さて合計いくつでしょう 夏休み中真っ只中のこの日はバンド練習日であり、ハロー、ハッピーワールド! はCiRCLEにて集合していた。
前日、美咲が薫の家に泊まっていた為、そのまま二人は一緒にやって来た。ハロハピ内では二人が付き合っているのは周知の事実の為、特に他のメンバーが疑問に思うこともない。
ただ全員がCiRCLEのカウンター前に集合した時、薫がソワソワと落ち着かないことに美咲が気付く。
「薫さん? どうしたの?」
「えっ!?」
薫の視線の先は、美咲の首筋にある赤い痣のようなものだった。黒髪の間から辛うじて覗くそれは、見る人が見れば分かるであろうキスマークと呼ばれるものであった。
美咲は気付いていない。当然だ。これは、美咲が寝ている間に付けられたものだった。
「あー……いや、……なんでもないんだ」
「?」
歯切れの悪い薫に、美咲は首を傾げる。
昨夜身体を重ねた時、翌日のバンド練習を案じて跡を付けるなと言って来たのは美咲であった。薫は跡を残したい気持ちをぐっと押さえ付けて、なんとか何も残すことなく朝を迎えた。
ただ、今朝目覚めた時に。隣であどけない顔をして眠る美咲を見た時にスイッチが入ってしまった。薫は朝に弱い。寝起きで恐らく理性が働かなかったのだろう。キスマークを何箇所か残してしまった。控えめにやったつもりだったが、思いの外くっきり残ってしまっている。
それを美咲に白状しようものなら、「もう薫さんとは暫くしない! お泊りもしない!」と怒るのは目に見えている。故に何も言い出せずにいた。
幸い、見えるのは首筋だけのようだ。基本は髪で隠れている為、意識しなければバレる心配はなさそうだ。
「まあ……いいや。取り敢えず、練習始めようか。先にスタジオ行ってて。あたしミッシェル呼んでくる」
そう言って控え室に向かう美咲に、薫はほっと溜息を付いた。ミッシェルが来るのなら、美咲は今日は裏方に徹しているはず。こころ達の目の届くところには居ない筈だ。
スタジオに着くと、薫はギターを取り出した。
◆
「こころー、もう時間になるよ。今日はおしまい」
「あら、本当ね! ミッシェルがそう言うなら、今日はもう片付けましょう!」
ミッシェルの号令で、メンバーがそれぞれ片付けを始める。薫はギターを手早く片付け荷物を纏めると、まだドラムの片付けをしていた花音に声を掛けた。
「花音、美咲が何処に行っているか知らないかい?」
「え、美咲ちゃん? 控え室にいるかな……?」
「ありがとう!」
薫は礼を言うとスタジオから飛び出した。
まだミッシェルから着替えている途中かも。花音はそう思いつつ、上手い引き留め方が見つからなかった。
「美咲!」
「うわぁっ!?」
突然開かれた控え室の扉に、美咲は素っ頓狂な悲鳴をあげた。丁度ミッシェルを黒服達に引き渡し、自分は涼んでいる最中であった。
「び……っくりした。なに、薫さん。ここに来るの珍しいね」
「ああ……いや、その、」
まさか美咲がキスマークを首筋に残した状態のまま、何処か歩き回っていないかと不安だった。……とは言えまい。
まだ控え室に居たようで安心した薫だったが、それも束の間。今の美咲の姿に、薫は生唾を呑み込みそうになるのをなんとか堪えた。
汗を流す美咲は、黒のタンクトップを胸元でぱたぱたと扇ぐ。その度に、汗の玉が胸元へと吸い込まれていく。
その隙間から見える胸元に赤い跡が三つ、くっきりと咲いているのが見えた。美咲は気付いていないようだ。寧ろ何故気付かないのか。付けられているとは思っていないからか。
「美咲は……、何故そんな格好を?」
「え? あー……いや、暑くて」
まさかミッシェルに入ってましたとも言えず、適当に誤魔化し苦笑いを浮かべた。
そのまま腰掛けていたベンチから降り、床に置いてある鞄に手を掛けた。
「水どこだっけ……」
四つん這いになって鞄を漁り出す美咲のタンクトップの隙間から、脇腹が少し露わになる。そこにもキスマークを一つ発見した。
あれ、そんな所にも付けただろうか。寝起きの理性働かな過ぎて怖い。薫は一人震えた。そして視線は目のやりどころに困り彷徨っている。
薫にとってかなり刺激的な光景だった。ちらりと見えるキスマーク、流れる汗、露出の高い服。
「……美咲、良かったらこれを」
湧き上がる欲をなんとか理性でギチギチと押し留めながら、薫は自分のペットボトルの水を差し出した。片手で顔を隠して、なんとか赤くなっている顔を見られないようにする。
「あー、ありがとう薫さん!」
そんなことも知らずに、美咲は無邪気に笑うとペットボトルを受け取った。蓋を開けて口を付ければ、勢いよく飲んだせいで口の端から溢れた水が首筋を伝い、胸元を通り、タンクトップの中へと汗と共に流れていく。
「その……、美咲はこの後用事はあるのかい?」
「? いや、特にないけど」
すっかり空になったペットボトルをゴミ箱に捨てたと同時、薫は未だ四つん這いの姿勢でいる美咲に後ろからのし掛かった。
「は?えっ!?」
驚く美咲の肩口に顔を埋め、そのまま吸い付く。ぢゅ、と音の後、そこに新しく赤い跡が刻まれていた。
「ちょ、なに、薫さん!? 何してんの!?」
「いや……美咲があまりにも煽情的だったもので、つい」
「なんのこと……っ、ぅ!?」
訳が分からずいる美咲の胸元を、薫の指がなぞる。とんとん、と軽くそこを突けば、美咲の視線が後を追いかけた。そして、そこにあるものに気付く。
「……えっ!? ちょ、何これ、なんで!?いつ!?」
「今気付いたのかい? ……鈍感な子猫ちゃんだ」
次いで指は首筋と脇腹をとん、と突く。そこに何があるか、何を付けられていたか。美咲は理解してしまって、察してしまって、顔がみるみると朱に染まっていく。
「いつ他の人に見つかるか、冷や冷やして気が気ではなかったよ」
「あんたが!! 付けたんでしょうが!!」
ばたばたともがきながら叫ぶ美咲を押さえ込みながら、薫はその首筋にまた吸い付いた。
◆
「やあ。待たせたね、子猫ちゃん達」
「遅かったわね、薫、美咲! ――あら?」
「みーくん、首どうしたの?」
その数分後、薫と美咲は支度をとっくに終えて外で待っていたこころ達の元へ合流した。その美咲が、首をタオルでぐるぐると巻いていたので、こころとはぐみは首を傾げた。練習前は、そんなもの着けてはいなかった。
「あー……えっと……、あ、汗疹できちゃって。恥ずかしいから、ちょっと隠してる」
「そうだったのね! だったら薬を塗った方がいいわ! 黒服さんにお願いするから、あたしの家に———、」
「い、いい!! 大丈夫だから! すぐ治るから!!」
必死に首をぶんぶん振りながら、美咲はすたすたと歩いて行ってしまう。その背中を追いかけようとしたところを、花音に止められた。
「……薫さん。程々にしてあげてね?」
彼女にはとっくにバレていたらしい。嗜めるような視線に、薫は頷くことしか出来なかった。