東の先生と賢者さま▼『手紙』2022.07.15
近頃の晶はミチルが開く青空教室にルチルとリケの隣に椅子を並べて参加するようになったらしい。そこでこの世界の文字を学ぶことが基礎。学んだ言葉を用いて文を書くのが応用。そしてその文を添削するのが僕の役割らしい。この魔法舎に出入りする者の中にはもっと適任がいるのではないか、例えば書記官はどうだと僕は提案したが、クックロビンは忖度してしまうからよくないと返ってきた。晶曰く、何事もテキザイテキショなのだという。今日も晶は僕の部屋へ課題を手に来たのだろう。控えめなノックの音は好ましい。僕はその音に返事をすると、一拍置いてから静かに扉が開かれ、閉じられる。いつも以上に深々と頭を下げ両手で大切そうに紙を渡すものだから、僕もつられて仰々しく受け取ってしまう。紙面へ目を滑らせる。拙いながらも懸命に書かれた文字は愛おしさすら感じさせる。だが、紙に書かれた文字は今までの中で最も少ないものだった。その文面を理解したとき、僕は慌てて彼へ視線を移す。彼はまだ頭を下げていたが、どうやら顔の赤みを隠すためらしい。僕にもそれが伝播する。紙には「あなたをあいしてます」と書かれていた。
▼『触れる』2022.07.16
ある日の晩のことだった。ファウストの程よい暗さの部屋の中に晶のすっかり気の抜けた声が響く。これは定期的に行われていることで、ファウスト曰く「心の治療」であるらしい。彼の部屋には隣に並んで座れるようなソファも椅子もないため、二人はベッドの上に腰掛けている。ファウストは晶の細い身体を大切そうに抱きしめ、左手を腰に回して固定し、自由な右手で彼の背中を摩ったり、頭を撫でたりしている。それを晶はされるままに受け入れていた。北の彼らが爆発騒ぎを起こさない限り、夜の魔法舎周辺はとても静かである。晶の耳に聞こえてくるのは、耳のすぐそばでされているファウストの呼吸音とファウストの手が身体を滑っていく衣擦れの音だけである。規則正しい心音が聞こえるのは気のせいだろうか。気のせいでないといいな、と思いながら再び晶は心地よさのあまり声が出てしまう。ふと頭に浮かんだことが口を突いて出てくる。特に深くは考えていなかった。「どうしてファウストに触れられると、こんなに気持ちがいいんでしょう」ファウストの息を呑む音がした後「さあ、どうしてだろうな」と至極幸せそうな声が聞こえてきた。