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    SONOKO

    @84e5bBV3to90zYt
    降志が好きです。
    poipiku整理中です。だいぶ減らしました。

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    POIPOI 11

    SONOKO

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    哀ちゃんとキッド。

    旅人眠れない。
    少女は諦めて目を開ける。固く目蓋を閉じていても、結局眠気は訪れなかった。暗い天井を見上げ、どうせ眠れないのなら、と起き上がる。
    隣の阿笠を見るけれど、静かに身体が上下しているだけ。聞きなれた寝息は聞こえないから、狸寝入りかもしれない。同居人の気遣いに微笑みつつ、少女はベッドから下りた。上着を羽織り、音を立てないように屋上へのドアを開ける。

    夜はいつものように、しんと静まり返っていた。閑静な住宅街の夜。ちらほら見える街灯の明かり。
    例の組織にいた頃。夜更けまで研究に没頭して、ふらふらしながら見上げた空のことを思い出す。あのとき、時間の感覚がなくて、夜と明け方の境目なのか夕方と夜の境目なのかわからなかった。それくらいよく似ていて、でもすぐに太陽にかき消されてしまった。

    夜風は涼しいを通り越して、冷たい。少女は小さく身体を震わせるけれど、すぐ戻る気にはなれなかった。

    明日、この小学生の身体に別れを告げる。いや、これからもこの肉体、細胞であることに変わりはないのだが、今夜が灰原哀の最後の夜。

    万全の状態で当日を迎えるべきだとはわかっていたけど、眠れないものは仕方がないし、気持ちが平常でいられないのは当然のことだから。
    だから、少女は静かに目を閉じる。この身体で感じる全てのことを、元の身体に戻っても忘れないように。


    びゅう、と強い風が吹いた。雲に覆われた月が顔を出す。

    「こんばんは、あるいはおはようございます。レディ」

    自分以外の人の気配に、少女はうっすらと目を開けた。
    「……………」
    「一点、お尋ねしても?」

    それはまるで、夜を切り裂くような。
    屋上で立つ彼女の目の前に、風にたなびく白のマント。少女は大きく瞬きをして、焦点を合わせる。
    眩しいくらいの白を纏った青年は、自分の耳に手を当て、首を傾げる。

    「この辺りで、つい先ほど。私を呼ぶ声が聞こえまして」
    「……空耳じゃないの」
    少女の吐いた言葉が白く濁る。
    「おや、そうですか」
    私は耳はいい方なんですとにこりと笑う。女性、限定ですけどね、と付け加えた。
    少女はつられて笑った。
    「私は…、あなたを呼んだりしないわ。呼ぶ理由がないもの」
    「ではあなたではなく、眠り姫かもしれませんね」
    「……眠り姫?」
    「えぇ、明日、目を覚ますであろう、お姫様ですよ」
    「…………」
    黙り込んだ少女に、彼は日が昇る方向を見上げた。空はまだ暗く、星は輝く。ふと小さな友人とのやりとりを思い出した。絡ませあった小指の感触。

    「目覚めた後に広がる世界はさぞ、眩しいでしょうね」
    「…そうね。眩しすぎるわ」
    少女は静かにうなずいた。おそらく、もう一度、目を閉じたくなるくらいには。
    「物思いに更けるお嬢さんに私からのアドバイスですが」
    「……アドバイス?」
    「どちらの世界が正しいなんてありません。自分が今立っている場所が自分の世界です」
    「……」
    「目的のある旅も、良いでしょう。でも人の生には、ゴールなんてありません。あったとしても、その場所を目指して歩き続けることこそが、あなたの時間のほとんどになるでしょう」
    「わかったようなことを言うのね。あなたも、…ずっと求めていた『宝石』があったのではなくて?」
    「あれは…私にとって経由点です」
    ふふ、と彼は笑った。
    「本当のゴールにはたどり着けなくともいいのです。ですがそれはもちろん、諦めればいい、という意味ではない。……それはわかりますよね?」
    「…わかるわ」
    「過去を切り捨てたりしなくていい。過去と、今と、未来と。混ざっていることの方が心地好くなる。そしてそれが、楽しいのです」
    「楽しい?」
    「楽しんでいいんですよ。だって、それこそが旅なのだから。あなたしか、経験できない旅です」
    「――あなたのように、隠れて、現れてを繰り返すことは、あなたにとって楽しいこと?」
    「……私は、奇術師です。人を笑顔にすることが、私の喜び。始まりはどうであれ、こんな生き方も悪くはない。決してたどり着きはしない背中を目指す。そのために、この姿を纏う。それでいいのです、私は。成り代わりたいわけではない。そこに向かって歩くのが」
    「あなたの、目的」
    「えぇ。――あなたに。明日、目覚める彼女にこの言葉を伝えたくて。…少しでも笑顔を与えられたなら、いつか私とあなたがこの夜を忘れても、今夜空を見上げたことは意味のあったと思うので」
    「忘れちゃうの?……ずいぶん薄情な紳士なのね」
    「……ははっ」

    ふわあ、とマントが広がる。
    彼が膝を付き、少女の手の甲にそっと唇を乗せた。
    「レディ。夜分、失礼しました」
    別れが、近い。
    悲しいわけでも寂しいわけでもないのに、そこまでの関係でもないのに。
    今生の別れでもないのに。
    「あなたと、あなたの旅が健やかなものとなりますように」
    「……あなたも」
    心が温かくなる。これを感謝というのだろう。ありがとうと伝える代わりに少女は誓う。
    「あなたを見てるわ。ここからじゃない、どこか別の場所で。あなたと、あなたの旅を。朝でも、昼でも夜でもない……あなたの世界を」
    「ありがとう」
    男は、そこらへんの少年のようなあどけない笑みを浮かべ、それからすうっと気障な男の顔に戻る。
    「あなたの涙が落ちる音が聞こえたら。どこへだって駆けつけてみせますよ」
    「そうそう簡単に泣かないわよ」
    「そうですか。でも、…心に抱いた苦しい想いを誰にも言えないときには、どうか私を思い出してください」
    「………そう」
    それは起きない方がいいことなのだろう。だけど最後の最後で追い詰められたとき、手を伸ばせる先があることは、なんと温かいことなのだろう。そういえばこの人物は、少女の命の恩人でもあった。
    ふわりと、白いマントが舞う。さよならの時間だ。世界はまだ漆黒の夜に包まれているけれど、ここだけは夜明けが近いような錯覚を起こした。
    「…ならあなたも」
    少女は笑った。どこまでも、お人好しで優しい優男め。
    「――私を思い出してくれたらいいわ」
    遠くなる背中に告げた。届いたのか届かなかったのかわからないけれど、少女は暗闇に浮かぶ白を見送った。
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    Replies from the creator

    SONOKO

    DONEあゆみちゃん、哀ちゃんを思う。
    ちょっと読んでる話に引きずられたのです。
    星を待つあんなに日が長かったのに、今はもう、気を抜けばすぐに真っ暗になってしまう。暑苦しくて、早く涼しくならないかなぁとぼやいていたくせに、なってしまえば心の中はスウスウと涼しい風が通り抜け、ほんのちょぴっと切なくなる。
    夕方と夜の間の時間を足早に駆け抜けていけば、目の前に広がる不思議な色の空で、ぽつんと強く輝く星を見つける。
    東の方角に見えたそれを指差して、哀ちゃん、と宙に言う。思い出の中の哀ちゃんは返事をせずきらきらと微笑む。
    あれはなんという星だったかな。木星か、金星だった気がする。確かなことは、教えてもらった星の名前が漢字だったこと。哀ちゃんがすらすらと答えてくれたこと。せっかく教えてくれたのに覚えていないなんて勿体ない。でも、もう一度聞こうとしたときにはもう哀ちゃんはここにいなくて、だから、私が忘れてしまったのは哀ちゃんのせい。そんなことを言う私は悪い子。哀ちゃんだって、私を寂しくさせたくていなくなったわけじゃない。夜の闇がさっきよりずっと広がった気がして、私はひとり立ち止まる。闇に際立つ月に照らされて、まるでスポットライトのよう。風がざわざわと街路樹を揺らす。
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    SONOKO

    DONE実は、個人誌「明日を見つけに/星を降らせる魔法」の2人です。
    2回目のお宅訪問、ということでウェブイベントの展示小説にしました。
    キャンセル不可 彼女の部屋まで送る道。名残惜しい空気の中で、コーヒーでもどうか、と年下の恋人が言った。
     彼女は同世代と比べれば大人びている方だけれど、彼より一回り下。彼女の過去の経歴から考えても男女交際については疎いだろうし、ましてや夜と称するような時間帯に一人暮らしの自分の部屋に男を招き入れるなど褒められた行いではない。
     しかし、彼は彼でいわゆる普通の恋人ではなく、なかなか彼女との時間を作れない忙しい人間だった。一月いや二月に一度、外で夕食を共にするくらい。付き合ってからそこそこ日が経過しているものの、二人は交際しはじめたばかりの初々しさを残したままだ。
     普通の恋人同士を知らない彼女でも、さすがにもう少し相手と一緒に過ごす時間が欲しいようであるし、その気持ちは彼も同じだ。彼女が彼を全面的に信頼していることも、このお招きに裏がないこともわかっている。それはそれでお邪魔した後に葛藤することになるだろうけれど、それはさておき彼は二つ返事で頷いた。彼女はほっとした様子で微笑む。二人は車を降りて、部屋までの階段を一緒に上がり始めた。
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