愛と策略のバレンタイン・デイハスマリーのアジト アーロンがアラナ達と暮らしはじめて少し経った頃
「なあなあ、アーロン。大事な相談があるんだけど。今、いいか。」
アーロンが自作の地図とにらめっこしながら次の窃盗計画を練っていると、背後から声をかけられた。ひょんなことから一緒に生活することになった友人のジャックだ。年の頃も近く、他の子供達よりもお兄さん的存在であることから、ジャックとアーロンはしばしば窃盗計画やそこで使う新しい武器の開発計画を相談しあっていた。もう一人、ラルフという良き友人もいる。食いしん坊でヘタレてはいるがいつでも朗らかな彼はムードメーカー的な存在で、同年代の3人はとりわけ仲がよかった。
アーロンはいつになく神妙な面持ちの彼に少しばかり緊張して向き直った。
「……次の計画のことか?少し待ってろ。それとも何かあったのか?ラルフも呼んだほうがいいか。」
「いや、そうじゃねぇけど。」
尚も真剣な顔をして、真っ直ぐにアーロンを見ながらジャックは話を続ける。
「そうじゃねぇけど重要なんだ。相談はな……俺の、アラナへの愛の贈り物についてだ。」
「…………は?」
真剣に向き合ったことを若干後悔して、気の抜けた声が出る。
「んだよ緊張して損したじゃねーか。アラナの誕生日ってそろそろだったのか?高価なものなんて買えるはずねえんだ、そこら辺の花でも摘んで贈ればいいだろ。」
「そりゃあ、そうだけどさ。本当は指輪でもペンダントでも、似合いそうなものをたくさん贈りたいところだよな。贈りたくなるような花もここらへんじゃなかなか咲いてないしなぁ。それに別に誕生日じゃねぇよ。」
「はぁ?じゃあますますいつもの感じでいいだろ。普段みたいに愛の言葉でも贈っときゃい喜ぶだろ、アラナは。」
ジャックはアラナに惚れていた。なかなかに情熱的な彼は年中、アラナに愛の言葉を贈っている。悲しきかな、所構わず贈り過ぎて半分くらいは適当にあしらわれている。
「それだけじゃやっぱり格好つかないだろ。例えば気の利いたお菓子とか、目を奪うような真っ赤な薔薇とかさ、こう、特別感?なあアーロン、何かないかな……。」
「んー、菓子か。最近侵入した屋敷で盗ってきたのがまだあったっけな……。」
何でオレも巻き込まれてるんだよ、と思わなくもないが、妙案はないかと二人でうんうん唸っていると、ラルフが耳ざとく食べ物の話題を聞きつけて寄ってきた。
「えっ。なに何!?お菓子がなんだって?美味しい話?!」
「ちげーよ。なぁラルフ、アラナにプレゼント出来るお菓子、何か持ってないか。アラナが俺に惚れちゃうやつな!」
「えー。知らないよ、それにお菓子があったらいつもすぐ食べちゃうもん。でも何で急にそんなこと言い出したのさ。」
お菓子を食べられる訳ではなさそうだと分かって、ラルフは若干つまらなそうだ。
「この前どっかの軍人が話してるのを聞いたんだよ。2月にさ、バレンタインデーとか言って、とびきりロマンチックに恋人に贈り物する日があるんだって。そろそろだろ。」
得意気に話すジャックに、完全に興味を失ったラルフは再び部屋を出ていった。
「はぁ。それよりお腹すいたよぉ。アラナ、今日のご飯なに〜?」
*
再びアーロンとジャックはふたりきりになった。ジャックはアーロン達に助言を貰うのは諦めたのか、ゴソゴソと自分のヒミツ箱――武器に使えそうなものや気に入ったものを入れている箱だ――を掘り返して、独りでうんうんと唸っている。アーロンはしばらくそれを見ていたが、やがてポケットを探った。
「おい、ジャック。手、出せ。……ほら。これならやる。」
手のひらには、銀色の包み紙。
「あれ、これ半月も前に山分けしたチョコレートじゃん。アーロンまだ持ってたのかよ。」
「お前らと違ってこういうときの為に取っておいたんだよ。」
「んー、それなら俺もあと一かけくらい残してるけどさ。アラナとも分けたやつだしなぁ。それに流石に悪いだろ、アーロンのやつ丸々残ってるじゃんか。」
「っても他に何もねえだろうが。次盗るとしたって今夜は満月で明るいし、難しいぞ。」
「なーんだ、やっぱりお菓子の話じゃんか。二人とも、僕にナイショで酷くない?」
「「……うわっ!?」」
いつの間に戻っていたのか、チョコの匂いを嗅ぎつけたのか。二人の背後から覗き込むようにして、再びラルフが現れた。
*
「二人とも、良く聞いてよ?僕に良い提案があります。ここにはチョコのかけらがあるでしょ。量は板チョコにして3分の1、ってところか。」
「あるな。お前の分はないけどな。」
アーロンが突っ込む。
「そしてこちらをご覧ください!ここには固くなったパンが、こぶし半分ほど。」
「……カッチカチだな。」
ジャックが感想を述べる。
「さてと、ジャック。ナイフを貸して。」
「いいけど、気を付けろよ。」
何をするのかイマイチつかめないが、言われるままにナイフを寄越す。ラルフは持参したまな板の上で、パンを削りはじめた。
「粉々、って程じゃなくていいと思うんだけどな。ジャック、このくらいにパン削って。」
「ああ。分かった。けどこれをどうするんだ?」
「いいからいいから。さてと。アーロン、チョコレートを僕にちょうだい?」
「は?お前はもう半月前に食っただろ。」
「やだなぁ、独り占めはしないよ。この小鍋に割って入れて……と。じゃ、ちょっと火にかけてくるね。それじゃパン削りは頼んだ!」
一体何を作る気なのか。二人が呆気に取られているうちに、秘蔵のチョコレートたちは見事にラルフに連れ去られていった。
数分の後、ラルフが小鍋を持ってまたやって来た。見ると、鍋の中のチョコレートはトロリと溶けている。
「ここに砕いたパンを入れて、混ぜて。これを丸めれば……。ほら、チョコレート・クランチだ。」
代わり番こに混ぜたチョコをスプーンですくって丸めて、まな板の上へ。パンくずでかさを増したため、丸いチョコレートクランチはそこそこの大きさのものが4つほど出来た。ラルフが即席で考えたにしては、洒落ている。
「へー!いい感じじゃん!チョコレート・クランチか……、ラルフ、よくレシピ知ってたな。」
「ふふん、もっと褒めてもいいよ。実はこの前忍び込んだお屋敷で見つけてさ、食べたことがあったんだよね。2個目に手を伸ばしたところで見つかりかけて、逃げる羽目になっちゃったけど。」
味を思い出しているのか、うっとりとつぶやくラルフの口元が緩んでいる。お前、そんなのんびりして逃げ遅れたらどうすんだよ、危ねえな……。アーロンが心配したところで、コイツは今後もやるのだろうが。オレがしっかり見てやらないと。
「さて、そろそろ冷めたでしょ。お皿に盛って……、ほら。ジャック、アラナにあげてきなよ。」
皿に盛られたチョコクランチは、はじめて作ったにしては美味しそうだ。ジャックは二人に念入りに礼を行って、アラナの居る台所へと消えていった。
*
「それにしてもラルフ、全部渡して良かったのか?頼めば一つくらいは貰えただろ、駄賃として。」
チョコクランチをすんなり全部渡したラルフに、アーロンが問いかける。ラルフはチョコを丸めたスプーンを握りしめ、再び小鍋を覗き込んだ。
「鍋の内側には結構残ってるからね、僕はこれを頂くとするよ。」
スプーンで丁寧に鍋をこそいで残ったチョコを頬張っている。どうやらこれを最初から狙っていたようだ。
「それにね、アーロン。相手はアラナだよ?僕の推理が正しければ――、」
「ジャック!これを私に?こんな良いもの貰っていいのかな――ありがとう。」
アラナの嬉しそうな声が聞こえる。そして。
「そう、ラルフとアーロンと作ってくれたんだ?そっか……嬉しいなあ。改めてありがとね、ジャック。あ、ちょうど4つあるね。それじゃあ皆で食べようか。」
*
かくしてジャックのミッション『アラナ感激☆スイーツプレゼント大作戦』と、ラルフの裏ミッション『チョコレートスチール極秘作戦』は大成功に終わったのだった。
***
「へえ。アーロンってクランチチョコが好きなのか。食感がいいよな。」
「お前ほど甘党じゃねえけどな。食い出があって良いだろ。……ラルフにしては、洒落てるしな。」
「……ん?ごめん何か言ったか?」
「……言ってねえよ!もう飽きた、あとはドギーにやるわ。ほれ。」
おわり