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    ガス→ヴィクΩバースパロ(https://poipiku.com/2053383/5107151.html)の18年前
    オズ←ヴィク

    約束事「かんでください」
    「……あのねえ」
    今日で一体何度目になるのか、男は自分を見上げてくる子どもの申し出に困ったように頭を掻く。
    「ヴィクター、そういうのはあまり元気よく言うものではないよ」
    「元気に言ったつもりはありませんが……では、どのように言えばいいのですか?」
    首をかしげそのまま考え出す子ども……ヴィクターに、オズワルドはやれやれと彼に気づかれないように小さく溜息をついた。
    彼がいたって真剣なことは分かってはいるのだが、いかんせん言葉の意味を捉える方向性がズレているのだ。
    「人前で言うものではないってことなんだが……」
    「では、次からひとけがないところをねらいます」
    「狙わないで欲しいな」
    この子はΩだ。研究部に所属するにあたって行った身体検査で判明したその結果は、覆るはずもない。学校の簡易検査とは訳が違う。最高峰、最先端の技術力を誇る研究部が行う検査において、残念ながらこの結果が間違いである可能性は限りなくゼロに近い。
    まだ初めての発情期が来る兆しはないし、発育が他の子どもよりゆっくりとしたペースのヴィクターにその時が来るのは、もう数年は先の話になるだろう。
    だというのに、発情期も未だ経験していないこの子は、何故かオズワルドに毎日のように噛んでくれとせがみに来る。
    何度教え子に手を出す気はないと諭しても、そもそもで年の差だとか自分は妻子持ちだとか、世間体的にも色々と問題はあるのだが、何故かヴィクターの中ではそれらはまったく問題視されていないようだ。
    賢いのに時々驚くほど無知で無垢な子どもは、自分が口にしている言葉の重要性をまるで分かっていない。
    Ωが噛んでほしいとねだるなんて、番を作る以外に他ならない。発情期のΩが本能に呑まれ、その場任せに口にすることはあるらしいのだが、それも合意とはとても言えない代物だ。まさかこの子どもが既にというか、万年発情期なわけでもあるまいし。大方自分がΩだと知って番というものに興味があるとかその程度なのだろうが、それが大問題だった。
    そもそもで研究部、というかエリオスは基本的にαの巣窟だ。Ωもいないことはないがごく少数であり、彼らの性は『間違い』が起きないようにオズワルドはじめ各部長のみが把握し勤務日程の管理や調整を行っている。
    そしてオズワルドもαである。そのためΩとしての未だ薄い本能が無意識にαを求めているとか、そういうことも少しはあるのかもしれないが、その理屈でいけばオズワルドよりも常に一緒にいて、αである息子のノヴァには全くそういった素振りを見せないのが不思議なところだ。
    本人もよく分かっていないらしいが、ノヴァでなくオズワルドに噛んでほしいの一点張りで埒が明かない。妙なところで頑固な子供は、そういうわけで今日も元気に言い寄ってオズワルドを悩ませているのだ。
    「私は犯罪者にはなりたくないんだけどな」
    「? わたしが強要しているのに、なぜオズワルドの罪になるのですか?」
    「強要してる自覚はあるんだな……」
    ヴィクターはロボットのようだと囁かれているのを聞いたことがある。融通が効かない、愛想もいいとは言えない言動に辟易してこぼれたものだ。
    だがオズワルドは、ロボットの方がずっと分かりやすいぞと心の中で反論する。ヴィクターの思考回路はどこがどう繋がっているのかまだよく分からないが、少なくともロボットのように0と1ではないことは分かっている。どんなにすっとんきょうなことを言い出しても、どれもこれもヴィクターの中ではしっかりと理論付けがされているのだ。その脳裏で繰り広げられているフローチャートの説明という過程をすっ飛ばして結論だけ口にするから誤解されるだけで。
    実際のところ、オズワルドは彼に言い寄られるほどのことをしてあげた覚えはない。慕ってくれているのは純粋に嬉しい。オズワルド、とノヴァと一緒に雛のように後ろをとことことついてきたり、入所したばかりの頃は乏しかった表情が今ではサブスタンスを前にすると途端きらきら輝きだしたり、あれがしたいこれをやってみたいと頬を高揚させながら進んで発言するようになったりとロボットのようだなんてとんでもないと言わんばかりでかわいげもあるのだが、言ってしまえばそれだけだ。
    そんな、年の離れた男になぜこの子はここまでめげずにアタックし続けられるのか。
    言葉で通じないのなら、これは、可哀想だが一度くらい怖がらせてしまったほうがいいのかもしれない。発情期が来ていない今はまだ子どもの戯れとして流せるが、いざその時が来て迫られてしまえばたとえオズワルドとて本能に呑まれないとは言い切れない。
    手を出すつもりは本当にないのだ。けれど本能が勝ったときの衝動の強さを、彼はヴィクターよりも長い人生の上で経験している。
    だからこそ、年長者として、師として、厳しいところも見せなければならない。
    けれどそんなこと、ヴィクターのことをとても大切に思っているノヴァに知れたら絶対に怒られる。父さんの馬鹿、ヴィクをいじめるなんて大嫌いだと散々罵倒される。そして母さんにも話が飛んで、きっと向こう数日、下手したら月単位で愛する妻子に息子の友人に手を出そうとした変態として文字通りゴミを見るような目で見られながら過ごすのだ。
    とても憂鬱だ。憂鬱ではあるが、将来のこの子のためにも悪役を演じなければならない。
    両親を早くに亡くしているヴィクターにとって、オズワルドは親代わりでもあるのだから。
    Ωとしての危機意識の低さのことを説明すれば、きっとノヴァも許してくれる。はず。
    「ヴィクター、ちょっとおいで」
    「? はい」
    気持ちを切り替えれば一瞬の葛藤もどこへやら、温厚で柔和な笑みを浮かべて子どもの手を引く。
    素直についてくる子どもはあまりにも無防備で、そういった教育もきちんと行っていかねばと改めて思うのだった。
    いくら慕っている師相手でも、大の大人の思惑に気づかずにあとをついてくるなどΩとしては危機感がなさすぎる。
    今はまだいい。けれどいつか、この子は望まぬ契約をその身体に刻まれることになるかもしれないのだ。お互い素面で合意の上ならば、いい。祝福して、できるだけサポートをしていくつもりもある。
    けれど、もし。助けてやれる者が誰も傍にいないときに発情期が来て、その匂いにαが引き寄せられ、無体を強いられてしまったら。嫌だと泣きながらうなじを噛まれてしまったら。
    Ωにはその契約を切ることはできないのだ。
    連れて来たのは薄く埃の被った物置部屋だ。人の気配は全くない薄暗い部屋。人がいるエリアまでは、大の大人が精一杯声を張り上げてようやく何か届かせることができるほど離れた場所。
    あろうことか、ヴィクターはしっかりついてきてしまっていた。オズワルドを不審に思う素振りなど少しも見せず、おいでと言われたから従っている。
    「……本当に、心配だよ」
    「オズ……、っ?」
    だん、と音が響いて、うっすらと埃が舞う。
    せめてもの優しさで比較的地面が綺麗なところを選んだが、それでも舞い上がった埃にヴィクターは少し咳きこんだ。
    「っ、けほ」
    同世代の他の子どもよりも、ノヴァよりも背の低い小さなヴィクターのことなど、簡単に組みしける。白い手首はオズワルドの手で一周して指が余るほど細いのだ。
    「ヴィクター、私の手を振り解けるかい」
    「……?」
    エメラルドの大きな目がきょとんとオズワルドを見上げる。
    ああまったく、やはりまだ現状を理解していないのだ。まだそういうことに疎い年齢であることを差し引いても、暗い部屋に連れ込まれ抑え込まれているというのに、どうしてこの子は何の抵抗も見せないのか。
    「オズワルド? あの、どういう」
    「いいから、全力で振りほどいてみなさい」
    「……、そんなの」
    大人と子どもの力量差は比べるまでもなく、そんなことできるわけがない。
    そう答えるヴィクターは、突然オズワルドに言われたことが理解できずにほんの少し困惑しているようには見えたが、基本的にサブスタンス研究以外で表情筋が働くことがあまりない彼は表面上は真顔のままだ。
    それがどれだけ危ういことなのか、分からせなければいけない。
    「少し、設定をつけようか」
    「せってい?」
    何を言うのかと、エメラルドがぱちりと瞬く。その間も、抑えつけている手が反抗する素振りはまったくない。
    「君はもう少し大人で……そうだね、18歳ぐらい。発育がのんびりしているから、多分君の初めての発情期が来るのはそのくらいだろう」
    「……?」
    「君は今初めての発情期を迎えている。生憎Ωの症状については私は文献でしか測れないけれど、知らない感覚に君は戸惑う。そこに現れた見知らぬ人間が私だ」
    「……オズワルドは、オズワルドです」
    まったくもってそういうことじゃない。
    想像することがあまり得意でないことは理解しているつもりだが、さすがにいかがなものか。
    温厚な自負のあるオズワルドだが、ほんの少しだけ苛立ちを覚えた。知らず手首を強く握りしめてしまい、さすがに少し痛むのかヴィクターの表情がわずかに変わった。
    だがきっと、このくらいしないとヴィクターには伝わらないのだ。むしろ、このくらいしてやっと、というぐらい。これ以上を迫らなければ、きっと怖いという感情さえ自覚できないのだろう。
    人を疑うことを知らないというのは決して美徳ではない。
    「想像してみなさい。今君の目の前にいるのは知らない人間で、君は発情期でまともに動けない。そう考えてもう一度、この手を振りほどくんだ。どんなことをしてでも逃げないと、見知らぬ人間がαだったら、噛まれてしまうよ。君は私に噛んでほしいと言うけれど、その前に知らぬ誰かに噛まれればそれは叶わない」
    「……!」
    ようやく、ヴィクターの顔色が変わった。
    分かりやすく青ざめたりしたわけではない。きょとんとしていた目がわずかに開いただけだ。それでも、手のひらを押し返そうとしているのが伝わるから本人の中では焦っている、という部類に入るのだろう。
    人並みに焦ったりするのだということが分かったことは収穫だ。これでもまだオズワルドの意図を図れないような子だったなら何をしようが打つ手はないし、オズワルドも見捨てるつもりだった。そうでないのなら、きちんと導かねばならない。全てを取りこぼさないようにするなど所詮人間であるオズワルドにはできないのだから、取捨選択していかねばならないのだ。
    ヴィクターの表情の機微を細かく読み取るのは至難の業だ。オズワルドもまだ探り探り、今こういうことを考えているのだろうなと推測する程度で、彼の考えていることを汲み取るのはノヴァのほうが長けている。そうやって理解してくれる人のほうが少ないのだと、思い知らなければならない。
    おそらくはヴィクター自身が一番、自分が持っている感情や本質をまだよく理解できていないのだから。
    「ほら、早くしないと。ヴィクター」
    「……っ」
    「知らない誰かに、番にされてしまうよ」
    「ぁ、う……」
    小さな体が、ようやくもがきだす。
    遅すぎるくらいだが、ヴィクターだと考えれば進歩だと捉えるべきなのか。しかし現実は抵抗を見せたからといって逃してくれるほど甘くない。ヴィクターの精一杯の力を上回る力で抑えつける。
    「ぃ、た……オズワ、ルド」
    「私はオズワルドではないよ」
    「……ぅ、ううぅ……っ」
    むずがるようにぎゅうと目をつむって、空調のない部屋でじんわりと汗が浮かぶ。まだ、まだだ。
    まだ許してはいけない。
    どれだけ可哀想で、このあと嫌われてしまったとしても、この子の未来を守るという責任がある。
    Ωというだけで生じる生きづらさと、常人には理解されがたい思考回路を持っていることから来る生きづらさ。ヴィクターはこの先もずっと、これらを抱えて生きていかねばならないのだ。
    「うあ、……オズワルド……」
    違う、そこでオズワルドの名を呼んではいけない。
    呼ぶなら、もっと君のことを大切に思っているあの子を。この先、共に歩んでいくことになるだろうあの子を、思い出して。あの子はきっと、いつでも君の味方だから。
    華奢な体つきのヴィクターが大人のオズワルドの手を振りほどけるわけもない。できるのなら文句はないが、今回のゴールとしてオズワルドは彼がノヴァの名を呼ぶまで、この手を離すまいと決めていた。
    「けほ……っ、っは、うぅ……!」
    もがき続けて、数分。苦しげに咳き込むのが増えたのは、埃を吸い込みすぎてしまったからだ。胸は痛むが、設定した正解はまだ出てこない。
    「……いつまでもこうしているわけにもいかないね」
    あと一分。十二時のチャイムが鳴るまでにヴィクターがノヴァを呼ばないのなら、これもまた不合格。
    別にノヴァと番になって欲しいわけではない。本人同士が望むのならもちろん歓迎するが、少なくともヴィクターの言動を見る限りその可能性は低そうだ。ノヴァもヴィクターのことを大切にしてはいるが、それは恋愛というよりはもはや兄弟愛に近い。出会った当初はヴィクターを年下の女の子だと勘違いしてはいたが、今となっては何かと世話を焼き、世話を焼かれる間柄である。
    ヴィクターがΩとして生きていかねばならない以上どうしてもサポートができる理解者は必要で、ノヴァはオズワルドが想定しうる人物の中で一番最適だった。だから。
    あと十秒。
    「…………っ、ノ、ヴァ……」
    十二時のチャイムと同時。
    耳を澄ませていないと聞き取れないほどのか細い声。しかしはっきりと、ノヴァを呼んだ。
    「……。ぎりぎり及第点」
    ほっと息をつき、ちからを抜いて拘束を緩める。
    たった数分締め付けていた手首は、元の色の白さも相まってくっきりと赤く痕がついてしまっていた。
    「ああ、赤くなってしまったね。一応医務室へいこうか」
    「……、オズワルド?」
    汗で額に貼り付いた髪を払って起き上がらせる。瞬くエメラルドはほんの少し潤んでいた。
    未だ非力な幼いうちから行うべきことではないのは分かっているが、知識として知っているだけなのと経験として知っているのとでは歴然とした差がある。避難訓練などがあるのはそのためだ。
    「……今後、こういうことがないとも限らないから、発言や行動には気を付けなさい」
    「……、はい」
    赤くなった手を取って目線を合わせると、ヴィクターはまっすぐにオズワルドの目を見ながら頷いた。
    本当は、おそらくオズワルドの言いたいことの半分でも伝わっていればいいほうだ。
    なぜ注意されているのかよく分かっていないまま頷いている。現にもうすでに、今まさにふりとはいえ襲おうとしていた大人を相手に、再び手を握らせているのだ。警戒心が芽生えてくれればいいのだが、まだまだ教えることは沢山ありそうだ。
    「……暑いね、移動しようか」
    「はい」
    手を引けばまたも素直についてくるヴィクターに、やはりオズワルドは小さくため息をつく。あんなことをしてもなお信じてくれるのは大変にありがたいことではあるのだが、いかんせん心配だ。本当にこれがオズワルドでなかったとき、ヴィクターは抵抗できるのだろうか。
    医務室への道すがら、Ωに関する知識の洗い出しやΩとして気を付けていくべきことなどを訥々と話した。ヴィクターは真面目に全てに耳を傾け、質問なども飛んでは来るのだが、それを自分に当てはめて考えることができるようになるにはまだまだ時間が必要らしい。
    「ところで君は、なぜ私にその、噛んでほしいのかな」
    医務室で氷枕をタオルでくるんで手首にあててやりながら、ずっと疑問に思っていたことを訪ねてみる。もう何度か同じ質問をしていて、違う答えが返ってきたことはないのだが。
    「……けいやくをするなら、オズワルドがよくて」
    少し首をかしげて言われたのは、やはりいつもと同じ答えだ。
    一貫しているのだから、ある意味一途な子だという証左にもなるだろう。
    自分のことはとことん無頓着なこの子を守るためには、その素直な心根も多少は利用しなければならないだろうか。
    「……わかった」
    「?」
    エメラルドがぱちりと瞬く。
    ヴィクターは顔立ちや髪質は母親似で、瞳と髪の色は父親似だ。
    彼の両親に会った数は片手で数えるほどだが、どちらも穏やかで優しい気性の持ち主だった。
    ヴィクターがΩであること、生きづらい性格であることを心配し、会うたびに相談を受けた。
    望むように自由にさせてやりたいが、そのためには世界にしがらみが多すぎる。
    少しでも彼と世界を繋ぐ架け橋に、自分と、そしてノヴァがなってくれればと思う。
    「このあと時間はあったかな?」
    「ノヴァと、明日行う実験のじゅんびを」
    「ふむ。それは明日の朝皆で一緒にやろう。おいで」
    「お、おろしてください……自分で歩けます」
    抱き上げるとノヴァよりも遥かに軽かった。いやさ、ノヴァを抱き上げたことももう年単位で前のことだが。僅かに戸惑うように瞳がさ迷い、ほんの少しだけ頬が赤くなっている。相変わらず、積極的なのか消極的なのか、こちらが驚くようなことを真顔で大真面目に言うくせに、どこで照れるのかよく分からない。
    「ではラボから出たらおろしてあげよう」
    「え……どこか行くのですか?」
    「ああ」
    医務室を抜けてラボの外へ向かう。
    途中すれ違う研究員たちはオズワルドと彼に抱き上げられているヴィクターを見てぺこりと一礼し、小声で何事か言い合っていた。
    宣言通りラボの敷地を出る少し前でようやく降ろされたヴィクターは、よく注意していないと分からないほど小さくほっと息をついた。
    「さて、では行こうか」
    「はい」
    やはりというか、案の定ヴィクターは素直についてくるが、オズワルドはひとまず突っ込むことを放棄した。
    ラボの外のブルーノースは快晴で心地いい風が吹いている。残暑はあるが風がうまく相殺しているし、カラッと晴れた空は清々しい。
    「暑くないかい」
    「大丈夫です」
    ヴィクターを促して街へ出る。背の低い彼に歩幅を合わせてゆっくりと歩く。
    涼しくなってきているとはいえ、まだ日差しは強い。ヴィクターが日陰を歩けるようにさりげなく誘導しながら、オズワルドは目的地へ足を進める。
    十分ほど歩いて、訪れたのはアクセサリー店だった。
    「アクセサリーを買うんですか?」
    「ああ。君のためのね」
    「?」
    店の奥に連れていけば、様々なデザインのチョーカーが並んでいた。
    ここはピアスや指輪など普通のアクセサリーも取り扱っているが、Ωが自分のうなじを守るための首輪も販売している。
    一度取り付けてしまえば、Ωが自分の意思で外さない限り望まぬ契約から身を守ってくれるものだ。
    本当はもう少し先、一般的に発情期が発生しはじめるとされている15歳の誕生日にでも用意しようと思っていたのだが、ヴィクターの性格を考えると早くから持たせておくに越したことはないだろう。
    「好きなデザインのものを選びなさい」
    「好き……」
    ヴィクターは首をかしげながら、ずらりと並ぶ首輪をじっと眺めていた。
    ヴィクターの口からこれが好きと明確に聞いたことはほぼない。
    最近エスプレッソを進んで飲むようになったからおそらく好きなのだろうが、直接好きだと聞いたことはない。ヴィクター自身、好きというものがどういうものなのかまだ分かっていない節がある。
    サブスタンスや研究への熱意は本物だが、そこに全力を注ぎすぎているきらいがあるのもオズワルドは懸念している。もしも研究への熱意が冷めてしまったとき、この子は道を見失ってしまうのではないか。だから、研究以外の自分の好きをもっと見つけて欲しいと願う。
    きっと将来、ノヴァと共に素晴らしい研究者になるとオズワルドは確信しているが、好き嫌いはもちろん、自身の感情に疎いという危うさもある。
    ノヴァは普段から年相応、というかいささか年よりも幼い言動をするのだが、ヴィクターはあまりそういう一面を見せない。入所した頃よりは表情も柔らかくなりはしたが、踏み込みすぎるとすぐにその幼さは引っ込んでしまう。
    早く大人になろうと、ならなければと無理な背伸びをしているように思えてならない。まだ柔軟な伸び代しかないこの時期からその調子では、本来の可能性を自ら狭めているのと同じだ。
    Ωであることばかりは生まれ持ったものだから取り除くことなどできないが、その不利を補って余りある才能があるのに宝の持ち腐れにしてしまうのはもったいない。
    恐らくヴィクターはもう、小さな不思議に目を輝かせるフェーズをとっくの昔に通りすぎてしまっている。達観しているように見えるのはそのためだ。
    興味を持ったものはとことんまで突き詰めて追い求め、理解できてしまえば急激にその熱は冷め別のものに目移りする。飽き性とも言えなくはないが、極端なだけである意味一途な子なのだ。
    噛んでほしいとめげずにねだってくるのも、一途だからだろうか。
    そこまで考えて、いやそれでもやはり現状教え子に手を出すなどとオズワルドはかぶりを振って思考の海から浮上する。
    「おや、ヴィクター?」
    その間に、隣にいたはずのヴィクターがいなくなっていることに気がついた。
    店舗はさほど広くないから、辺りを見渡せばショーケースを真剣に見つめている星屑色の小さな頭はすぐに見つかった。
    その視線の先にあったのは、凝った装飾などは何もない、シンプルな革製の細い首輪だった。
    「それが気に入ったのかい?」
    「気に入った……のかは、よく分かりません。なんとなく、目について」
    「他のものとは違う何かを感じたのだろう? それが好きということではないかな」
    「好き……」
    エメラルドがオズワルドを見上げてぱちりと瞬き、再び首輪に視線を戻す。
    「オズワルドも、違います」
    「うん?」
    「オズワルドも、両親や祖母や、大学時代の同期、教授、……研究所の皆さんと、違うものを感じました。αとか、サブスタンスにおける権威ということを差し引いても、他の大人とは違うように思います。言語化しにくいのですが、これも好きということなのでしょうか」
    「そう来たか……」
    さて、なんと言ったものか。ヴィクターがオズワルドに持つ思いは、オズワルドの希望的観測が入っていないわけではないがおそらく憧れや思慕からくるものであり、恋愛感情とはまた違うものだ。そう教えることは簡単だが、自分で導き出した答えを抱いていてほしいとも思う。
    だから、少しずるいが答え合わせを先延ばしにすることにした。
    「自分の思いを他人の言葉にあてはめようとしなくていい。君のその思いが好きなのかそれ以外なのかは……そのときが来たら確かめようか」
    「そのとき?」
    店員を呼んで、革製の首輪をケースから取り出し、しゃがんでヴィクターの細い首に長さを併せて苦しくないように少し余裕を持たせてカチリと留めた。
    「君がもう少し大きくなって、発情期を迎えるようになったとき。君の本能が呼ぶ名がきっと、君が好きな人だ」
    「……」
    ヴィクターは相変わらずきょとんとして首を傾げる。賢く敏いのに自分のこととなると途端に鈍感になってしまうこの子の隣に相応しいのは、一体誰なのだろうか。
    「もしも私を呼んでくれるのなら、その時にこの首輪を外しなさい。その日が来るまでそのうなじ、守り抜いてみせなさい」
    「……。分かりました」
    ずるい言い方をした。首輪を外せと言いながら、そのうなじを噛むとは言っていないのだ。子どもだからと侮っているわけではなく、そんなに先まで思い続けてくれるのであればそれは本物の想いであり、無下にするのはこの子への冒涜だ。
    そこまで想ってくれるのなら、発情期が来るようになっても自分を求めるのなら、オズワルドも応えようと覚悟を決めた。
    ただどうしても、寿命という問題があるから噛むことに躊躇する自分がいる。
    事故など起きない限り、順当に考えればオズワルドが先に死ぬ。その時に契約をしていたら、これもまたヴィクターが契約を解消させることはできないし、できたとしてもヴィクターはおそらく契約を切ろうとはしないのだ。オズワルドがいなくなったら苦しくなるだけの発情期を、一生抱えていく。可愛い教え子の予測できてしまう未来、回避できるものなら回避したいと考えてしまう。
    今どれだけたらればを考えたところで、その日が来たときにどうするかはその日の自分とヴィクターに委ねるしかないのだが。
    願わくば、この子が望む未来を掴めればいいのだが。
    「帰ろうか。ああ、首輪は見えないようにするんだよ。自衛の道具であると同時に、Ωであると周りに周知させてしまうものでもあるから」
    「はい」
    会計を済ませ、再び手をひいて店を出た。
    空はやはり快晴で、ヴィクターの淡い色の髪が光に透けて天の川のようにきらめいた。
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