Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    saga1913

    @saga1913

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 4

    saga1913

    ☆quiet follow

    開眼聞いて居ても立ってもいられなくなって書いたNB

    咲けよ徒花彼岸花「――助けてやろうか」

     ビル群に阻まれ四角く切り取られた夜空を見上げる。かろうじて覗く星々の輝きは人工の灯りに阻まれて朧気だ。地元の空も美しいとまでは言えなかったが、ここまで味気ないものではなかったはずだと柄にもなく郷愁に浸っていると、びゅうと一陣の風が吹き抜けた。視界の端で赤色の布がたなびく。

     繁華街の騒がしさを抜けた先にある高架下は不気味なほど静かだった。日中は工事をしていたらしく端材や重機が佇んだままで時折電車が線路を走る音はするものの、それ以外に人が近づくような気配はまったくない。隣に座る男から聞くに、イケブクロの街はお世辞にも治安が良いとは言えず、夜に出歩く人間は少ないらしい。きっかけは忘れたがこちらに来たばかりの頃、野宿をしようとしたところチンピラどもに絡まれたと話したことがある。よくも財布が無事だったとのたまうものだから、こいつで払ってやったのだと赤い布をたなびかせれば半ば呆れたように肩を竦めていたのだったか。思えば面倒を見ていたヤツを散々に叩きのめされて、怒りのまま拳を交えた相手と今やこうして肩を並べて戦っているのだから、人生とは分からないものだ。

     隣に立つ相棒――一郎はというと突然の言葉に驚いているようだった。傾けていたコーラの瓶が口元で止まり、中身がちゃぽんと軽い音を立てる。

    「空却?」

     言葉の意図を掴みかねたのか、一郎が小首をかしげた。唇を真一文字に引き結んでいるいつもの仏頂面は、妙に小綺麗な顔も相まって人形めいた冷ややかさを見る者に与える癖に、時折こうして目にする表情は年相応なものだから柄にも無く面映ゆい心持ちになる。ましてやそれを見ることが叶うのは己しかいないのだと知れば尚更だ。自分だけが特別だと思わせるような仕草を意図して行えるほど器用な性質ではないことはこいつとつるむようになった数ヶ月でよく知っている。無自覚なのだ。ただの友人という位置づけである自分でさえ、けして軽くはない情を抱いてしまうのだから、こいつの持つ人を惹きつける力は天賦の才なのだろう。厄介なモノを持って生まれたとも思うがそれだけならまだいい。問題は本人ですら自覚していない力を利用しようとする下卑た輩がこいつの手綱を握っていることだ。一種の呪いじみた才能がこの先どのように利用されるかなど、考えただけでぞっとしない。だから、という訳でも無いはずなのだが。

    「――こっからちいとばかし遠いが、ナゴヤに拙僧の実家がある」

     気づけば口を開いていた。ひとたび音を与えられた言葉は己が意思に反して淀みなく流れ出ていく。

    「古いだけが取り柄の寺だが、部屋の数は無駄に多い」

     そも、この男の傍に身を置くと決めたのはただ見極めようと思ったからだ。こいつと出会う前の自分は父親に反発するがままに家を飛び出して、辿り着いた東京の地で行き場を無くしているチンピラたちを束ねていた。別に社会で吹きだまるしかないそいつらを心の底から救ってやりたいと思った訳ではない。ただ、道を外れてしまったゴミどもを更生させれば、頑固な親父も自分のことを認めざるを得ないと、自分が他者を救うに足る器なのだと思い知らせてやれると思っただけだ。今思えばあまりにも浅慮だったと思う。事実、腕一本を引き換えに己が未熟さを思い知らされることとなったのだから。そしてその時に相対したのが今、隣に立っている男だ。

     あこぎな金貸しの使い走りをしているにも関わらず、妙なところで擦れていないこいつに、どうして汚い仕事に手を貸しているのかと尋ねたことがある。腕っ節が強く、他の誰ともつるまない。向かってくる拳は真っ直ぐで、遊ぶ金欲しさに下衆に尻尾を振るような人間にも思えなかった。そんな奴が闇金の取り立てなぞに身をやつしている。その理由を問うた時、こいつはただ家族のためだと答えた。自分の信念に反しようと、理解され得ぬ孤独の縁に立とうと、愛する者のために全てをなげうつことが出来る決意に、自分が求めるものの片鱗を見た気がした。だからこいつの傍にいれば何かを掴めるのではないかと、初めはそう思っただけだった。

     べつに深入りするつもりはなかった。初めて自分と対等以上に渡り合える存在に出会って、興味を惹かれなかったといえば嘘になる。それでも最低限の線引きはしていた。こいつの生き方はこいつだけのものだ。そこに他人が、拙僧が口を出すべきではない。そんなこと、こいつと出会ったときに嫌と云うほど思い知ったはずだ。それなのに。

    「親父も……口やかましいが困ってるヤツを見捨てるような外道でもねえ」
    「……空却」

     気づけばクソ忌々しいとまで思っていた親父のことすら引き合いに出して、普段では決して口にすることのない本音まで話していた。それほどまでしてこいつをどうしたいのか、自分でもわからない。一体いつの間にここまで入れ込んだのだろうか。取り立ての仕事を終えて、今のねぐらだという施設の門をくぐろうとする相棒の後ろ姿をなんとなく見送っていた時、こちらを見据える冷え切った二対の眼差しに気づいたからだろうか。忌々しいものを見たと言わんばかりに幼い顔を苦く歪めて背を向けたガキどもに、思わずといったように伸ばしかけた手に気づいたからだろうか。行き場を失い、まるで項垂れるようにだらりと力を失った腕に、その先で骨が軋むほどに固く握られた拳に気づいてしまったからだろうか。それとも最初から、初めて拳を交えたあの時から。既にこいつの持つなにかに取り憑かれてしまっていたのだろうか。わからない。わからない――が、気づいた時には相棒の腕を取って歩き出していた。戸惑うように控えめにかけられた声には気づかなかったふりをして、そうして辿り着いた先は初めて拳を交わした高架下だった。

    「そりゃあ寝床もメシもとはいかねえが、屋根くらいなら貸してやれる。今と大して変わんねえだろ。ただ住むところが変わるだけだ。お前と、あと弟どもも連れてこりゃあ良い。そっからバイトでも何でもすりゃあイイだろ。なんだったら――」
    「空却」

     拙僧だって気が向いたら手を貸してやらんでもない――そんな言葉は静かな夜のような声に飲み込まれた。けして大きな声ではなかった。しかし、ただ名を呼ばれただけでそれ以上の言葉を紡ぐことは憚られた。あふれんとする万の言葉を呑み込んででも、ヤツの言葉に耳を傾けなければならない。マイクを通さずともそう思わせる力がその声には確かにあった。

    「……ンだよ」
    「俺は、お前のことダチだと思ってる。まあ……初めて遭ったときは、妙なヤツだと思ったがな」

     一郎の声は不自然なほどに普段通りだった。揶揄うような含み笑いに嫌みたらしさは無い。むしろどこか嬉しそうにすら聞こえる。

    「お前とはこれからもダチでいてえ。けど一度お前に救われちまったら、俺はお前とは対等じゃなくなっちまう。次に何かあったときに、きっとお前を当てにしちまう」

     馬鹿言うな。お前はそんな奴じゃねえだろ。

    「それだけじゃねえ。お前を当てにして……そんで、もしそれが叶わなかったとき、きっと『どうして』だって思っちまう」

     ンな毎回助けてやるワケねえだろ。今回だけだ。今回だけ。

    「どうして助けてくれないんだって、どうして俺が、どうしてお前はって、そう思っちまう。だからお前には、お前だけには頼るわけにはいかねえンだ」

     ンなあるかも分からねえ先のことなんざ考えてどうするんだよ。なんも考えずに、たまたま転がり込んできた幸運に飛びついとけばいいじゃねえか。宝くじがあたったようなモンだ。そんで、まっとうに生きていきゃあいい。それが一番楽だろうがよ。だが、お前にとって、それはきっと。

    「……わかってンだよ、ンなこと」
    「そうだな」

     わかってる。ああ畜生。わかってんだよそんなこと。お前と初めて出会ったときに思い知らされたことだ。借りモンの言葉も他人に与えられる救いも何の意味もねえ。テメェのモンじゃないそれはどこかで必ず破綻する。自由も救いも、テメェ自身が望んで、テメェ自身の力で掴み取らなきゃ何の価値もねえ。それにこれはただの自己満足だ。救いからも導きからもほど遠い。クソ、笑ってんじゃねえよ。さっきまで泣きそうなガキみてえなツラしてたクセに。なんでテメェが笑ってて、なんで拙僧が。

    「……拙僧がダチを、人を助けたいと思うのは、間違っていると思うか」

     泣き言のようなそれを言葉にするつもりはなかった。それでも気づけばぽろりとこぼれていた。手に持った瓶の中身がしゅわりと音を立てる。夜のぬるい風がうっとうしい。

    「困ってるヤツがいたら、助けたいと思うのは当たり前のことだ」

     一郎の声音は変わらない。穏やかな口調はそれが間違いなく本心だと告げていた。だが同時に、それはこいつ自身が自らをねじ曲げている証左に他ならない。自分と自分が守るべきもの以外の全てを、いや自分自身すら踏み躙ってでも前へ進むという決意。それがどのような生き方の末に導き出されたのか、俺はまだ知らない。

    「正直、お前の言う導きってヤツはよくわかんねえが……それでも俺は、そういう生き方を選んでるお前をかっけえと思う。ま、時間くらいは守った方が良いかとは思うがな」
    「お前の生き方は違うってのか」

     照れ隠しによるわざとらしい軽口は敢えて流した。それを察したのだろう、それきり一郎は黙りこくってしまう。またひとくち、互いに瓶の中身を煽る。すっかり炭酸の抜けたコーラは甘ったるい後味だけを残して喉を通っていく。

    「……弟ども、食わせてやりてえンだろ。家族のために何でもするってのは、お前の云うかっけえ生き方にはなんねえのか」
    「俺は――」

     そこで初めて一郎は言葉に詰まった。口数が多い方ではないが常に貫く意志は固く、まっすぐな気質の相棒は答えに窮したというよりは、何と言うべきか悩んでいるように見えた。そうしてしばらく逡巡していたが、やがて思い切ったように口を開いた。

    「俺は……俺のこれはただの意地だ。俺だけの力であいつらを立派に育ててやりてェ、って思ったことも、あいつらのためにどんなことだってするって決めたのも俺だ。俺が選んだことだ。これだけは、俺が自分で望んで選んだことだ。だから絶対にやり抜かなきゃなんねェ」

     まるで自分に言い聞かせるような言葉からは、やはり隣に座る男が抱えるものすべてを推し量ることは出来なかった。それでも、この生き方をひとたび曲げてしまえば一郎という人間そのものをねじ曲げるに等しい行為だということは想像に難くなかった。

    「そうかよ」

     ならばこれ以上の問答は無用だろう。また明日もこいつはこの汚い街で気に入らない生臭野郎の使い走りをし、そして俺はこいつの隣で戦う。ただ、それだけのことだ。

    「悪ィな」
    「なんで謝ンだよ」
    「……ん。そうだな」
    「おォ」

     やれやれと腰を上げて服についた砂埃を払う。空いた瓶を捨てる場所が無いかと辺りを見回すと工事現場の作業員が使っているとおぼしきくずかごがあった。分別などというしち面倒なことは明日ここに来るだろう大人たちに任せることにして、瓶を無造作に放り投げて帰ろうとしたその時だ。

    「……なあ、空却」
    「あ?」

     まだ座り込んだままだった一郎が声を上げた。しばらく神妙な顔つきで空っぽになったコーラの瓶を眺めていたが、ややあって思い切ったように顔を上げた。印象的な左右で色の異なる瞳がこちらを向く。

    「ありがとな」

     初めて出会ったときのような、感情を押し殺した冷え切った眼差しを真正面から見る機会は失われて久しい。代わりに目にすることが増えたのはたった今、目にしているものと同じ。時に言葉よりも雄弁な瞳と緩んだ口角。

    「……拙僧は何もしてねぇよ」
    「ンなことねえよ。今日、お前が居てくれたから。お前が声をかけてくれたから、俺はまだ折れねえぞって思えたんだ」
    「そんなモンか」
    「そんなモンだ。さ、帰ろうぜ」

     そう言うと一郎は今度こそ立ち上がった。空になった瓶を放り投げると、瓶はきれいな弧を描いてくずかごに吸い込まれていった。代わりに抗議するような、がしゃんという音がしたが一郎は気にする様子も無く歩き始める。ちらりと表情を窺うと、やはりいつもの仏頂面に戻っていた。やれやれとため息を吐いてから後に続こうとして、ふと目に入ったものに思わず足を止めた。

    「……?」

     工事中の看板が下げられたフェンスの脇に、夜にも関わらず開いたままの花が根を張っていた。名前は知らない。もしかしたら名など無いのかもしれない。茎はひょろりと痩せ細って、花弁は雨風に晒されたのか随分傷んでいる。にも関わらず、どうしても目が離せなかった。決して華やかではない。それでも、しゃんと背を伸ばしている様はまるで、前を行く男のようで。

    「どうした?」

     しばらくして気配が離れたことに気づいたのだろう。眉を顰めた一郎が訝しげな表情を浮かべながら近づいてきた。

    「いや、綺麗だと思ってよ」
    「お前、そんな感性あったのか」

     注がれた視線の先にある花を見て、一郎が意外そうに目を見開く。さんざ拙僧のことをデリカシーが無いだの何だの言っておいて、こいつも大概だ。しかし――ああ、そうか。

    「ったく。だからテメェは朴念仁っつうんだよ」
    「……悪かったな」

     揶揄うように言うと、珍しく口先を尖らせた一郎が拗ねたようにこんなの珍しくも何ともないだろう、とぼやいた。

    「違ぇよ」
    「空却?」

     やはり花の美しさは同じ花には理解できないらしい。それもそうだろう。花にとっては、息をするよりも、太陽を見上げるよりも自然なことだ。それを今更褒めそやしたところで何のことやらと思われることは目に見えている。

    「『美しさとは折れぬことでなく、折れまいとすることだ』ってな」
    「はぁ?」

     きっと、この名も知らぬ花は明日には誰に手折られることもなくコンクリートの下に呑み込まれるのだろう。誰に顧みられることもなく、誰に愛されることもなく。だがそれでも。誰にも求められなくても、最後の瞬間まで太陽に向かって咲き誇る姿はきっと、この世の如何なるものよりも美しいに違いない。

    「この美しさが分からんようじゃあ、お前もまだまだ未熟ってことだ」
    「相変わらずお前の言うことは意味わかんねぇっての……」

     口調こそは呆れたような調子だったが、幾分か柔らかくなった表情のまま、今度こそ一郎は帰路につくために歩き出した。それに続くべく、歩みを進める。
     ふと見上げた空はやはり狭い。星の光は遠く霞み、淀んだ空気が吹き抜けていく。その中で、花弁を揺らす路傍の花だけが美しかった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤🙏🙏👏💘💘👍❤💕👏💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖❤💞😭💖💖😭🙏💖👏🙏😭💖💖😭😭😭💞😭😭😭😭💯💯💯🙏😭👏😭🙏💕😭😭❤😭🙏♥🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    saga1913

    DONE【さまイチャ3展示作品】
    せっかくの猫の日なので(?)リハビリに書いていたサマイチ短編をアップしました。猫のような犬のような二頭身ケモ刻さんと子育てがひと区切りついた一郎くんの日常。世界観ガバ設定なので広い心で読んで頂けますと嬉しいです🙏
    さまときとあさ 洗ったばかりの白いカーテンを引くと、雲ひとつ無い青空が広がっていた。目覚めは良好。音を立てないように気をつけながら、するりとベッドから抜け出す。太陽に暖められたフローリングを裸足のまま踏みしめると、じんわりとぬくもりが伝わってきた。キッチンの近くまで来ると、昨夜仕込んでおいたホームベーカリーから香ばしい香りが立ちのぼっていて、思わず笑みが溢れてしまう。

     冷蔵庫から貰い物のベーコンを取り出して熱したフライパンに滑らせると、やがてパチパチという音と共に透明な脂が染み出してきた。まだ赤みが残る部分を揚げるように火を通して、ホームベーカリーから取り出した焼きたてのパンの上に敷く。鼻歌を歌いながら脂を残したフライパンにタマゴを割り入れると双子の黄身が姿を見せた。こっちはあいつの分にしてやろうと、ベッドで眠っているだろう同居人を思い浮かべながら、出来上がった目玉焼きをベーコンを敷いたパンの上に乗せた。冷蔵庫にしまっておいたサラダと牛乳、そして少し迷ってから自家製のキャロットラペを盛り付けて、朝食は完成。
    4116

    saga1913

    DONE開眼聞いて居ても立ってもいられなくなって書いたNB
    咲けよ徒花彼岸花「――助けてやろうか」

     ビル群に阻まれ四角く切り取られた夜空を見上げる。かろうじて覗く星々の輝きは人工の灯りに阻まれて朧気だ。地元の空も美しいとまでは言えなかったが、ここまで味気ないものではなかったはずだと柄にもなく郷愁に浸っていると、びゅうと一陣の風が吹き抜けた。視界の端で赤色の布がたなびく。

     繁華街の騒がしさを抜けた先にある高架下は不気味なほど静かだった。日中は工事をしていたらしく端材や重機が佇んだままで時折電車が線路を走る音はするものの、それ以外に人が近づくような気配はまったくない。隣に座る男から聞くに、イケブクロの街はお世辞にも治安が良いとは言えず、夜に出歩く人間は少ないらしい。きっかけは忘れたがこちらに来たばかりの頃、野宿をしようとしたところチンピラどもに絡まれたと話したことがある。よくも財布が無事だったとのたまうものだから、こいつで払ってやったのだと赤い布をたなびかせれば半ば呆れたように肩を竦めていたのだったか。思えば面倒を見ていたヤツを散々に叩きのめされて、怒りのまま拳を交えた相手と今やこうして肩を並べて戦っているのだから、人生とは分からないものだ。
    6041

    recommended works