よくばりとあまい夜「ハッピ〜ハロウィ〜ン!!」
「なんや、来て早々喧しいな」
十月三十一日。閉店したはがりのおにぎり宮の暖簾を潜ったのは、高らかに声を上げながらカウンター席に腰を下ろした双子の片割れの侑だ。粗方片付けを終えていた治は片割れの賑やかな登場に対して少々呆れた様子で言葉を投げつつ、腰に巻いていたエプロンを外しながら侑の隣の椅子に腰を下ろした。
すると、カウンターの上に見慣れない物が置かれていることに気づいた侑がそれを指差しながら治に問いかける。
「?サム、なんやコレ」
「見ればわかるやろ、お菓子や」
「それは分かっとんねん。せやなくて、なんでこんな所に置いてるんかって話や」
「ああ、ツムには言っとらんかったな。実はなぁ、今日ハロウィンやから仮装した近所の子ども達がちっちゃいバスケット持って夕方頃商店街周ってたんや。事前にその話聞いとったからお菓子用意しよ思て買い物行ってな、何種類か菓子買うてそれぞれ包んで渡そ思たんやけど……普段菓子なんて作る機会ないし折角やから手作りクッキーにしてみたんや。そんで材料買うてる時に丁度いいクッキー型も見つけてな。どや、かわええやろ?」
一通り話し終えた治がカウンターに置かれた小さな籠からラッピングされたお菓子の包みを摘んで侑の眼前へと持っていく。透明な包装袋の中には丸みを帯びた三角形のクッキーが詰まっており、口を結ぶ真っ赤なリボンが目をひいた。きっと色とりどりのリボンで飾りつけて子ども達に配ったのだろう。今此処に残っているお菓子が赤いリボンだということが、何とも深い意味で捉えてしまいそうになる。果たして自分が都合良く考えてしまっているだけなのか。侑がじっとリボンを見つめていると隣で小さく笑う声がした。
「ふっふ。この形、おにぎりみたいでええやろ?美味しく出来たか不安やったんけど、受け取った瞬間早速ひとつ取り出して食べてる子がおってな、美味しいって嬉しそうに笑っとったわ。ほんま、作った甲斐があったしええ経験にもなったわ。──皆素直で可愛くてええ子達やったで」
「ほーん。……おい、なんやその目は。誰と比べとるんか分かってるで」
「別に〜?なんも言うてへんやろ。それで?ハロウィンで浮かれながらやって来たアツムくんは何をご所望で?」
「俺が何しに来たか分かっとるクセに」
「んー?何のことだかわからへんなぁ」
そう言って戯けた様子で笑った治は手にしていたお菓子のリボンを解いていく。包装袋を開いて中から一枚クッキーを取り出すと、ぱくんと一口でクッキーを口の中に収めてしまう。さくっ、といい音を鳴らせて咀嚼する治は徐々に頬を緩め、次々とクッキーを摘んでは見せつけるように口に収めていく。
「はあ!?ちょ、何食うてるんサム!それは俺の分やなかったんか!?」
「別に、ツムの為に取っといたもんやないし。コレ、要らんやろ?やってツムは"トリックの方"したくて来たんやし。ちゃうん?」
「ッ、合っとるけど!それとこれとは話が別や。俺にもクッキー食わせろや」
「ハァ……どっちも欲しいて、我儘なヤツやなぁ。少しはあの子らを見習ったらどうや?」
「大人の方が強欲になんねん。それに、サムの作ったもんは特別なんやからしゃあないやろ」
「……言い訳すな」
会話をしながらもクッキーは減っていき、残りはあと僅かになっていた。治は食べる手を止めることなく再びクッキーを摘んで口に入れようとするが、ムッと表情を歪めた侑がその腕を掴んで静止させ、治の耳元に顔を寄せて低音が甘く囁いた。
「トリック・オア・トリート」
侑が顔を正面へと戻せば、ぴたりと固まってしまった治と暫し視線が絡み合う。侑が治のほんのり赤く染まった耳を見つめていると、治が頭を動かして摘んでいるクッキーを口に咥え、ん。と此方にクッキーを差し出してきた。そんな片割れの可愛らしい姿に侑はふにゃりと顔を緩ませ、治の唇ごとクッキーを食べようとする勢いで迫りながら愛しい唇にかぶりつこうとした。だが既のところで治が顔を引いて口を離した為クッキーのみが侑の口内にやってくる。
「アホツム。菓子あげてるんやからイタズラすな」
「ええやん別に〜減るもんやないし。サムのいけず」
「ほら、クッキーあと二つあるで。ちゃんと味わって食いや」
包装袋から取り出したクッキーを咥えた治がまた口元を侑に向けて差し出してくる。普通に食べるよりもご褒美であることに違いはないので大人しくクッキーのみにかぶりつき、しっかりと味わいながら咀嚼する。
「ん。美味いやん。サムお菓子作るんも向いてるんちゃうか?」
「初心者でも作れるレシピ見て作ったから何とかなったっちゅうだけや。やっぱ普段の料理と菓子じゃ、また勝手がちゃうもんやな」
「ふーん。ほんなら今度は俺の為に菓子作ってな」
「お前に菓子作っとる暇なんかないわ」
「子どもは良くて俺はアカンて、なんでや!即答とかアツムくん傷つくやろ!」
「俺のツムはそないなことで一々傷つくような男ちゃうで?」
「うっ、変なとこでデレよる……ほんま、なんなんやお前…」
「それより、クッキーもう食うたやろ。お菓子の時間は終いやで」
空になった包装袋をひらひらと見せられる。本当はもっと食べたかったが無いものは仕方がない、またその内絶対に作ってもらおうと心に決めた侑は掴んだままだった治の片腕を離してやれば、治が侑との距離をぐっと詰めてくる。伸びてきた腕が首に回され、突然のことに微かに肩が跳ねた侑は目を見開く。柔らかく微笑みながら目を細める治の艶っぽい表情に身体中が熱を帯びていくのを感じた。熱を生んだ治の瞳が侑を捉えて離さない。
「楽しみにしとったトリックの時間やで?我儘で強欲なアツムくんには特別や。──ツム、イタズラしてええよ」
妖しく囁く様はまるで小悪魔のようだ。だが治は小悪魔よりもっとこわい存在だと侑は内心ひっそりと呟きながら愛しい存在を腕の中に引き寄せる。そして、クッキーの仄かに甘い香りが残る柔らかな唇に今度こそかぶりついた。お互いの香りと甘さが鼻腔を擽る。
「っ、はぁ…がっつきすぎや」
「サムが焦らしてきよるからやろ。たっぷりお返ししたるから…覚悟しぃや」
さて、これからどんなイタズラをしてやろうか。と侑は胸を躍らせながら、治の腰が砕けるまで夢中で口付けを交わすのだった。
二人のハロウィンは、まだ始まったばかり──。