【指輪がない】中央の国の元騎士団長カイン・ナイトレイはいつになく焦燥していた。
本人は特に意識していないかもしれない。
けれど周囲から見れば何か起きているのであろうということが容易に推測できる。
それほどに彼は焦っていた。
「カインや、カイン。そんなに慌ててどうしたのじゃ?」
「我らで手伝えることがあれば力になるぞ。」
「双子先生。いや、何でもないんだ。ありがたい申し出だけど気持ちだけ受け取っておくよ。」
その様子を耳ざとく聞きつけやってきた双子の提案をカインはやんわりと断る。
実際心配1割、興味9割といったところだ。
まだその辺りの判断はできる程度に、彼は焦っていた。
足が急ぐ。
「ねぇケルベロス。さっきから騎士様は何をしているんだろうね?同じところを行ったり来たり。」
樹の上で日向ぼっこをしていたオーエンは退屈そうにそれを眺める。
「あんなに何度もぐるぐる回ってたんじゃいつかバターになっちゃうんじゃないかな。焼きたてのパンケーキにたっぷりの蜂蜜と林檎ジャム。それから真っ白でふわふわの…。」
言いながらお腹の方でキュー…と小さく音が鳴った。
もう行こう、ケルベロス、そういうや否や既にオーエンの姿はどこかに消えていた。
そんなやりとりに気付く余裕がない程度に、彼は焦っていた。
やがて夕暮れが近づいてきた。
一日中歩き通しだったカインは魔法舎のホールをとぼとぼと歩いていた。
「あら、カイン様。もしかして何か探しものかしら。」
「その声は…。頼む。握手を。」
カインは声のする方へ両手を差し出す。
その手を包むように握りかえされる。
するとカインの目の前にはクックロビンの妻であるカナリアが現れた。
「ふふ、探しものってこれでしょう?お掃除をしていたらみつけたの。」
気づけばすでにカインの手の中にはまだ真新しく、けして華美過ぎない細工が施された、品のある指輪がひとつ、握らされていた。
みるみるうちにカインの顔は安堵で緩む。
「ありがとう!カナリア!」
カインは挨拶代わりのハグをすると礼もそこそこに足早に何処かへと消えていった。
カナリアはそんなカインの後ろ姿に向かってゆっくりと手を振った。
「何をしておるのじゃ?アーサーよ。」
「新しい遊びかのう?」
後ろからきゃっきゃとした声が聞こえる。
するとたちまちカナリアの姿は中央の国のうら若き王子の姿に入れ替わった。
「いいえ、いつもの変身遊びですよ。小鳥は光るものを収集する癖があるようで。」
そう言ってアーサーは笑った。
「急ぎの用事がありますので失礼します。」
アーサーは今度は可愛らしい小鳥の姿に変身し、風に乗ってさっと飛び去ってしまった。
早く部屋に戻らねば。
何事もなかったように微笑んで、お帰りなさいと言いながら彼を抱きしめなければいけないから。