サウスの待ち合わせ場所に到着して、マリオンは辺りを見回した。もちろんガストは見当たらなかった。何故なら集合時刻まで、あと一時間あるからだ。
休日の予定は?とガストが訊くので、マリオンは朝にラボで検査があるだけだと答えた。検査の後は身体を休めてから、トレーニングへ出るか、ピアノを弾いて過ごすのも悪くない。そう考えていたのに、ガストが
「じゃあデートしないか?」
と、提案したのだ。
たしかにここのところ、互いに仕事やトレーニングを優先しがちだった。二人が一緒の時間こそ多いが、二人きりで過ごすことへあまり時間を割いていない。久しぶりだし!とガストが必死で言うのもあって、マリオンの検査後に外で待ち合わせることになった。
ガストは昼食に、サウスのカフェへマリオンを連れて行きたいと言っていた。それならノース部屋から一緒に出ればいいだろうに、ガストはよくわからない理由をつけて却下した。自分は起きるのが遅いし、マリオンの身支度と時間が合わないだろうから、だったか。
自分の支度で待たせることになるのが云々と言う。気になるならガストが前日早寝して、早く起きればいいだけの話じゃないのか。
サウスの街はノースに比べて忙しないものの、ノースと違って街中でマリオンにサインなど求める者はほとんどいない。ときどき呼ばれて、向けられたカメラに笑顔を返してやるくらいで済んでいる。退屈だというの以外、待つことは苦痛ではなさそうだ。
しかしそのときに、大きく風が吹いたのだった。晴れていて天気は良いが、今日は風が強い。あと一時間をどこか近くの店で過ごすことにマリオンは気を変えた。待ち合わせ場所の見える、そこのコーヒーの店がいい。マリオンは適当に注文をして、窓際の席に落ち着いた。
ここだったらガストが来たときすぐに気がつけそうだった。マリオンは外にガストが現れてから店を出れば済む。落ち着かなくて早く来てしまったのだとは、ガストに教えてやることじゃない。
カップをテーブルへ戻して、時計を見やる。"あと一時間"から、数分しか経っていない。時間の経つのは意外と遅かった。待ち合わせ場所前の通りへ目をやる。
突風に笑いながら歩く親子に、ハンカチを風に取られて追う男性、数人の女性グループは視線の先に何か見つけたようだ。何とはなしにマリオンもそちらを見ると、なんといたのはガストだった。
マリオンの知らないうちに一時間経っていたか、と時計を確認するも、時間は先ほどから十分と過ぎていない。待ち合わせ場所で足を止めたガストは、さっきのマリオンみたいに辺りを見回している。
そこへ、先ほどの女性グループが近づいていって声を掛けた。
ガストは道でも訊ねられたと思ったか、始めはぎこちないながらも笑顔で女性らに応じた。通りには巡回中の警官やヒーローがいるのに、一般人の格好のガストへ道なんか訊くはずないだろうが。女性に代わる代わる話し掛けられて、ガストも状況を把握したらしい、間抜け面で目に見えて狼狽え始めた。
ガストはいわゆるナンパを受けていた。お節介に他者の仲裁をしたり、頼んでもいないのに世話を焼いたり、普段自分の話を聞かせるのは上手いくせにこういうときガストは相手にやられるばかりだ。
ガストもなんとか断ってはいるようだが、拒否の仕種で振った手を女性らの一人が握ってしまった。ナンパってあんなに積極的なのか、とマリオンは驚いた。
まぁ煮え切らないガストを見ていれば、女性らだってエスカレートしよう。マリオンは努めて落ち着いて席を立ったのだった。
店を出てマリオンが近づくと、「待ち合わせがあるんで!!」と言うガストの必死の声が聞こえた。マリオンのことを出掛けるのに誘ったときよりもっとずっと必死なんじゃなかろうか。
声を張る準備に、大きく息を吸う。
「待たせた」
「へ? あっ! マリオン!!」
「コイツと出掛ける約束があるんだ」
マリオンの言葉に女性らが呆けた様子だったので、マリオンはガストの腕を引っ張ってその場を離れた。
数歩行ったところで後ろから、「あ! マリオン・ブライス!」とさっきの女性が声をあげた。ノースほどではないが、サウスの街でもやはりマリオンを知っている市民はいる。振り向くと女性らがスマホのカメラを向けていたので、マリオンは数度手を振った。
女性らは満足した様子で、手を振り返して離れていった。
「マリオン? だよな?? 俺、待ち合わせ時間、間違ってたか? まだだいぶあるはずだよな」
「……ボクがいたらいけないのか。オマエこそ、なんでここにいるんだ」
訊ねるとガストは気まずそうな顔をした。が、マリオンが睨んで話せと言うとすぐに口を開く。
ガストは待ち合わせの前に、マリオンへ何か買って行こうと考えたらしい。前にマリオンが気に掛けていた菓子店へ寄る予定だったと言う。デートが楽しみで、待ち合わせ場所を通る道から菓子店へ向かうつもりだった。
「いや、まだマリオンがいないのはわかってたんだけどさ、つい。そしたら女の子たちに捕まっちまって……ありがとな、マリオン。すげぇスマートだった!」
「ボクがあんなことでもたつくはずないだろ」
「で、結局なんでマリオンがここにいたんだ? まぁいいか。どうする? まだだいぶ早いけど、もう昼に」
ガストが言いかけて、また突風が吹いた。
馬鹿みたいに自分の髪型を気にするガストは、早くどこか屋内へ行きたいと言いそうだ。マリオンの方も髪がバサッと顔に掛かる。煩わしさに顔をしかめたが、ふとガストの手がマリオンの髪を掻き上げた。
「ははっ、今日は風が強いな。……俺のせいじゃないからな!?」
「わかってる。何を当たり前のこと」
また風が吹くので、ガストの手はマリオンの髪を押さえていた。マリオンはむず痒かったが、ガストの手が女性に握られているのよりはずっといい。
マリオンは頭からガストの手を払って、代わりに掴んでやった。
「あの菓子店なら、中にカフェスペースがあったはずだ」
「おっ、いいな。ならそこでマリオンが気にしてたのを注文して、ランチの時間は遅らせるか」
ガストの手を髪から払っただけでなく、マリオンが掴むままいるのをガストはちらっと見下ろした。ガストは迷う様子を見せたが、それも一呼吸ほどでマリオンの手を握り返す。マリオンは気恥ずかしさを振り払って先に歩き出した。
マリオンだって、ガストと出掛けるのを楽しみにはしていたのだ、一時間前に着いてしまう程度には。ふんとマリオンが一人息をつくと、ガストは繋いだ手へ寄り添って隣に並んだ。
了