「美味しい?」
美味しいと答えたつもりが、にゃあ、という音が出た。
まだ慣れなくて顔を顰める。サブスタンスの影響により言葉が全て猫の鳴き声になるという困った状態になり、フェイスくんは可笑しそうに笑っているが、自分としては全く面白くない。
「ヨモギって言うんだっけ? 初めて食べたけど、ウィルは知ってた?」
「んにゃ、にゃあ」
「アハ、何言ってるか全然分かんないね」
「んにー……」
治るまで部屋で待機するよう言われたので、植物の世話をしたり本を読んだりして過ごしていたら、どこから聞きつけたのかフェイスくんがお見舞いに来てくれたのだった。(面白がって来たのかもしれないが、一先ず素直に優しさだと思うことにする。)
リトルトーキョーで買ったというヨモギ饅頭を二人で頬張っていると、こんな状況になって落ち込んでいた心も少し安らいだ。
「なぁん、にゃあん」
「なに?」
フェイスくんの空のカップを指差す。お茶のおかわりはいるかと、身振り手振りで伝える。
「あぁ、おかわり? そうだね、貰おうかな」
「んにゃ」
ティーポットを持ってキッチンへ立つと緑茶の缶に手を伸ばす。
そこでふと、コーヒーの方がいいだろうかと考えた。
「にゃあ、なー……」
どちらがいいか聞こうとして振り返ると、フェイスくんは窓辺の観葉植物を眺めていた。
横顔はとてもリラックスしていて、窓越しの空や、広く明るいリビングで息づく空気がとても柔らかで、その光景に見入ってしまう。
静かな昼間。青空に春の気配がして、こんな誘い出す陽気の中、見舞いと言って側にいてくれるのは、実は結構嬉しかったりする。
(……好きだなぁ)
面倒くさがり屋の彼が、わざわざリトルトーキョーまで赴いて、自分の好きなものを買ってきてくれる。
単に面白がっただけではないだろう。落ち込んでいるのを聞いたのかもしれない。励まそうと思ってくれたのかもしれない。そういうことを何も言わず、さり気無く思いやってくれる、その愛情がくすぐったい。
「……にゃあ」
好きだよ、と呟いてみる。やはり声は全て鳴き声に変わる。
フェイスくんがこちらを向いた。目が合って、ドキリと胸が高鳴る。
「何か言った?」
「にゃ、なぅ」
緑茶の缶とドリップコーヒーの袋を左右で持って掲げた。
意味をくみ取ったのか、コーヒーの方を指差す。
「コーヒーがいいな」
頷いて袋から二杯分を取り出す。気付かれていないことにほっとして、同時に少し残念にも思う。
好き、大好き、愛してる。
いつも恥ずかしくて言えない言葉が、今なら気付かれず口に出来るかもしれないと、そんなことを思う。
「にゃあ」
「ありがと」
フェイスくんにカップを渡し、隣に腰掛ける。自分の分のミルクと砂糖たっぷりのカフェオレに口を付け、ほっと息を吐くと、隣からのじっとこちらを見詰める視線に気付く。
「ねぇ、ウィル、さっきのもう一回言って」
「なう?」
「さっき何か言ってたでしょ?」
ぱちりと瞬きをして、思い至ると、カーっと顔に熱が集う。
何でもないと言えばいいのに、適当に嘘を付いてもいいのに、しまったと思った頃にはもう誤魔化しきれないくらい頬が熱くなっていた。
「相変わらず隠し事が下手だね」
「にゃう……」
手が伸びてきて耳に触れる。確信めいた手付きに、少し悔しくなる。
「ほら、ウィル?」
絶対分かっててやっているんだ。フェイスくんはそういう人だ。
「……んにゃあ」
渋々と愛を告げると、フェイスくんは笑って「俺もだよ」と言った。
本当に分かっているのだろうか、と疑わしそうな目を向けると、「だって顔に書いてある」と言って、膨れた頬をつんつんと突かれた。
その楽しそうな様子がやっぱり悔しくて、そっぽを向いたところ、今度は笑って抱き締められてしまい、結局フェイスくんには勝てないのだった。
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