりもっと可愛かったの!」
「あー……うん……、」
精一杯の曖昧な相槌。寝てるからって油断し過ぎあたしのバカ。
「美咲の寝顔が好きだからね、お泊まりの時はいつもより早く起きて眺めてるの。胸がポカポカして、とても幸せな気持ちになるのよ」
「そんっ…………、!」
そんなことしてたの。出かかった言葉を呑み込む。危ない危ない。
道理で毎回、泊まった日の朝はやたら機嫌がいいのだと思った。
「……うん、こころが幸せそうでよかったよ」
「ええ! とっても!」
「じゃあ……、そろそろ休憩が終わるから、ミッシェルは水を飲んでから戻るね……。こころは先に、」
「待って!」
これ以上この話を聞くのはもう限界。話を切り上げてこころを控え室から追い出そうとしたら、こころが此方を見上げた。
「……まだ、何か話?」
「一番大事なことを伝え忘れていたわ!」
一番大事なこと? まだなんか惚気足りないのか。限界を迎えているあたしは、もう投げやりになりながら首を傾げる。
「ミッシェルは、美咲と仲がいいでしょう?」
「……?」
惚気から飛躍した話題に、あたしは眉を寄せる。こころからは見えないけど。
そんなことを思いながらこころの次の言葉を待っていると。形のいい唇が弧を描いて、にやりと妖艶に笑った。
「いくらミッシェルでも、美咲はあたしのだから、あげないわよ?」
どうやらそれが、ミッシェルに一番言いたかったことらしい。間違いなくそれは“忠告”と呼ばれる類のもので。
「可愛い美咲を見れるのは、あたしだけだもの」
顔に熱が集まる。ミッシェルを着ていてよかった。
「……ぅ、あ、」
「じゃあ、先に練習に戻るわね」
あたしとは対照的に、涼しい顔をしてこころは控え室を後にした。バタン、とドアが閉まる音の中、顔を真っ赤にしたあたしだけが残される。
どうしよう。今日はもう、ミッシェルを脱いだ後平気な顔をして会える自信がない。