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    蒼hsoratokoh

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    蒼hsoratokoh

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    富Kで煮付けを煎じてみました。その性質上、苦手な描写があるかもしれませんのでご注意ください。
    秘湯を目指して訪れた辺鄙な村には人魚伝説があった。富永はケガを負い、その時Kは。

    #富K

    富Kの煮付け。 どうして、なぜ、どこでどうすれば良かった? 意味がないと知りながら、一人は止めることのできない自問を繰り返す。すでにぐっしょりと濡れた全身に、大粒の雨が容赦なく降り注ぐ。水分を限界まで吸ったマントは重く、裾は脚にまとわりついてくる。雨の雫が目に入るが拭うことは出来ない。
     両手が塞がっているからだ。意識レベルの低下した富永を横抱きに抱えているから。どこかで早く富永を休ませ、詳しく診なければ。突然の大雨にぬかるむ泥と木の根に足を取られぬよう、慎重に足を進める。本当は走り出したいのに。早く早くと気ばかりが焦る。
     抱えられ、力なく垂れた富永の腕が視界に入り胸が傷んだ。右足の状態も目視で確認する。雨が絶えず降り注ぎ、血も汚れも落としてしまうため、応急的な処置しか出来なかった患部の止血が今もきちんと出来てるのかわからない。
     右大腿部の大きな切創、約10センチ。原因は不明。スラックスも大きく引き裂かれていた。止血はしたが傷はかなり深い。傷を負ったのは水の中で、助け上げるまでにどれだけ出血したかもわからない。顔を確認するとびっしょりと濡れたその肌は青ざめ、唇は色を失っていた。
     嫌だ。富永。置いていくな。
    「富永、大丈夫だ。すぐに小屋につく。俺が何とかする」
     返事は無かった。


    「人魚伝説? あぁ、各地にありますよね。たまにテレビで人魚のミイラ検証したり」
    「ミイラ、あぁ、テレビ番組は知らないが、かつて工芸品として輸出していたと言われているな。魚や猿を使ったり、紙や木で作ったそうだ」
     物知りだなぁ、と富永は感心しながら壁に張られた色褪せたポスターを眺めた。カラーで風景の写真や可愛らしくデフォルメされた人魚のイラストが書かれ、端に人魚伝説が書かれている。その肉を食べると不老不死になるとか、害すると天候が荒れるとかそういうどこかで聞いたことのあるやつだ。
    「人魚って海だけじゃないんですね。湖があるみたいですけど」
     一人から特に返事はなかったが、構わない。ただ思いついたことを言っただけで、そこまでKに人魚の知識を期待したわけではない。
    「あんたら、その村に行くのかい?」
    「え? あ、はい。ここの方ですか?」
     小さな無人駅、他に誰もいないと思っていたが突然声をかけられて富永はびくりと肩を震わせた。改札から来たのだろうか。杖を付いた小柄な老人がじっと富永とKを見つめていた。
    「まさか! 誰があんな……、いやなんでもねぇ。悪いことは言わん。今の時期はまわりの村のもんは絶対に寄り付かねぇ。アンタらも帰れ」
     言うだけ言うと老人は踵を返して改札を出ていった。電車に乗る訳でもなく、ただふたりに話しかけるために来たのだろうか。富永が横に立つKの顔を見ると、Kもまた不思議そうに見返してきた。
    「どうします?」
    「そうだな、せっかくここまで来たが、目的地を変えても構わないぞ」
     そう言われてもなぁ、富永は頭をかいた。久しぶりに休みを合わせ、デートだ!と予定を立てていたところ、泊りでも構わないとKから申し出があったのが数週間前。それならと張り切って計画を立て、最終的に温泉でも行ってのんびり過ごそう、となった。王道に、熱海やら草津やらと候補をあげたが、人の少ない秘湯で、とまとまったのだ。ここまで来るのに随分かかった。それを戻って、そしてまたどこか探してというのはどうだろうか。
    「予約もしてますし、いきましょうか」
     Kが頷き、連れだって駅舎を出た。


     しばらく歩いてたどり着いたのは小さな民宿だった。宿泊できるのは村でここだけだという。この村の珍しい泉質の温泉に入れるのもこの民宿だけであり、Kとは温泉につかり、少し散歩をするぐらいであとは部屋でのんびりしようかと話していた。
     受付をしていると上階から若い男女複数の話し声が聞こえた。無意識に視線を向けたので、番頭さんが今日は他にもお客様が居ります、と応えた。
     二人だけかと思ったが、他にも大学生のグループがいるということで富永は少しほっとした。何となく、先ほど駅で出会った老人の言葉が胸につかえていた。もともとは秘湯を選んだ理由も二人だけなら良いと思っていたはずなのに。
     部屋に案内してくれた気さくな女将も一度に複数組の予約があるのは珍しいことだと話した。
    「お客さんは温泉が目的、ということでしたよね?」
    「そうです、他になにか観光できるところもあるんですか?」
     なんとなく聞いただけである。しかし、先ほどまでにこにことしていた女将さんの顔は急に険しくなった。
    「いいえ、いいえ、なんにも無いところでございますから……」
    「散歩したいんですが」
    「この宿の周りでしたらご自由に。商店などもありませんから、必要なものがありましたら私どもに相談していただければ出来る限りはご用意いたします」
    「湖があるんですよね? 駅のポスターに……」
    「あそこは!!」
     富永の言葉に過剰に反応し、急に女将が大きな声を出したので二人は驚きで目を見張った。
    「あ、いえ、すみません、あまり整備されていませんから、足元が悪くて危ないので近づかないでください。間違っても水に入ろうなんてしませんよう。浅く見えますが急に深くなっているところもある湖なので」
     真夏ならまだしもそろそろ冬物のコートを出そうかというこの時期に、わざわざ湖に入らないように注意? 不思議なことを言うものだと気になったが女将の何とも言えない迫力に押され、どちらもそれ以上は何も聞かずに夕食の説明を聞いた。


    「助けてくださいっ! 彼女がっ! 湖に!」
     入浴や散策をするには少し短く、かといって何もしないでいるには少し退屈な夕食前の僅かな時間、突然響いたバンっという大きな音に異変を感じ、富永とKは即座に部屋を飛び出した。玄関ホールへ向かって階段を駆け下りる。そこにはすでに女将と番頭、そして宿泊客だろう若い男性がひとりいた。男性はかなり取り乱し、叫びながら番頭に掴みかかっている。走ってきたのだろうか、息を切らせ、切れ切れになにか訴えている。
    「みず、湖に、落ちて、」
    「なんですって! あれだけ近づかないよう言ったのに! なんてことを!」
     今度は女将が取り乱し、顔を覆ってガタガタと震えだした。
    「どうしましたか」
     Kが若者と番頭の間に宥めるように割って入った。富永はそれを見て女将のほうを引き受け、落ち着かせるために声をかけた。
    「無理よ、水の中にいるんでしょう? できない。私たちには何も……。あなたたち、4人でしょう? 自分たちで……」
    「で、でも! 気味の悪い魚がいて! ボートとかロープとか、浮き輪とか何か」
    「っ! まさか、なにか、なにかしたんじゃないでしょうね? だから」
     女将が若者に詰め寄る。富永が女将の肩を押さえ、宥める。
    「あっ、俺は、何も、違う、俺じゃない! あいつが、気味が悪いからって棒で叩いて、そしたら」
     蒼白になった女将の口から悲鳴があがり、番頭がその口を慌てて塞いだ。癇癪を起こす子供をなだめるよに、しー、しー、と指先を口元にあてている。
    「富永」
     名前を呼ばれるのと、Kに視線を送ったのはほぼ同時だった。
    「俺たちが行こう。案内してくれ」
     Kは若者を玄関へ誘導する。
    「すぐに出せる道具はありますか?」
     富永の言葉に女将はぎゅっと目を閉じて左右に首を振った。
    「ごめんなさい、ごめんなさい」
     それは何に対しての言葉なのだろうか。


     湖には若者グループの他に15人ほど人が集まっていた。村人だろう。遠巻きに固まって顔を寄せあい、ひそひそと言葉を交わしている。
     水際で身を寄せ合いオロオロしている男女がこちらに気づき駆け寄ってきた。女性は泣いている。
    「早くっ、いま、沈んじゃって、どうしよう」
     女性はへたりと座り込んでしまった。恋人だろうか、隣の男性がしゃがみ込み肩を抱いた。
    「あっ、うぅ、どう、どうしよう……」
    「どこだ!」
    「あ、あそこの、」
     嗚咽でうまく話せなくなってしまった女性に代わり、しゃがんでいる男性が、沈んだ場所を指さす。一人はマントを脱ぎ捨て走りだそうとした所で、ぐっと後ろに引っ張られて動きが止まった。視線を後ろに移すと、いつの間にか村人たちが背後に集まっており、比較的若くて体格のいい男性がシャツの背中側を掴んでいた。
    「なにを……」
    「入るな! あんたたちまで入ることはねぇ! 諦めろ」
     そんなこと、出来るわけがない。
    「K!」
     一人を挟んで少しだけ村人から距離のあった富永が湖に向けて走った。意図はただ名前を呼ばれただけで十分伝わった。俺が行きます、あとを頼みます、と。
     邪魔をされたら少々の手荒い対応もせねばなるまいと覚悟を決めたが、村人たちは予想に反して大人しかった。落胆、もしくは諦めの吐息を漏らし、湖に向かって手を合わせて何ごとかぶつぶつと呟く者もいた。その姿に薄ら寒いものを覚えて一人はぞわりと肌が粟立つのを感じた。
     ばしゃばしゃと浅瀬を進む音が途切れ、やがてざばりと大きな水音がした。振り返るとぐったりとした女性を富永が抱え込むように引きずって浅瀬に上がってきた。一人も水に入り、女性を引き受けた。潜っていて息を切らせている富永に代わって救命処置を施すため、急いで陸に上がる。呼吸はある。水を吐かせるとすぐに意識が戻ってきた。気を失ってすぐだったのだろう。
     遠巻きに見ていた恋人と友人たちが駆け寄り、女性に声をかける。ひとまず大丈夫だろう。安堵の吐息を漏らし、振り返ると富永はまだ浅瀬にいた。膝に手を付き呼吸を整えている。声をかけようとした瞬間、その姿が尻もちを付くような体勢で後ろに倒れ、一瞬で水に沈んだ。まるで何かに引っ張られたかのように。
    「富永っ!」
     浅瀬だった。脛の中央ほどしか深さがなかったはずだ。沈むなんて考えられない。一人が急ぎ湖に足を踏み出した瞬間、富永が沈んだ場所に何かが見えた。薄赤いものが靄のように湖底から立ちのぼり、目を凝らすとそれはあっという間に質量を増やして湖面を浸食した。これは血液だ。
    「富永!」
     急に深い場所があると女将が言っていた。一人は真っ赤に染まった場所を避けて水面に顔をつけた。よく見えない。目を凝らす。赤い煙の元は富永だ。その広がりの流れから場所がわかるはずだ。ダメだ、視界が悪すぎる。息の続く限り潜り、呼吸のために水面に顔を出す。息を整え、もう一度潜ろうとした時、3メートルほど離れた水面に富永のスニーカーが覗いているのが見えた。
     名前を呼びながら必死に泳ぐ。すぐに足がつき、深さは膝のあたりになった。水の抵抗で思うように早く走れないのがもどかしい。幸いなことにその間にも富永は浅瀬に打ち上げられ、顔が水面に覗いていた。
    「富永! しっかりしろ!」
     抱き上げながら頬を叩く。ぐったりと力の抜けた体を地面に横たわらせ、水を吐きやすいように横を向ける。呼吸はある。急いで出血元を探す。あった。右のスラックスが大きく裂け、溢れる血で染まっている。スッパリと鋭利なもので切られたように、太ももがぱっくりと裂けていた。骨は見えていないがかなり深い。
    「裁きだ……」
     村人の誰かの呟きがさざ波のように伝播し、やがて村人たちは虚ろに焦点の合わない目でなにかぶつぶつ呟きながら、ひとりまたひとりと引き上げていった。
     若者たちはその様子をぼうっと見つめた後、わあわあと悲鳴をあげながら、意識の回復した溺れた女性を支えながら逃げていった。おそらくそのまま村を出るのだろう。
     その間にも一人は出来る限りの処置を施す。直接圧迫止血をし、富永に声をかけ続ける。呼吸はあり、すこし水を吐いたから溺水の心配はない。だがこの傷、そして出血はーー
     ぽつり、何か小さなものが頭部に当たった。ぽつり、ぽつり、大粒の雫が富永の頬を流れた。雨か、そう認識してまもなく、土砂降りと呼んで差支えのない激しさで打ち付けてきた。さっきまでは雨の兆候はまったくなかったのだが。
     このままでは富永の体が冷えてしまう。出血にも響く。宿に戻れるだろうか。距離ではなく、部屋を貸してもらえるかということだ。あたりを見回すと、湖の反対側に小さな小屋が見えた。無人、その可能性にかけるか。
     一人は富永を横抱きに抱え、小屋を目指すことに決めた。


     はたして小屋は無人だった。鍵はかかっていたが、簡単なつくりの物だったので強く押しただけで開いた。床や棚の上にはうっすと埃が積もっていたが、ベッドがあり毛布も見つかった。あまり清潔とは言えないが仕方がない。ありがたいことに囲炉裏と薪ストーブもあったので火を入れた。
     ざあざあと激しい雨音がする。
    「うっ、け、けぇ、おれ」
     意識が戻ったのか。ベッドの上で富永が身じろいだ。
    「ここだ。富永。小屋があった。寒いか? 今ストーブを」
    「けぇ、あなた、ケガは……」
    「大丈夫だ」
     手を取り、握りしめる。冷たい。ひどく冷たい。視界が滲む。やめろ。泣くな。絶対に不安にさせるな。
    「よかっ、た、はぁ、すみません、ちょっと眠くて……」
    「あぁ、そうだな、少し眠るといい」
    「はい……、でもその前に、おれ、あなたに、言いたいことが」
    「あとで、あとで聞く。だから」
    「そう、ですね、でも、おれ、あなたにであえて、ほんとうに」
     たどたどしく、息も苦しそうに紡がれる言葉は、それはつまりーー
     嫌だ。聞きたくない。けれど今聞かなくてどうする。もう次なんて無い。それはお互いに予感している。嘘だ。どうして。富永。俺を置いていくな。泣き叫びながらそう縋りつきたい。けれど医者としての矜持がそうはさせてくれない。
    「大丈夫だ。俺がついている」
     富永が力なく微笑んだ。握っている手の力が抜けた。ぞっとして慌てて呼吸を確かめる。大丈夫だ。ちゃんと呼吸している。まだ。
     囲炉裏とストーブしか光源のない薄暗い室内で、オレンジ色の炎に照らされてなお青白い富永の顔をじっと見つめる。時間がない。一刻も早く設備の整った場所に行かなければ。せめて輸血だけでも出来たなら。
     いつか人は必ず死ぬ。別れは突然訪れる。知っていた。わかっていた。はずなのに。押し寄せる絶望の波を超えられる気がしない。なぜ、どうして。今なのだ。
     1秒たりとも離れず傍にいたいのに、同じだけ傍にいることが耐えられなかった。一人は勝手口から外に出た。玄関は森に面していたが、こちらはすぐそばが湖だった。まだ日没には早いはずだが、豪雨のせいか夜中のように暗く、湖面は真っ黒だった。小屋の窓から漏れる微かな光しか光源はなく、どこからが湖なのかもわからなくなるほどだ。
    ――ギ……ギギッ……
     雨音にまぎれて聞き慣れない音がする。視線を巡らせると、足元のやや前方、おそらく湖の水際になにか黒い塊が落ちている。子猫、いや子狸ほどの大きさのそれを一人はよく見ようと近づいた。
     魚だ。丸みのある、鯉のような形の魚だった。先ほど聞いた奇怪な音はそれから発せられている。時折尾がパタパタと動くので生きてはいるのだろうが、その動作は緩慢だ。死にかけている。一人はそう思い、そして富永を連想した自分に嫌悪した。
     どうするか。湖に返せば元気になるだろうか。それとも。それもまた一種の逃避行動だったのかもしれない。一人はよく見ようと魚に近づき、そして間近でその姿を捕らえて驚愕した。
     それは人魚だった。いや、先ほど駅舎のポスターに見た物とは似ても似つかない。ただ、そうとしか形容できなかった。昼間の富永との会話を思い出す。かつて日本で作られていた人魚のミイラを彷彿とさせた。
     体は魚のそれなのに、鰓から上にあるのは人間の頭部だった。人というには歪で、出来の悪い人形のようだ。鱗は頭部にかけてすこしずつ消え、顔らしき部分は水に濡れてつるりとしている。例えるならイルカの体表に似ているだろうか。しかしその色は暗闇の中でも視認しやすく、おそらく白いのだろう。
     虚ろに開いた目はまさに人のそれで、異様に大きな黒目の周りを少しだけ白目が覗いている。瞼があるのかは定かでは無いが瞬きはせず、焦点もあっていない。眼球に動きも見られない。鼻はほとんど高さがなく、魚らしさがあり、薄く開いた口はただの裂けめのようで唇は確認出来ない。隙間から細く鋭い歯がびっしりと並んでいる。
     頭頂部には髪のような、藻のような物が濡れて張り付いている。よく見ると頭部がへこんでいた。まるで何か太い棒状の物で叩かれたようだ。
     そこで一人は民宿での若者の言葉を思い出した。気持ち悪い魚、棒で叩いた……。そしてポスターの人魚伝説。その身を食べたものは不老不死に……
    「うっ、おえっ……」
     こみ上げる吐き気を気力で抑え込む。一人はその魚のような生き物に手を伸ばした。


    「んっ、あれ、俺……」
     生きてる、という言葉は寸でのところで飲み込んだ。なんだか香ばしい香りがする。
    「目が、覚めたか」
     Kだ。
    「なんて顔、してんすか」
     見たことも無い表情だった。喜んでいる、たぶん。俺の意識が戻ったからだろうか。それなのに、とても苦しそうに目元は歪み、眉間には深いしわが刻まれている。
    「すまない」
     何に対してだろう。富永はぼうっとする頭で考える。自分の体のことぐらい自分がよくわかっている。もうダメだと思った。何が起きたのかはわからない。突然水に引きずり込まれた。そう、引っ張られたのだ。そして痛みよりも先に赤く広がる自分の血液を見た。そこで鮮明な記憶は終わる。そのあとは細切れで朧だ。Kに助けられたのはわかっている。なにか話した気もする。
     なんだか不思議と体が軽い。ほこりっぽい寝具から上半身を起こす。なぜだろう。そうだ、脚はどうなった。手を伸ばすと破れたスラックスに触れ、そして肌に触れた。どこにも異常はない。患部はここだと思ったが、勘違いだったか。反対の脚に触れる。何とも無い。
    「すまない、富永……俺は」
     ふと、口の中に塩気とどろりとした何かを感じた。舌を動かすと微かに魚の風味があった。Kは俯いている。
     ここはどこだろう。Kの背後に視線をやる。囲炉裏があり、火が燃えている。傍には皿が2枚、並べて置かれている。皿の上には何か乗っている。なんだろう。
     先ほどから感じていたこの匂いは、焼き魚だ。そうとわかると、皿に乗っているのはその見た目からして魚の骨と皮ではないだろうか。
     Kに視線を戻す。膝の上に力なく置かれた手には内側の赤い汁碗とスプーンが握られていた。お椀の中には白くどろりとしたものが残っている。無意識にもう一度口の中を舐め、そして飲み込んだ。
    「効果、ありましたか?」
     Kは俯いたままコクコクと頷いた。それを確かめるために、この人は何をしたのだろう。
    「量はあなたと同じ? そうですか、ならその余ってるのもください」
     Kが顔をあげた。驚きに見開かれた瞳から涙が零れた。
    「まずいぞ」
    「知ってます」
     かぱりと口を開ける。おずおずとスプーンが口に運ばれてくる。確かにまずい。味付けは塩気だけで、魚の臭みは強い。それでも富永は味わって飲み込んだ。
    「これからどこ、いきましょうか」
     富永はKのまだ少し濡れたシャツの首元を掴んで引き寄せ、そして唇を合わせた。



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