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    okeano413

    @okeano413

    別カプは別時空

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    okeano413

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    甲操 夜を謡うように進め
    誕生日おめでとう

    ##甲操

    2021.05.07


     天気もいいし、客足も遠のいて早めに作業を終えられたので、夜の散歩をする事にした。空を好む来主に、降り落ちてきたアルタイル以外の、星々の美しさを空のすぐ下で見せてみたかったというのもある。
    「少し散歩でもしようか」
     任せていた食器類を片付け終えたのを確認して声をかけた。散歩のワードに、喜びを体で示すようにガラス戸を閉じたままの手を挙げながら踏み台から飛び降りて、床で埃をかぶりかけていた電気仕掛けのランプを持ち上げる。竜宮島から避難してきた人が、思い出の品としてフリーマーケットに出品していたのを引き取ったものだ。もう、一人の夜を歩きたくはないらしい。
    「いいよ! このランプ、使ってみたかったんだ!」
    「待て、戸締まりがまだだから」
     ランプの明かりを灯しながら、子犬のように二つ返事で飛び出そうとした襟を掴んで呼び戻し、ロールスクリーンを二人で下ろす。星明りが照らしてくれている外よりも暗くなった店内に来主用の看板を移動させて、鍵穴に銀色の鍵を差し込む。使い込んだ痕の付いてきた鍵には、コーヒーカップ型のキーホルダーが付けてある。暮らしていく為に技術を学ぶ事にしたうちの一人が手慣らしに作った一品を、買い物を教える為に与えた小遣いで、俺みたいだと購入して寄越したものだ。初めての意図的な贈り物がくすぐったくて、私室で随分と長く眺めたっけ。
     来主はそろそろ羽佐間先生と暮らし始めるから、新しい合鍵を用意するべきだろうか。鍵の扱いなんかも教えておかなくちゃ。転移で来ればいい、と言い含めてもいいし、それをいやがったとしても、先に起きて中から開けてやればいい。
    「誕生日って、どんなふうにお祝いされてきたの?」
     ランプを点滅させて遊びながらおとなしく待っていた来主が、鍵穴からカチン、と音が鳴るのと同時に言った。カレンダーを空中に諳んじる。そういえば、今日が俺の「誕生日」だったか。
    「お待たせ。話なら、歩きながらしよう」
     頷いた来主に、空いている方の手の甲を差し伸ばされる。受け止めるように滑り込ませると、指を絡めてすぐに、引っ張るように早足で歩き出そうとする。歩幅のおかげで追い付くのは困難じゃないが。景色を眺めながら歩いて欲しいから、一度腕を引く。すぐに意図を汲んで、早歩きは収めてくれた。
    「俺、お前に言ったっけ」
    「一騎が教えてくれたの。いつも一緒にいるけど、甲洋の誕生日は祝うのか? って」
     厨房で何かこそこそしていると思ったら。別に隠すつもりはなかったが、人の個人情報を勝手に、あいつ。
     訊ね方を考えるように、無愛想な灰色の階段を一段ずつ降りる背中に付いていく。いつも遊んでいる猫たちは腹ごなしに来ているらしいから、今頃、近隣家庭の夕飯でもねだりに出掛けているんだろう。
    「もっと早くに、甲洋の口から聞きたかったな。そしたら、里奈とか零央に、たくさんお祝いの仕方を教われたのに」
     階段下から道なりに曲がるのじゃなく、海に向けての、低い雑草の生えた緩やかな坂道を下る。海辺へ行きたいらしい。散歩、とだけ伝えて、目的地を伝えていなかったからだろう。羽佐間先生のもとへ送り届けるつもりだったけれど、来主が寄り道を望むなら、まずは付き合うことにしよう。
    「そういうの、興味ないと思ってた。今一緒にいるんだからそれでいいよって、いつかに笑って言ってたろ」
    「あれは……だって、別の話だよ。側にいるのを許して欲しくて言ったんだし、生まれる日が人にとってどういう意味を持つのかも、きちんと理解していなかった頃だし……」
     らしくなく言葉を濁しながらも、迷いなく草を踏む音が心地よく耳に響く。律儀に足を上げて歩く来主はサク、サクと軽く、ほとんどすり足のように歩く俺は引きずるような、ザリザリと重い音を靴底から鳴らしながら、そう長くはない土の上を歩いている。二つの音は交互に重なっているけれど、どこか不協和音にも思えるせいで、お互い別の場所を進んでいるような錯覚に沈んでしまいそうだ。ためらいが体に移ったように、だんだん、歩幅も、速度も、下がっていく。この時間がなるべく長く続けと願うように。
     そうして引き伸ばしても、そもそもが目と鼻の先にあるせいで、来主の質問に答える前に、鏡合わせのように光をうつす大きな水たまりのそばへ着いてしまった。店を出た時点では僅かに橙色を残していた海の裾も、星を目立たせるようにすっかり暗くなっている。星と月に照らされる木蘭色が普段よりも儚く見えるのは、誰もいない景色が寂しく見えるせいだろうか。
     俺も来主もまだここにいると実感したくて、繋いだままの右手をもう一度引いた。振り返った薄緑の瞳に、まだきちんと俺の姿が映っている。
    「なにか、興味を持つきっかけでもあったのか?」
     来主の交流関係は、日々広がりを見せている、らしい。羽佐間先生が、改めて紹介する前から色々な人と仲良くしているのと言って嬉しがっていた。愛想もいいし、フェストゥムであるという一点を除けば、忌避される要素の少ない奴だ。今日の一騎のように、目の届かないところで、俺の知らない誰かに教わりでもしたんだろう。
     後一歩進めば砂浜だ、というところで、とうとう立ち止まってしまった。繋ぐ手に少し力が込められる。進まないのか、と繋げたまま持ち上げるけれど、足を上げてはくれない。風に炎が遊ばれるようにゆるやかに、変わりなく薄い体の向こうで、仄かに光り続けるランプが揺れる。二人して、鱗のようにきらきら光り続ける海面を眺めている。
    「僕、このあいだ、おかあさんのこどもになったじゃない? その時見せてもらえた、うんと、いろいろの紙の中に、誕生日と、養子縁組の日を書くところがあってさ」
    「うん。記入し慣れてる羽佐間先生がかっこよかったって話だろ」
    「うん、そう、それの続き。それで気になって、おかあさんに、人にはふたつ生まれた日があるのって聞いたんだ」
     三月の末頃、来主操は羽佐間容子のこども、になった。正確には、彼女をおかあさんと呼ぶ事を望んだ。羽佐間先生も、いくらかの逡巡の末に申し出を受け止めていたと、見守っていた小楯さんとイアンさんがこっそりと教えてくれた。島に由縁なく現れたフェストゥムに人の仕組みをあてはめてよいものか、格好ばかり長たらしく重ねられた議論も、結局は当人同士の意思を汲んで無力に終わったのが、なんだかおかしくて記憶に新しい。
    「僕、誕生日っていうのをよく知らないで生まれたから、きみたちのいつになるのか記録してなくて、ごめんなさい、わからないですって言ったんだけど……そしたら、生命として、個として存在が確立した日はひとつだけど、操なら、自分で決めるのも楽しそうねって、言ってくれて……」
     よほど嬉しかったのか、とりとめなく続ける来主は、知らぬ間にこちらを見上げていた。倣ってこちらからも視線を下げる。海に近付いた場所で、波音から耳を逸らすように、二人して視界をお互いの姿で埋めている。
    「うん。それじゃ、お前の誕生日はどんなふうに決めたんだ?」
    「決めた、っていうか、担当してくれた人が、ボレアリオスのコアができた日と、僕が会いに来た日の記録を見付けてくれて、どの日にしますかって、聞いてくれてね」
     話したい内容と合致する単語から続けて、たがをなくしたように話し続ける。差し込んだ月明かりの金色を馴染ませた緑が、来主らしくまっすぐに力強く、俺を見上げてくれている。
    「コアとしての存在が確立した日も、赤い海を出た日も、まだ僕としての意識は朧気で……どっちかに決めなくちゃいけないのかなって迷ってたら、もう一回、もう一回ね、操の思う日でいいのよって、言ってくれて」
     あの日。コアをまるごと入れ込んで、強引にフィアーを目覚めさせた日を思い出す。数年海底で休んでいた彼を叩き起こしての旅路は暗く重いもので、どれほどの長さだったのか、道の形さえ曖昧だったけれど、フィアーの示した時間は正確に覚えている。記録によると、俺が離脱した時から、半日も経たず「来主操」が生まれたらしい。肌を撫でる風は爆風でぬるく、季節感などなかったけれど、夏のあの日に彼は世界に産声をあげた。案外可愛らしい声だったわよと、織姫ちゃんが、来主に手を焼く俺に教えてくれたっけ。
    「それで、だから、おかあさんになってって言えた日が、僕の誕生日がいいって、お願いして……」
    「うん。今年はもう終わったから、来年のお祝い楽しみにしてるねって、言ってたもんな」
     手続きを終えたという翌日の朝、突然言うものだからたいそう驚いた。あの夏の日を来主の誕生日だと認識していたから、まだ来てないだろと焦って問い詰めたっけ。開店前の店内で贈り物の相談を聞いてくれていた一騎は、慌てる俺をよそにのんきに「せっかくだから今年のぶんは今日祝おうか」なんて返すものだから、余計に。
    「あの日にもたくさん言ったけど、二人に誕生日おめでとうって言ってもらえたのが嬉しくてね。きみが眠る前に抱き締めて、おめでとうって言ってくれたのも、幸せって気持ちでいっぱいになって……甲洋も、誕生日に、こんなに嬉しい気持ちになれたらいいなって。僕がそうさせてあげられたらいいなって」
    「それで、どんな祝い方をされてきたかって訊いたのか」
    「そう。甲洋が嬉しいって思ったこと、全部してあげたくて」
    「……そうか。その気持ちだけで、充分だよ」
     小学生の頃は、みんな、誕生日がおやすみの日ならもっと嬉しいのにと言っていたけど、俺は毎年平日がいいと思っていた。目覚めて、昨日と同じ服を着て、俺に目もくれない両親から逃げるように飛び出してからが、俺の誕生日だった。翔子の家に立ち寄ったらしい遠見が、眠そうな声で「おはよう、お誕生日おめでとお」とあくび混じりに言ってくれるのが一番で。教室のドアをくぐったら、一騎や衛が、のんびりと声を重ねて「おめでとう」を言って、なんで一緒に言うんだって目を合わせるのがおかしかった。意外な事に剣司も、あの頃から言葉の強い咲良も、話をどこかで聞いたらしい、自分の席に向かう途中の蔵前も、珍しく登校の続いた総士も、揃って優しい声で祝ってくれるから、毎年こうであればいいと星にまで願ったものだ。
     物を望んだ事はなかった。聞かれなかったわけじゃないけど、同じだけ喜びを返せる気がしなかったのもあるし、本当に、言葉をくれただけでここに存在していいのだと思えたから。友人たちが俺の「誕生日」を覚えていてくれて、一言与えてくれる喜びが、次の一年までを繋いでくれていた。時々、真壁のおじさんや、溝口さん、先生の顔を外して、すれ違った羽佐間先生まで祝ってくれた時は、母さんの金切り声に気付かないくらい浮かれたな。
     俺の「誕生日」は、あの家に「来た日」かもしれない。遠見先生に聞けば、俺、ができた日を、教えてくれるかもしれないけど。本当を知るのは怖かった。みんなに言葉をもらえたこれまでを、嘘だとは思いたくなくて。そんなふうに今も怖がっているから、友人たちと同じ日を俺の「誕生日」として祝おうとしてくれているだけで、充分に嬉しい。
    「そんなの、答えになってないんだけど」
     今が充分幸せだと伝えたつもりなのに、不機嫌そうにランプを手放してしまった。ガラスが擦れる音がしたけれど、砂の上に落ちたおかげで割れずに済んだようだ。はずみで明かりが消えたけれど、夜空から注がれる輝きが、動揺に揺れる瞳をよく照らしてくれている。
    「ちがう……ごめん、怒りたいんじゃないのに。甲洋の喜ぶ顔を見たいだけなのに、ごめん、僕」
     謝りながら、空いてしまった右手ですがりついてくる。人らしさをよく学んだ来主が俺の為に思い悩んでくれる時間がプレゼントでいいなんて茶化したら、もっと怒るかな、怒るだろうな。手は繋いだまま、肉付きの少ない背中を寝かし付けるようにゆっくり叩いて、それからなぞるように撫でる。
    「来主。落ち着いて、驚いただけで、傷付いてなんかないから」
     それでいい、の言葉は偽りでもごまかしでもなく本心だ。本当に、俺だけの日を祝おうと気にかけてくれる気持ちだけで、充分満足だった。望んでこなかったものを訊ねてもらえたところで、どう、形にして伝えればいいのかも、わからないし。
     夜風が吹いて、つられて海も騒ぐ。半分閉じた口から唸り声を漏らして、軽い開閉を繰り返したのち、結局迷いを残したままで、大きく口を開いた。
    「僕、きみといる時間が一番好きだよ!」
     それなりに大きく上げたろう声は、波の音にほとんどかき消されてしまった。返事まで海に吸い込まれてしまわないよう、負けじと喉を震わせる。
    「よく言ってくれるから、知ってるよ」
    「選択肢がないからじゃなくて、僕なりに人と話してきた過程で、気付いたんだよ」
    「うん、それも、知ってる」
     都合がいいからじゃなく、一緒にいたいと心から願うから、俺といる事を選んでいる。素直に受け止めるのが苦手な俺に、よく、言い聞かせてくれる言葉だ。おかげで、言葉の裏まで考えずに情を受け取る事が、ほんの少しだけ得意になった。
     目を合わせたまま、預けてくれる体を片手で抱き締める。繋いだ手に頬ずりをして、自分なりの祝いを言おうと懸命に動く唇に、同じものでそっと触れる。もう一度。もっと触れたくて、二度目と、三度目を。四度目は、軽く吸い付いてから離した。本来の伝達方法ではなく、人型らしく、くすぐったがるように擦り合わされる場所から伝えてくれる言葉に何度も救われて来た事が、俺にとってのプレゼントだと言ってみるのはどうだろう。普段照れくさくて言えずにいる事でもあるから、今日を来主なりのかたちで俺の喜びの日にしてくれるなら、今夜じゅうを掛けて、言わずに仕舞ってきた気持ちを伝えさせてもらうのはいい考えかもしれない。
    「すぐに言えなかったけど、来主が戻る場所に俺を選んでくれたの、結構嬉しかったよ」
    「なんで、僕が喜ぶこと言っちゃうの。甲洋が嬉しければそれでいい日なのに」
    「祝いの言葉にありがとうって返すのは、おかしなことじゃないさ。来主が笑ってたら、俺も嬉しいんだ」
     話すうちに波は収まっていた。穏やかな姿を取り戻した海の目の前で引き寄せたままの手にキスをして、明かりを消した楽園を振り返る。やりたい事が決まったら、一目散に、二人の家へ帰りたくなってしまった。ショコラはもう、眠ってしまっただろうか。
    「今日はもう、帰ろうか。俺からも、聞いて欲しい事ができたんだ。今年はそれがプレゼントって事で」
     砂の向こうに踏み出すのは、次の機会にねだるとしよう。すっかり黙り込んだランプを拾い上げて、今度は俺が前を行く。しっかりと足を上げて、ザクザク音を立てながら、進んできた道を戻る。一つ残した外灯に照らされている赤に向かって。
    「甲洋が、それを望むなら、もちろん」
    「たくさん内緒にしてきたから、今夜は寝かせられないかも」
    「なに、それ。恭介みたいな言い方するんだね」
     無愛想な鍵穴に、コーヒーカップを付けた銀色を差し込む。音が鳴る前に、また来主が口を開く。
    「ねえ、僕からのプレゼント思い付いたよ」
    「くれる前に聞かせてくれるのか?」
     高揚の気配に振り返って訊ねると、先程のお返しとばかりに、来主からも手にキスをしてくれる。感触がくすぐったくて笑うと、満足そうに笑みを深めた。
    「今日から一緒に寝てあげる」
     願ってもない申し出だ。内側に付けたドアベルを鳴らして、今夜の楽園は幕を下ろした。
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