「マルセル………なぜ」
俺は目の前に座るマルセルに力なく尋ねる。
ププーーー!
突然クラクションが鳴った。
俺は手元から目を離し、音のした方へと目を向ける。
誰かが走ってこっちにやってくる。
(そんな……)
俺は呼吸も時間も止まったような感覚に陥る。
その間にどんどん距離が縮まり、そして
「ライナーなんだろ?」
(そんな……記憶が……)
足が震える。この場からすぐにでも離れたいのに足は動かない。
「俺だ。マルセルだ。」
更に後ろからまた一人
“俺の中にある何かが深く深く沈む”
膜が張られたように何も聞こえない。スッと血の気が引いて、無機質な声が口から出た。
「各地を移動してるので人違いじゃないですか?似ていたならすみません」
「……いえ、こちらこそすみません。えっと、ミスター?」
マルセルの返事にポルコの記憶がないことを知る。なぜなら俺の茶番に付き合ったのだ。
次の日、マルセルが一人で店に訪れた。
来ると思っていた。
閉めたキッチンカーの中に2人……
俺は堪らずマルセルに謝っていた。謝うことすらおこがましいと思っていたはずなのに、謝れば済むことでもないのに、だが口を閉じることが出来ない。
他に言える言葉が見つからない。
「すまない!!マルセルッすまない!俺が弱いばかりに……俺が!俺が!もっと強かったらお前ら2人とも俺なんかの犠牲にならずに済んだのに」
みっともなく泣き崩れる
「ライナー俺の方こそすまない。………俺たちは謝ってばかりだな」
肩に手が触れる。顔をそっと上げると、マルセルはどこかホッとした表情をしていた。
「俺はお前の頼みなら何でも聞くと言った。だから店もあの場所に移動した。そして……ポルコには店を教えない約束だったはずだ」
「俺は教えてないよ。あの日到着時間が早かったのは想定外だった。」
「………だが………たった一度だけ、夜食を買いに来たことがあっただろ。あれはポルコの為だったんじゃないのか?」
マルセルは肩を竦めるだけだった。
記憶がある俺は、ずっと人目が怖かった。民間人をたくさん殺した。裏切り殺しあった。この世のどこかに俺と同じように記憶を持つ奴がいたら、俺を知っていたら、ずっと頭を過る不安。出来るだけ人と関わらないように過ごしてきた。
異動販売を始めたのは留まらない為だ。ひと月なら覚えられないはずだと、お金を貯めながら各地を転々としてきた。
どうしてマルセルは記憶を持ちながら俺を前に座ってられるのだろう。自分を置いて逃げた俺を。
マルセルの真意はわからない。でも今はポルコの事だ。記憶がないならその方が良い。そう話し合った。
だから、早めに店を閉める俺のところに警告に来たのだと思った。ポルコが何度か店に来るのがオフィスから見えたのだろうと。
離れなければ、そう思った矢先に先日のあれだ。触れられてドキドキした。また過ちを繰り返す前に何とかしなければ、そう思ってマルセルと今向き合っている。
「店を閉めるのが早い、だからブリュッセルから出ていく」そう告げる。
「あいつ、しつこいぞ。根に持つしな」
あっけらかんと言うマルセルに俺は呆然とする。
『とりあえず来週は行った方が良い』
マルセルから予想外の助言を受け、俺は来週まで頭を抱えることになった。