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    ミトコンドリア

    @MtKnDlA
    捻じ曲がった性癖を供養するだけの場所です

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    『義人はいない。ひとりもいない』

    職人の👹が✒️にハイヒールを作る話

    You are my, この頃は、男でもハイヒールを履く時代である。
     18世紀、ルイ王朝時代にハイヒールは高貴なる特権の象徴として王侯貴族に広く好まれた。舗装された路を歩き、召使いに全てを任せ安楽椅子に座る権利を誇示するために。今ではそれは、美というある種暴力的な特権を表すためのものになっている。
     ヴォックス・アクマはそのレガリアを作る職人のひとりであった。彼の作るハイヒー ルは華美と繊細を極め、履いて死ねば天国にゆけるとまで謳われる逸品。しかし彼が楽園へのチケットを渡すのは彼に気に入られた人間のみであり、それは本当に、幾万の星の中からあの日、あの時に見たひとつを探し出すよりよっぽど難しいことであった。

     いつものように空がマダラに曇った日、ヴォックスは日課の散歩に出ていた。やっぱり煙草は戸外の空気(そんなに綺麗なもんじゃないが)の中で吸った方が美味いもので。 数ヶ月の間試行錯誤している新作がどうにも物足りずにむしゃくしゃしていて、少し遠くの公園まで足を伸ばした。特にこれと言って見所は無いが、白い小径と方々に咲き乱れる野花の目に優しい場所である。
     刈られたばかりらしい芝生の上に腰を下ろし、シャキンとジッポーで煙草に火をつける。特注で作らせたフレーバーが肺を満たし、足元から吹いてくる青臭い風を感じなが らゆっくり目を閉じた。

    「っ、うお」

     急にドサ!と真横で大きな音がして、ヴォックスは小さく驚いて煙草を口から外した。見れば、少年がヴォックスの隣にあぐらをかいて、食い入るように空を見上げてい る。年の頃17、8といったところだろうか。長い上に何故かびしょ濡れの前髪の所為で表情が窺えない。 わずかに開いたスクールバッグの口から溢れんばかりの大量の生ゴミや、伸びたシャツの襟から覗く自分で手当をしたのだろう傷跡から、少年が学校で(もしかしたら家庭でも)陰湿な暴力に晒されているであろうことは容易に想像できた。

    「……Hello?」
    「何か」

     努めて優しく声をかけたヴォックスの方をちらとも見ずに、少年は温度の無い声で答えた。答えたというよりは、ボタンを押したら音が鳴る玩具のような、そうプログラムされているような具合である。

    「ここは良いところだね」
    「そうですね」
    「よく来るの」
    「はい」

     会話に窮したヴォックスは困った顔で向こうの垣根を眺めた。ふと、視界を何かが横切る。音無く芝生に舞い降りたそれは、季節外れの白木蓮の花びらだった。ふっくらと白く、緑滴る中にそれだけが目を引く。
     隣で空気が動いて、花びらから目を離してツイと視線を上げれば、少年が薄い身体を仰向けにパタンと倒して、目を閉じていた。手を腹の上で組んで、細い両足を投げ出している。
     ヴォックスは、その足に目を奪われた。
     少年の足は大理石のように真っ白く滑らかで、薄い皮膚の下に青く血管が浮いている。 爪の一枚、筋の一本、骨の一つですら完璧に整っていて、陸に上がった人魚姫を想起させた。
     嗚呼、マリス・ステラだ。
     ヴォックスは今までで最も大きな感激に背骨を震わせた。仕立ての良いシャツの心臓の辺りを強く握り締めて、少年の顔をそっと覗き込んだ。髪が重力に従って肩から滑り落ち、影を作る。凄まじく整った玉貌を魅入られたようにジッと見つめた。
     乱れた前髪の奥の、濃く生え揃った睫毛が細かく震えて持ち上がり、硝子質の眼球に閉じ込められたペリドットと、ヴォックスの重たく凝った琥珀がかち合う。……天国の門が開かれたと思った。

    「ア、」

     その瞬間にヴォックスは、20数年の時を経てこの世に生まれた。
     少年は瞬きひとつせず、また無機質に「何か」と言った。内臓が全て熱い鉄塊になったような気分で、グラグラ煮えたぎる感情が色の無いヴォックスのかんばせを紅く彩る。

    「君に…君に、靴を、送らせてくれ。真赤な、禁断の実の、夜露に濡れた薔薇の、聖母の破瓜の血の……ああ、とにかく、罪の色をしたやつだ」

     どろりとした輝きを湛えた瞳を見開き、乾いた唇から重たい息を漏らす。少年が声を出さずに淡い息だけで静かに笑った。「なんだ、」

    「ころされるのかと、おもったのに」

     自らの枯れて朽ちてゆくのを知る大樹のような、凪いだ絶望に満ちた声音でポツリと落とされた言葉に、ヴォックスは底なし穴の笑みで返した。

     少年はアイクといった。
     ヴォックスの自宅兼アトリエの書斎のウィンドウベンチに腰を落ち着けたアイクは、 あのとき晴れたら死のうと思っていたこと、どうせ死ぬならドラマティックに死にたかったこと、3日前に両親を殺したことなどをリルケの詩集を片手に穏やかに語った。 ヴォックスの返事は「そうか」と、それだけだった。

    「怖いひとだね」

     本に目線を落としたまま微笑うアイクを、ヴォックスは気が狂いそうなほど幸福そうに見つめた。胸がいっぱいだった。
     彼に己の人生を賭けた一足のハイヒールを贈る。その目的が達成できるなら、他にどんな事情があろうと、ヴォックスには関係なかった。
     美しいものをさらに美しくすることに、死と破滅ほど最適なスパイスは無いのだから。 美しいものはいつの時代だって人を狂わせる。ホープ・ダイヤモンドに、桜に、夏に、 人々が魅かれるのは何故か。そこに死と破滅があるからだ。

    「君には及ばないさ」

     アイクはまたクスクス笑って、「ねえ」

    「ハイヒールが出来たら、それを履いた僕は君が殺してね」

     そうしたら、天国ゆきなんだろ。とアイクは歌うように言った。ヴォックスは瞳孔を縦にして、爬虫類に似た笑みを浮かべた。アイクのお願いは……命令は、ひどく甘美で、この上なく素敵に思えた。
     きっと刺殺がいい。彼の白い胸に、聖心の如く鮮やかな赤い花が咲くのだ。ささやかな殉教……。

    「……、仰せのままに…………」

     ある日、ヴォックスは気怠げに雨降る夏の夜の街並みを眺めるアイクの足元に跪いて、ヴェルヴェットの台の上に乗った巧緻な足により時間をかけて丁寧に香油を塗っていた。
     明朝、ヴォックスはついにアイクのためのハイヒールを完成させた。ヒールの高さや爪先の形、中敷きの厚みまでもミリ単位で調整を重ね、完全にアイクの美しさを引き立てる1足を作り上げたのだ。
     日に日に美しく、艶やかさを増すアイクとは反対に、ヴォックスは日を追うごとに痩せて霞んだようになっていった。アイクがヴォックスの生気を吸って、毒々しく花開いてゆくようだった。
     生白く削げていた頬と唇は血を滲ませたように赤く、伸びて絡まっていた髪は絹の手触りと紗の軽さを持ち、傷だらけの肌は真珠を溶かしたような輝きと薔薇の香気を得た。

    「………………」

     柔らかく整えられた髪に念入りに櫛を通し、顔と首筋に白粉をムラ無く塗って、黒繻子の着物を着付ける。厳かな沈黙の中に光沢のある生地がしゅるしゅると擦れる音だけがあった。帯を結んで、唇に小指で紅を指す。そこだけ赤提灯の照らしているように艶めかく、ヴォックスはどんどん喉が引き絞られてゆくのを感じた。じっとりと汗ばんだ懐に忍ばせた短刀が異様に重い。
     最後に、震える手で四角い箱の蓋を開け、ハイヒールを王冠のように捧げ持つ。ヴォックスの頭を通り越して向こうの壁をジッと見ているアイクの足を取り、片足ずつ慎重に履かせる。
     カコン、と両足にハイヒールが嵌まった瞬間、ヴォックスは額づいて滂沱した。長い四肢を縮こめて、床に溜まった涙の中に顔を臥せる。12cmの針のように細いヒール、鋭く尖った爪先、間接照明に浮かび上がる真紅のエナメル。

    「ア、ああ、ヒュ。ァ、ぐ、ゔ」

     半ば無理矢理に立ち上がり、身体中の水分を掻き集めてドロドロ泣きながら、アイクの華奢な肋骨の真ン中に切っ先を合わせる。奥歯が耳の奥でガチガチ鳴った。勢い込めて突き刺したはずのそれは、着物の袷をちょっと切っただけだった。ついに、カランと音を立てて短刀がヴォックスの手から滑り落ちる。
     おそろしく、なって、しまった。
     このうつくしいいきものを殺すことが、何か、世界に大きな穴を開けるような、普遍の真理を底から覆すような、太陽を撃ち落とすような、巨大な、罪で、あるような、気がした。白雪姫を殺せなかった狩人もきっと同じ気持ちだったのだ。幼い不遇な少女を哀れんだのではない、彼女の圧倒的な美に恐怖し、屈したのだ。

    「ゥ、ッは、あい、アイク・・・。、?」

     重心を失って膝から頽れたヴォックスの肩をアイクが爪先で軽く蹴った。随分と薄っぺらくなった身体は無抵抗に倒れ、死に際の老人に、生まれたての赤子に似た無垢な表情でアイクの白い喉を仰ぎ見る。
     顔を前に向けたままゆらりと立ち上がったアイクは、目だけでヴォックスを見て、鋭利なヒールでヴォックスの鳩尾を思い切り刺した。急激に迫り上がってくる吐き気が喉元で焼け付く。ヴォックスは目を限界まで見開いて首を横に倒した。複雑に組み合わされた木目の上に艶の無い黒髪が散らばり、粘性の唾液が絡みつく。

    「ッ、えぁ」
    「気が変わった」

     ヴォックスの突き出した喉仏がグ、と爪先で押し込まれる。狭まってゆく視界に白と黒と赤が目まぐるしく点滅し、意識の飛ぶ寸前、アイクの天使のような、今は、悪魔の妖しさを多分に含んだ尊顔が目一杯映り込んだ。ペリドットが45.52カラットの輝きを放つ。

    「僕の足の下で死んでよ。ヴォックス」

     アイクは、神の息子と同じ顔で笑った。
     彼と、唯ひとりの狂信者を祝福するように、朝日が絢爛に昇る。

     ヴォックス・アクマが突然消息を絶った。
     何百ものデザイン画と、正体不明の少年と共に写った1枚の写真を残して。
     後日、その少年が▓▓▓市内で発生した殺人事件の被害者の夫妻の音信不通の息子に似ていると話題になったが、少年を直接知る人物は皆口を揃えて「あんな表情ができるやつじゃない」と言った。あんな、柔らかい表情が…………。

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    ミトコンドリア

    DONE『義人はいない。ひとりもいない』

    職人の👹が✒️にハイヒールを作る話
    You are my, この頃は、男でもハイヒールを履く時代である。
     18世紀、ルイ王朝時代にハイヒールは高貴なる特権の象徴として王侯貴族に広く好まれた。舗装された路を歩き、召使いに全てを任せ安楽椅子に座る権利を誇示するために。今ではそれは、美というある種暴力的な特権を表すためのものになっている。
     ヴォックス・アクマはそのレガリアを作る職人のひとりであった。彼の作るハイヒー ルは華美と繊細を極め、履いて死ねば天国にゆけるとまで謳われる逸品。しかし彼が楽園へのチケットを渡すのは彼に気に入られた人間のみであり、それは本当に、幾万の星の中からあの日、あの時に見たひとつを探し出すよりよっぽど難しいことであった。

     いつものように空がマダラに曇った日、ヴォックスは日課の散歩に出ていた。やっぱり煙草は戸外の空気(そんなに綺麗なもんじゃないが)の中で吸った方が美味いもので。 数ヶ月の間試行錯誤している新作がどうにも物足りずにむしゃくしゃしていて、少し遠くの公園まで足を伸ばした。特にこれと言って見所は無いが、白い小径と方々に咲き乱れる野花の目に優しい場所である。
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    ミトコンドリア

    DONE『お前が隣に居る日々を』

    🦊が👹から逃げる話
    ミスタ・リアスの逃亡/帰還「エッ」

     ヴォックス・アクマは心の底から驚いて言った。昨日の夜中にたしかに腕に抱いて眠ったはずの恋人が、朝日が昇るのと同時に忽然と姿を消していたのである。 びっくりした猫ちゃんみたいな顔のまま空っぽのスペースをしばらくジッと見つめ、ノソノソベッドから降りた。脱ぎ散らかした服を適当に洗濯機に突っ込んで、早足で家中を回る。ベランダにもトイレにもミスタの姿はなく、ヴォックスは右手にティーカップを 持ってリビングのソファにドッカリ座り、なんとなくテレビを付けて、ついでに煙草にも火をつけてキャスターが滑舌良く話すのをぼうっと聞き流した。
     こういうことは前にもあった。朝起きたらミスタがいなくて、ほとんど半狂乱で探し回っていたら当の本人がビニール袋を引っ提げてケロッと帰ってきたのだ。起こすかメモくらい残せと詰め寄ったが、「疲れてると思って」「忘れてた」とかわゆく謝られたもんだから うっかり美味しい朝食を拵えてしまった。他にも小さい喧嘩をしてプチ家出を決め込んだりだとか、漫画だかゲームだかの発売日だったりだとか、マアしばしば あることだった。それでもこうして毎回律儀に驚いてしまうから、ヴォックスからすれば釈然としないこと ではあるのだが。
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