好き嫌い好き好き 大きなため息が聞こえてキギロは足を止めた。地底魔城の奥深く、そこはガンガディアの部屋の前だった。見れば扉は少し開いている。その隙間から見ると、ガンガディアが難しい顔をしていた。
ガンガディアはハドラーからの信頼も厚く、任される仕事も多いのだろう。真面目な性格から、ストレスでも溜め込んでいるのかもしれない。
キギロは扉をノックしてから部屋へと入った。
「どうしたのさ、大きなため息なんてついて」
「キギロか。少し考え事をしていたんだ」
「またハドラー様に無理難題を押し付けられた?」
「いや、ごく個人的な悩み事だ」
そこでキギロはピンときた。ガンガディアの表情が、あまりにもわかりやすかったからだ。
「……もしかして、恋煩いだったりして?」
言いながらキギロは手のひらから蔓を延ばして先端に花を咲かせた。ガンガディアは驚いたようにキギロを見る。
「何故わかったのかね」
「顔見てりゃわかるの。それで、もう告白とかしちゃった?」
堅物のガンガディアの恋なんて最高に面白いだろうとキギロはニヤニヤと笑う。しかしガンガディアは悩ましげに顔をしかめた。
「あの人は私のことなんて眼中にないだろう」
「話したことくらいはあるんでしょ」
「それはあるが、二人きりではなかったし、私のことなど……」
いじいじと指を弄っているガンガディアが面白くて、キギロは先ほど出した花を摘むとガンガディアに差し出した。
「じゃあさ、占ってみる?」
「占い?」
「そ、花占い。知らないの? 花びらを一枚ずつちぎりながら、好き、嫌い、ってやってくの」
ガンガディアは花占いを知らなかったらしく、なるほどと言いながら頷いた。
「これであの人の気持ちを占うということか」
「まあ、ただの遊びだけどね」
ガンガディアはキギロから花を受け取った。そして花びらをつまむ。
「好き」
ガンガディアは言って花びらをちぎった。ひらりと花びらは落ちていく。
「嫌い」
また花びらがちぎられる。花びらの数は多く、すぐには終わらない。ガンガディアはひとつひとつ花びらをちぎっていった。
だが、残りの花びらが少なくなったとき、ガンガディアの手が止まった。
「どうしたのさ」
「結果がわかってしまった」
ガンガディアは残りの枚数を見て最後に何が残るかわかってしまったらしい。そしてそれは良くない結果だったのだろう。
ガンガディアはわかりやすく元気をなくしてしまった。しょうがないなとキギロは手を伸ばす。キギロの指が残った花びらをつまんだ。
「好き、好き、好き」
言いながらキギロは花びらをちぎっていく。キギロは残った花びらを、全て「好き」と言いながらちぎってしまった。
「はい、占いの結果は好きでした」
「それでは占いにならない」
「いいのいいの、遊びなんだから」
キギロはニヤニヤとしながら手を振った。
「恋なんだから楽しいほうがいいでしょ。で、いつの間に恋なんてしたのさ。最近は勇者たちの相手で忙しかったでしょ」
キギロにはガンガディアの恋が意外に思えた。生真面目なガンガディアは勇者討伐に熱心に取り組んでいると思っていたからだ。それに確か大魔道士とか名乗る魔法使いに執心していたはずだ。
「出会ってしまったのだよ」
ガンガディアは微笑みながら茎だけになった花を見つめる。どうやら本気の恋らしい。
そこへ悪魔の目玉の声が響く。どうやら勇者たちの足取りが掴めたようだ。ガンガディアは即座に扉へと向かった。
「私が行く」
「別にいいけど」
ガンガディアは足取りも軽く地底魔城をあとにした。それはまるで恋する人に会いに行くみたいだった。