The Bride of Scarlet Bullet「テデ井っ!なんど言ったらわかるんですか、しがれっとちょこの包み紙を放置するなって!ぼくたちはテデ主の前ではただのテディベア、わたとアクリルの毛とプラスチックのおめめでできたぬいぐるみなんですよ!」
ここは東都杯度町の某マンション。がみがみと叱りつけるテデ谷くんとそれを受け流すテデ井の、いつもの夕暮れ時です。テデ井は全く反省する様子もなく、ハイハイと小さな肩をすくめながら自分が食べ散らかしたチョコの包み紙を拾って歩きました。そしてにやりと不敵な笑みを浮かべ、緑のおめめをテデ谷くんに向けます。
「もちろん承知しているさ。なにしろ俺は君より一年早くこの家に来て、テデ主と生活しているんだからな」
「ぼくを新参者あつかいするんですか!きーっ」
「ほら、そうこうしているうちにテデ主が帰ってくるぞ。ただのテデに戻らないと」
「むっ」
テデ谷くんがお口をムンと閉じたのと、がちゃりと玄関のキーが開いたのは同時でした。ただいま〜っ!と声が聞こえてきます。声の主はそのまま玄関脇の洗面所に直行し、念入りな手洗いとうがいをして上着をハンガーにかけて身軽になった後、満を辞してテデの元に駆けてきます。この部屋にふたテデと共に住んでいるのは二十代の女性でした。
「テデちゃ〜!今日も疲れたよお〜!」
そうしてただのテデとして静止しているテデ谷くんをひょいと持ち上げ、ぎゅうぎゅうと抱きしめるのです。さらにお腹に鼻を埋め、くんかくんかと吸ったりもします。
「はあ…テデ吸いのために生きてる…」
何も知らない人が聞いたら完全に頭がおかしい所業ですが、テデ谷くんは出荷される前の公安テデ施設で「テデの匂いを嗅ぐと人間のストレスは90%軽減される」という研究結果を教えてもらっていたので、されるがままにしてあげます。それもテデとしての大切なお仕事のひとつだからです。
「聞いてよ、終業10分前に上司が仕事を振ってきたんだよしかもそれもっと早くに言ってくれないと困るやつだったの!ホント頭にきちゃう、これで納期が遅れたらクライアントには私のせいになるんだから」
テデ谷くんを目前に掲げてテデ主は立板に水がごとく喋り始めます。彼女は「おーえる」という仕事をしており、いつも会社の誰それにこんなこと言われたとか、理不尽なくれーむで怒られたとかの愚痴をテデ谷くんに話して発散するのです。テデ谷くんは自分がこのうちに来てからのことしか知りませんが、彼女がテデ井にそうしているのを見たことはありません。多分テデ谷くんの方が癒し効果が高いからでしょう。テデ井は何を言っても「フン…」と超然とした態度を崩さないし、見た目だってテデ谷くんの方が柔らかで温かみがあります。
(ふっ…ざんねんだったなテデ井、新参者だったとしてもテデ主の寵愛はすでにぼくの方が上回っている…!)
されるがままになりながらもテデ谷くんは勝ち誇った目でテデ井の方を見ましたが、当のテデ井は全く我関せずという態度を貫いています。それもまたかちんとくるテデ谷くんなのでした。
「は〜、TLチェックする暇も無かったよ〜。絶対いっぱい見逃してる赤安がある」
ひとしきりテデ吸いを堪能した後、彼女は膝の上にテデ谷くんを乗せたままスマホを弄り始めました。そう、このテデ主は『赤安女』だったのです!
部屋は白を基調にすっきりとまとめられたインテリアですが、まるでおしゃれなアートのように『あん・あん』の赤井と安室が揃ったポスターが額に入れて飾られています。ガラスケースの棚にはフィギュア、ぬい、ねんどろ、あむまんちゃん…立体物からラバストやアクスタ、コラボカフェのコースターまでが綺麗に並べられているのです。テデ谷くんは初めてそれらを見た時あまりの光景に驚き、そして自分もケースの中に入れられるのではと思いましたがそれは杞憂でした。テデ井とテデ谷くんは子供用の小さなソファを与えられ、基本そこにふたテデ並べられているのでした。(座る位置にこだわりがあるらしく、常にテデ井は主から向かって左、テデ谷くんは右側でした)
「でも週末はお楽しみだから頑張ろ〜!テデ谷くんがうちに来てから初めてのお出かけだよ!」
この週末、テデ主さんはツイッターで知り合った「ふぉろわー」と「お茶会」を開くのだそうです。何週間も前から日どりやお店を決め、色々なものを購入している彼女のうきうきとした様子を見ているとテデ谷くんも嬉しくなってきます。「お茶会」が何をするのか知りませんがきっと楽しい一日になるでしょう。
「テデ井も楽しみだね〜!やっと番が揃ったんだもんね」
つがい、が何のことかわかりませんがテデ井は変わらずスン…とすかした顔をしています。テデ谷くんは(もちろんテデ井も一緒に来るんだよな…)と思いながら、すこし複雑な気持ちになるのでした。
テデ谷くんがこの家に来る前日の夜、受け取り先のコンビニが強盗に襲われた事件は地元ニュースを騒がせました。東都、とくに米花町や杯度町のあたりでコンビニ強盗などは話題に上るほどでもない日常茶飯事ですが狙われたのがテデネットで大人気御礼の降谷零テディベアとなれば人間界が騒然となるのは仕方ありません。
「後から聞いて肝が冷えちゃった!もしうちのテデ谷くんが強盗に奪われてたら号泣しちゃうよ〜!」
テデ主さんはそうしてテデ谷くんを抱きしめるのです。本当はあのコンビニにいたテデたちが力を合わせて強盗を撃退したのですが、表向きは勇敢な店員が抵抗したことになっていました。
そうしてその時、絶体絶命のピンチを救ってくれたのが今まさに、隣にいるテデ井なのです。あの夜の話は改めてしていませんし、もちろん助けてもらったお礼も言っていません。テデ主との新生活に慣れるのに夢中でタイミングを逃したようなものなのです。それにテデ井は口数も少なく、いつもテデ谷くんを「ふっ…まだまだ赤ちゃんだな…」と言わんばかりの目で見てきます(実際言われたわけではないですが)。まだこの世に生まれて3か月ほどの本当の赤ちゃんであることに変わりはないので、テデ谷くんはテデ井とどう接していいかわからずにいるのでした。
(お茶会には、ふぉろわーさんちのテデたちも来るって言ってた…他のみんながどう過ごしているか、テデ井との関係も聞けるチャンスだ)
こうしてそれぞれの思惑をのせ、週末に向けての夜は更けていくのでした。
◇
そうして待ちに待った週末。よく晴れた青空に、テデ谷くんの心の叫びが響き渡りました。
(ぎゃーっ!?やめてやめて、ぼくの魂の象徴であるグレースーツをっ…!)
「ちょーっとお首を脱がす時苦しいかな?我慢してね、すぐにかわいくしてあげるから」
テデ主はテデ谷くんの基本装備であるグレーのスーツを剥ぎ取ったかと思うと、別の洋服を着せるのです。それは光沢がある素材で出来ており、明らかに「ハレの日」用のものでした。テデ井は黒の上下にチラリと見える赤いベスト、テデ谷くんは純白を基調にブルーのベストでした。
「に、に、似合う〜〜!」
テデ主は感涙し、ふたテデの写真を360度、全方向から撮りまくりました。
「はっ、興奮してしまった…本番はこれからなのに」
茫然としているテデ谷くんとスンと澄ましたテデ井を大きなトートバッグに入れ、テデ主はお茶会の会場であるホテルのカフェラウンジへと向かいます。揺れるトートバッグの中でテデ谷くんはテデ井を問い詰めました。もちろん人間に聞こえないようにこしょこしょ声で。
「どういうことですかテデ井、お着替えさせられるなんて、こんな…これ、お揃いじゃありませんか?」
「きみは初めてだったか…テデ主はこうして頻繁に服を着替えさせてはおれたちを連れ歩く」
「あなたもお着替えを…この一年間?」
「ああ、夏には浴衣に水着、秋にはかぼちゃのかぶりもの、冬はもこもこのセーターにサンタ服。どうやらテデ用の服は市販されているものから個人が趣味で作っているものまで多種多様にあるらしい。おれがもらわれてきた当初なんかよだれかけを付けられたんだぞ」
このコワモテのテデに、よだれかけ…!テデ谷くんは不覚にも、吹き出してしまいました。どんなに不服でも人間に対してこちらはただのテデ。拒否することはできない、そんな図が浮かんでおかしくなってしまったのです。そんなテデ谷くんの表情を見て、テデ井もふっと頬のわたを緩めます。
「やっと笑ってくれたな」
そうこちらを見つめる緑のおめめは優しく、テデ谷くんは顔がカアアとなると同時にばつが悪くなりました。ずっとテデ井に対して怒ったりイヤミを言ったりすることしか出来なかったのが恥ずかしくなったのです。けれどもテデ井は全く気にすることなく微笑んでいます。
「大丈夫だ、彼女はおれたちのデフォルトの姿…出荷時の衣装をリスペクトしてくれている。きちんとボタンを付け直したりアイロンをかけて普段また着せてくれるから安心するといい」
そのうえにこちらを気づかうようにフォローを入れてくれるのです。テデ谷くんは気恥ずかしくなり俯きました。
「もちろん嫌とかじゃないんです…ただびっくりしただけで。生まれてこのかた、グレースーツの自分しか見たことがなかったので」
「きみはどんな服でも似合うよ」
なんというきざなテデでしょう!これが一年早く生まれたテデの余裕でしょうか。テデ谷くんは耳まで真っ赤になりながら、俯いた顔を上げられずにいました。そうこうするうち、トートバッグの外から「わあ〜、お疲れさまです〜」「楽しみにしてました〜」などの女性たちの声が聞こえてきます。
「さて、着いたようだぞ」
テデ井の声を合図にテデ谷くんが顔を上げると、トートバッグの口の部分から青空と緑、そして白いチャペルが見えました。
「結婚式日和ですね!」
「本当に!テデ谷くんはジューンブライドだから」
(けっこん?じゅーんぶらいど?)
意味はわかりませんがなんだか不穏な予感がします。眉を寄せたテデ谷くんは、テデ主の手によってトートバッグから引き上げられテーブルの上に置かれました。
「わあ〜!かわいいっ!タキシード似合う」
「りんごあめさんのテデちゃん、お顔がまるまるしてる!」
「エイミーさんのテデちゃはシュッとしてますね〜!あっ、虹色めがねさん来た!わ〜っウエディングドレス!」
テデ谷くんがぽかんと口を開けているうちに、人間の女性たちは意味不明の名前で呼び合いながらそれぞれのテデ井・テデ谷をバッグから取り出し並べました。ここはホテルの中庭、ガーデンパーティーが行われる場所で色とりどりの花やおしゃれなベンチ、テーブルなど映えるスポットがたくさんあります。そんなことよりも驚きなのは、他のテデたちもみんなおめかしをして──あるテデ谷くんなんかは白いドレスとレースのヴェールを被っていたのです!
「き、きみ、どうしたんだいその格好は…いや、今どき男がスカートを履くことなど珍しくはないがグレースーツからロングのウエディングドレスは急すぎないか」
「やあ、テデ施設以来の再会でこんな格好をお見せするとはな…見てのとおりさ、ぼくたちは花嫁なんだ」
「は、はなよめ〜っ!?」
テデ谷くんたちが久々の再会にわちゃわちゃと騒いでいるのに対し、テデ井たちはお互い挨拶を交わすこともなくスン…としています。みなテデがお揃いのタキシードに華やかなスーツを身につけブーケまで持って、羽織袴のテデもいます!人間たちがきゃっきゃと盛り上がっている隙にテデ谷くんたちは状況を整理しました。
「待ってくれ、今日のこれはお茶会と聞いていたが…」
「けっこんしき、って僕のテデ主は興奮していたぞ」
「こんなこと、テデ施設では教わらなかった!」
「しっ…ただのテデに戻って!撮影会が始まるぞ」
テデたちがスッと背筋を伸ばし、動きを止めたところにひとしきりの挨拶を終えたテデ主たちがわいわい集まってきました。
「まずはみんなで撮りましょう、こんなにテデが集まって壮観だあ!」
そうしてテデたちは色んな角度から写真を撮りまくられました。より良いアングルのために地べたに這いつくばるテデ主、すごいレンズのついた一眼レフを担いだテデ主。その誰もが真剣すぎてテデ谷くんたちもされるがままにするしかありません。隣のテデ井がいつもよりキリッとした顔をしているような気がして、テデ谷くんはこっそり耳打ちしました。
「テデ井、もしかしてあなた知ってたんですか?ぼくとあなたがその…こういう…けっこん、するみたいな…」
テデ井はフッ…と緑のおめめを細めました。
「まあ…つがいっていうのはそういう意味だ。それにきみの足の裏の刺繍、さすがテデ井のために生まれたテデ谷くんだってテデ主は発売が決まった時から狂喜乱舞していたからな」
(足の裏の刺繍…!あれは別に僕が花嫁というわけじゃなく映画のたいとるなのにっ…!)
テデ谷くんは心の中で激しい突っ込みを入れましたがテデ主たちに聞こえるわけはありません。そうして集合写真に続きテデ谷くんチーム、テデ井チーム、それぞれのつがいテデの撮影会は一時間にもおよび、何もしていないはずのテデでさえすっかりと気疲れしてしまったのでした。
中庭からカフェラウンジに場所を移し、テデ主たちが最近の公式からの供給や映画、イベントについてのお喋りに盛り上がっている隙に、ひとつ所に集められたテデたちはまたしてもこしょこしょとお話していました。
「はあ…もうぐったりだよ、まさかしんろうしんぷ入場から指輪の交換、ケーキを食べさせるやつまでやらされるなんて」
「テデ主の幸せが第一だから、反抗する気はないけどさ…けっこん、なんて。ぼくたちまだ赤ちゃんだし、オスどうしなのに」
「でもテデ井とは前世からの運命だって、テデ主が。それは創造主であるあおやま先生が決めたことだからって」
「ぼくは別にいいけどなあ。うちのテデ井は紳士だよ、ショートケーキのいちごを真っ先にぼくにくれるし」
「きみ、いちごで買収されるのか?気高い公安警察降谷零が…原作でも赤井と安室はライバル同士のはずだぞ。公式設定の改変だ」
「きみテデ、箱裏やARを知らないの?赤井と安室の関係は見えないところで進んでいるんだよ」
同じテデ施設で育った仲間でも少しばかりの個体差はあるのですが、それぞれのテデ主宅で過ごしたことで個性がより際立つようになっていました。施設ではひらがなでしか話せなかったというのに、格段に難しい漢字を使えたり知識や語彙力もアップしています。さすが優秀なふるやれいテデです。
テデ谷くんたちが話しているのに対しテデ井はテデ用カップを傾けたり窓の外の景色を見たり、ひとテデずつ勝手きままに過ごしています。全く、協調性のかけらも見えません。しかしそれがテデ井らしさでもあるのです。と、テデ谷くんがふと気づいて声を上げました。
「あれ、テデ井の方…ぼくたちよりひとテデ足りなくないか?」
「本当だ、こちらは5テデ、あちらは4テデ…ひとテデふらふらと散歩にでも行ったのかな?」
首を傾げるテデ谷くんに、別のテデ谷くんが声をかけました。
「数はそれで合っているよ。ぼくのうちにはテデ井が居ないんだ」
「「「「えっ」」」」
ほかテデは驚きの声をあげました。テデ谷くんの生きる世界にテデ井が存在しないなど、考えもしなかったことなので。
「そんなに驚かないで。うちのテデ主さんはタイミング悪くテデ井を購入出来なかったらしいんだ。意外とたくさんそういう人はいるらしいんだよ、遅れてハマっただとか、つがいが揃わないなら見送ろうと購入しなかった人が」
「そ…そんな!?」
他のテデ谷くんたちはそれを聞いて体中のわたが冷える心地がしました。テデ井がそばにいない。あの燃えるような赤毛も、かわいさのかけらもない渋い衣装も、優しく包み込むような緑のおめめも…いつも小言を言ってるテデ谷くんだって、声を発する相手がいないとなると寂しくなるに違いありません。いかにテデ主が愛情を注いでくれるといっても平日の日中は部屋にひとテデきりなのですから。なのにテデ井がいないというテデ谷くんは、わりと平気そうなのです。
「大丈夫だよ、テデ井は再販が決まったから。秋ごろにはぼくのうちにもやってくる予定なんだ」
そのひと言を聞いて、蒼白になっていたテデ谷くんたちの顔にぱあっと輝きが戻りました。
「そうかあ…!ほっとしたよ」
「さすが公式はてあつい…ってテデ主もよく言っているよ」
まるで我がことのように喜ぶみなテデに、当のテデ谷くんはありがとう、と目を細めた後すこし切なそうに呟きました。
「みんなテデがそんなにショック受けるなんて、きっとテデ井との暮らしが充実しているんだね。羨ましいなあ、ぼくはもう少し先になるからきみテデたちはテデ井との毎日を楽しんでね」
タイミングのずれだけで、そのテデは自分だったかもしれないのです。小言ばかり言っているテデ谷くんは、もし自分が彼テデだったら他のペアテデたちの中、ぽつんとひとテデでこんなに穏やかにいられるだろうかと自分を顧みました。そうして自分のつがいである、お揃いのタキシードを身につけたテデ井の横顔を遠くからじっと見つめたのです。
◇
3段のお皿に乗ったスイーツやサンドイッチ、そしてお茶をたらふく堪能し、テデ主たちは「じゃあまたTLで〜!」と挨拶をしてそれぞれの帰路につきました。トートバッグの中で揺られながら、テデ谷くんは今日の不思議でエキサイティングで、少し恥ずかしかった一日を思い出していました。今夜はなかなか眠れないでしょう。
「疲れたんじゃないか。お出かけは初めてなうえ、少々刺激が強かったろう」
隣のテデ井にそう声をかけられ、いつもなら子供扱いしてるのかとかばかにするなとか憤っているテデ谷くんでしたが今日ばかりはその元気もありません。それにテデ井の声には純粋な優しさがこもっていることにようやく気づいたからです。
「今日…テデ井のいないおうちのテデ谷くんがいたんですが」
「ああ、いたな。おれも声をかけたが、気丈にふるまっていた」
テデ谷くんは目を見張りました。他のテデになど興味もないようなそぶりをしていたくせに、テデ井はしっかりとわかっていたようです。涼しい顔をして全体を見渡し、さりげなくフォローまでする。これが一年早く生まれたテデとしての貫禄なのか、元々の素養なのかわかりませんが、モデルとなった赤井秀一がきっとそういう人物なのでしょう。形は違えどテデたちは同じ魂を引き継いでいるのですから。
「…テデ井との暮らしは毎日楽しく充実してるんでしょうねって言うんです。でもぼくには分からない…確かにテデ主さんには可愛がってもらって何不自由ない暮らしをしているし、おやつやこんな洋服だって」
でもテデ井に対してはずっと緊張して意識してしまうし、その結果かわいくない態度を取ってしまう。こんなのでいいんだろうか。真面目なテデ谷くんにとっては悩みどころでしたが、テデ井は何でもないように返すのです。
「おれは楽しいよ。きみにお小言を言われるのも嬉しくて仕方ない」
テデ谷くんはかわいらしい眉をしかめ、隣を向きました。
「あなたって、えむなんですか?」
「服のサイズのことか」
「ちがいますよ!怒られてよろこぶ人のことです。ふつう、がみがみ言われたら嫌になりますよ」
「おれたちはテデだ。ふつうがなんだか分からないからな。これを言うとよけいに怒られそうだが…きみにかまってほしくて、わざとそうしてたところもある」
「えっ」
「どうやったらきみとの距離を縮めわられるかわからなくてね…なに、俺だってまだ1くま才のひよっこテデだからな。なにも完璧じゃない。きみと、テデ主と共に暮らすことで成長し、きみのつがいテデとしてふさわしくなれればいいなと願うばかりだ」
「………」
狭いトートバッグの中、ふたテデの毛並みは密着していました。テデ井のおててがテデ谷くんのおててに触れていることに気づいていなかったわけはありません。テデ谷くんはそっとテデ井のおててを握り、俯いたままちいさな声で呟きました。
「……ぼくだって、そう思ってます」
テデ谷くんのおみみに、ふっと微笑む音が聞こえました。テデ谷くんのおててもモフッ…と優しく、しかし力強く握り返されます。
「ああ、よろしく頼む…」
言い終わるか終わらないかの瞬間、バサーッ!とトートバッグが揺れ、振動がふたテデを襲いました。
「あ〜っ楽しかった!テデたちお疲れ様〜!およふく汚しちゃうからお着替えしようね」
ちょうどマンションに帰り着いたのでした。バッグの中を覗き込まれ、テデ井に寄り添うようなかたちになっていテデ谷くんはスッ…と姿勢を正し、ただのテデに戻りました。
(ぼ、ぼくとしたことがムードに流されて…恥ずかしい、公安テデとしての誇りを思い返さなきゃ!)
それもこれも今日一日、大切な警察手帳を携帯せず過ごしたからです。やはりぼくはいつものグレースーツじゃないと調子が出ない、と決意を新たにするテデ谷くんと対象的にテデ井は澄ました顔でこんなことを考えていました。
(あれがテデ谷くんのパンおてて…想像の100倍は柔らかかった…次は何か理由をつけて、もっと長い時間触らせてもらおう)
おわり