料理スキルGのトレーナーのはなし「やあ、トレーナーくん! 早速だが例のものはちゃんと用意してくれたかい?」
お昼のチャイムが鳴るなり、トレーナー室のドアが勢いよく開く。遠慮の欠片なくソファに座り込んだのは、担当バのアグネスタキオンだった。
彼女は年相応のちょっぴりウキウキしたような顔で、私の顔をチラチラ見る。私は肩を竦めると、少し息を呑みながら、例のものを渡した。ピンク色の巾着袋に入った、お弁当箱。
「ああ、本当に作ってきてくれるとは! いやぁすまないね、トレーナーくん」
「本当にすまないって思ってる?」
果たして担当バにお弁当を作ってあげるという行為は、トレーナーとしての仕事に含まれるのか否か。そう疑問に思ってしまうも、悪びれもせず弁当箱を受け取った彼女の嬉しそうな顔には弱いから、私も大概だ。
巾着袋を開いたタキオンが、ウキウキと二段重ねの弁当箱の蓋を開く。一段にはふりかけご飯。もう一段にははおかず。
にんじん入りのきんぴらごぼうと、肉そぼろ入りの一口オムレツと、ケチャップの掛かった一口ハンバーグと、ミートボールとプチトマト、ブロッコリー。彩りと栄養バランスを考えたラインナップだ。
それなのにタキオンはお弁当のおかずを黙って見つめると、段々険しい表情になっていった。私の背中に汗が伝うような感覚がしたところで、彼女の視線が此方へ向く。
「トレーナーくん」
「はい」
「これ、冷食じゃないのかい?」
鋭い。そう思ったのが顔に出てしまったのだろう。タキオンが鬼の首を取ったかのように、だぼだぼの白衣の袖で私を指差した。
「一体どこに担当バの弁当に冷食を詰めるやつが居るんだ!? 手抜きにも程があるだろうこれは!」
「いや、一応作ったんだよ!? 作ったんだけどさ……」
ちらり。視線が無意識に自分の机に行ってしまったのも、鋭いタキオンには一瞬でばれてしまったようだ。色気の欠片も無い透明のタッパーに詰め込まれた、タキオンのものとは違うおかずに、彼女の目が変わる。
「あっ、ちゃんと作ってきてるじゃないか!」
「いや、アレは私の……、」
「自分だけに作ってくるなんてずるいぞトレーナーくん!」
タキオンの為に作った弁当箱は置いてけぼり。タッパーを奪い取るように手に取ったタキオンが、その蓋を開けて———怪訝な顔で首を傾げた。
「トレーナーくん」
「はい」
「これは……弁当……で合ってるのかな」
「……はい」
訝しげな顔のタキオンの指が、タッパーの中身を指す。
「……歌舞伎揚?」
「それハンバーグ……。なんか上手く空気入らなくて潰れちゃって……」
「この消し炭みたいなのはなんだい?」
「た……たまごやき……。上手く巻けないしなんかすぐ焦げちゃって……」
「こっちのスクラップされた廃車みたいなものは?」
「プチトマト……ピックで刺したら可愛いかなって思ったんだけど潰れちゃって……」
たっぷり時間を掛けて中身を見た後、タッパーの蓋が静かに閉じられた。タキオンの視線は、タッパーから此方へ向けられる。いつも以上に光を失った、憐れむような瞳。
「……ワガママ言ってごめんよ、トレーナーくん」
「やめて謝らないで。泣きそうになる」
実際目の前の愛バが歪んで見えたので、ちょっともう泣いてたのかもしれない。
「なんていうか……とんでもなく不器用なんだな、君は」
「仰る通りで……」
頭を抱えて机に突っ伏す私を見兼ねてか、タキオンが箸を取る。彼女の箸が掴んだのは卵焼き(にしたかったもの)だ。それをぱく、と口に放り込む。
びっくりする私を他所に、彼女はうげ、と顔を顰めて舌を出した。
「うわ、食べられたもんじゃないな、これは」
「えっやめなって! お腹壊すよ」
「君が作ったものだろ……」
呆れ顔のタキオンが、ペラッペラのお煎餅みたいなハンバーグを箸で掴んで此方に差し出す。大人しく口を開ければ、ハンバーグが口に放り込まれた。炭の味がする。
「うげぇ……、」
「次からはもうちょっとマシな味にしておくれよ、トレーナー君」
あれ、それってまた作れってことなのかな。絶対次じゃ改善できない気がするんだけど。
「そうと決まれば、どうすれば上手く作れるか今から検証しようじゃないか!」
「今から!? 待ってよ、午後の授業とトレーニングは!?」
そうは思っても、“次”を望んでくれるのはなんだか嬉しいような気がした。私はどうにも、このワガママな彼女のおねだりに弱いらしい。