穏やかな日常の光 それは穏やかな日差しが心地よく眠気を誘う小春日和の午後だった。珍しいこともあるものだ、この人もやっぱり人間なんだなぁなどと思いながら富永は気配を押さえ、椅子に座ったままうたた寝をするKに近づいた。
昼の休診があけるまでまだしばらく猶予はある。起こすつもりは無いが、珍しさから立ち去れずについ近づいてしまった。綺麗な人だ。整った顔立ちは眠っていても当然損なわれること無く、むしろあどけなささえ感じられた。こんな風にまじまじとKの顔を観察したのは初めてかもしれない。 カーテン越しの柔らかな日差しでも影が出来るほど長い睫毛が不意に富永の胸をときめかせた。額に落ちた幾筋かの前髪を指先でそっと掻き分けて整える。そのわずかな刺激に当然Kは目を覚ました。
「すみません」
起こしてしまったことを謝罪した富永はたった今くっきりと輪郭を持ったばかりの感情が思ったよりも大きいことを自覚した。そしてそれが制御しようのない奔流となって体を巡り、喉から溢れ出るに任せた。だって恋とはそういうものだからだ。
「あなたが好きです」
衝動に身を任せたとはいえ富永は自身の発言に驚いて目を見張った。それは当然相手も同じであった。
「すみません」
再び謝罪を口にした富永を、Kは眉間に皺を寄せて見つめた。それはよく見る仕草であったが、そこに読み取れた感情は初めて見るものだった。泣いてしまう、と思った。涙が浮かんでいるわけでなし、実際にはそんなことは無いのだが、富永はそう思ったのだ。
「その謝罪は、間違いだったと、そういう意味か」
真摯でありたい。この人に対してはいつだって。
「いいえ。突然気持ちをぶつけてしまった事に対してです」
掌はじっとりと汗をかいていた。富永はしっかりとKの瞳を見つめる。対してKはふいと視線を外してしまった。しばらくの沈黙が富永を苛む。
「富永」
ただ名前を呼ばれただけでこんなにも心が乱れるものなのか。
「俺はおまえを誰よりも好ましいと思う」
好ましい、これは柔らかな拒絶の表現だろうか。
「かつて他の誰にも感じたことがないほど強く」
わかりづらさに翻弄される。もしかしたら彼もわからないのかもしれない。たった今、突然輪郭を押し付けられようとしている感情に。
「それは、どういう…」
「わからない。こういう時はどうしたらいいんだ?」
「そうですね、告白されたら断るか受け入れるか、じゃないですかね」
こんなに男前で優しくて真面目なのにモテ無いのだろうか。告白なんて山のようにされて、ラブレターなんて下駄箱いっぱい貰って、そんな学生服姿のKを想像した。
「そうか、ではよろしく頼む」
「えっ、あっ、はい、よろしくお願いします」
まったくいつもと変わらない調子で言われて面食らう。まるで業務報告の終わりのような締め括りだ。
これってつまり俺たち恋人ってことか?そうすると、どうなるんだ?恋人ってなにするんだっけ。
無言で座ったままのKは心なしか穏やかな表情に見えた。これからの事はあとでゆっくり話し合えばいいか。富永はゆっくりとKに手を差し出した。目の前の美丈夫と想いが通じ合ってるという事実を噛み締めながら。
「えっと、じゃあ、まずは手でも繋いでみます?」