敬いとは「赤いマントのほうが防御力が高いらしいぜ」
ポップは言いながら真っ赤なマントを掲げて見せた。それをマトリフは疑わしい眼差しで見る。
「聞いたことねえな」
「年寄りなら赤って」
「誰が年寄りだ」
師匠はジジイじゃん、とポップは口を尖らせる。ポップは持ったマントをマトリフの肩にかけてきた。
「保温性はばっちりなんだぜ。遠赤外線が出てるんだって」
ポップはそのマントの営業でもするように利点を挙げていく。吸湿速乾だとか魔除けの効果があるとか、そんな眉唾なことを立板に水の口調で説明した。魔除けはともかく、生地は薄い割に暖かいし手触りも良かった。真っ赤なマントを身につけて出かけることはないだろうが、毛布代わりにはちょうどいい。
「じゃあ昼寝でもするかな」
そのマントを引きずって寝室へと向かう。その後ろをポップがついてきた。
「なんだよ」
「昼寝って、まだ朝だぜ」
「じゃあ二度寝だな」
ベッドの上に散らかっていた本やら酒瓶を蹴散らして横になる。赤いマントに包まれば、やはり昼寝にちょうどいい。
「そっちつめて」
ポップもベッドに乗ってくる。軋んだ音が古いベッドからの文句のように響いた。
「なんでお前も」
「いいからいいから」
何がいいのか言いもせず、ポップは背後からマントごとマトリフを抱きしめた。ポップは本当にこのまま眠る気なのか、手袋を取って靴も脱ぎ捨てている。
「昨日あんまり眠れなかったんだよなあ」
「何かあったのか」
ポップはパプニカに宮仕えしているが、マトリフがいた頃とは大臣も変わって待遇はいいはずだ。もし何かあっても姫との仲なら相談もしやすいだろう。
「不老長寿の魔法薬について調べてたんだけどさあ」
「お前まだそんな無駄なことを」
それは以前からポップが熱を入れて調べていることだった。だが不老長寿の魔法薬なんて存在するはずがない。
「無駄じゃねえもん。昨夜読んでた本には魔界にいい薬草があるって」
またベラベラと喋りそうなポップの鼻をつまむ。するとポップは不服そうにそのマトリフの手を掴んだ。
「おれ、その薬草を探しに魔界に行こうと思うんだけど」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。そんなの嘘に決まってら」
「本当かもしれねえだろ」
ポップはマトリフの背に頬を擦り寄せる。背中にその感触を感じていると、ぐず、と鼻を啜る音が聞こえた。
「……そんなことしなくたってあと百年くらい生きてやる」
「それこそ嘘じゃん」
「嘘じゃねえさ。お前を置いて死なねえよ」
腹に回されたポップの手に手を重ねる。まったく馬鹿で可愛い弟子だと思いながら、それに押し切られてしまった己はもっと愚かだと思う。
不老長寿の魔法薬はないが、魔族化させる魔法薬ならある。そしてその材料となるものは、幸いなことに地上に揃っていた。
その薬を作って飲んだことをポップには話さなかった。不要なものを背負わせたくはない。もしポップに別に大切な人ができたとしたら、おとなしく身を引くつもりだった。
「本当かよ?」
泣き声でポップが言う。あやすようにその手を叩いた。
「ああ。だから魔界になんて行くんじゃねえぞ」
ポップが頷くのが背中越しに伝わってくる。暫くするとポップの寝息が聞こえてきた。