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    なりひさ

    @Narihisa99

    二次創作の小説倉庫

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    なりひさ

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    ガンマト。マトリフ死亡IF、というつもりで書いたもの。

    #ガンマト
    cyprinid

    あえて竜殺しの汚名をきて 竜の夢をみる。青い竜が遠い空を飛んでいる夢だ。あまりに高いところを飛ぶので、その姿は豆粒のように小さく見える。マトリフはまるで飛び方を忘れてしまったように、地上から竜を見上げていた。
     しかし夢はいつも突然に終わる。誰かが廊下を歩く足音が、夢を壊していくからだ。
     城の中で働く者の朝は随分と早いらしい。控えめな小走りの靴音が遠くから聞こえる。寝汚いと言われるほど寝坊をしていたマトリフが、今ではすっかり早起きになってしまった。
     靴音が部屋の前を通り過ぎてからマトリフは身体を起こした。しばらくベッドの上でぼうっとしていたが、いずれ動かねばならないのだと己を叱咤してベッドから降りる。その際に手が真っ先に杖を探していた。だがそれは旅へと持っていった輝きの杖ではない。宝玉もなにも埋め込まれていない、ただ歩行を補助するための杖だった。
     マトリフは動かない右脚を手で押してベッドから下ろした。杖を右手に持って立ち上がる。慣れているとはいえ、杖を使って歩くのは多くの不便を伴った。
     マトリフの右脚はガンガディアとの戦いの後から動かなくなってしまった。そのことに気付いたのは回復呪文を受けた後で、外傷は治ったのに脚だけが動かなかった。その後いくら脚に回復呪文をかけても動くことはなかった。
     マトリフが脚の回復を諦めて杖を使い始めた頃、パプニカ国王から相談役になって欲しいと依頼があった。そんなのは御免だと断ったが、パプニカ王に何度も頼まれてマトリフは引き受けてしまった。相談役になればヨミカインを修繕する手立てが見つかるかもしれないと心のどこかで思っていたのかもしれない。
     マトリフは勇者一行の魔法使いとしてパプニカ城に歓迎された。誰もが賞賛と畏敬の念を視線に滲ませながらマトリフを見た。使用人や下っ端の兵士が話しかけてくることはなかったが、大臣たちは取り入ろうと企んだのかマトリフに近づいてきた。そしてそんな者たちは揃ってマトリフをこう呼んだ。
    「竜殺し」
     それはマトリフの知らないところで付いた異名らしかった。マトリフがガンガディアと戦ったことは、どこからか伝わっていたのだろう。そういった武勲は戦が終わってから大袈裟なほど持て囃された。事実から盛大な尾鰭がついてしまうのは避けられない。そして挨拶ついでのおべっかとして必ずといっていいほど、マトリフは竜殺しの名で呼ばれた。
     それに嫌気がささないわけではない。最初のほうこそ律儀に訂正もした。オレが戦ったのは竜ではなくトロルなのだと。すると話していた相手は気遣いを残したまま白けた顔をした。ドラゴラムなんて呪文を知っている者は殆どおらず、トロルは馬鹿で間抜けな魔物であると思っている。竜殺しなら箔がつくが、トロルを殺しても英雄譚にはならない。そうやって勝手にがっかりしている者を見ると、マトリフはガンガディアが貶められたように思えた。だからマトリフはガンガディアがいかに賢く、最後まで死力を尽くして戦ったのかを語った。だがそうすれば相手は余計に訝しんだ。敵である、憎い魔王軍の魔物を褒めるなんていったいどういうつもりなのかと。
     マトリフに取り入ろうとしていた大臣は誰もマトリフを相手にしなくなった。最初の歓迎ぶりが嘘のように手のひらを返していった。聞こえてくるのは陰口で、それはマトリフの出自にも言及していた。いったいどこから情報を仕入れてくるのかと感心するほどに、事実も嘘も混じった噂が飛び交っていた。
     今では竜殺しと呼ばれてもマトリフは何も言わなくなった。何も言わないほうが利口なのだと気付いたからだ。最初に竜殺しと呼ばれたときに冷静でいられなかったことのほうが愚かだった。だがマトリフは竜殺し名で呼ばれるたびに自分の中で何かが削られていく気がした。
     マトリフは動かない右脚を引き摺って歩く。城の廊下は馬鹿みたいに長く、王の居室は城の最奥にあった。マトリフはいつも玉座ではなく国王のプライベートな居室のほうへと呼ばれている。それが信頼の証なのか知らないが、重鎮の大臣からの不興を買っているのは間違いなかった。
     引き摺る脚の重さが足枷のように思えた。ただ、あの戦いで受けた傷を思えば、脚だけで済んだのが奇跡だった。
     マトリフは重厚な扉を拳で叩く。衛兵がマトリフへと厳しい視線を寄越した。
    「マトリフか? 入ってくれ」
     少し遅れて返事があり、マトリフは扉を開けた。国王は机に積まれた紙をいくつも比べて見ながら難しい顔をしていた。
     マトリフは儀礼的に頭を下げてから部屋へと入った。国王は椅子をマトリフの方へと向けて、マトリフが座るまで側に立っていた。このお人好しの国王は、マトリフに対しても腰の低い変わった国王だった。
    「来てもらってすまない。やはり私が君の部屋へ行ったほうがよくないか?」
     マトリフの脚が悪いことは国王も知っていた。そのため国王は相談をマトリフの部屋でしようとまで言っていた。幾度もされたその申し出を、マトリフはやはり断った。
     マトリフは投げ出されていた脚を引き寄せて、姿勢を正す。持っていた杖を手で揺らしながら、マトリフは言った。
    「オレはこの長い廊下をわざとゆっくり歩いてきてるんだぜ」
    「どうして?」
    「あんたのお喋りの時間を減らすためさ」
     そこで国王はマトリフが冗談を言っているのだと気付いて頬を緩めた。国王はマトリフへの相談と言いながら、よく雑談を混ぜてくる。しかし忙しい国王は雑談ばかりもしていられない。時間がなければ相談すべき案件を優先して、今日の夕食の話題は控えるだろう。
    「私はマトリフとのお喋りを楽しみにしているんだけれどね」
     上品に笑みを浮かべる国王は、マトリフの虚栄にも気付いているのだろう。本当は動かぬ脚で歩くことは辛いことだった。動かぬ脚を庇うために反対の脚は痛み、向けられる憐れみの視線に自尊心は傷付いた。それでも杖をついてでも歩くのは、何にも屈しないのだという気持ちの表れだった。
    「じゃあ君が逃げ出さないうちに話を聞いてもらおうかな。街の修繕費の予算と国交の再開時期と近隣の森の魔物対策と」
     国王は言いながらそれぞれまとめられた資料をマトリフの前に並べた。まるで好きなものから選んでいいとでも言うように。マトリフはそれらを見ながら、最後の抵抗のように言った。
    「オレは魔法使いだ。政治家じゃねえ」
    「私に必要なのは物事を見抜く目と、忌憚のない口だ。君が持っているようなね」
     国王の隙のない笑みに、マトリフは諦めて資料を手に取る。それらを隅々まで読んでから、マトリフは口を開いた。
    「この森の魔物の調査は資料が少ねえぞ」
    「あまり進んでいないのだよ」
    「……もし竜がいたら……」
     思わず呟いてから、マトリフは何でもないと首を横に振った。代わりに調査隊の派遣を提案する。マトリフの意見が全て採用されるわけではない。まったく取り合われないこともある。だが国王はマトリフの言葉を一言も聞き漏らさないほどに、熱心に聞いていた。
     マトリフは国王からの相談を終えて自室まで戻った。その時間帯は人が少ないこともあって、廊下に誰もいないとわかるとマトリフはトベルーラを使った。それは杖をついて歩くよりも何倍も楽な移動だった。しかし城内では魔法が禁止されている。もし誰かに見られでもしたら、マトリフの立場は余計に悪くなるだろう。
     マトリフは部屋に入ると扉に鍵をかけた。そのままベッドへと倒れ込む。その衝撃で押し出されるように溜息が出た。
     マトリフはやりきれない気持ちで杖を放り投げる。八つ当たりされた杖は椅子に当たって大きな音を立てた。手を伸ばしても届かぬ位置にまで転がった杖が静かにマトリフを責めている。
     マトリフは両手で顔を覆って目を閉じた。このまま眠ってまたあの夢がみたかった。高く遠い空を飛ぶ青い竜。その美しい姿を瞼の向こうに思い浮かべた。
     ガンガディアが今のマトリフを見たらどう思うだろうか。竜殺しの名を聞いたらきっと怪訝な顔をするだろう。眼鏡を押し上げながら勿体ぶった口調で異議を唱えるはずだ。その様子さえ思い浮かんで、久しぶりにマトリフの頬に笑みが浮かんだ。マトリフはガンガディアとの戦いを今でも思い返す。あのとき起こった出来事が、自分だけがみた夢なのではないかと思えてならなかった。
    「なにが竜殺しだ」
     マトリフは呟いて瞼を上げた。そこに見えるのは美しい竜ではなく、やたらと高い天井だった。
     やはりおかしな異名だとマトリフは思う。
     マトリフはガンガディアを殺していないのだから。

     ***

     空高く飛び上がる青い竜に向かってマトリフは手を向ける。手にあるのは全てを消滅させる呪文で、その威力に腕は震えた。
     迷いは無いはずだった。お互いに譲れないもののために戦っていた。ガンガディアの尊敬と覚悟に応えるには全力で戦うしかなかった。
     だがマトリフが撃ったメドローアはガンガディアに当たらなかった。呪文は青い空へと吸い込まれていく。竜の咆哮が響いた。
     ガンガディアは上空を旋回すると、真っ直ぐに降りてきた。マトリフにもう一度あの呪文を作る魔法力は残されておらず、避ける体力も気力もなかった。
     急降下してきたガンガディアは鋭い爪でマトリフの身体を掴んで上空へと放り投げた。一瞬だけ時間が止まったように思えたが、そのまま尻尾がマトリフを地面へと叩き落とした。
     そこでマトリフの意識は途絶えた。死を感じたのは初めてだったが、突然に舞台の幕を引かれたように、何も無い空間に立っているみたいだった。
     だがマトリフは再び目を覚ました。音が遠くに聞こえて、天国にしては騒がしいと思った。やがて視界がはっきりしてくると、自分を取り囲んでいるのがギュータの民だと気付いた。どうやら皆が回復呪文をかけてくれているらしい。首の皮一枚が繋がって生き残ったようだ。
     ガンガディアはどうしたんだ、と聞きたかったのに声は掠れて届かなかった。誰も警戒していないということは、ここにはいないのだろう。マトリフが足止めを失敗したのなら、ガンガディアは先に進んだアバンたちを追ったはずだ。
     マトリフは身体を起こした。途端に胸が激しく痛んで身体を丸める。
    「マトリフ様、動いてはなりません!」
     押し止める手を振り払う。呑気に寝ている場合ではなかった。早く追いかけてガンガディアを止めなくては。
    「動いてはだめですよマトリフ」
     肩に手を置かれて振り返る。そこにいたのはアバンだった。アバンだけではない。アバンは小さな子どもと手を繋いでいた。
    「魔王は……」
     マトリフは思わず呟いてから、アバンがここにいるなら結果は分かりきっていると気付いた。
     アバンの目線は一瞬だけ子どもに向いた。子どもが泣きそうになるのを堪えて顔を歪めている。アバンはマトリフに視線を戻してから小さく頷いた。
     マトリフはそこでようやくアバンの背後で治療を受けているロカとレイラに気付いた。パプニカやカールの兵の中に回復呪文を使える者がいたのだろう。二人とも傷だらけだが、生きていた。
    「じゃあ……ガンガディアは死んだんだな」
     アバンたちの誰かがガンガディアを倒したのだろう。その瞬間、マトリフは心に空白を感じた。ガンガディアがいないのだと思うと、寂しさのようなものが胸に広がった。
     するとアバンが不思議そうに言った。
    「ガンガディアはあなたが倒したのでしょう?」
     マトリフは咄嗟に首を横に振った。マトリフの撃ったメドローアはガンガディアに当たらず、次の瞬間にはマトリフはガンガディアの攻撃を受けていた。
    「……お前たちが倒したんじゃねえのか?」
    「いいえ、てっきりマトリフが勝ったのかと」
    「オレは負けた。ガンガディアはお前たちを追いかけなかったのか」
     アバンたちはガンガディアを見なかったと言った。この闘技場に倒れていたのはマトリフだけで、アバンたちはマトリフがメドローアでガンガディアに勝ったのだと思っていたのだと言った。
    「でもおかしいですね。彼はどこへ行ったのでしょう」
     闘技場は空が見える。ルーラを使えるからどこへだって行けるだろう。だが、あれほどの忠誠心を持ったガンガディアが戦いの途中で離脱するとは思えなかった。
     そして何より、戦いに勝ったガンガディアはなぜマトリフを殺さなかったのか。その疑念が胸に侵食してくる。そこから言いようのない感情が芽生えはじめていた。
    「とにかく、今は傷を治すのが先ですよ」
     アバンの言葉にマトリフは頷く。当面の危機は去ったといっていいだろう。
     マトリフは傷が癒えていくのを見ながら、なぜ右脚が動かないのだろうかと不思議に思っていた。まるで筋肉を失ってしまったかのように、脚はいうことをきかなかった。
     それから暫くが経ってもガンガディアは姿を現さなかった。死んだはずはあるまい。どこかに潜んで反撃の機会を伺っているのか、魔王が死んだと知って地上侵攻に興味を失ったのか。どちらにせよ、もう会うことはないのかもしれないと思うと、胸が燻るように痛むのだった。
    「……つまり、この森の近辺の村の安全のためにも」
     大臣の声にマトリフは思考から引き戻される。国王と大臣たちが揃った会議で、マトリフは末席に座っていた。堂々巡りをする議論につい欠伸をする。
    「聞いておりますかな大魔道士殿」
    「聞こえてらぁ。だがおんなじ事を何遍も言われりゃ飽きもするぜ」
    「これは極めて重大な問題である。国民が安心して生活できるようにするのが我々の勤めであって」
     もっともらしく言うが、大臣たちの思惑は知れていた。魔物が再び人間を襲う前に、徹底的に滅ぼしたいのだ。
     マトリフは杖の持ち手を弄びながら大臣を視線で制す。
    「魔王の邪気の影響を受けない魔物たちは動物と変わらねえ。わざわざ殺しに行く必要なんてない。人間が魔物のすみかへ踏み込まなきゃいいんだ」
    「先日は森に入った村人が魔物に襲われたと」
    「だから、棲み分ければいいって言ってんだよクソが」
    「国王様の御前です。言葉使いを気をつけられよ」
     威圧的な大臣の言葉にマトリフは言い返さない。代わりに国王へと視線をやる。国王はひとつ息をついてから、温和な口調で皆に語りかけるように言った。
    「まずは調査隊からの報告を待とう。そろそろ現地に着く頃だろう」
     国王の言葉にそれまであった刺々しい空気が和らいだ。国王はその場にいた者たちを順番に見たが、異論は出なかった。国王は皆の同意を得られたと頷く。その際に国王は一瞬だけマトリフに視線を寄越した。マトリフはまるで知らない振りをするが、全て打ち合わせ通りに進んだことだった。
     先日の相談でマトリフは調査隊の派遣を提案していた。森に住む魔物は用心深い。今回の調査は主に生息地域の調査で、調査隊には魔物に接触すれば逃げるように指示を出してある。上手く立ち回れば、魔物の敵性は無いと判断されるだろう。マトリフは魔物と人間が無闇に対立するのは避けるべきだと考えていた。
     ようやくお開きになった会議室で、マトリフは最後まで残っていた。今から杖をついて自室に戻るのは無理だと思ったからだ。あの旅に比べれば、城の中を歩き回るくらい楽なはずだ。しかし信頼する仲間と共に歩く旅と、敵視されながら過ごす城の中では、前者の方がよっぽど良かった。心持ちが違えば身体も動かなくなる。
     マトリフは誰もいなくなってからようやく部屋を出た。廊下は既に薄暗い。窓の外は日が沈んでいた。廊下に灯された明かりのせいで窓硝子には自分の姿が映り込んでいた。つまらない顔をした自分がそこにいる。それが他人のように思えて視線を逸していた。
     すると腕に痛みを覚えた。咄嗟に法衣の上から押さえる。白い法衣には血が滲んでいた。
     マトリフは訝しみながらあたりを見渡す。長い廊下にいるのはマトリフだけだった。魔法の形跡もない。
     マトリフはあたりを警戒したまま法衣の袖を捲り上げた。肘から手首にかけて切り傷が出来ている。傷は深くはなく、薄らと血が滲む程度だった。攻撃されたにしては呆気ない。マトリフはもう一度あたりを見渡すが、物音すらしなかった。
     マトリフはトベルーラで素早く移動しながら腕に回復呪文をかける。この傷がどうやってできたにせよ、好意的なものでないのは確かだった。
     マトリフは自室に入ってようやく息をつく。部屋に誰かが侵入した形跡はなく、ひとまずは安全だった。
     明かりをつけようと腕を上げてから、マトリフは先ほどの傷が塞がっていないことに気付く。あの程度の傷なら回復呪文ですぐに塞がるはずだった。しかし皮膚は切れたままで、滲んだ血が伝って床へと落ちていた。
     
     ***

    「朝早くにすまないね」
     国王は扉を開けてマトリフを部屋の中へと招き入れた。まだ太陽が顔を出しておらず、薄暗い部屋には蝋燭が灯っていた。
    「まずい事か?」
     マトリフは朝早くに起こされてこの部屋まで連れてこられた。国王は神妙な顔で頷くと地図を指差した。
    「調査隊が戻ってきたんだが」
    「随分と早いな」
     調査隊が戻ってくるのは数日後の予定だった。帰る予定を早めたということは、余程のことがあったのだろう。
     そこで国王は躊躇うように口を閉ざしてから、やはり言うべきだと思い直したように口を開いた。
    「調査隊は森の中でドラゴンに出会したらしい」
     そのときマトリフは自分の心が大きく動くのを感じた。あまりに大きな揺れだったので、言葉が出るのが少し遅れたほどだった。
    「ドラゴン……それで?」
    「調査隊はそのドラゴンと交戦になり、兵は負傷した。万が一のために持っていたキメラの翼で全員が戻ってきて、怪我も回復呪文で癒えたそうだ」
    「無事ならよかったが、悪い知らせだな。森の魔物は人間を襲うとなりゃ、人間は魔物を滅ぼそうとするぞ」
     マトリフは整えていない髪をかきあげる。自分を落ち着かせるために大きく息をついた。
     マトリフは人間が魔物と手を取り合って仲良しになんて夢物語は信じていない。かといって、人間が魔物を根絶やしにすることも出来ない。お互いにいがみ合えば消耗戦になる。どこかで境界線をひき、お互いに干渉せずに生きていく道を選ばねばならなかった。
    「おや、この腕はどうした?」
     国王はマトリフの手を掴んだ。昨夜の切り傷はまだ塞がっておらず、包帯を巻いていた。
    「ちょっと切っただけだ」
    「回復しないのか?」
     言いながら国王はマトリフの腕を持って包帯を解いていく。露わになった腕には、やはり傷が残っていた。自然治癒もせずに傷口はまだ血が滲んでいる。
     国王はその傷に手をかざすと回復呪文を唱えた。賢者の家系だけあって、その呪文は血脈の力強さを感じる。強い精霊の加護があるのか、呪文を受ける身にもその神聖さが伝わってくるようだった。だがマトリフはその手を遮った。
    「もういい。何度やっても無駄だったんだ」
     国王の呪文でも傷は塞がらなかった。国王は残念そうに手を下ろすと、腕に包帯を巻き直していく。
    「君の脚が治らないのと関係しているのだろうか。もしや回復呪文を受け付けないとか」
    「他の傷は回復呪文で治るんだ」
     マトリフもその可能性を確かめるためにわざと指に傷をつけたが、その傷は回復呪文で簡単に塞がった。だから回復呪文を受け付けないというわけではなさそうだった。
    「これくらいの傷はどうってことはない」
     マトリフは実際に大して気にしていなかった。年齢的にも無理が効かない身体になっておかしくなかったからだ。
     すると国王は撒き直した包帯の上からマトリフの腕を撫でた。
    「心配だよ。医者に診てもらおうか」
     マトリフは肩をすくめてから、国王の手を退かせた。
    「それより調査隊のことが先決だろ。大臣たちにはいつ伝える」
    「朝一番に伝えねばなるまい。おそらく討伐隊が編成される」
    「終わりのない殺し合いのはじまりだ」
     避けたかった事態になりつつある。マトリフはやるべきことを既に決めていた。マトリフだけでその森に赴き、ドラゴンを殺す。もしその森に敵性の強い魔物がいないのであれば、それ以上は手を出さない。迅速に事をおさめれば、まだ選ぶ道が残されている。
    「オレが行ってくる。そのつもりでオレだけを呼んだんだろ」
     国王は頷きながらも、気遣わしげにマトリフを見た。
    「そのドラゴンのことなのだが」
    「ああ」
    「青いドラゴンだったらしい」
     国王の言葉にマトリフが凍りつく。脳に焼き付いた青い竜の姿が瞼に浮かんできた。ガンガディアとの戦いのことは国王には話してあったから、もしやと思ったのだろう。
    「君が戦った魔王軍の幹部だろうか?」
    「ああ、たぶんな」
     やはりガンガディアは生きていた。マトリフの顔に自然と笑みが浮かぶ。考えるより先に身体が窓の向かって歩き出していた。
    「オレがあの森に行っている間は誰も近付けるな」
    「今の君が戦えるとは思えない。勇者に協力を依頼するために彼を探してくれ」
    「あいつはそれどころじゃねえよ」
     マトリフは逸る気持ちで持っていた杖を放り出した。窓を開けようと手を伸ばす。すると国王に腕を掴まれた。
    「これは命令だ。勇者を探して、協力を依頼するんだ」
    「……わかったよ」
     マトリフは仕方がなく頷くと、国王は安堵したように手を離した。これで信じるのだからお人好しなのだ。マトリフは窓を開けるとルーラを唱えて飛び立った。一瞬のうちにマトリフは森の上空へと移動する。
     早朝の森は朝陽に照らされはじめていた。小動物の鳴き声が遠くから聞こえる。朝露で濡れた草が風で揺れて雫を落としていた。
     マトリフは捜査隊がガンガディアに出会したという場所を詳しく聞いていない。聞いても教えてはくれなかっただろう。
     マトリフは呪文の形跡を探りながら飛んだ。パプニカの兵士は呪文に長けているから、交戦したのなら呪文を使ったはずだ。マトリフは空気中に散らばる微かな気配を見つけて速度を上げる。
     マトリフは飛びながらあることを考えていた。それはガンガディアが調査隊相手にドラゴラムを使ったことだ。調査隊にも手練れはいるが、ガンガディアを追い詰めるほどではない。ガンガディアがドラゴラムを好んで使うとも思えなかった。
     やがて焼け焦げた木々があるのを見つけた。崖のすぐそばで、大きな木が黒焦げになって倒れている。明らかに交戦の跡だった。
     マトリフはあたりを警戒しながら飛ぶ。ガンガディアは既にこの地を離れているかもしれない。そう思うと身を焦がすような焦燥を感じた。
     強い風が吹いてマントがあおられる。マトリフはよろけながら振り返った。しかし竜はおろか、生き物の気配さえしない。
     やはりガンガディアはこの地を離れたのだろうか。ルーラを使えるのだから、どこへだって行ける。それを追うのは至難の業だった。
     そのとき、まるで名前を呼ばれたような気がした。強い風のせいでそう感じたのかと思ったが、妙に胸騒ぎがした。
     何かに強く惹かれるようにマトリフは飛んだ。木々を避けて速度を上げる。論理的な確証は何もない。ただ急き立てられるようにマトリフは飛んでいた。
     すると森の最奥のような場所にたどり着いた。背の高い木が密生しており、日が差す隙間もない。巨大な眼窩のような真っ暗い空間だった。落ち葉の湿った匂いが鼻につく。胸が痛むような気がしてマトリフは呼吸が荒くなった。
     マトリフは暗闇を見つめる。その一見何もないはずのその場所に、確かにその存在を感じていた。
    「ガンガディア」
     竜の唸る声が響く。二つの赤い光が暗闇に浮かび、マトリフを見つめていた。

     ***
     
    「ガンガディア、お前なんだろ」
     マトリフは声を張り上げると両手を構えた。動かぬ右脚を庇うためにトベルーラで浮かび上がる。気持ちの昂りと同時に口の端が上がり弧を描いていた。
    「会いたかったぜ」
     マトリフの手には冷気が結晶を作っていた。そして反対の手では熱気により空気が揺らめいている。
     マトリフはガンガディアとようやく決着をつけられることに喜びを感じていた。あの勝負はガンガディアの勝ちだった。それなのにガンガディアはとどめを刺さなかった。
     マトリフにとってガンガディアはようやく得た好敵手だ。お互いに全力をぶつけ合える相手。それなのにガンガディアはマトリフを殺さなかった。情けをかけたのか、他の理由だったのかはわからない。だがそれは裏切りのようにマトリフには感じられた。
    「来いよガンガディア。それとも場所を変えるか? パプニカの連中が来る前に、二人きりで邪魔されねえところに行こうぜ」
     マトリフはガンガディアと戦い、決着をつけたいと思っていた。だからアバンにだって助太刀などさせる気はなかった。
     するとガンガディアがけたたましい咆哮を上げた。空気が震える。しかしガンガディアは立ち上がりもせずじっとしたまま動かなかった。
    「なんだよ。その姿になって言葉を忘れたか? なんとか言ってみやがれ」
     マトリフは挑発するつもりで火炎呪文をガンガディアめがけて放った。だがそれは呆気なく打ち消される。ガンガディアの吐いた炎がさっとあたりを照らした。
     青い竜と目が合う。マトリフは薄い唇を舌先で舐めた。血が沸くほどの興奮を身体が覚えている。いつでも来いと示すようにマトリフは身体を低く構えた。
     するとガンガディアの低い嗄れた声が響いた。
    「……あなたと戦う気はない」
     ガンガディアは低く唸ったが、それは攻撃のためではなく身を守るためだった。翼は折り畳まれ、尻尾が足元を覆い隠す。それを見てマトリフは訝しんだ。
    「なんだよ。魔王が死んだらやる気ねぇってか?」
    「私のことは放っておいてくれ。私を襲ってこない限り、私も人間を攻撃しない」
    「急に腑抜けになりやがって。そんなんでオレのライバルがつとまるのかよ」
     ガンガディアはそんな安い挑発には乗ってこなかった。戦う意志はないと示すように動かない。マトリフは急に悲しみを感じた。ガンガディアはすっかりマトリフへの興味を失ってしまったように思えたからだ。
    「この死に損ないに死場所をよこせって言ってんだよ」
     マトリフは手のひらを合わせると最大火力を作り上げた。あまりの熱に近くにあった木へと引火する。
    「拾った命なら大事にしたまえ」
     ガンガディアの言葉が癪に触る。マトリフが生き残ったことで得たものは、自由にならない身体と窮屈な暮らしだった。平和になったのだから、と型に押し込められ、ラベルを貼り付けられる。だがそういう生き方を選んだのは紛れもなくマトリフ自身だった。アバンのほうがよっぽど利口で、一所に留まることをしなかった。あの小僧に世界を見せてやりたいと言っていたが、それだけが理由ではなかったのだろう。アバンは人間の醜さをよく理解していたのだ。
     だがマトリフはその道を選べなかったし、こうして過去の勝負に執着している。あの勝負の結末は誤りだったのだから、それを正せば現状が良くなると思いたかったのかもしれない。
    「もう一度勝負しろ。お前が勝てば今度こそオレを殺せ」
    「そんなことはしないと言っているのがわからないのかね」
    「わかるもんか。この腑抜けのデカブツ、魂すら無くしちまったのか!」
    「それも間違いではない」
     ガンガディアはいきなり立ち上がると突然に炎の息を吐いた。マトリフはすんでのところで飛び上がる。ようやく戦う気になったかと思ったが、ガンガディアは追撃してこなかった。それどころか、その立ち姿は傾いていた。よく見ればガンガディアの片脚は肉が抉れている。脚だけではない。尻尾も片方の翼も肉が欠けていた。それがマトリフのメドローアが当たった跡であると気付く。本命のメドローアを作るための時間稼ぎとして放った、ごく小さなメドローアだ。不意打ちのそれがガンガディアの肉体を傷つけ、上空へと舞い上がらせた。普通の攻撃ならいざ知れず、メドローアによって身体の一部が消滅したのなら、どんな回復呪文も効果はない。回復すべき肉体は消滅してしまっているのだから。
     その傷が元でガンガディアは弱ってしまったのだろうか。ではなぜドラゴラムを解かない。ドラゴラムは魔法力の消費が激しい。身体を休めるためなら呪文を解除すべきだった。
     風が一層強くなっていく。揺れた枝が方々にぶつかり、森全体が騒めいていた。
    「……なんだよ、オレを殺さねえのか。おかしいだろ。お前が勝ったのに」
     マトリフはガンガディアの目前へと降り立った。右脚に力が入らず身体が傾く。すると竜の手がマトリフの身体を支えた。マトリフは驚いてガンガディアを見上げる。
    「……なにやってんだよ。そんな手付きじゃ百年経ってもオレを殺せねえぞ」
     竜の鋭い爪なら人間のやわな身体なんて簡単に突き破るだろう。マトリフは死ぬなら好敵手の手で死にたかった。あとは仲間が少しだけ悲しんでくれたらそれでいい。そんな幕引きにしたかった。
     そこでふとマトリフはガンガディアの腕から血が滴っているのを見つけた。調査隊との交戦のときに負ったのだろう。やはりガンガディアは以前のように戦える身体ではなくなってしまったらしい。
     マトリフはガンガディア手に手を重ねて回復呪文を唱えた。浅い傷だったらしくすぐに塞がっていく。
    「大魔道士」
    「戦う気がねえなら、もっと上手く隠れるんだな。それにこの森はやめたほうがいい。もうすぐパプニカの討伐隊がお前を殺しに来る」
     ここを死場所には出来ない。マトリフはガンガディアの手から抜け出すと、ルーラを使って飛び去った。もう全てがどうでもいい。好敵手にすら見捨てられてしまった。
     それからマトリフは国王に竜を殺してきたと報告した。国王は命令に背いたことを残念だと言い、マトリフに自室で謹慎するように命じた。
     それはマトリフにとっては喜ばしいことだった。最近は真面目に働き過ぎだったから、存分に自堕落な生活をするつもりだった。
     手始めにとマトリフは法衣を脱ぎ捨ててベッドに寝転んだ。溜まっていた疲れがどっと押し寄せる。このまま寝てしまおうかと思っていたら、腕に巻いた包帯が緩んでいるのが目に入った。それを邪魔くさく感じて、マトリフは包帯を外していく。
     するとそこにあったはずの傷がきれいさっぱり消えていた。
     マトリフは己の腕を眺めながら思案する。いったい何が起こっているというのか。

     ***

     あの森でガンガディアに会って以来、マトリフは空を飛ぶ竜の夢を見なくなった。代わりに見るのは森で眠る竜の夢だ。
     夢の中で青い竜は傷を負っていた。竜がいるのは深い森の奥で、敷き詰められた葉の上で、傷ついた身を丸めて眠っている。マトリフは竜にそっと近付いて起こそうとするのだが、竜はこんこんと眠り続けていた。マトリフは竜のかたわらに膝をつき、ひたすらに名前を呼び続けるのだが、竜にマトリフの声は届かないのだ。
     だが、そんな夢も起きたらすぐに忘れてしまった。マトリフは国王の命令を背き、謹慎を受けている。何もする気が起こらず、日課であった瞑想すらやめてしまった。退屈だとさえ感じられず、時間が過ぎることに身を任せている。だがそうした日々の中で、やはり頭に浮かぶのはガンガディアのことだった。
     全くありえない話に思えるが、起こった出来事から推察すると、マトリフとガンガディアは身体を共有しているらしい。ガンガディアの右脚は肉が抉れており、マトリフも右脚が動かない。そして何をしても回復しなかった腕の傷も、ガンガディアの傷を治した途端に治っていた。それらのことから導かれるのは、二人の身体が何らかの理由で繋がっているということだ。
     それがガンガディアがマトリフを殺さなかった理由なのかもしれなかった。もし本当に二人の身体にそんな繋がりがあるのなら、ガンガディアがマトリフに傷を負わせれば、自らを傷付けることになる。ガンガディアはそれに気付いたから、あの闘技場で瀕死のマトリフを置いて去ったのだろう。
     マトリフはベッドに寝転んだまま己の手を見つめる。もしこの手のひらに傷をつければ、ガンガディアの手のひらにも血が滲むのだろう。そしてその逆も言える。マトリフに傷ひとつついていないということは、ガンガディアも無事だということだ。
     マトリフが謹慎されるやいなや、討伐隊が森へと派遣された。マトリフは竜を殺したと報告したが、その亡骸が無いことから大臣に嘘の報告だと疑われたからだ。森は討伐隊によって隈なく捜索されたが、ガンガディアは発見されなかったという。
     ガンガディアはマトリフの忠告を聞いて他所へ移ったのだろう。人間に見つからないのならどこだっていい。賢いガンガディアなら上手くやるだろう。
     マトリフはガンガディアとの決着をすっかり諦めていた。目的の喪失はそれがどんなことにせよ、生きる気力を削るものだった。
     やがて季節が変わる頃、マトリフの謹慎は解かれた。
     数カ月ぶりに部屋を出されたと思ったら、マトリフはすぐに国王の前に連れて行かれた。もしやガンガディアが見つかったのかと思ったが、国王から伝えられたのは全く違うことだった。テランで式典が行われるらしく、そこへマトリフに出てほしいとのことだった。
    「なんでオレなんだよ」
     国王に対して敬語すら使わないマトリフに、側近が厳しい目を向ける。国王は苦笑してから訳を話した。
    「早い話が外交だ。パプニカが賢者の国であることは知っての通りだ。これまでも他国へ賢者を派遣して式典を執り行っていたが、今回はマトリフに頼みたい」
    「だからなんでオレなんだよ。品行不良な賢者を他国に送り出して、粗相でもしたらどうするんだ」
    「ご自分でわかっているなら改められよ」
     側近に冷淡な口調で告げられてマトリフはげんなりする。そしてその感情を素直に顔と態度に表しながら、側近に視線をやった。
    「だったらあんたが行きゃいいだろう。司教なんだから」
     側近の男の名はテムジンといった。身分は司教であり、そういった式典などを任されていた。
    「私はこの国の式典の準備で忙しい。魔王を撃ち倒した勇者一行の賢者であれば、立派に私の代わりを務められるだろう」
    「テランの式典へマトリフを推薦したのはテムジンなんだ。どうか引き受けてくれないかマトリフ」
     国王に言われてマトリフは仕方がなく頷いた。本当は式典など性に合わない。だが国王をあまり困らせたくないから、ここは引き受けることにした。
     そしてマトリフはテランへと赴いた。マトリフはテランへ来たことがなく、城の従者を引き連れての長旅になって、それは到着前からマトリフを後悔させた。マトリフは長く馬車に揺られることに慣れておらず、到着する頃にはすっかり酔ってしまっていた。
     ようやくテランに到着したとき、マトリフは馬車から降りるのに従者の手を借りねばならなかった。自然豊かなのは良いことだが、城の目前だというのに道は舗装もされていない。
    「大魔道士様、こちらです」
     従者の案内で城の奥にある教会へと向かう。これがこの国で一番大きな教会だと言われて驚いた。小さな町の教会だってもう少し立派だろう。テランは元は竜の神を信仰しており、竜神を祀る神殿は泉のほうにあるという。こちらの教会はいかにも体裁だけ整えたというものだった。
    「式典は明朝です」
     従者は言いながら教会の扉を開けようとする。しかしその扉も音を立てながら無理やり開けるといった有様だった。従者は額に汗を浮かべながら、扉を壊さないようにと苦心している。これでは明日の式典も覚束ないだろう。
     マトリフはふと気配を感じて振り返る。すると村人と思わしき数人がこちらを見ていた。その表情は一様に暗い。歓迎されている雰囲気ではなかった。
    「あ、開きました大魔道士様。二階にお部屋があるので、今日はそちらでお休みください」
    「宿屋に泊まるんじゃねえのか?」
     従者はマトリフに鍵を手渡して苦笑した。
    「この国にそんなものありませんよ。我々は村長のお宅に泊めていただくので、大魔道士様はこちらにお泊まりください」
     外交が聞いて呆れる。しかしこれも国王の命令である以上、あまり無下にもできなかった。マトリフは自分の荷物を手にして教会へと入ろうとする。すると足元で小石が跳ねた。それが後ろから投げられたものであると気付いて振り返る。
    「竜殺し」
     その言葉にマトリフは身体を強張らせた。先ほどの村人たちが暗い目でマトリフを見ている。悪名はこんな国にまで広まっていたらしい。村人たちの責めるような視線がマトリフを刺した。
     やがて村人たちはそれぞれ別の方へと去っていった。後味の悪さを感じて息が詰まる。
     テランの信仰の対象は竜神だ。テランに暮らす人にとって竜は他国とは全く違う存在で、その竜を殺したマトリフは大罪人だ。マトリフは竜を殺していないが、そんなことを説明しても理解されないだろう。
     マトリフは教会の扉を閉めると二階へと上がった。そこは神父のための部屋のようだが、長い期間誰も使っていないようだった。
     その夜、マトリフがようやく眠りについた頃、教会に近付く影があった。その影は空から教会へ真っ直ぐに降りてくると、鋭い爪で教会の屋根を破壊した。

     ***

     マトリフは突然の轟音に目を覚ました。だがその瞬間には崩落してきた屋根の破片が身体に当たり、叫び声を上げていた。
     あたりは真っ暗で、マトリフは咄嗟に呪文で飛び上がる。遠くに欠けた月が出ていた。屋根は全てが剥がされており、けたたましい咆哮が夜空に響いていた。マトリフはあたりを見渡してその姿を探す。すると翼をはためかせて飛ぶ姿を見た。
     その暗闇に浮かぶ姿が一瞬だけ竜のように見えた。だがよく見ればそれはドラゴンフライで、正気を失ったように支離滅裂な飛び方をしていた。
     マトリフは霞んだ視界を不思議に思って顔を拭う。するとべったりと濡れた感触がした。どうやら頭部から出血しているらしい。
    「誰の仕業なんだか」
     つい口にしながらマトリフは回復呪文をかける。魔物はたとえ魔王の邪気に当てられたとしても、こんな混乱の仕方はしない。ましてや今はその魔王すらいないのだ。誰かが意図的に仕向けたに違いない。
    「邪魔者は他所で始末するってか」
     この式典にマトリフを推薦したという人物が頭をよぎる。だが今はそんなことを考えている場合ではなかった。
    「ほら、オレはこっちだぞ」
     言いながらマトリフは手のひらに呪文を浮かべた。ドラゴンフライはマトリフに気付いたらしくこちらへと飛んでくる。とにかく今はこのドラゴンフライを連れて人のいない場所に飛ばなければならない。
    「ついてこいよ!」
     マトリフは森の奥を目指して飛んだ。目標のように手に炎を掲げる。ドラゴンフライは大きな鳴き声を上げながら、今にも食い付かんばかりに鋭い牙を剥いていた。
     やがてテランの城から離れた森の上空まできた。ここまで来れば少々暴れても被害は出ないだろう。マトリフは身を翻しながらドラゴンフライと対峙する。ドラゴンフライはそのままの勢いでマトリフの元へと突進してきた。
    「ッ!」
     マトリフは咄嗟に攻撃呪文を撃つが、ドラゴンフライは呪文が当たったにも関わらず怯みもしなかった。正気を失っているせいで痛みを感じないのかもしれない。ドラゴンフライは鋭い爪をマトリフへと振り下ろしてくる。
    「チッ!」
     マトリフはなんとか避けるが、攻撃を仕掛けるタイミングがなかった。頬からは血が滴っていく。回復呪文を唱えているが動くせいで傷口が塞がらなかった。そうしている間にもドラゴンフライが再び突進してくる。マトリフは息を切らせながら呪文を撃つが、怪我のせいもあって思うように動けなかった。ドラゴンフライの尾が勢いよくしなってマトリフを襲う。
     マトリフは避けきれずに吹き飛ばされた。その勢いを呪文でどうにか相殺する。
     本当はこんな魔物のことなんて放っておいて、さっさとルーラで逃げるべきだった。だがもしそのせいでこのドラゴンフライがテランのほうへ向かったら大変なことになる。テランは戦うことを知らない国だという。そんな村人たちがこの魔物を倒せるはずがなかった。
     マトリフは飛んでくるドラゴンフライを見据えて手に魔法力を高めていく。半端な攻撃では動きすら止められない。だったら最大火力で焼き尽くすまでだ。
     マトリフは両手のひらを合わせて呪文を唱える。地獄の業火を思わせる炎が両手を繋いだ。その手のひらを再び合わせる。それは真っ直ぐにドラゴンフライへと放たれた。
     炎に飲まれながら墜落していくドラゴンフライを最後まで見ずにマトリフはルーラを唱えていた。テランの教会まで戻るが、そこは水を打ったように静かだった。魔物はあのドラゴンフライ一体だけだったのだろう。
     マトリフは教会の前に降り立つとその場にへたり込んだ。そして思い出したように頭に手をやる。回復呪文を唱えるが、強烈な眠気を感じたように瞼が下がっていく。
    「……ご無事だったのですか?」
     その声に顔を上げれば、テランまで一緒に来た従者が立っていた。
    「おい、さっきここへ魔物が現れた。他にもいるかもしれねえから……」
     マトリフは言いながら、従者の手に魔法の筒が握られているのを見た。あのドラゴンフライはこの従者が放ったのだろう。あの姑息な側近はどうしたって自分の手を汚す気はないらしい。わざわざテランへとマトリフを出向かせたのも、竜殺しという名を持つマトリフが、竜の怒りに触れて報復を受けたという結末をつけるためなのだろう。
    「申し訳ありません、大魔道士様」
     従者は護身用のナイフを抜いた。そのままこちらへと歩いてくる。マトリフは立ち上がらずにそれを見ていた。血を流しすぎたせいか身体に力が入らない。だがそれ以上に、そこまで疎んじられても生きているのが億劫になった。
     マトリフはひとつ大きな息をつくと従者に言った。
    「さっさとやれよ」
     マトリフは回復呪文もやめて従者を見上げる。その手が震えているのが見えて、そこにあるのは殺意ではないのだと分かった。どんな手を使ったのか知らないが、この従者は弱みでも握られているのだろう。
     やるのなら早くやってくれとマトリフは目を閉じた。何も見えない世界は思っていたより煩かった。自分の鼓動と近くの森のざわめきが決心を鈍らさてくる。
     従者が泣き声のような声を張り上げた。振り下ろされる刃を想像する。だがそれよりも早くマトリフは身体に強い衝撃を受けていた。風を切る音が轟々と響く。
     マトリフは思わず目を開らいた。そして息を呑む。身体は空高くに舞い上がっていたからだ。既に教会が小さく見える。
     マトリフは自分が大きな口で咥えられて空を飛んでいるのだと気付いた。青い鱗が空にきらめく。そのドラゴンの姿を、マトリフは身を捩って見た。
    「ガンガディア」
     星々が輝く空をガンガディアは泳ぐように飛んでいる。マトリフはその姿に目を奪われていた。

     ***

     ガンガディアは何も言わずに夜空を飛んでいた。どこへ行くつもりなのかと尋ねるのもおかしい気がして、マトリフは遠くに輝く星を眺めていた。それがおかしなほど綺麗に見える。竜に攫われるだなんてどこかの国の姫じゃあるまいし、しかもマトリフは嫌われ者の魔法使いなのだから全く様にならなかった。その滑稽さがマトリフを笑わせる。このまま噛み砕かれたっていいと思うほどに、マトリフは気分が良かった。
     やがてガンガディアは森の中に降り立った。そこは開けており、泉がある。神聖な空気に満たされていて、見えはしないが精霊の気配すら感じた。マトリフは思わず息を深く吸い込む。泉に映り込んだ月が水面で揺れていた。
     ガンガディアはそっとマトリフを地面へと下ろした。マトリフは地面に手をついてガンガディアを見上げる。そのまま飛んでいってしまいそうで、マトリフは尻尾の鱗を掴んだ。
    「待てよ」
     見ればガンガディアの頭部からは青い血が流れていた。その怪我の位置は、マトリフが負った傷と同じ位置だった。やはりマトリフの予想は当たっていた。ガンガディアもマトリフが気がついたことを察して口を開く。
    「早く傷を回復させたまえ」
    「そうしねえとお前の傷も治らねえからか?」
     ガンガディアは答えなかったが、マトリフは自分の傷に回復呪文をかけた。マトリフの傷が塞がっていくのと、ガンガディアの傷が塞がっていくのは同時だった。おそらく、回復は傷を受けた者に施さねば効果はないのだろう。
     目の当たりにしながらもマトリフはその仕組みがわからなかった。そんな呪文は聞いたことがない。呪いの一種なのかもしれないが、マトリフはそんな呪いはかけておらず、ガンガディアがそんなことをする理由もないはずだ。
    「お前がオレを助けたのも同じ理由か」
     マトリフとガンガディアの繋がりは生命にも及ぶというのがマトリフの予想だった。もしそうなら、マトリフが死ねばガンガディアの命も終える。それを恐れてガンガディアはマトリフを助けたのだろう。
    「あなたの想像通り、私とあなたの命は繋がっている。あなたが傷を負えば私も同じ傷を受け、あなたが死ねば私も死ぬ。その逆も然りだ」
    「面倒な呪いにでもかかったのか? だったらその呪いを解けばいいだろ」
    「これは呪いの類ではない」
    「言い切るってことは、こうなった理由を知ってるってことだな」
     ガンガディアは言葉に詰まって口を閉ざした。口を滑らせたとでも思っているのだろう。
    「それが、お前がその姿のままでいることにも関係してるのか」
     ガンガディアはあの森で会ったときもドラゴンの姿だった。おそらく呪文を解けない理由でもあるのだろう。
     マトリフはガンガディアの答えを待つ。長い沈黙が続いた。
     やがて呻くような息がマトリフの耳に届く。ドラゴンにしては覇気のない眼差しがマトリフに向けられた。
    「これを聞いたら、あなたは怒るだろう」
    「それは聞いてから決める」
    「すまない、と先に言っておく。私にも自分の行動が不可解に思える。だが、それが私の選んだ答えなんだ」
     そうしてガンガディアは身を屈めると、マトリフと視線を合わせるように顔を地面へとつけた。まるで懺悔のようにガンガディアはあの戦いのことを話し始めた。
    「私はあなたを殺した」

     ***

     ガンガディアが語ったのは、とても短い話だった。その場にマトリフもいたのだから、余計な説明は省いたのだろう。
     ガンガディアはマトリフの撃ったメドローアを避けてから、マトリフに襲いかかった。その身体を地面に叩きつければ、マトリフは動かなくなったという。そこまではマトリフも覚えている通りだった。
     ガンガディアは倒れているマトリフを見て、もしかしたらまた立ち上がるかもしれないと警戒していたという。ガンガディアは地面に降り立ち、片脚が殆ど動かないと気付いた。メドローアの威力を実感し、ガンガディアは確実にマトリフを殺そうと、鋭い爪を振り上げた。
     だがそのとき既にマトリフは死んでいたという。
    「殺してねえからオレはここにいるんだろう。それともオレは幽霊だとでもいうのか?」
     マトリフはガンガディアの話を遮って言った。
    「いいや、あなたは生きている。だが、あの時に一度命を失った」
     思わぬ衝撃にマトリフは身体を強張らせた。あの時に感じた死の感覚は紛れもない本物だったらしい。
     ガンガディアはまるで死んだのが自分だったかのような重苦しい口調で話を続けた。
    「私はあなたの死に微塵も喜びを感じなかった。そこには勝負に勝った高揚もない。憧れていたあなたを殺してしまって……私は後悔した」
     ガンガディアは取り返しのつかないことをしたと思ったという。マトリフはふと自分が逆の立場であったらどう思ったかと考えた。ガンガディアというライバルを失った世界は、途端に色褪せて見えたかもしれない。
    「だからオレにザオリクでもかけたのか」
    「私にそんな呪文は使えない。回復呪文すら使えないのだから」
     ガンガディアは自嘲するように口を歪めた。そういえばガンガディアは調査隊につけられた腕の傷をいつまでも放置していた。しかし竜の高い治癒力であれば、あれくらいの傷なら自然治癒しそうなものだ。
    「私の話を疑っているのかね」
     ガンガディアが言う。不可解さが顔に出たのかもしれない。マトリフはガンガディアをじっと見つめた。
    「お前、まだオレに言ってねえことがあるだろ」
     するとガンガディアの目が驚きに見開かれてマトリフを見た。竜の瞳は宝石のように輝いている。
    「やはりあなたには敵わない」
     ガンガディアは翼を大きく広げた。その風圧でマトリフの髪が大きく靡く。ガンガディアの鱗で覆われた胸が曝け出された。そこは不自然に歪んでいる。まるで無理矢理にこじ開けたかのようだ。
    「竜には強大な治癒力がある。竜の血を飲んだ人間は不死身の力を得るという伝説があるほどだ」
     その伝説ならマトリフも聞いたことがあった。だがそれはあくまで伝説で、事実ではないと思っていた。似たような眉唾物の伝説はいくらでもある。
    「まさかお前の血をオレに飲ませたってのか?」
     想像して思わず苦い顔になる。どう考えても気持ちのいい話ではなかった。
     だがガンガディアは小さく首を横に振った。
    「私の血にそんな力はない。私は仮初の竜だ。だが心臓ならば、あなたを生き返らせることができると思った」
     ガンガディアの鋭い爪が己の胸を指し示した。そこが淡く光る。心臓がその存在を主張するように脈打っていた。
     途端にマトリフは己の胸が高鳴るのを感じた。その鼓動が、ガンガディアの心臓と同じであることに気づくのにそう時間はかからなかった。
    「心臓を……どうしたって?」
     マトリフは信じられなくて聞き返した。信じたくなかったのかもしれない。
    「死んだあなたの胸を開いて、私の心臓を半分あなたに埋め込んだ」
     罪を告白しているかのように、ガンガディアは頭を項垂れていた。だがその視線はマトリフを見続けている。マトリフは思わず手を胸に当てそうになって、そこにあるのが自分の心臓ではないと思うと、急に手が固まってしまった。
     マトリフの動揺を、ガンガディアも感じ取っていた。だがマトリフは自分自身のこの動揺が、怒りなのか困惑なのかもわかっていない。否定したいような気持ちだけが頭の中に巡っていて、だがそれをそのまま言葉にするのは違うような気がしていた。
     マトリフはいくつもの言葉を飲み込んで、ただ事実を確認するだけにとどめた。
    「それで、お前の心臓を貰ってオレは生き返ったのか」
     己の胸にある心臓が借り物であるとわかって、マトリフはこの戸惑いさえも自分のものではない気がした。いっそ心さえガンガディアのものだと言ってほしいほどだった。
     ガンガディアは身体をゆすった。低い唸り声が静かに響く。
     そこでふと、マトリフはあることに気づいた。
    「まさか、お前が弱っているのもそのせいなのか」
     いくら竜でも心臓を半分も失えば戦えないほどに弱ってしまうだろう。生きていられるのがやっとのはずだ。
     ガンガディアは目を伏せて頷いた。マトリフは途端に居た堪れなくなる。
    「だったらドラゴラムを解いて元の姿に戻れば」
    「半分の心臓では元の姿に戻れなくなったのだよ」
     それが防御反応だろうとガンガディアは言った。竜の姿であるから半分の心臓でも耐えられるが、トロルに戻れば耐えきれずに死んでしまう。そのために身体が自然と竜の姿で居続けようとしているのだろうと。
     マトリフは口の端を歪めてガンガディアを見上げた。
    「……馬鹿だな。なんでそんなことしたんだよ」
    「あなたに生きていてほしかった」
    「そんなこと押し付けられたって、嬉しかねぇんだよ」
     己を犠牲にしてまで助ける価値が自分にあるとはマトリフは思わなかった。マトリフは同族である人間にすら忌み嫌われている。死んでほしいと思われているのだ。それを跳ね除けるほどの生への執着はもうない。己の命がガンガディアの命を損なっているなら尚更だった。
     マトリフは指先に魔法力を集中させる。研ぎ澄まされ、精度を上げた呪文で、マトリフは己の胸を切り裂いた。
     マトリフの胸から赤い血が吹き出す。途端に力を失った膝が地面についた。ガンガディアは驚愕のあまり一瞬言葉を失っていたが、倒れかかるマトリフの身体を掴んで叫んだ。
    「何をしているッ!」
     マトリフは切り裂いた胸に指を突き立てた。ガンガディアも胸が激しく痛む。同じ傷がガンガディアの胸にもできていた。青い血が胸から吹き出してマトリフを青く染めた。
     マトリフは細い息を吐きながら、己を生かした心臓を掴んだ。
    「お前の心臓なんて……いらねぇんだよ」
    「早く回復してくれ! 私は回復呪文が使えない!」
     ガンガディアの大きな手がマトリフの胸を押さえる。だがマトリフはさらに胸へと指を深く差し込んだ。
    「この心臓を返せば、お前は元の姿に戻れるんだろ」
     マトリフは指先に力強い存在を感じていた。これはガンガディアの心臓だ。返さねばならない。
    「やめてくれ大魔道士、あなたが死んでしまう!」
    「このままだと二人とも死ぬぞ。早く心臓を受け取れ」
     半分の心臓は元の姿に戻ることを望むように高鳴り続ける。その鼓動をマトリフもガンガディアも感じていた。
     竜の咆哮が響き渡る。それは森を震わせた。
    「嫌だ……あなたが生きていない世界など無意味だ」
     マトリフは思わず笑ってしまった。あらゆる感覚が麻痺してしまっている。だがついさっき人間に殺されかけたことは忘れていない。張り詰めた糸が、最後の最後で弾けそうになる感覚がする。
    「オレはいないほうがいいらしい」
    「たとえ世界中があなたを必要としなくても、私はあなたに生きていてほしい」
     だから頼む、とガンガディアは声を振り絞った。その声の切実さがマトリフの胸を震わせる。
     マトリフの身体では赤い血と青い血が混ざり合っていた。それが滴っていくのを見ていたら、急に死ぬのが馬鹿らしくなってしまった。
     マトリフは胸から手を引き抜いて呻き声を上げた。ようやく追いつてきた痛みに身体が痙攣する。それを回復呪文でなんとか押さえ込んだ。
    「……なんでオレなんだ」
    「まだ喋ってはいけない。話なら回復してから」
    「オレは今聞きたいんだよ。なんでオレなんだ」
     人に蝕まれた心を、突然に現れた竜で癒やそうとする浅ましさにマトリフは己を呪いたくなった。誰かに縋って生きるなど死んでも御免だ。だが相反する行いを現にしている。望まれて生きたいという欲求が、醜く足掻いて這い出していた
     するとガンガディアが鼻先をマトリフの腕に押しつけてきた。まるで頬擦りでもしているようだ。ガンガディアの眼から大粒の涙が溢れ出てくる。
    「あなたが私の存在に意味をくれたからだ」
    「意味……なんだそりゃ」
    「私が努力して得たものを、評価してくれたのはあなただ。生まれ持ったものではなく、私が選んだものを」
     その言葉の意味を理解する前に気が遠くなる。回復呪文だけは途切れさせないようにと、マトリフは目を閉じても魔法力だけは放出し続けた。
    「だったら……いいか」
     お互いに不器用な生き方しか出来ないらしい。マトリフはガンガディアを、ガンガディアはマトリフを必要とするならば、他に何もいらない。
    「お前に望まれるうちは生きていてもいいな」
     まるで空を飛んでいるような心地がしてマトリフは笑みを浮かべた。
     遠い空を飛んでいる青い竜が見える。だが飛んでいるのは青い竜だけではない。その傍で、半分に分けた心臓をこれ以上離さないようにと、白い竜も一緒に飛んでいる。
     昔々、竜を殺した魔法使いがいたという。その魔法使いは殺した青い竜に食われたが、白い竜に姿を変えて、空に舞い上がったという。


    おわり
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