銀紙サンタクロース「2週間でしたね、お帰りは……26日。クリスマス終わっちゃいますね」
「なにがクリスマスだ、どうするわけでもないだろう」
「そうですけどね、まぁ、私はミサがありますし」
イベント事にまるで興味のないサンウクさんは、重そうなブーツの紐をきつく結び終えると、背後に立つ私の顔も見ずに出て行ってしまう。
本当に愛想のないひとだ。
いっそ変顔でもして、サンウクさんが万が一振り返ったら……という肝試しでもしてみようか。
そうやって仕事に向かうサンウクさんを見送ったのが5分前。
今、私はキッチンで、鍋肌でプツプツと泡の揺れるのを見つめている。
今時分の水は冷たいから、沸くのが遅くてじれったい。
そういえばサンウクさんは去年もこの頃に泊まり込みに行っていたから、きまぐれに電話をしたのだった。珍しく出てくれたと思ったら『寮の廊下にツリーなんか置いてやがる。チカチカしてうっとおしい』とぼやくので、ふきだしてしまった。
戯れに、写真を送って下さい、と頼んだら、暗い廊下で貧相なツリーに吊るされ揺れる、内照式のサンタクロースの動画が送られてきて、私はまたひとしきり笑った。
ホラー動画じゃないですか、と返したメッセージは無視されたけれど。
ウニュさんにせがまれてする夜景の自撮りなんか、上手に撮るくせに。彼女のインスタ、知っているんですからね。
あなたが隣にいなくても。
どこかで正しく呼吸をしていてくださるならば。
願うのは、あなたの日々に少しでも、ささやかなよろこびがありますように。
今度の現場の食事は美味しいだろうか。ぼんやりと考えていたら、湯が沸いていた。蓋がカタカタと踊り、白いあぶくをふいている。あぶない、あぶない。蓋をあけ、火を弱める。
慌てた拍子に、用意してあった銀の箸がころがりぶつかってチリチリと音を立てた。子供の頃、食事が待ちきれなくて、箸で机を叩いて鳴らして叱られたな。今日のおかずはなんだろう、といつも心待ちにしていた。
今の私もそれくらいワクワクしている。さぁ、そろそろほぐして……と菜箸を構えたところで、玄関の開く音がした。驚きすぎて、手に持ったそれを取り落としてしまった。
「どうしました、サンウクさん?」
慌てて玄関に向かう私の顔に、動揺が浮かんでいたとは思わない。でも、サンウクさんに隠せるはずがない。
出ていった時とは逆に、ジッと私の顔を見ると「忘れた」とだけ言い、ズカズカと廊下を進んでゆく。無駄な抵抗と知りつつ「ハンカチでも?」と声をかけ引きとめると、ギロリと睨まれた。サンウクさんはそのままダイニングテーブル向かうと、持っていた黒い袋を置き、ようやっと振り返った。そうして、キッチンの入り口で、ガスコンロを隠すように立った私の背後をチラと見やると、一瞬眉根を寄せフンと鼻を鳴らすと、そのまま無言で出ていってしまった。
しくじった……見られてしまった……。
小腹がすいた、と言っては間食をするサンウクさんを、いつも咎めている私が。
買い出しに行くたびにカートに放り込むから、よくまぁ飽きもせず、と憎まれ口をたたいていた私が。
サンウクさんがいなくなるのをこれ幸いとでもいうように。
いそいそとひとり愉しもうとしているのを。
サンウクさんは、明らかに、不満げな目つきをしていた。
それにしても、忘れ物をしたといって戻ってきたのに、なにを置いていったんだろう。黒いビニール袋を覗いてみると、サンウクさんの好物の——つまり私が今盗み食いしようとしている——5個パックのラーメンが入っていた。
わざわざ今、買い足しを? 私の犯行を予想していたなんて、まさか。
不審が募り取り出してみると、それには『期間限定パッケージ』と書いてあり、ツリーやサンタ、赤と緑のリボンなどが散りばめられている。
ああ、ちがう。これは、私へのプレゼントだ。
だって今日は12日、私の誕生日だから。
サンウクさんはきっと、1階のソッキョンさんのお店を通るあたりで、日付に思い至ったに違いない。
ねぇサンウクさん。
いくらなんでも、大雑把すぎやしませんか。
私の誕生日とクリスマスが一緒くたで、しかも袋麺が贈りものだなんて。
どうしようもない愛しさがフクフクと湧き上がる。
パッケージのサンタクロースのイラストを切り抜いて、その銀色のペラペラをカレンダーの26日にピンで留める。
冷たい空気を纏って帰ってくるあなたを、あたたかい湯気できっと包んであげましょう。
麺はふやけてスープは煮詰まり、しょっぱくなってしまった背徳のラーメンは、とてもとても美味しかった。
ハピハピエンド