過保護は程々にしましょう「あ、こころー」
「美咲!!」
放課後。2年B組の教室にやってきた奥沢美咲がバンドメンバーの名前を呼べば、弦巻こころは目を輝かせながら飛び付いた。
それをなんなく受け止めてから、美咲は苦笑いを浮かべる。
「美咲から迎えに来てくれるなんて嬉しいわ! 早速CiRCLEへ練習に行きましょう!」
「いやいや、違うってば。やっぱり忘れてたかー……」
溜息を吐けば、こころがきょとんと首を傾げた。その後ろで、山吹沙綾が手を振った。
「あれっ、美咲お疲れ! もしかして迎えに来てくれた?」
「いや、それもあるんだけど……。こころがきっと、忘れてるだろうなって思ったから一応伝えにきた」
「こころーーん! みーーくーーん! 練習行こ〜〜〜〜〜っっ!!」
首を傾げたままのこころ。そこに、E組の北沢はぐみが美咲の背中に飛び付く形で合流した。
前と後ろ。それぞれこころとはぐみに挟まれている状態だが、慣れているのか美咲は冷静だ。
「あのさ……この間も言ったでしょ。今日はあたし、合同バンドの打ち合わせがあるからハロハピの練習は遅れるよって」
「あら、そうだったかしら?」
「んー、そう言えば言ってたかも!」
美咲が深く溜息を吐く。そのやりとりを見ながら、沙綾は苦笑いだ。美咲は引っ付く二人を剥がしてから、沙綾へ声を掛ける。
「行こ、山吹さん。じゃあこころとはぐみはまた後でね」
手を振る美咲に、手を振り返すこころとはぐみ。一瞬、見送る二人の笑顔が寂しそうに曇ったのを、沙綾は視界に捉えた。
◆
「ではこの五人での合同バンド、必ず良いものにしましょう。よろしくお願いします。つきましては、曲の制作や練習のスケジュールを——、」
ファミレスの一角で話を進行していくのは、Roseliaの氷川紗夜だ。ハロー、ハッピーワールド! の美咲とPoppin'Partyの沙綾、それからRAISE A SUILENのレイヤとMorfonicaの八潮瑠唯。以上五名が、本日から始動する合同バンドのメンバーだった。
スケジュール帳を見ながらノートに予定を書き出していく紗夜の様子を、美咲はぽかんと眺めていた。それに気付いた沙綾が声を掛ける。
「美咲? ぼんやりしてるけど大丈夫?」
「えっ? あっ、いや、進行役が居てくれるの新鮮だなーって」
「あはは、確かにハロハピだと、いつも美咲が進行役だもんね」
「RASとの合同バンドの時も助かったよ。みんなの意見まとめてくれてさ」
二人の会話に、レイヤが割って入ってくる。フリーダムなメンバー達の意見を、最終的には美咲がまとめて落とし込んでくれたと説明した。
それを聞いて、紗夜が苦笑いを浮かべる。
「確かに、そこの合同バンドは個性的なメンバーが多いですからね……。今回はこのメンバーですし、私が一番年上なので、私がまとめ役を務めますね」
「助かります……」
美咲がほっと息を吐く。その後は曲の方向性を全員で確認し、それぞれの役割分担の話になる。
作詞・作曲の楽曲制作は美咲、補助として瑠唯が入ることになった。他は会場の確保や、各パートのスコア制作の補助になる。
「では、先程言ったスケジュールの通りに進行していくということで……。自分のバンドや部活のことなどもあると思うので、スケジュールが厳しかったら遠慮せず言ってください」
頷くメンバー達を見渡した紗夜が、美咲をじっと見つめた。
「あと少しでも体調が悪くなったら言うように。少しでも、ですよ」
「……あの、なんでそんなあたしだけ念入りに?」
じっと此方を射抜く勢いで見つめてくる紗夜に、流石に疑問に思った美咲が苦笑いで問い掛ける。そんな美咲に対して、紗夜は真剣な面持ちを崩さずにいた。
「松原さんと瀬田さんから釘を刺されているんです。奥沢さんはすぐに無理をするから気を付けて欲しい、と」
「えっ待って。あの二人そんなことしてたんですか!?」
至極真面目な顔で言い放つ紗夜に、美咲は思わず声を荒げた。
紗夜とは同じクラスの松原花音と、ギタリスト同士意気投合しているらしい瀬田薫。同じバンドの先輩二人が、まさかそんな手を回しているなんて。これは合流したら苦情を言う必要があるかもしれない。美咲は一人決意を固めた。
この日は顔合わせと今後の確認のみだったので、今回はここで解散となる。会計を済ませファミレスの外に出れば、既に空は薄暗くなっていた。
「山吹さんもこの後はポピパで練習だよね。CiRCLE?」
「ううん、うちは今日は有咲んちの蔵」
「そっか、じゃあここでお別れだね」
それを聞いていたレイヤと紗夜が、二人の間に入ってきた。
「美咲ちゃん、送っていこうか?」
「えっ、なんで!? いいですよ別に!」
「いや、バンドのみんなに愛されてるんだなぁって思ったら、やっぱり大事にしなきゃなと思って」
「それでしたら、私が送りますよ。松原さんと瀬田さんから、奥沢さんを任されているのは私なので」
「いやいや、だからって送るまでしなくて大丈夫です! 子供じゃないんだし……!」
保護者か! そんなツッコミを喉元で抑えつつ、詰めてくるレイヤと紗夜に、勢いよく首をぶんぶん振る美咲。そんなやりとりの中、突如黒塗りの長い車が現れファミレスの前で停車する。
「みーーーさきーーーー! 迎えに来たわよーーーーーーー!!!!」
「うげ」
開いた車窓から、聞き覚えのあり過ぎる声。車のドアが開いて、中からこころとはぐみが飛び出してきた。車内には薫と花音の姿も見える。全員で迎えに来てる。嘘だろ。美咲は絶句した。
「そろそろ終わる頃だと思って、みんなで迎えに来たの!」
「……うん、そうみたいだね」
引き攣った笑みを浮かべる美咲と、満面の笑顔のこころとはぐみ。それを見て、沙綾の悪ノリスイッチがオンになる。
「なんだ、残念。もう行っちゃうんだ。もう少し美咲と話したかったのにな」
「山吹さん???」
スイッチオンを察した美咲が、怪訝な顔を向ける。これ以上話をややこしくしないでくれ。そんな願いも虚しく、こころに腕を引っ張られる。
「あら、ダメよ沙綾! 美咲は貸してるだけなんだもの!」
「いや、貸してるってあたしはモノですか」
「紗夜先輩も、レイヤさんもだよ! はぐみたちのみーくんなの! るいるいにもあげないからね!」
「やめてほんとに」
恥ずかし過ぎて次から来れなくなるから。美咲は真っ赤な顔を両手で隠しながら、こころとはぐみに連行されるように引き摺られ、待機している車の中へと乗り込んでいった。
文句を言われて解せない様子の紗夜と、楽しそうな顔の沙綾と、何故かにこにこ嬉しそうな顔のレイヤ。
「……帰っていいかしら」
そして一部始終を真顔で見ていた瑠唯。彼女はそんな先輩達を遠目に見ながら、誰にも聞こえないよう一人ぽつりと呟いた。