Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    くじょ

    @kujoxyz

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji ⛲ 🚿 🌋 🛁
    POIPOI 14

    くじょ

    ☆quiet follow

    快新。MMORPGパロディ。
    過去に途中まで書いたものを大幅リメイク。
    ※元の作品とは所々で設定が異なります。
    ※登場人物も変更があります。
    ※6月30日あわせで発行予定(予定は未定)

    #快新
    fastNew

    MMORPGパロ。進捗③     2

     窓から差し込む明かりで、ぼんやりと緩やかに意識が浮上する。
     寝室の窓は南を向いているので、その窓から強い光とともに熱も差し込んできていることを考えると、そろそろ昼といったところだろう。まだ惰眠を貪っていたいという気持ちを捻じ伏せて、まだ寝ていても良いじゃないかと誘惑するふかふかのベッドから起き上がる。
    「んー……痛っ」
     上体をベッドから起こして両腕を天井に向けて伸ばす。うんと体を伸ばしたところで、胸だか背中だかのあたりに痛みが走った。
     痛みで、昨日のできごとを思い出す。
     エリアレベルとは明らかに違う、異様に強いボスの存在。部屋の出入り口となるドアが消滅して閉じ込められるというのも初めて遭遇した現象だった。
    「あれは一体、何だったんだ?」
     いまこのワールドにいるトップクラスのプレイヤーには当然負けるが、まったく歯が立たないというほどではないという自負はある。加えて、トッププレイヤーと比べて足りないステータスを補うだけの技術を注ぎ込んだ武器と防具がある。
     それを以てしても、ダメージが通らなかった。それどころか、反撃され攻撃までまともに受けてしまった。
     痛みを感じた胸を押さえる。手のひらの布の感触に、敵の攻撃をまともに受けて防具が破壊された事も思い出した。ボスの攻撃をうけた新一の記憶は、防具が破壊されたのと同時にそこで途切れている。
     しかし、いま新一が座っているベッドは新一自身のもので間違いない。部屋だって、何度も飽きるほど見覚えのある自宅そのものだし、窓から見える外の景色だって見慣れたものに間違いない。記憶を失ったという記憶があるのに、それからどうやってここまで帰ってきたのだろうか。
     最も有り得るのは、あのままボスにやられて体力ゲージがゼロになり、強制送還されたという可能性。
     通常のプレイでは、フィールドやダンジョンで体力ゲージがゼロになったプレイヤーはタウンに強制送還される。自宅がないプレイヤーは転送ゲートがある広場に送還されるが、自宅があるプレイヤーは、プレイヤー自身の自宅が送還先に指定される。新一は後者なので、自宅のベッドの上で目が覚めたのだろう。
     目が覚めたということはつまり、起き上がるほどには体力が回復したということ。
     その目安の通り、わずかに痛みと違和感はあるが、ダンジョンへ潜った後始末をすることと、それから再び出かけるために装備を整えたりの準備をすることはできる。
     本調子まで体力が戻り次第すぐにまた動けるよう準備をする必要がある。新一の武器装備の一式は市販品ではないので、なおさら早いタイミングで修理を依頼したほうがよい。武器はさほど使わなかったので損傷はないだろうが、防具に関してはほぼ全破壊と言っても良い。物理的にも明らかに壊れて見せるが、なにせステータス画面から見ることができる耐久値がほとんどゼロなのだ。
     予備の装備があるにはあるが、それをメインで使うのは心もとない。とはいえ幸いなことに、新一が武器と防具を任せている相手はこのベイカタウンの中にいる。エネミーが侵入しないエリアとして設定されているタウンから出なければ、よほどのことがなければ武器も防具も必要ない。実際、これまでにタウン内で武器や防具が必要とされる場面に遭遇したことはないので問題はないだろう。
     それでも念のために、衣装に隠したまま携帯することができるハンドガンだけは装備する。適当な防具を身に着けて興味津々に観察されても面倒なので、一度は取り出した予備の防具はまた、倉庫の中で眠ってもらうことにした。

     タウンの中心部から少し外れた場所に小屋がある。看板すら出ていない小さな建物だが、この場所こそが新一が装備の一式の整備を頼んでいる人物がいる場所。外から見ただけでは、中に人がいるか否かどころか、店舗であることすらわからないような建物のドアを、遠慮なく開いた。
     店舗と民家の違いは、建物の所有者以外が内部にアクセスできるか否か。たとえば民家なら、家主と、家主が許可した相手しか入ることができないのに対して、店舗なら基本的には誰でも入ることができる。
    「やあ、新一くん。いらっしゃい」
     店のドアを開けて中に入るやいなや、来客の気配に気づいたカウンターの前に座っていた男が顔を上げる。赤みがかったミルクティ色の髪の男はこの店の店主で、彼こそが、新一が装備一式のメンテナンスを任せている男である。
    「昴さん」
     沖矢昴。彼は武器商人であり、新一が装備一式のメンテナンスを任せている相手。新一がいま使っている武器――ハンドガンと剣も、破壊されてしまった防具も、すべて彼が手掛けたもの。
     そんな彼の元を久しぶりに訪れた理由を、壊れた防具を差し出すとともに早々に白状した。
    「これは……見事な真っ二つですね」
     新一が持ち込んだ無惨な姿になった防具を、沖矢がまじまじと観察する。見た目にあまり防具らしくないよう仕上げてあるが、こうして真っ二つにされた断面を見ると、素材は確かに防具に違いない。
    「この防具をここまで見事に真っ二つにできるほどの力とは、おそろしい」
     最初はただ観察をして、それから真っ二つに割れた防具をそれぞれ手にとって眺める。一太刀で切り落とされた美しい断面にはほころびひとつ見られない。
     沖矢が断面をつうと人差し指でなぞると、その指先に赤く一文字の線が走った。すぐに傷口からはぷくりと鮮血がにじむ。見なければ気づかないほどまったく痛みは感じなかったのは、それだけ鋭利で切れ味が良いということ。
     真っ二つにされた新一の防具は、沖矢が彼のために腕によりをかけてあつらえたもの。市販品を組み合わせるだけでは不可能な、余計なものはすべて削ぎ落として、新一が必要としているステータスのみを最大限に補強している。それがいとも簡単に破られたということに驚いた。
     そしてなによりも、刃物として作られたわけではないというのに触れただけで皮膚を切るほどの威力を持つ断面に興味がわいた。
    「新一くん。これは私からの提案なのですが、出来上がったばかりの最新作の防具をプレゼントします。代わりに、こちらの真っ二つにされた防具を引き取らせていただきたいのです」
     沖矢の提案に、彼が何を言っているのかすぐには理解ができなかった。新品で最新作の防具の代わりに壊れた古い防具が欲しいとは、新一にとってあまりにも都合が良すぎではないだろうか。思わず復唱するように聞き返したけれど、沖矢は否定することなくただそのとおりだと繰り返すのみ。
    「本当に良いんですか? あとで返せって言われても返しませんよ」
    「ええ、もちろん」
    「それなら僕としては、新しい防具がもらえるのは大歓迎です」
     にこやかに頷く沖矢がその条件で良いというのなら、新一に否やはない。
     条件をのんだと返事をすると、こうなることをあらかじめ予想していたのかと疑うほどの早さで、さっそく新一の手に新しい防具が渡された。曰く、新一のために調整はすでに済んであるというのだから、彼がなにか仕組んだのではないかと疑いたくなる。
    「他に何か必要なものは?」
     問われて、ぐるりと店内を見回す。
     店の壁や棚には、それこそ一般的な武器や防具、それから道具が所狭しと並べられている。新一のように一部の客からはオーダーメイドで請け負うこともあるが、なにもそういった特殊な事情ばかりではない。
     大半のプレイヤーは既存の一般的な武器や防具を利用することのほうが多い。すでに完成したものを購入するのだから、購入したその場ですぐに目的のものを手に入れることができる。
     新一も彼とこの店に出会うまではその方法で武器や防具、道具などを調達していたし、いまでもステータスに影響しないちょっとした道具なんかはその方法で購入しているものもある。
    「ああそうだ。ねえ昴さん、僕でも使える調理器具って作れます?」
     武器や防具を新一用にオリジナルカスタムするだけの腕がある沖矢ならもしかしたら。そう思いつきで尋ねる新一に逡巡する。
    「さすがに道具で料理スキルを付与することはできませんよ。道具を使うことでができるのは、補助程度でしょうか」
     うーん、と考える沖矢を前に、新一が失礼ですねと抗議する。なにも料理スキルがまったくないというわけではないのだから。新一とて自分で自分の食べ物を調達することの重要性は身にしみて感じている。
    「コーヒーを淹れることはできます」
     すごいでしょう、と言わんばかりに堂々と胸を張る。そんな新一に、沖矢の頭に疑問が浮かぶ。コーヒーを淹れるのはなかなかの難度のはず。それができるというなら、なにも道具の補助に頼らずとも簡単な料理程度なら作れるのではないだろうか。そう考えて、ふと疑問が浮かんだ。
    「ちなみにそれは、ハンドドリップ――」
    「コーヒーメーカーって、結構美味しく淹れてくれるんですよ」
     得意気に胸を張ったまま、そんなことを言う。一口にコーヒーメーカーと言っても、ある程度は料理スキルにステータスを振ってないと美味しいコーヒーを淹れることができない。ハンドドリップではなく機械だというのにスキルが必要とは、なんとも不思議なことだが、そういった仕様なのだから仕方がない。
     しかし新一のその言い分に、道具としてのコーヒーメーカーを、それから料理用の機械を所望している理由を理解した。


     沖矢の店を後にして、そのままその足で転送ゲートへと向かう。
     防具を新調してからすぐにフィールドへ出かけることに全く抵抗がなかったわけではない。しかしいつかは行かなければいかないというのと、なによりも最大の理由が、謎の鍵だった。
     ファンタジーによくあるデザインの金色の鍵。これは新一が目が覚めたときにインベントリで見つけたもの。なぜインベントリに入っていたのか、拾った記憶がないのにいつのまに入手していたのか、まったく記憶にない。
     鍵のアイテムは、新一をはじめとしたほとんどすべてのプレイヤーにとっては日常的に入手できるもので、見慣れたアイテムにちがいはない。この鍵なるアイテムは、その名称どおり、それぞれが固定のフィールドへ転送するための鍵となるもの。鍵を入手することでしか行けないフィールドもあり、加えてレアドロップともなれば、プレイヤーとしては入手したら興奮こそすれ、忘れるなんてことはないはず。すっかり忘れている新一が言えたことではないけれど。
     とはいえ手に持っているものはどう見ても鍵そのもので、じいと注意深く観察してみるものの、過去に入手した鍵の記憶と比べてもさほど違いは見受けられない。
    「試してみないと、始まらねえよな」
     誰に言うでもなく、独り言をこぼす。自分への言葉に、自分でうんと返事をして気合を入れると、ゲートに鍵をかざした。
     くるくると回っているゲートがキラリと光る。
     今までに新一が行ったことのないフィールドへ繋がった合図。
     出どころもわからないような鍵を使った移動に不安がなかったわけではない。ましてや今まで慣れ親しんだ装備が一新しているというおまけつき。しかしそんな不安よりも、新しいフィールドへ行くことができるという期待と好奇心が上回った。
     ゲートに手をかざす。転送される前に光りの中に浮かんだのは、四十五というローマ数字。この数字は転送先に繋がっているフィールドの目安レベルを示しているもので、それでもフィールドへ進むか否か、最終確認がなされる。
     自らのレベルと照らし合わせて、示された四十五という数字に不安要素がひとつ追加になったが、しかしここまで来ておいて行くのをやめるという選択肢はない。行ってみて無理なら引き返せば良いのだから。
     そう決めると、新一は腹をくくってゲートに飛び込んだ。

     本物の肉体ではないと頭では理解しているとはいえ、転送ゲートに入って一瞬にして全く違うフィールドへ移動するというこの感覚にはなかなか慣れない。そのたった一瞬にどうしても身構えてしまい、転送が完了して地面に両足がついてようやく、ふうとため息をつくのとともに、肩の力がぬけた。
     鍵を握っていたはずの手元を見ると、役目を終えた金色のそれは無数の光の粒となって、やがて霧散する。今後、このフィールドに行きたいと思ったときは、一覧になっているリストの中から該当するキーワードを選択することで、同じフィールドへ飛ぶことができるようになる。念のためリストを確認すると、このフィールドに繋ぐためのキーワードが追加されていたので、少なくともこの鍵そのものは本物だということになる。
     降り立った場所は、石畳の上。歩きやすいよう整備されているもののそれは完全なものではなくて、ところどころが朽ちていたり凹凸が目立つ場所もある。ぐるりと見回したフィールドは、これまでにフィールドとして見てきた広大に広がるエリアとは全く違った景色が広がっている。
     降り立った石畳の正面には、いまいる場所とその先を繋ぐように小さな吊り橋がかかっている。切り立った崖の近くまで歩み寄って下を見下ろせば、穏やかに水面が揺らめいていた。
     橋などなくても飛び越えてしまうことができそうな長さしかない橋だが、これでも立派に橋の役目を果たしている。とはいえ、ほとんどたわむことすらしない吊り橋をあっという間に渡り終えると、突然視界がひらけた。吊り橋を渡った先、小さな島の中央ににそびえ立っているのは、古びた廃教会だった。
     この廃教会だが、転送ゲートから降り立った場所からは見ることができなかった。吊り橋を渡った先の島に足を踏み入れた瞬間に、視界がひらけたように目の前に現れた。ちなみに島へ渡りきってしまったあとで振り返ると、元々いた場所では相変わらずゲートがくるくると回っているのが見える。つまりこの小さな吊り橋は、ゲート側から教会を隠すため、外の世界と内の世界を隔てるための重要なゲートの役割をしていたということになる。
     教会は今となってはすっかり廃れてしまっているものの、その佇まいは重厚で、かつては荘厳な威厳を放っていたのだろうと想像ができる。
     空高くに留まっている太陽からは、まばゆいほどの光がさんさんと降り注いでいる。それらがまた教会を幻想的に照らし出していて、屋根の一番高い場所に掲げられた十字架がその光を受けてキラキラと輝いている。
     ふと気になることがあって、新一は右手を左右に振ってメニュー画面を呼び出した。
     すぐに、視界の前、なにもない空中に文字が浮かんで表示される。メニュー画面を呼び出した目的は、左上に表示される時間。その数字を確認すると、午後八時過ぎを差していた。
     メニュー画面を閉じて、もう一度空を見上げる。
     先ほどもそうだったが、いま改めて見ても、やはり空は青々としていて、雲ひとつなく快晴というにふさわしい。まさかこれが午後八時の空の景色だとは誰も思うまい。
    「どういうことだ……?」
     実際の時間は夜。しかし新一の目の前に広がっているのは、あまりにも美しい、抜けるような青空。基本的に空の様子は時間に依存していて、午後八時という時間なら、本来は空は暗く、美しい月と満天の星空が広がっているはず。
    「これが、噂に聞く昼のフィールドか……?」
     確たる情報とはとてもではないが言い難い、風の噂に聞いたことがある。常に太陽が煌々と照らしている、常に美しい月が静かに輝いている、常にどんよりと暗く雨が降り続いている、そんなフィールドの存在。それぞれがいずれも時間も天候も関係がなく、どの時間、どの季節に訪れても、見える景色は変わらない。
     これまでにその手のフィールドに出くわしたことがなかったが、このフィールドが、まさにそれなのだろう。
     時間を確認しなければ気づかなかったかもしれないが、いま見た午後八時という時間と、体で感じる感覚とのズレに、とてもではないけれどいまが夜なのだとは信じられない。
     新一が立っている場所は教会の外側だったが、そこからでも十分に教会の中を見通ることができる。入口のドアが取り付けられていた場所は、それを留めていた場所ごとごっそりと崩れ落ちていて、いまやただの穴が空いている状態だ。脇に積み上げられた大小が入り混じった瓦礫はその名残なのだろう。
     見上げると、壁どころか屋根までもがところどころで崩れている。戦火を浴びたのか、黒い焦げ跡のような、煤のような跡がついて汚れている。場所によってはこすれた跡や、なにかが焼き付いたのだろう形が想像できるような跡までついているほど。
     教会の中に入ると、教会へ訪れた人々が腰を下ろすための長椅子も半分以上が跡形もなく崩れていて、ノコtている半分ほどの椅子も、崩れたり劣化していたりして使い物にならない。
     中央に引かれていたのだろう赤色のカーペットはすっかり傷んでいて、ほんの一部だけが残っている。ボロボロのカーペットが敷かれた、真ん中に真っすぐ伸びる一本道だけが新一を迎え入れ、奥へと導いている。そこだけは道を作るように瓦礫の類が一切落ちておらず、歩くのに邪魔になるものはない。
     奥へ吸い込まれるように、自然と新一の足が動いた。
     ゆっくりと空気を噛みしめるように、歩みを進める。横に視線を向けると、長椅子の上に落ちた瓦礫と、その隙間のところどころから、わずかに緑色が見える。名も知らない雑草がたくましく顔を出している。瓦礫そのものは苔がむしていて、薄く土が被っているところもある。こうして崩れた状態になってからかなり長い年月が経っていて、美しい姿を見せていたのはさらに前のことなのだろう。
     瓦礫が塞いで一本道になっている道を真っ直ぐ進んで、祭壇の前に立つ。
     天井にまで向かって伸びているステンドグラスは足元まで続いていて、外の太陽から差し込む光に照らされて教会の内部を七色に染め上げていた。
     床も壁も天井も、すべてが荒廃した中で、ステンドグラスだけが今もなお、ほころびのひとつもなく完璧な状態で残っている。つい感嘆のため息が漏れるような美しさを見上げながら、新一は唯一座ることができそうな、最前列の長椅子に腰を下ろした。ここへ来たプレイヤーを歓迎するように、美しいステンドグラスから差し込む光が新一を包み込む。
     教会の中にいるのは、新一がただひとり。シンと静まり返った中でただステンドグラスを見上げる。どれくらいの時間をそうしていたのだろう。ようやくステンドグラスから目を離して周囲を見回して意識を向けると、椅子から腰を上げた。
     思い立って長椅子の周囲を探るように慎重に歩く。歩けるようように設定されているところは一通り足を踏み入れて捜索する。これまでの経験上から、なにかが起こりそうな場所は特に、細かい場所まで念入りに。一周ぐるりと見終えてから、もう一周。見落としたところがないかと確認するため、二周目は逆回りに捜索した。
     しかし、アイテムをはじめとしたこの場所から先へ進む手がかりとなりそうなものはおろか、エネミーの一体すらも現れる様子がない。そもそも他のフィールドやダンジョンでは新一たちプレイヤーの行く手を阻むことで定番の、金色に光る魔法陣の出現がひとつも存在しなかった。それに加えて、どこを注意深く探っても、触れてはいけないだろう場所に触れてみても、ひとつも罠の発動がない。
     隅から隅まで徹底的に調べた結果、アイテムもエネミーも、なにひとつ配置されていないことがわかった。だとしたら、このフィールドは果たして何のためにあるのか。ただただその疑問だけが残る。
     何の意味も持たないフィールド。
     これだけ膨大な量のフィールドやダンジョンがあるのだから、そういった場所があってもおかしくはない。だとしても、テクスチャやら雰囲気やらとかなり細部まで作り込んでいるようだが。
     ただ美しいだけの教会があるフィールド。
     鍵を入手したことで新しいフィールドへ行けると息巻いて飛んだ先がイベントもなにもないこの場所では不満が出そうなものだが、思い返してもそういった話は聞かない。その理由が、もう一度、ステンドグラスを見上げてわかった気がした。
     これまでとは一線を画す場所、コンセプトの根本から違うこの教会という建物は、不思議と人の意識を惹きつける。視線を集めて、心を奪う。そんななんとも不思議な感覚。魅入るというのはこういうことを言うのだろう。
     いつまでもこの場所にいないほうが良いと頭の中が警鐘を鳴らす。離れがたいと訴える自身の体を叱咤してすり減らされつつある理性をなんとかかき集める。その努力のかいあって、わずかに理性が優勢に働き、震えながらなんとか体を反転させると、教会に背を向けた。
     背を向けた瞬間、ふっと体が軽くなる。
     それまでコントロールするにも重すぎた体が嘘のように、手も足も全身が軽くて簡単に動かすことができることに感動する。
    「帰ろうと意識をそむけようとすると、なにかしらの力が働くのか……?」
     気づくと、その仮説を試したくなった。新一がたてた仮説通りならたとえ体が重くても、目を閉じて視界から教会を消せば良いということになる。手順を確認すると言っても、ただ目を閉じるだけ。それがだめでも、今のように教会に背を向けて視界から外せば良い。わかっていても緊張はするもので、ぐっと両手を握って、それから力を抜く。ふうと息を吐きだしてから、意を決して振り向いた。
     遠目に見ても、教会が、その奥に存在する祭壇が、きらきらと光り輝いている。
     しかし今度は、目を閉じようとしても、振り返ろうとしても、先ほどのような抵抗は一切感じられない。自分の仮説から覚悟を決めた効果だろうか。これもまた推測の域から出ることはないが、この美しい光景を遠くからでも平常心で眺めることができるという事実にほっと胸をなでおろした。
    「ん……? あんなもの、あそこにあったか……?」
     ふと美しいステンドグラスから視線を外した先、教会の壁が崩れた瓦礫が積み上げられている向こう側に、先程まではなかったものが視界に入る。
     遠目にもわかるほど主張しているそれは、大きな石だった。
     周囲を見て回ったときにはなかった代物。まさかこんなにも大きなものを見落としていたなんてことはないはず。それが突然出現したということ。知らないうちに出現するための条件を満たしていたということになるが、一体どの行動がその条件だったのか、振り返ってみてもよくわからない。
     近づいてみると、石のサイズは新一の腰ほどまである。前面を平らに切り落とされて、人工的に鏡面加工まで施されていて、つややかに光っている。どう見ても自然のものとは思えないそれには、何やら文字のようなものが刻み込まれていた。
     なにが書かれているのか読み取ろうと、近づいてかがみ込む。
    「ええと……さっぱり読めねえな」
     石碑には所狭しと文字のようなものが刻まれているが、どこの言葉とも判別がつかない記号の羅列に見える。もちろん日本語ではないし、英語でもないそれは、特定のどこかの言語ではない。新一が自身の知識として知っているどの言語と照らし合わせても該当しないそれは、このワールド特有のものの可能性が高い。それとも――
    「もしかして、なにかの暗号か?」
     ぽろりと自分の口からこぼれた可能性に、ざわりと背筋がざわめく。
     だとしてもなにも読めないのだから、いまのこの状態では解きようがない。とはいえ、まさかなにもないと思っていたフィールドにこんな興味をそそられるような仕掛けが待っていようとは。
     石碑に手を伸ばすと、ピコンとどこかでシステム音が鳴る。これは新一自身にしか聞こえていない音で、石碑に刻まれた記号をそのままアーカイブとして保存したことを表している。保存したアーカイブはメニューからいつでも見ることができるので、これでいつでも見たいときに見ることができるようになった。
     石碑のほかになにか変化した場所はないだろうか。新一の行動がきっかけになって石碑が出現したというのなら、別の場所でも変化が起きていてもおかしくはない。そう思いながら、すでに二周した建物の周りをさらにもう一周、ぐるりと見て回る。しかし周りには相変わらず完璧に手入れされた芝生が広がっているだけで、石碑が出現したこと以外の変化はついに見つけることができなかった。

     自宅に戻り、所狭しと並べた本棚の中からルールブックを手に取る。その中から、転送用のキーワードを検索する。これまでに新一が訪れたフィールドについての詳細や説明が一覧となって並んでいる。その中から、先程のフィールドに該当するキーワードを探るが、しかし、該当するページは存在しなかった。
     まさかキーワードが変化しているのか。不思議なステージだったしありえなくはないと思って、記載されているすべてのページをひとつずつ確認してゆく。しかし、廃教会だけがそびえ立っているフィールドは一覧の中には存在しなかった。
    「ルールブックに乗ってないフィールド……?」
     もしくは、ルールブックにすら記載しないほどの隠しフィールドか。キーワードにはしかと存在するので、あのフィールドが幻だったということはなさそうだ。
     ようやくベッドに横になり、すぐ横にある窓から空を見上げる。その頃にはすでに夜中という時間はとうに通り越していて、こころなしか東の空が白んできている気さえする。
     目を閉じると、すぐに先ほど見た光景がまぶたの裏に浮かんだ。
     謎の絵文字が刻まれた石碑があるだけで、他にアイテムがあるわけではない。ましてやエネミーが出ることもなくて、さらに何かしらのイベントが起きるわけでもない、ただそこにあるだけのフィールド。
     ダンジョンも存在せず、他のフィールドと比べて圧倒的な狭さを誇っている。どの程度狭いかと言うと、すべてのフィールドを周りきるのにものの数分で終わるという程度。だからこそ、ただ廃教会があるだけのあのフィールドが気になった。
     あの手の石碑を見たのは、今回が初めてのこと。もしかしたらこれまでに訪れたフィールドにもあったのかもしれないが、膨大な量があるフィールドの中からそれを見つけ出すのはさすがに現実的ではない。もしもあの類の石碑が、文字のような記号の並びがあるのだとしたら、先ほど新一が行ってきた廃教会のようなフィールドなのだろう。
     ひとつしか見つけていない、他に発見したという情報がどこにもない現状ではあくまでも推測に過ぎないが、調査の対象に入れておこうと頭の片隅に記憶しておくことにする。
     どちらにせよ、明日に服部を連れてもう一度同じフィールドへ行こうと決意して、新一は夢の中に意識を落とした。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    くじょ

    PROGRESS快新。MMORPGパロディ。
    過去に途中まで書いたものを大幅リメイク。
    ※元の作品とは所々で設定が異なります。
    ※登場人物の変更もあります。
    ※6月30日あわせで発行予定(予定は未定)
    ※※まだ快斗が出てきません(次から出る予定)
    MMORPGパロ。進捗④ 眠りについたときにはほぼ明け方になっていたということもあって、目を覚ますころには太陽がすっかり天高く昇りきっている。朝一番に服部に声をかけて行こうと思っていたのに、これでは朝一番どころか、すでに昼も目前という時間だ。
     明け方に眠ったとはいえふかふかのベッドで眠った体はすっかり体力も気力も満タンまで回復している。ステータス上では疲れは取れたものの、まだ眠気が残っていて体が重だるい。軽快に動かない体をずるずると引きずりながらキッチンへ向かい、冷蔵庫の中を覗く。中によく冷えたアイスコーヒーを見つけると、それを取り出してグラスに注いだ。
     なみなみと注いだ黒い液体の中に、今度は冷凍庫から取り出した氷をひとつずつ落として入れる。表面に浮かんだそれがゆっくりと溶けてゆくのを眺めながら、キンキンによく冷えたアイスコーヒーを喉を鳴らしながら飲み干した。グラスの中に液体がなくなったことで、カラン、と氷が涼し気な音を立てる。
    8466

    related works

    recommended works