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    okeano413

    @okeano413

    別カプは別時空

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    ジュンひよ 制服が似合わなくなった日

    ##ジュンひよ

    2022.05.28

     うるさくてしつこくってワガママなお姫さんの巣立ちはやけにあっさりしたもんだった。てっきり、卒業したってぼくはここに住むの、便利な飼い犬のいる部屋に! とか、言い出して困らせられるんじゃねえかと考えていたのに。
    「ほらっ、ジュンくん早く手を動かして! 明日じゅうにはお部屋を移らないとならないんだから、こんなやり方じゃ間に合わないね!」
    「ああ〜はいはい……。おひいさんもちょっとは詰めるなり捨てるなりしてくださいよぉ、オレ一人じゃほんとに日が暮れちまう」
     卒業。転居。人生のうち、たった一年ほどをひとつの生き物として過ごしたひとがオレを引き入れた部屋を出ていく要因は、平凡でつまらない、誰にでも訪れるもの。そりゃあそうだ、このひとはオレより歳上で、オレより早足で、いつまでも追いつけない先を行くいきものなんだから。
    「ぼくはメアリを安心させてあげるのに忙しいねっ。効率よく動けば済むでしょう。これまでの復習と思って励むといいね!」
     大事に抱かれているメアリは慣れた部屋を離れるというのを感じ取っているのか、それか、慌てた引っ越しで寮じゅうがやかましいせいでストレスを訴えているのか、ここのところお利口さんじゃなかったメアリは、オレか、おひいさんに抱かれてようやく平常心を取り戻す。そのせいで食事も膝の上で、と、拾った頃より相当気を遣ってなだめていた。
     おひいさんに連れて行かれた先でもこうじゃ困るなと思っていたけれど、誰も起きちゃない早朝ならひとりでメシも水分補給も済ませているようだから、落ち着きさえすればもとのいい子に戻るだろう。仮に甘えぐせがついたとしても苦労するのはおひいさんだ。そうなったら躾け直せばいいだろう。このひとが。
     メアリを甘やかすのはまあ、構わない。積み上がった荷物の処理がどうにも進まない。ただでさえ荷物の多いこのひとの、あらかじめ仕分けもしていない荷物を役割ごとに小箱に詰めてはでかい箱にぶち込む作業で相当時間を食いそうなのに、無駄に量のある服を季節ごとにシワにならねえようについでに消臭剤に除湿剤に挟んでと、手順を増やされたせいで終わる気配が全く見えない。引越し業者さんにダン箱をいくつ運ばせる気だ。こんなにもあるんだから半分くらい処理して身軽に行きゃあいいだろうに、頑として「うん」を言いやがらねえ。オレも、初めてプライベートで出かけた服だなとか、オレに選ばせたくせに結局自分の好みで買ってたやつだなとか、思い出すたびに手を止めちまうからおひいさんのせいにはできねえんだけど。たったひとりの実働隊なんだから心ん中くらい気分転換したって構わないだろう。
     そんなにしながら、買いまくってオレに持たせたくせにあんまり使ってないものを避けた箱をちらりと見る。おひいさんに目をかけられなくなったものたち。いつかオレも飽きられたらこうなんのかな。これ、こっそり捨てたらキレるよな。
    「……せめて捨てていいもんの判別くらい……」
     ひとにさせといて、思い通りになってなきゃぐちぐちなじってくるひとは、昼寝がしたいのか尻尾がおとなしくなったメアリのデコに顔を突っ込んで止まってる。なにしてんだ。
    「捨てない。どれも持っていくと言ったね。まさかジュンくん、ぼくと話しながら寝ぼけてたの?」
    「ばっちりきっちり起きてましたよ。ダン箱ひとつ分くらい、減らしたって支障なんかないでしょう。まじで全部、業者に運ばせる気なんですか?」
    「働きに見合う報酬を支払うのだから量は問題じゃないね。しつこくするのはこれで最後。ほらジュンくん、大好きなおひいさんのために頑張って?」
     このひとごと箱にぶち込んでやろうかな。行き先が見えている最低限の着替えとスキンケア用品やらを詰めるボストンバッグ(もちろんオレが運ぶ)に、あと入れるものといえば。
    「持ってくって、あの、制服もですか」
     クローゼットにかけたままの、特待生の制服。式を終えて役割をなくしたのに、それまで毎日やっていた習慣のせいでアイロンがけを丁寧にしてしまったせいで、すぐにでも袖を通して登校させられる出来だ。
     だけどもうこのひとは、オレと同じ制服を着ない。立派にあの、学園の門戸を旅立った。ここにまだいるのは、玲明にいた名残を味わっているのに過ぎない。
     顔を上げたおひいさんは、くっつかれて、あったかくて眠ったらしいメアリの毛をデコに張り付かせたままだ。
    「どうしようね? なんだったら、ぼくが袖を通した既製品として展示するのもいいけれど……」
     この人ならまじでやりかねない。いや、適当にうなずいたら絶対にやる。オークションとかに出したら、やばい値段をつけられそうだな。シャツなんか、肌に近かったとか、そんな理由でばかみたいな落札価格にされたりして。茨はそんな陳腐な売りを許さないだろうから、許可が降りたとしてお触り厳禁のガラス張り展示かな。そんで、オレの卒業する頃もユニットが続いてたら、適当なエピソードをつけて並べられたりして。中身をなくした服をそうしたところで、誰が見るかもわかんねえけど。
     需要があるなら構わないかもしれない。でも、いやだな、と思った。制服のこのひととすれ違ったファンもいるだろう。でも、アイドルをしてない密室でも着ていた制服を、不特定多数に見せるのは。想像しておいていやとか、まったくおかしな感覚だけど。
    「ま、やめておこうかね。ファンの子たちも、記念に見るならステージ衣装がいいだろうし」
    「……そ、っすね。制服なんか、大体似通ってるでしょうし……」
     なんだよ冗談かよ、と笑い飛ばして切り上げるべきところだった。歯切れ悪くしたせいで、おひいさんのでかい目がオレを射抜く。今は見るな。今見られたら、おかしな考えを読み取られそうだ。
    「ジュンくん、また少しおおきくなったでしょう。ぼくの制服を着たらちょうどいいんじゃない?」
     はあそうですね、そんな選択肢もあるかもしれませんね。なるべく声を固くして、散らばった私物を決めようと、おひいさんから目をそらす。この本、気に入ってるとか言ってたよな。ボストンバッグの底に入れておこう。
    「や、今のでちょうどいいんで」
    「そう? なら、予備にでもしなさい。お守りのつもりで飾ったままでもいいかもね」
    「ひとの着てたもんをお守りにとか、ちょっと引きます」
    「ぼくは笑わないよ。なんせ、ぼくの残り香がジュンくんに必要に思えるからね。だからあげる。ぼくの制服は今からジュンくんのものだよ」
     おかしな妄想も、オレの寂しさも、なにもかも見抜いているんじゃないだろうか。かわいいお姫様に癒やされてる最中のくせに。
    「必要なくなったら、処分でも、お下がりとして下賜するかも、自由にしていいよ。きみにあげたものだからね」
    「まだ、受け取るとも言ってないんすけど?」
     布をたたむ音も、ダン箱を閉める音も、オレが止まったせいでちっとも響かない。メアリの寝息だけが続く部屋で、たっぷり五分はオレを眺めていたおひいさんは、にっこり笑ってこう言った。
    「はやく追いついておいで。ぼくの隣は親切に開けておいてはあげないよ。ジュンくんの実力で、這い上がって来られるよね?」
     春休み明けひとりの登校から、オレはまた制服に着られる日に逆戻りするんだろう。解決策はただひとつ。さっさとおひいさんの横を目指して、真面目に実直に、地道に学生を終わらせるしかない。
     悔しいなあ。一年、生まれるのが遅かったせいで、物理的に置いてかれる。飛び級制度なんかないせいで、高校って監獄に縛りつけられる。
    「あんたこそ、せいぜい引きずり降ろされねえようにいてくださいよ。オレが追いつく頃に落ちぶれられてちゃ、たまんねえ」
    「言うね! 追いつけたころもそんな口ぶりなら、直々に躾けなおしてあげる。楽しみが増えたね? おめでとう、ジュンくん!」
     せいぜい、同室でいられるほんの少しの残り時間を、いつもの調子で過ごしてやろう。案外、ほんとにいなくなればこの寂しさも消えるかもしれねえし。
     退寮まであと一日もない。それまでに、喉を枯らすくらい、このひとの声を、引きずり出してやれるように。なにを話そうかな。なにを、話してもらおうかな……。
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