Rise Ensemble……♪「グレイ、緊張してる?」
「う、うん……いつもだけど、今日はとくに……」
廊下で青ざめて佇むグレイの背を軽く叩きながら、ビリーは目の前の扉に貼られた『ヴィクター・ヴァレンタイン様』の貼り紙をじっと見た。
「あのほとんどバラエティに出ない、プライベートも謎しかない大物俳優ヴィクター・ヴァレンタインがバラエティに出るんだもんネ。しかもオイラたちも同じ番組!」
今日収録するのは、新人と大御所とで分かれてのトーク番組だ。トークテーマに沿ってエピソードを語り司会者が面白おかしく話を繋ぐ、ビリーたちが子どもの頃から続いている長寿番組である。
デビュー数か月のアイドルユニットである二人は晴れてそのゲストに選ばれ、収録前の時間を使って楽屋挨拶をして回っているところだったのだが。
「グレイ、このひとのファンなんだっけ」
「う、うん……! ヴィクターさんがデビューしたのは今から18年前の13歳の時なんだけど、最初に出たのは【天才神童】っていう肩書きだったんだ。というのもヴィクターさん、知能指数がすごく高くて頭がいいから、大人のタレントさんたちに交じって難しいクイズ番組で無双したりこの時からニュースの解説やコメンテーターをしてたりして、他の子役とは明らかに違う異彩を放ってたんだ」
「グ、グレイ?」
「顔立ちがすごくいいからキッズモデルとかも時々やってて、表情を作るのが苦手だったのか最初の頃はきょとんとした顔が多くてでもそこが可愛いって人気になって……! 今の【実力派カメレオン俳優】って呼ばれるようになるきっかけは15歳の時に初主演に挑戦した映画だったんだ。それまでもドラマで小さな役はやってたんだけどちょっとぎこちないところがあって、でもその映画で一気に才能が開花したっていうか、これも大人顔負けの演技力で当時の撮影スタッフや先輩達をびっくりさせたんだって……!」
「グ……」
「それから主役を張ることは歳を重ねるごとにあまりなくなっていったけど必ず重要なキーパーソンとなる役柄を演じることが多くて、少し影がある優しくて爽やかな二枚目のお兄さんからちょっと妖しいえっちなおねえさん(概念)から今でも軽くトラウマになるレベルで怖かった軍人からってなんでもできるからいつしかカメレオンって呼ばれるようになって、だから面白いのはヴィクターさんが出る映画を何から見るかでファンのひとたちが抱いている印象がまるっと違ったりするんだ。僕が最初に見たのは総勢50人くらいいるアイドルの一人の役だったからきらきらしたかっこいいお兄さんってイメージなんだけど、他の人は怖いイメージを持ってたりしてね……! プライベートが全然分からないから映画の役の印象で固まっちゃうというか、そういう印象を守るためにバラエティには出ないって噂もあるくらいだし、そんなひとが今日とうとうバラエティに出るっていうだけでも天変地異が起きそうなレベルの事態なのにまさか僕が共演するなんて本当にもうどうしたらいいんだろうヴィクターさんがどんな人なのか他のファンの人たちより先に間近で浴びちゃったりしていいのかな……⁉」
「はいはい、グレイ落ち着いて! よくそんなに一息で言えるね⁉ 話の続きはあとで聞くから、今からそんなんじゃ楽屋挨拶もできないヨ!」
「ハッ……」
ぱんぱんと目の前で手を叩かれ、グレイはようやくはっと我に返り夢中になっていた反動でぜえぜえと肩で息をする。
「が、楽屋挨拶……どうしよう今の聞かれたかな……⁉ 部屋の前で不審者ムーヴ出して危ない若造認定して嫌われちゃったりしたらどうしようビリーくん僕死んじゃうかも……!」
「まあまあ、大丈夫だってぇ……、……わお」
酸欠で赤くなったかと思えば想像で青ざめる百面相を繰り広げるグレイを慰めようとして、ビリーは彼の後ろに視線が釘付けになる。
「えっ、えっ? なに、ビリーくん……⁉ ぼぼぼ、僕の後ろに何か……⁉」
「『やっほう、私だよ……♪』」
「ヒッ⁉」
不意に耳元で囁きかけるような吐息混じりの低い声音が聞こえ、グレイは案の定飛び上がり壁に強か頭を打ちつけて蹲る。
思ったよりも驚かれたことに驚いたのか、グレイの背後に立って声をかけた男は切れ長の目をぱちりと瞬かせ、膝をついてグレイの様子を窺う。
「すみません、驚かせてしまって。楽しそうに話されていたので、つい……結構大きな音がしましたが、大丈夫ですか?」
「……は、はひ……⁉」
「え、えっと……『ヴィクター・ヴァレンタイン』……サン?」
「はい。貴方たちは……今日の収録で共演する方でしたかね。私の楽屋の前にいるということは、挨拶に来てくださっていたのですね。少し席を外して、今戻ってきたところだったので待たせてしまっていたなら申し訳ない……。驚かせてしまいましたし、お詫びに珈琲でも淹れて差し上げましょうか」
考え込むヴィクターの言葉も、もはやグレイには届いていない。
ビリーは慌ててグレイをヴィクターから引き剥がし背後に隠す。身長はグレイの方があるためあまり意味はないのだが、なんとなくそうしてやらねばならない気がした。
「?」
「ちょ、ちょっと待ってクダサイネ! ええっと、オイラたち今日一緒に撮影する『B&G』っていうユニットで! オイラがビリー・ワイズ、こっちがグレイ・リヴァース! なんだけど、その、グレイがヴィクターサンのすごいファンで、感極まっちゃったみたい……!」
瞬きをしてから立ち上がり、二人をじっと見つめてからヴィクターはくすりと笑って楽屋のドアを開け、二人を招き入れる。
「ふふ、そんなに緊張しなくても別に取って食ったりしませんよ。曲がり角の辺りから声が聞こえていたので少し聞いてしまったのですが、ほとんど映像も残っていないデビュー当時のことも知って下さっていて……少し気恥ずかしいですが、嬉しいです。さ、いつまでも廊下にいるのもなんですし中へどうぞ。収録で聞くべきことかもしれませんが、貴方たちの話を聞かせてください」
「え、待って突然のエンカウントにグレイの心の準備が~!」
こうしてあれよあれよという間に二人は楽屋に吸い込まれる。これがのちに純愛映画も顔負けの付き合いをすることになるグレイとヴィクターの出会いだった。