【まおしゅう2展示】罠を使って大魔道士捕獲大作戦 ガンガディアは茂みに隠れて罠を見ていた。鬱蒼とした森の中は小鳥の声がどこからか聞こえている。
罠と一口に言っても種類は多彩だ。天井がないタイプの囲い罠、罠を踏むと足が括られて捕まえられる括り罠、檻のような箱に餌で誘導して捕まえる箱罠などだ。
今回の獲物は飛翔呪文が使えるので囲い罠では無意味だ。また括り罠では獲物の足を痛める可能性があるから却下。そのためガンガディアは箱罠を用意していた。餌を地面に設置して、その頭上に鉄製の檻を用意してある。もちろんこの檻は目で見えないように細工してある。
人の気配を感じてガンガディアは息をひそめる。見ればこちらに歩いてくる人影があった。それが今回の獲物、大魔道士マトリフであるとわかる。
「アバン!?」
マトリフの驚いた声が聞こえる。どうやら設置した餌に気付いたようだ。ガンガディアがマトリフ捕縛のために用意したのは勇者アバンだ。そのアバンが地面に倒れている。
マトリフがアバンに駆け寄った。やはり想定通りだ。ガンガディアはほくそ笑む。
「どうしたんだ!?」
マトリフがアバンに触れた途端に透明な檻が頭上から降りてきた。着地音が響いて地面を揺らす。マトリフは驚いたようにあたりを見渡した。
「こんな罠にかかるとはね」
言いながらガンガディアは姿を現した。マトリフはこちらを見て顔を歪める。
「てめえかよ」
「もちろん私だ」
すると倒れていたアバンが煙に包まれる。それがモシャスの解除であることは一目瞭然だった。マトリフはそれを見てスッと表情をなくした。
モシャスが解けたスライムが檻から出てくる。ガンガディアはその体を撫でて礼を言った。
「見ての通り、さっきの勇者はモシャスだ。君を捕えるための餌だよ」
「オレはまんまと引っかかったってことか」
「君も本当は疑っていたはずだ。罠ではないかとね。しかし九十九パーセント罠だと思っても、一パーセントでも可能性があれば、君なら助けに行くと思ってね。君は勇者の魔法使いなのだろう」
ガンガディアは檻に手をかけた。見えないその檻を持ち上げる。中でマトリフが体勢を崩した。
「もちろんだがこの檻には魔法封じの結界がある」
「だろうな」
「大人しくしておいてくれ。君の力では檻は破壊できない。君に怪我をさせたくないのでね」
ガンガディアは意気揚々と檻を担いで地底魔城へとルーラを唱えた。
***
「それで、罠を使うような陰険デカブツ野郎はオレをどうするつもりなんだ?」
「そんな安い挑発には乗らない。まあくつろいでくれ」
ガンガディアはマトリフが入った罠を自室へと置いた。すると檻を開けてマトリフが出られるようにする。マトリフは訝しげにガンガディアを見上げた。
「いいのか? 逃げちまうぜ」
「逃がすつもりはない。君はこの部屋から出られなくなるだろう。それに……」
「それに?」
「いや、何でもない。それより食事を持ってこよう。今日はご馳走だ」
ガンガディアはそう言って部屋を出た。残されたマトリフは檻から出て辺りを見渡す。この部屋にも魔法封じの結界が張られていた。ガンガディアのことだ。抜かりはないだろう。当然扉は開かなかった。
部屋の中は広かった。その部屋を囲むように書架がある。どこからか良い匂いが漂っているから、香でも焚かれているのだろう。窓はなかったが空気穴はあるようで、そこから光が差し込んでいる。
「居心地のいい魔王城なんて聞いたことがねえぞ」
マトリフはこの状況を悲観していなかった。わざわざ敵の居城に案内されたのだ。情報収集、あるいはチャンスがあれば魔王の寝首をかいてやろうとすら考えていた。
やがて食事を持ったガンガディアが現れる。テーブルに置かれた料理の数々にマトリフは目を丸くさせた。
「随分と豪勢だな」
湯気を上げたそれらの料理は人間が食べるものだ。しかも王宮で出されるような豪華さである。
「当然だ。今日は君の歓迎会なのだから」
ガンガディアの言葉にマトリフは鼻白む。もっと酷い仕打ちを予想していたからだ。
「お優しいことで」
「私は心が広いのだ」
マトリフは椅子に座って出されたワインを飲む。まさか毒など入っていないだろう。ガンガディアが毒殺を選ぶ理由などないはずだ。
「うめぇな」
「それはよかった」
マトリフの反応に満足してガンガディアは笑みを浮かべる。マトリフは並べられた酒を見た。そこには人間の街で売っているようなものすらある。
「いい酒を揃えてるじゃないか」
「好きなだけ飲むといい」
「こんなにあるんだ。おめえも飲めよ」
「遠慮しておく」
ガンガディアはそう断ってから手を組むとマトリフに尋ねた。
「ところで、君はなぜ勇者の仲間になったのかね?」
「別に大した理由じゃねえよ」
「というと?」
「あいつらを放っておけなかっただけだ」
「ほう」
ガンガディアが静かに頷く。マトリフは酒を飲みながら話を続けた。
「オレは若い頃に世界を見て回った。だが、人間はしょせん人間だ。欲深いし汚いし弱い。オレはがっかりしたんだよ」
「ふむ」
「だがあいつらと出会って考えが変わった。あいつらは本気で信じてんだよ。世界が平和になるってな。その真っ直ぐさをオレも信じてみたくなったのさ」
「なるほど」
「せめて次の世代が少しでも生きやすいようにしてやらねえとな」
「君は人間のことを愛しているのだな」
「馬鹿言え。そんなんじゃねえよ」
マトリフは笑う。不思議と誰にも言ってなかった胸の内がするすると言葉になって出ていた。ガンガディアは微笑むとマトリフのグラスに酒を注いでいく。満たされたグラスをマトリフは傾けた。酒はみるみるなくなっていく。
その紅酒にはマトリフが予想した通り毒はない。だが、秘めた思いを引き出すという効果があった。つまり、その酒を飲めば何でも喋ってしまうということだ。
ガンガディアはマトリフの言葉に耳を傾ける。そして大魔道士の口から勇者たちの弱点が語られるのを待った。
***
マトリフは地底魔城のガンガディアの部屋で暮らしていた。マトリフがここへ来てからどれほどの時間が過ぎていったのか、マトリフ自身はわかっていないだろう。
マトリフは一日中この部屋で魔導書を読んで過ごしている。本は沢山あるから退屈はしていないようだ。
「マトリフ」
ガンガディアの声にマトリフは読んでいた本から顔を上げた。息を切らせたガンガディアを見て目を丸くしている。
「どうしたんだよ。そんなに焦って」
マトリフは不思議そうにガンガディアを見上げる。この部屋にも魔物たちが忙しなく走っていく音が聞こえていただろう。だが何か起こったとしてもマトリフはこの部屋から出られない。だからガンガディアは急いでこの部屋に戻ってきた。
「勇者がこの城に攻めてきたんだ」
「勇者……」
マトリフは遠い目をして呟いた。ガンガディアは不安を胸にマトリフを見つめる。
マトリフには自分が勇者一向の魔法使いであるという記憶はない。ガンガディアは情報を聞き出すためにマトリフに自白効果のある紅酒を飲ませたが、マトリフは味方の情報は一切喋らなかった。そのため用済みの捕虜となったマトリフだが、ガンガディアは殺しもせず部屋に住まわせることにした。マトリフを奪えば勇者たちには手痛い損害だろうし、もしこちらの味方に出来れば強い駒を手に入れたことになる。ハドラーにはペットだと笑われたが、ガンガディアは真剣にマトリフを味方に引き入れようとした。
そのためにマトリフの記憶を奪った。ガンガディアはマトリフのこれまでの記憶を消し去って、新しい生活を与えた。
だが記憶を消すのは難しい。完璧に消すことは出来ないからだ。何かをきっかけに記憶が戻ることもある。だからガンガディアはあまり勇者一向のことをマトリフには話したくはなかった。
「勇者は強いのか?」
「手強い相手だが心配はいらない。だが念のために君はこの部屋から出ないでくれ」
するとマトリフはおかしそうに笑った。
「オレはこの部屋からは出られないじゃないか。お前こそ気をつけろよ」
マトリフの手がガンガディアの腕に触れた。ガンガディアはマトリフを抱きしめる。するとマトリフは微笑んでガンガディアの背に手を回した。
「必ず君を守る」
ガンガディアの言葉に嘘はなかった。一緒に過ごすうちにガンガディアはマトリフに情を感じていた。失いたくないとすら思う。もしかすると勇者はマトリフを奪い返すつもりかもしれない。
「君のことが心配だ」
「ちゃんと隠れておくから」
「そうしてくれ。何があっても出てきてはいけないからね」
マトリフは頷くと書架の裏へと行った。そこには隠し扉がある。もし万が一のときのためにガンガディアが作ったものだ。
マトリフは隠し部屋の中で膝を抱えた。石壁を伝って遠くから激しい音が聞こえてくる。その音が不安をあおってくるのか、マトリフは心細そうにガンガディアを見た。隠し部屋はどこからか隙間風が入ってくるようで、マトリフは身体を震わせている。
ガンガディアはそっと扉を閉めて部屋を出た。勇者を必ず倒すと心に強く思う。
それと同じ頃、マトリフは薄暗い隠し部屋で石畳の隙間を見ていた。勇者という言葉に胸が騒ついている。その存在があやふやな影となって胸の中に在り続けていたからだ。
*(いつか この部屋から出て 世界を見られるかもしれない)
*(そう思ったら けついが みなぎった)
*(to be continued)