ふと、意識が覚醒する。
ぼんやりとしたまま潔は少しだけ辺りを見回す。ベッドサイドの時計にちらりと視線だけ送れば、まだ深夜であることがわかった。
視線を戻し、今度は隣で眠る男の顔を覗き込む。
(眠ってるときはこんなに穏やかなのになぁ…)
普段の彼を思い出しつつ、潔は隣ですやすやと眠る男、糸師凛の頭をそっと撫でる。さらりとした髪に指を通して、しばらくその感触を楽しむ。
しばらくそうしていた潔だったが、ふと喉の渇きを感じて一度リビングに行こうと手を離す。
そのまま隣の凛を起こさぬようそっとベッドから出て、寝室を後にした。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、喉を潤す。今日は少し乾燥してるから、凛も途中で水分欲しくなるかな。そう思い、自分の飲みかけと凛の分のペットボトルも手に取り、再び寝室へ戻る。
潔が扉を開けようとした瞬間、先に中から勢いよく開けられる。そこには焦りの色を隠せずに飛び出してきた凛がいた。
「びっ……、くりしたぁ……」
「……潔」
潔の姿を捉えた瞬間、凛の瞳から焦りの色が消えた。どことなくほっとしてるようにも感じる。そしてすぐにその身体を強く引き寄せた。
「わっ……、凛?」
「……どこ、行ってたんだよ」
「目ぇ覚めちゃったから水飲みに行ってただけだよ、ついでに凛も欲しくなるかなーって思って一緒に持ってきた」
ほれ、と見せたが凛は不機嫌そうな顔をしたままで。次の瞬間、潔は凛によって抱え上げられる。
「えっ……!?ちょっ……おいっ、凛……!?」
「うるせえ黙れ」
そのまま寝室の中に連れ戻され、潔の身体はベッドへ乱暴に投げ捨てられる。持ってきたペットボトル2本はその衝撃で手から離れ、床に転がり落ちる。しかし凛は気にすることなく潔をベッドに沈め、自身もその横に潜り込むとそのまま潔の身体を抱き締めた。まるで、どこにも行かせないとばかりにきつく。
「……凛?」
「……」
問いかけてみても凛からの反応は無い。代わりに抱き締める力が強くなる。頭に手を回され、凛の胸元に頭を押し付けられるような形になってるので、潔から凛の表情はわからない。でも、潔はなんとなく凛が泣き出しそうな表情をしているような気がした。
「どうしたんだよ急に、……変な夢でも見たか?」
「………」
本当に僅かに、ぴくりと凛の肩が震えた。なるほど、と潔は納得して、何も言わず安心させるように凛の背中に手を回してポンポンと叩く。
しばらくその状態が続いていたが、ふと凛が口を開く。
「……、勝手に、いなくなってじゃねぇよ……」
「ん?ちょっと離れただけじゃん」
「うるせぇ知らねぇ、お前は、俺の許可なく離れんじゃねぇよ」
「えぇー……」
更に抱き締める力が強くなり、これ以上抱き締められたら俺の肋骨とか粉砕されるんじゃね?と思いながら潔は苦笑する。
まるで子供の我儘だ。
(図体だけでかい子供だな……)
そう思いつつも、そんな我儘でさえも可愛く思えてしまうのだから相当重症だな、と潔は自身にも苦笑するしかない。
「毎回お前に許可取らなきゃいけないんだったら、俺もう何も出来なくなっちゃうじゃん」
「いいんだよそれで」
そう言って、凛は潔の頭を胸元から開放して自分の方へ向かせる。ようやく見れた凛の表情は捕食者のそれで、熱を孕んだ瞳が真っ直ぐに潔を見つめる。
「お前は、俺の隣にいて、身動き取れなくなってりゃいいんだよ」
そう告げて、凛は潔の口を封じる。そのまま口内をこじ開けて、隅々まで堪能するように蹂躪する。
「……んぅ、……はっ、り、ん……」
この男はどこまでも潔を雁字搦めにして、束縛して、離れることを許さないらしい。深く、重く、ドロドロになった執着心が潔を縛り付けている。
しかし、その重さが心地良いと感じてしまうのだから、潔も相当に凛に溺れているのだろう。
口内を好き勝手暴れ回った凛がそっと離れる。また強く抱き締められたかと思ったら、何の反応も示さなくなった。
「……りん?」
声をかけてみるが無反応。しかし、しばらくするとすぅー……、と寝息が聞こえてきた。
「好き勝手言ったと思ったら、そのままおねむかよ……、ほんとに子供だな」
呆れたような、でも嬉しさを隠せない声色で潔は呟く。先程の口付けで実は少しだけ身体に熱が籠もってはいたが、それは明日、目の前の男にどうにかしてもらおう。
「──お前に縛られるなら、それも悪くないかな」
そう独り言のように呟いて、潔は凛の胸元に顔を埋める。
「おやすみ、凛」
自分を縛る男の匂いに包まれて、潔もまた意識を手放していった。