2021.11.07
「いつも頑張ってるから」と渡された細長い紙には、長方形を五等分にしている点線と、右のすみっこに「券」の文字が書いてある。
「なあに、これ」
「ご褒美チケット。たまには手法を変えるのもいいかなと思ってさ」
風の匂いを吸い込んだ洗濯物をたたみながら言う。あぐらをかいてそうしている甲洋に手招きされて、渡されたのがこの、切り取り線、付きの紙。裏返せば、使い方と有効期限まで記載されている。ええと、2253年……?
「日付、まちがえてない?」
「永遠って書くよりわかりやすいだろ?」
「え?」
なにを言ってるんだろう。使い方のほうはシンプルで、書き込んだものを叶えてくれるとのこと。僕の、覚えたての字を残したいんだろうか。
「いま、使ってもいいの」
「いいよ」
「ペン、取ってこないと」
「お試しって事で、使わなくても叶えてやるけど」
なにをお願いしよう。考える間に、甲洋の左側に、たたまれた布の山ができていく。あれも、これも、悩むけれどお昼間からお願いするのもな。
「決まった?」
「まだ……」
「そんなに悩むのか。なんだ、普通に聞けばよかったな」
「せっかくだし、使いたいよ。甲洋がくれたものを消費するのはもったいないけど……」
書いたきりの薄い紙だけど。お願いしたら、もしかしたら追加を紙ナプキンとかでも作ってくれるかもしれないけど。甲洋が僕のために作ってくれたものは、どんなのだって大事になる。
「風呂のあとでも、夕飯を済ませてからでもいいけど。いっそ保留にするか?」
「う……! えっと、ううん、すぐ決めるから……」
「焦らなくてもいいよ。ちゃんと待ってるから」
でも、もう洗濯かごがからになってしまった。チェストに片付けなきゃならないし、次の家事だって待っている。
なだめるように撫でてくれるてのひらに、もっと触れられたい。そばにいるだけじゃなくて。いつも言いたいけど、あんまりねだると迷惑かなって、しまい込んじゃうお願いといえば。
「抱き締めてもらう券、は……? だめ……?」
「そんなのでいいの?」
「そん、なのじゃないよ。大事なことだもん」
もっと、叶えにくいお願いを想定してたんだろうか。びっくりした顔で、それから仕方ないなと微笑んで、腕を広げてくれた。甲洋からくっついてほしかった、んだけど。言い直すのは、ちょっと恥ずかしい。
「おいで、来主」
「あ、う」
「ほら」
「うう……うん……」
膝立ちになって、ちょっとずつ寄って、腕の中に倒れ込む。真正面だからくっつきやすい。肩に手を乗せると、もう少し寄っていいと脚をさらって、膝の上にまで乗せてくれた。
降ろされるまま縋り付いて、肩に顔を埋める。甲洋のにおいがする。望むものを与えてもらえたのに、照れが強くて顔を上げられない。くっつくところはもちろん耳まで熱い。
「どう?」
「う……れしい」
「ん。俺も」
顔を傾けたらしい。声がますます近くなって、二人きりなのに耳に囁き込まれる。くすぐったい。はずかしい。うれしい。ねだったくせに逃げたがる僕を、ぎゅうっと優しく抱き締めてくれる。
「なくても、するよ。俺もしたいから」
「甲洋も、したいことなら、券、使わなくてもいい?」
「うん。来主がしたいって言ってくれたら、いいよ」
じゃあ、もう、書かなくていいや。
ご褒美チケット、ただの紙になっちゃった。