ネバーランドには未だ遠く(仮)「つ、……司くん?」
「類か。久しぶりだな」
そこには、ずっと会いたかった愛おしい人が足を組んで座っていた。その人の名前は、天馬司。彼は僕の元恋人だった。
とはいっても、前述の通り僕は未だに彼を想い続けていた。高校卒業と同時に、一方的に彼から別れを告げられてからも、彼を忘れたことなんて一秒たりともなかった。演出家として一人前に活動できるようになって、それから少し経ってから、ひとりの俳優として彼をテレビで見かけたときは、それはもう嬉しかった。彼の成長した姿を見ることができて、心の底から安堵した。このまま真っ当に仕事を続けていれば、もしかしたらまた会えるかもしれないとも思った。テレビの中の彼は、昔と変わらず輝いていた。落ち着きがなくて、明るくて、僕にとって彼は今も光そのもので、翳りなんて一片も感じられなかった。
だからか、少しだけ意外だった。
「演出家として本格的に活躍するようになったと聞いていたから、お前と仕事ができることをとても嬉しく思うぞ。どんな舞台が出来上がるのか、楽しみだな」
「あ……うん、僕も、だよ。司くんこそ、テレビで見ない日はないよね。すごいじゃないか」
「はは、類に褒めてもらえるなんてな、光栄だ」
なんだかいやに情緒が感じられないというか、薄っぺらいような気がしたからだ。普通なら、元恋人と会ったら、気まずく思うのではないか。しかし彼がこの出演オファーを受けた時点で気付くべきだったのだ。彼が、僕のことを今ではなんとも思っていないことを。もしも僕に対してなにか思うことがあるならば、少しは表情を崩すだろうが、現在目の前にいる彼は、嫌になるほど完璧に“天馬司„で。昔の、高校生だったころの大袈裟なリアクションは何処へやら。謙遜なんていつ覚えたのだろうか。
「……司くん、なにか変わった?」
「あー、テレビ用のキャラとは違うし、戸惑ったよな」
テレビ用の、キャラ。
僕の知っている司くんの口からは、聞くはずのない言葉に瞠目してしまった。そんな困ったような曖昧な笑みも、見たことがない。今の彼の笑い方すらも、僕は知らなかった。
「まあ、仕方のないことだ、観客から求められている姿と、本来の役者の姿が違うのはよくある話だろう?」
彼の言っていることは大人である上で当たり前のことで、そんなことは頭では正しく理解できているけれども、なぜか納得がいかない。それは自分がまだ、子どもの思考を持っているからだと思う。
「司くんは、そんなこと……」
「言わない、って?それはお前が知っている“子どものころのオレの話„だ。大人になったら、考え方なんて簡単に変わる。正直、類がそのまま変わらないで居てくれたことは、素直に喜ばしいと思った。だからこそ、お前にとって、今のオレの在り方は少し異質に見えるかもしれんが、」
先ほどまで笑っていた司くんの口角が下がる。愛想笑いがなくなって、無機質な表情で、そして温度のない声色で、司くんは僕に告げた。
「オレは大人になることを覚えたんだ」
そんなの、司くんらしくもないじゃないか。
「……僕は、」
「お前には関係ない。オレの在り方はオレ自身が決める。納得がいかないのなら、放っておけ」
「……」
「何はともあれ、よろしくな。期待しているぞ、類」
司くんは白々しく肩を軽く叩いて、さっきの空気が嘘みたいに優しく微笑んだ。相変わらず飴と鞭を使い分けるのが上手なことだ。しかし、昔の司くんは無自覚にそれをやってのけていて、今の司くんは明らかに意図的であるのだから侮れない。
司くんに一方的に言い負かされるのは、これが初めてだった気がする。