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    なりひさ

    @Narihisa99

    二次創作の小説倉庫

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    なりひさ

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    マトとマトの恐れの話

    痛みは海の藻屑に 変化とは時に恐ろしい。幼ければそれを成長と呼び、老いていれば衰えとなる。人間は変化を嫌う生き物で、たとえその変化が良い物だとしても、停滞を選ぶ。
     マトリフは水晶を手に取った。その水晶は小ぶりな宝箱に収められていて、布で包まれている。宝箱にも覆う布にも魔法によって厳重に結界が張られており、誰でも開けられるという物ではなかった。
     マトリフは水晶を手に取ると布を取った。水晶の中には黒いモヤがあり、それはまるでマトリフに呼応するように形を変えた。徐々に輪郭をはっきりとさせていき、その姿は竜となった。水晶の中で青い竜が咆哮を上げる。しかしその声はマトリフには届かなかった。
     マトリフがその水晶を作ったのは、あの魔王との戦いの後だった。マトリフは封印されたギュータを訪れ、その封印を一部だけこじ開けた。目的は逢魔窟に巣食っていた邪気だ。マトリフはその邪気を水晶へと閉じ込めた。
     邪気は見た者の心の闇を増幅し、幻覚を見させる。マトリフに見えた青い竜はガンガディアがドラゴラムした姿で、それがマトリフにとって恐怖の対象だった。
     もしマトリフがガンガディアと戦う前に邪気を見ていたなら、邪気が姿を変えたのはバルゴートだっただろう。バルゴートに「お前は才能がない」と言い捨てられ里から追い出されるのを、若い頃のマトリフは何より恐れていた。
     マトリフは水晶に映る青い竜を見つめる。人は変化する生き物だ。恐怖の対象も変化していく。
     マトリフがこの水晶を作ったのは、この青い竜を見るためであった。今の自分が逢魔窟の邪気を見れば、ガンガディアになると思ったからだ。
     今のマトリフの恐怖は、ガンガディアに失望されることだった。
     ガンガディアはマトリフにはない決意を持って戦いに挑んできた。それほどの熱意を、憧憬を向けられてマトリフはたじろぎ、だが同時に、喜びを感じていた。そしてそれを失うことが恐怖になっていた。
     マトリフは水晶に閉じ込めたガンガディアを見つめる。だがそれは本物のガンガディアではなく、マトリフの恐怖が見せる紛い物だった。それでもいいと思うほどに、マトリフは心の平穏を欠いていた。
    「お前はちっとも変わらねえな」
     そのことに喜びながらマトリフは水晶を見つめた。誰にも邪魔されない、壊されない、マトリフだけのガンガディアだった。
     やがて時が過ぎて、魔王が復活し、大魔王まで現れた。マトリフは戦うことをやめており、代わりとばかりに弟子に呪文を教えていた。それもあって身体を悪くさせて、床に臥すことが多くなっていた。そのせいで水晶のことも暫く忘れていた。
     やがて弟子たちが大魔王を倒した。それは弟子にとって大きな犠牲を伴うことだったが、世界には平和が訪れた。
    「これ何なんだ?」
     洞窟を訪れていたポップが言った。ポップはダイを探すための情報を得るために洞窟に訪れており、マトリフ所有のマジックアイテムを見ていた。
    「やめろ!」
     ポップが開けようとしていた小さな宝箱を見てマトリフは思わず声を上げた。それはあの水晶を入れた宝箱で、本来なら開けられないはずだが、ポップの高い魔法力に反応して結界が開いたようだった。
    「え、悪りぃ!」
     マトリフの声に驚いたポップが手を滑らせた。ポップの手から宝箱が飛び上がる。そのはずみで水晶が箱から飛び出した。
    「わッ」
     ポップが慌てて手を伸ばす。指先が水晶に触れたが、逃げるように落ちていく。だが水晶は床に落ちる寸前でマトリフの手に救われた。
    「大丈夫だった!?」
    「気ぃつけろ」
     ポップは水晶の無事を確かめるように手を伸ばしてくるが、マトリフは隠すように水晶を遠ざけた。落ちるときに包んでいた布も外れていて、水晶は剥き出しになっている。
    「それ、大事なものなのか? もしかして凄いアイテム?」
    「そんなんじゃねえよ」
    「じゃあなんで隠すんだよ」
    「うるせえな」
     マトリフは水晶をちらりと見る。だがそこに映ったのは青い竜ではなかった。マトリフは瞠目する。そこに映っていたのはポップだった。
     水晶に映るポップは蹲っていた。酷いダメージを受けたのか、立ち上がれないでいる。それを見てマトリフは血の気が引いた。
    「あれ……ダイ?」
     ポップの声にマトリフはハッとする。ポップが水晶を覗き込んでいた。マトリフは落ちた布を拾って水晶にかけた。
    「ちょっと師匠、それ見せてくれ!」
    「お前にはダイが見えたのか」
    「師匠にも見えただろ。ダイがどっか……空にいたんだよ!」
     マトリフから水晶を奪うようにポップが手を伸ばす。だがマトリフはその手を叩き落とした。
    「落ち着け。これは遠くの様子を映すようなもんじゃねえ」
    「まぞっほが使ってた水晶みたいなやつじゃねえの?」
    「これは……邪気を閉じ込めたもんだ。映ってたのは幻だ」
    「なんでそんなもん大事にしてんだよ」
     マトリフはそれには答えずに水晶を持つ手に力を込めた。
     人は変化する。望もうが逆らおうが、変わってしまう。恐怖さえもその形を変えていく。
     それは忘れていくからだ。ガンガディアとの戦いも、その時の思いさえも、少しずつ消えていく。その悲しささえ、いずれ消えてしまうのだ。
    「……師匠?」
    「なんでもねえ。これも、いらねえな」
     マトリフは水晶を持って洞窟を出た。ポップがその後についてくる。
    「おめえ、ちょいとメドローアを撃ってくれ」
    「極大消滅呪文ってそんな気軽に撃っていいのかよ」
    「おめえが言うな」
     マトリフはもう一度水晶を見てから、ポップに目配せをする。ポップはまだ釈然としないようだが、頷いて両手を構えた。
     マトリフはひとつ息をついてから水晶を海に向かって投げた。ポップは寸分違わぬ狙いでメドローアを撃ち、水晶を消滅させた。
    「あんがとよ。ついでに昔話に付き合ってくれ」
     マトリフはその場に腰を下ろした。
    「なんだよ。珍しいな」
    「何もかも忘れちまう前に、話しておきたいんだ」
     ガンガディアのことを忘れていくことも、大事なものが増えることも、生きているからだ。変わってしまうことは悪いことではないはずだ。そこに痛みを伴ったとしても。
    「オレの好敵手……名前をガンガディアというんだが」
     マトリフの顔には笑みが浮かんでいた。そこに何かを恐れる気持ちは微塵もない。かつての恐れは昇華され、己の一部となっていた。それ故に離れることはなく、朽ちるときは共に朽ちるだろう。
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