飢えた獣は離せない今日は司くんにランチに誘われた。内心浮かれて昼休みまで口角が上がりっぱなしだった、のだが。
「『今日のランチは無しにしてくれ、少し体調が優れなくて、すまない。この借りは必ず返す』……か」
司くんのつれないメッセージに思わず眉を顰めてしまった。それにしても司くんは大丈夫だろうか。様子を見に行こうと席に立ったとき、見知らぬ女子生徒が駆け寄ってきた。
「神代くん、ちょっといいかな…?ふ、二人きりで話したいことがあるの」
そう頬を赤らめて言った彼女は僕の袖を掴んでくる。さっさと司くんの所へ行きたいのに。でもこういうとき司くんから真摯に答えるんだろう、そう思って一応彼女の言うことを聞いた。すると案の定、告白だった。それだけなら良かったのだけれど。
「…今日、聞いてみたら神代くんに彼女居ないって知って。私のこと眼中にないことはわかってたんだけど…それ聞いていてもたってもいられなくて。だからお試しでいいから私と付き合ってくれませんか…?」
「それ、誰から聞いたの?」
そんなことを知っているのは寧々か——司くんくらいだ。できれば前者であってほしかった。しかし彼女が紡ぎ出した音には今一番聞きたくなかったであろう名前がのせられていた。
「え、て、天馬くん…」
今日、司くんに聞いた、ということは恐らく司くんは気を利かせて僕との約束を反故にしたのだ。しかしその気遣いにむしろ苛立ちが湧く。司くんは僕が彼女を作ったってどうでもいいんだってどうしようもなくわからされた気分だった。
「…ごめん、好きな人が居るから、付き合えない」
「あ……っこっちこそ、ごめんね、答えてくれてありがとう」
泣き出しそうな声を上げながら彼女は健気にもできるだけ明るく接してくれた。けれどそんな彼女を気にするような余裕はない。僕はこの重ったるい感情を誰かにぶつけてしまわないよう屋上へ向かった。
「…ん?」
屋上へ到着すると隅の方で見慣れた筈の金色の髪が太陽の光に透けて靡くのが見えた。しかしいつものような騒がしさは鳴りを潜めており、陰りのある雰囲気を帯びており、表情はよく見えない。気付いていない様子だったので慎重にその背中に近付いた。すると微弱ながらその肩が震えていることに気がつく。
「泣いているのかい、司くん」
「る、類っ!?おま、告白は…っ?」
「やっぱり仮病だったんだね、僕ちょっとだけ怒ってたんだけど」
もはやちょっとどころではなかったが司くんの涙を見たらそんなものもすぐにひっこんだ。咄嗟に司くんが振り向いたときその瞳には確かに涙が浮かんでいたのだ。すぐに顔を逸らされたが、見間違いではないだろう。
「で?どうして泣いてたのかな?」
「………失恋した」
「……………へぇ……」
複雑、限りなく複雑だとしか言いようがない。僕は好きな子に意識されていないどころか、今失恋話を聞かされたのだ。
「それ、告白したってこと?」
「…いや、ただ向こうにオレなんかよりもよっぽど釣り合う相手ができたというか、見つかったというか」
司くん以上に魅力的な相手なんて居るわけない、なんて口を衝きそうになってやめた。これを言っても言わなくても上手くいくか上手くいかないかが決まるだけで例え上手くいったとして、僕が苦しくなってしまう。自己保身に走ってしまい申し訳ないが、どちらにせよ司くんが僕以外の相手を好いた事実は変わらず、胸のじくじくした痛みは変わらなかった。
「……こんな風に司くんを泣かせるなんて、相手はどんな人なんだい」
「そう、だな…何をやるにも無茶苦茶で、奔放的で、人の笑顔が大好きな、良いやつだ」
「…そうかい」
ああ、嫌だな。司くんをこんな風に泣かせるのもこんなにも愛おしげな目をさせるのも、僕じゃないなんて。僕でありたかったのにな。
ぐるぐる、ぐるぐると、良くない感情が腹の中を渦巻いている。塒を巻くように薄暗い何かが溜まって、そこにとどめを刺したのは司くんだった。
「類、どうしてそんなに、泣きそうな顔をしてるんだ?」
司くんが僕の頬に触れて、心配そうにこちらを見てくる。さっきまで泣いていたのは司くんだったのに、僕を優先してくれるんだ。その言葉に僕は気を良くしてしまった。
司くんが、僕を心配してくれてる。司くんが僕を気にかけてくれている。司くんが僕を大切に、あれ?司くんは失恋して、相手が居ないんだから、少しくらい僕だって触れても、いいよね?少し、ほんの少しだけなら、許されるよね?
「ぇ、類…?っんむぅ…っ?!」
司くんの口に唇を押し当て、舌をねじ込んだ。司くんが目を見開いている内に奥で縮こまっていた司くんの舌を絡めるように擦ると、司くんがぴく、と肩を揺らしたのがわかった。ああ、かわいい、かわいいなあ。じわり、司くんの目にまた涙が溜まっていくのを見て、加虐心がゾクゾクと迫り上がるのを感じた。
「…っふ、…んっ、ん、んぅ…っ!!」
苦しくないように息は続くようにするけれどやめはしない。抵抗するように足をジタバタとしていたけれど、今はくたくたになって、足は時折びくびくと跳ねていた。今や胸を弱い力で叩いてくることだけが抵抗してくる。
「…っはぁ、はぁ…っ」
ようやく口を離すと顔を紅潮させて息を切らした司くんがそこに居た。口端からは誰のものかわからない唾液が垂れていて目はとろんとどこか溶けているようだった。チロチロと覗く舌は誰が見ても扇情的で婀娜っぽい雰囲気を纏っていた。
「な、なんで…ッひ、やめ、」
「いいね、その顔。すっごくクる」
司くんの服を捲って手を肌に滑らせると怯えるようにこちらを見る。下腹部がずくりと重くなるのを感じた。硬くなった自身を押し付けるように下半身を預けると彼が身体を強張らせたのが分かった。恐らくこれからされるであろうことを察してしまったのだろう。
「……っや、やだ…っ離せ、」
「好き」
「っ何、して…!?」
「好きだよ」
「怖い…っ、ぁッ」
「怖いのに感じちゃうの、すっごく可愛い」
「頼むから、話を聞いてくれ…!」
股に大腿を差し込みぐりぐりと刺激すると最も容易く司くんは声を上げた。司くんはくたりと力がもう抜けてしまったのか体重を僕に預けている。そして泣きそうになっているのか涙で瞳を揺らしながら僕に縋り付くかのように懇願してきた。正直そんな司くんに興奮してしまう自分が居た。
「る、……ん……っ、んァ…ぁふ…ぅ」
司くんの頬を撫ぜ、そのままどうしようもなく司くんと一緒に溶けてしまいたくなってしまった。司くんは執拗に舌で司くんの舌先や上顎を擦るように舐られるといちいち反応してくれるから、その反応に更に気を良くしてしまう。口を離すと油断していたのか耳元に息を吹き掛けたとき思いの外良い反応を示してくれた。
「…っひぁあ…っ」
「フフ、可愛い声で鳴いてくれるね、油断したのかい?」
「うるさい!これも全部お前の…っ」
「僕のせいだって?…おや、もしかして」
「っ!?」
僕が彼の少しだけ芯を持ち始めた局所を凝視すると気が付いたのか内股になった。そして羞恥で頭がいっぱいいっぱいになったのか僕を突き飛ばした。司くんはやはり僕を傷つけないよう今まで手加減をしてくれていたのだ。尻餅をついた僕は司くんを見上げた。
「オレを慰めているつもりなら…っやめてくれ!!」
「司くん」
「もう放っておいてくれ!!!」
「待って!!」
司くんは屋上に僕を置いて走り去ってしまった。司くんは僕が同情して司くんに手を出したとでも思っているのだろうか。あの様子だとそう勘違いしているんだろうな。
——さぁ、どうやって捕まえようか。
たった一度でも彼の乱れた姿を見て僕はどうしようもなく欲張りになってしまった。もう逃がすことはできない、離せなくなってしまった。
飢えた獣は愉しげに舌舐めずりをした。