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    補講中ばくとどが部屋に入れられる話

    テスト どうしてこんなことに。思考を遮る鬱陶しい音に邪魔されながらも、霞む頭で爆豪は数時間前のことを思い出していた。

     補講帰り。爆豪と轟のためだけに運行するバスは、それが例え雄英所有の物だとしても贅沢だと爆豪は思う。運転手の人件費もあれば、車が走ればガソリンだって消費する。要するに勿体ないのだ。いつもガラガラのバスの一番先頭の席に座ってうつらうつらと仮眠をとっている担任の言葉を借りて言うならば、全くもって合理的じゃない。それでも雄英が全寮制をとった経緯を思えばこの手段も頷けた。何より、ヴィランにまんまと拐われた自分が何を言ったところで無駄なのだ。
     それでも、一番後ろの広い座席に陣取って、バスが揺れるたびにさらりとなびく丸い紅白を盗み見るのは悪くなかった。その距離が、自分は心地よかったのに。

    「爆豪、帰るぞ」
    「るせェ! わーっとるわ!」
     会場からバス乗り場までは、実は少し歩かなければならない。大した距離ではないが、補講で疲労困憊、時には怪我をした身体には少々億劫である。前を歩くなと数え切れないくらい言い続けた成果か、轟は爆豪の数歩後ろを歩いていた。
    「……あ?」
     ふと、爆豪は着いてきていたはずの足音がないことに気がついた。振り返れば少し離れたところで見知らぬ人間と喋っている。補講生ではないようだ。置いて先に行ってしまおうかとも考えたが、担任から「一人になるな」ときつく言いつけられているのを思い出す。めんどくせェなんで俺が。そんなことを思いながら、爆豪は話し込んでいるふたりへの距離を縮めた。
    「えっと、この地図で言うと──」
    「おい、何油売ってやがる。さっさと帰んぞ」
     近くで見れば、轟の話し相手は小太りの中年男だった。彼の持ち物らしい小さな地図を轟とふたりで覗き込んでいる。おおかた道に迷った男に話しかけられたのだろう。道案内もまたヒーローの仕事のひとつだ。
    「おっさん、俺もコイツもこの辺りにゃ詳しくねェ。この先にギャングオルカがいるからそっちに聞いた方が早ェ上に確実だ」
    「お」
     思わず轟の手を引いた。何故って、男が地図を覗き込んでいた轟の髪の匂いを嗅いで恍惚の表情を浮かべていたのを見てしまったからだ。背中がぞわぞわと粟立つ。反して轟は気づいていないのか、急に手を引かれよろりと体を傾がせている。ぎしりと爆豪が睨めつけるも、男はへらへらと笑って、脂ぎってまばらになった後頭部をがしがしと掻きむしるだけだった。
    「ギャングオルカ怖いから轟クンに聞いてたんだよ。それにほら、ボク轟クンの大ファンなんだ。こんなところで偶然会えて嬉しいよ! 運命だね!」
     そうなのか、と平然と答える轟を信じられねえと言った目でちらりと見遣り、爆豪はなおも男を睨みつけた。
     恐らく、いや確実に、この気色悪い男の狙いは轟だった。偶然などとのたまったそれも本当かどうか怪しい。ここはさっさと立ち去るに限る、と爆豪の危険察知能力が警鐘を鳴らしたときだった。
    「そっちのきみは爆豪くんだよね? 嬉しいなあ! ボク、ツートップ推しなんだ!」
     だから、ちょっと、遊ばせてね。そう呟いた男に言葉の意味を問いただそうとしたときにはもう、この真っ白で趣味の悪い部屋に閉じ込められていたのだった。

     ほんの今まで屋外にいたはずなのに、今爆豪と轟がいるのは家具はおろか窓も扉すらもない真っ白な部屋だった。部屋は五畳程度の広さで、狭くもないが特段広くもない。さっきまで話していた男はいなかった。そいつに貶められたのだと瞬時に爆豪は理解する。
    「クソがァ!!」
    「駄目だ爆豪、携帯の電波が入らねえ」
     吠える爆豪の横でスマートフォンを握り締める轟が、にわかに緊張の含んだ声色で言う。まさかと思い爆豪もスラックスのポケットから自らのスマートフォンを取り出して見るも、いつも電波の強さを表示している部分には圏外の二文字が無慈悲に横たわっているだけだった。これでは外部と連絡が取れない。
     敵意こそ感じられなかったが、恐らく資格を持たない人間が公共の場で個性を使用したこと、そして明確な意思を持って高校生を巻き込んだこと。十分にヴィランの所業である。一刻も早く担任及びプロヒーローに伝えなければならない。そしてできるならばあの気持ちの悪い男の横っ面をぶん殴りたい。爆豪のてのひらから眩い閃光が走り、次の瞬間には白い壁に爆風を叩きつけていた。
    「爆豪! 俺たち仮免持ってねえんだ、個性の使用は──」
    「ンな悠長なこと言ってられっか! ……──!」
     しかし壁には穴どころか亀裂ひとつつかない。かろうじてついた焦げ跡もどうしてか、見る見るうちに消えてしまった。呆気に取られる爆豪に畳み掛けるように轟が炎をぶつける。しかし限界まで温度を上げても、まるで耐火壁のようにビクともしなかった。
    「んだ、これ……」
     熱により体力を消耗した轟ががくりと膝をつく。爆破でも傷一つつかなかったことから察するに、恐らく氷では歯が立たないだろう。そしてこれ以上の個性使用はできなかった。恐らく密室で、炎や爆破などをたびたび起こしていれば早々に酸素不足になることが目に見えていたからだ。
     座り込み自らを氷結で冷やす轟の隣に、爆豪もどっかりと腰を下ろした。今彼らにできることは、誰かが不在に気づくまで、できるだけ酸素を消費しないようじっとしていることだけだった。
     ——そう、そのときまでは。
    「……おい爆豪、あれ……」
    「るせェ見えとるわ」
     先程ふたりが個性をぶつけ、にも関わらず焦げ跡すらも跡形もなく消え去ってしまったはずの白い壁に、何かが浮き出ているのをふたりは見つける。その壁にふたり同時に駆け寄って、同時に目にしたふたりは、同時に固まった。
     真っ白の壁に浮き出た「何か」は、文字の形をしていた。
    「……セックスしないと出られない部屋……?」
     そう訥々と読み上げてからその文字列の意味を遅れて理解し顔を紅潮させた轟の隣で、爆豪はここから出たらあの男ぶっ殺す、と改めて胸に誓った。
    「……爆豪、」
     顔を真っ赤に染め上げて、困ったような泣きそうな表情で轟が爆豪を振り向く。いつもあまり表情の変わらない轟の珍しい顔色に、爆豪の心臓が不謹慎にもどきりと鳴った。それを誤魔化すように声を重ねた。
    「うるせェ、わぁってる」
    「わ、かってるって、……どうするんだ」
     緊張か、それとも怯えか。轟の声に呼吸音が入り交じり始めている。右ばかりを使い続けていたかのように全身が小刻みに震えていた。
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