にょたばじちゃんとちふゆ 朝からジロジロと見られている気がする。特に階段の上り下りの時に一番視線を感じるのだ。普段から何かと視線を感じることが多い自覚はあった。だが今日は明らかにいつもより視線を向けられている気がするのだ。別に周りからの視線など気にしなければいいだけの話だが、その視線の先が顔ではなく下の方に向いているような気がして妙な違和感があった。場地の容姿は普段のガリ勉スタイルと同じだ。きっちり分けた七三前髪に瓶底眼鏡、少し癖っ毛の黒髪をお下げにして制服は崩さずきちんと着ている。ただひとつ普段と違う点を上げるとするなら、スカートのウエスト部分を二回折っていたことだ。だからいつもなら膝下丈であるスカートが今日は膝上丈だった。
場地は夏の暑い時期には校則に厳しい教師にバレぬようこっそりスカートのウエストを折り、少しでも脚元を涼しくしようとしている時があった。今がまさにそれで。幸い周囲には不良の顔を隠しガリ勉で通しているお陰か、場地が多少着崩そうとも気にされることも指摘されることもなく済んでいたのだが、もしかするとスカートの丈が短いことに気づかれて周りから見られているんだろうかと考える。授業中もその事が頭にチラついて集中出来ずにいたが、どれだけ考えようとも場地には何一つ分からない。仕方なく分厚いレンズ越しに黒板をぼうっと眺めるのだった。
謎が解明出来ぬまま時間は過ぎていき、昼休みが始まった。するといつもの如く場地のクラスに千冬がひょこっと現れた。千冬は休み時間になると場地の元にやってくるので、別に会う約束をしている訳でもないのに一緒に過ごすことが日常になっていた。昼休みは適当な空き教室で過ごしたり、屋上に行ったりとその時々で過ごす場所は違うが、今日の場地は周囲からの謎の視線から逃れたかった為千冬を連れて屋上へと向かうことにした。
誰もいない屋上の扉を開けて一歩踏み出せば緩やかな風が頬を撫でた。気持ち良く晴れた空に向かってグッと腕を伸ばし大きく伸びをして、溜息をひとつ吐き出した。
(ハァ……何なんだよ、人のことジロジロ見やがって。スカートにゴミか汚れでもついンのか?)
ちらりとスカートに視線を落とす。此処に来る途中の階段でも後ろから視線を感じ、階段の踊り場辺りでちらっと後ろを見やると若干頬の赤い二人組の男子と目が合い、勢いよく顔を逸らされた。何がなんだかよく分からないが気にするだけ無駄かと思い、屋上への階段を上ったのだ。
スカートを軽く手でパンパンと払ってから前後左右と確認してみるが、ゴミも汚れも何一つついてはいない。場地は徐ろにスカートをつまみ上げ、バサバサと払うように振りながら隣に居る千冬に声をかけた。
「なぁ千冬ぅ。スカートになんかついてるか見てくんね?」
「制服? 特に何も──って場地さん!? ちょ、急に何して、っそんなんしたらダメですって!」
「は? 何だよンな焦って」
「いや中見えちゃマズいでしょ、……ッ」
「千冬?」
突然ぴしりと固まって何も言わなくなってしまった千冬に場地は首を傾げる。「おーい」と呼び掛けても返事はなく、もう一度「千冬っ!」と声をかければ漸く我に返った千冬と目が合うが、その顔は見る見る内に真っ赤に染まっていく。
「ば、場地さん……脚……あ、いや。スカート、また折ってるんスね。暑くても折っちゃダメっスよ。ちゃんと戻してください」
「? 何教師みたいなこと言ってんだよ千冬ぅ。いつもなら脚見て喜んでるクセに」
「っ、それは不可抗力ってやつで……! 場地さんの脚が魅力的過ぎるのがいけないんスよ! ってそうじゃなくて、兎に角あんま脚出し過ぎるの禁止です! ほらスカート戻して」
そう言って千冬が自身のウエストに触れてくるものだから、擽ったさに身を捩りながらその手から逃れようとした際にふとスカートから覗く自身の太腿を見た瞬間、全ての謎が解けた。まるで探偵の名推理により犯人の正体が分かったみたいに、場地の脳内には解明出来ずにいた謎の答えとその犯人が頭に浮かび上がった。自身の太腿、主に内腿にいくつも残されている紅い痕。痕の正体については一旦置いておくとして、この痕を残すことの出来る人物。それはたった一人しかいない。
「ち〜ふ〜ゆ〜?」
「あーっと、その……スンマセンでしたッ!!」
「犯人はお前かァ!! 通りで今日一日ジロジロ見られると思ったら、こんな見える所に痕付けやがって!!」
そう、この無数の痕の正体はキスマークだ。場地は昨日千冬の部屋に遊びに行ったのだが丁度千冬の母親が留守にしていた為、チャンスとばかりに盛った千冬にぺろりと食べられてしまった。だが昨日はいつにも増して千冬が興奮していて、それにあてられた場地も妙に気持ちが昂ぶってしまい、結局千冬の母親が帰宅するギリギリまで千冬に身体を貪られていた。まだ片手で数えるくらいしか身体を重ねていない二人であったが、今までで一番激しかったんじゃないかと場地は思った。何せ最後の方は記憶が朧気だったからだ。恐らく、場地が快感に押し流され何も考えられなくなっていた時に千冬が脚にキスマークを残したのだろう。普段の千冬ならばスカートを履く場地の事を考え、きちんと配慮をしていただろうに。今回は遠慮なんてものはなく、いつもの倍は痕を付けられていた。こんな量は初めてだった為、流石の場地もこの状態の脚を晒して過ごしていたのかと思うと恥ずかしくて、段々顔が熱くなってくる。
「本ッッ当にすんませんでしたッ!! 一度付け始めたら止まんなくなっちまって……あんま付け過ぎたらダメだって分かってたのに、キスマだらけの場地さんの太腿見てたら興奮して、つい」
「ついって、オマエなぁ……」
深い溜息を零してからもう一度太腿に目をやる。いつの間にこんな沢山もの痕を付けられていたのか。シている時はいつも余裕がなくなるくらい意識をどろどろに溶かされてしまうので、痕を残されていた記憶も感覚も場地には全くなかった。脚に散りばめられた紅い痕に紛れ、薄っすら歯型も見えるのは気のせいだと思いたい。
「……コレ、消えるまではヤんねーから」
「ッ」
青褪めていく顔からは絶望感がありありと浮かぶ。今にも膝から崩れ落ちそうな程ショックを隠し切れずにいる千冬へ、更に正論パンチを食らわす。
「当たり前だろ! こんなんじゃ脚出せねぇだろーが。ったく、ただでさえ毎日あちぃのに……てか、そろそろ水泳の授業も始まんのにこれじゃ水着着れねぇじゃん」
じろりと千冬を睨んでやれば、さっきの絶望顔は何処へやら。今度は明後日の方向を見ながら何やら考え込んでいる。何を考えているのかは聞かずとも察することが出来るくらい、はっきりとその顔に出ている。
「場地さんの、水着姿……」
ぼそりと呟かれた一言。場地の予想通り水着の事を考えていたらしい。
「残念ながらオマエとはクラスが違うから水着姿は見られねーな?」
「ゔっ……、そうだ! 今度一緒に海に行きましょう場地さん! それなら場地さんの水着姿をオレも堪能出来るし……いや待てよ。オレ以外の野郎共が場地さんの美しい柔肌を見るのは堪えられねぇ、やっぱオレの前だけで水着を着てもらうしか……」
途中から独り言のようにぶつぶつと呟き始めた千冬に呆れて肩を竦めた。そして、場地はわざとらしく大きな溜息をつきながら間延びした声で言った。
「あーー、折角一緒に海行ってやろうと思ってたけどやっぱ別のヤツ誘って行くかな」
「ハァ!? オレ以外の誰と海に行く気なんスか場地さん! それだけは絶対嫌ッス!!」
わんわん吠える犬の様に必死の形相で詰め寄ってくる千冬へ強めのデコピンを食らわせてやれば、「でぇ」っと唸った後、額を擦りながらシュンとした顔で落ち着きを取り戻したので脱線していた話を元に戻した。
「つか千冬ぅ、オマエちゃんとハンセーしてンのかよ。ハンセーしてねぇなら"お預け"期間延長するからな」
「っ、してます! めちゃくちゃ猛省してます! 次からはきちんと自制するんで!!」
「もーせー? まあ、ハンセーしてんならいいけど。次からは気をつけろよ、いいな?」
「はいッ!!」
元気よく返事をする千冬から反省の色が見えたので、一先ず今回は許してやることにした。あれやこれやと怒りながらも結局は許してしまう。我ながら恋人に甘いと思うが、惚れた弱みというやつだろうか。何はともあれも、次またえげつない量のキスマを身体に残された日にはもっとキツいお仕置きを準備しておこうと考えながら、遅くなってしまった昼食を千冬と食べ始める。
「海」
「ん?」
「千冬と行きたい」
「え……っ、オレも! 場地さんと行きたいです!!」
「ん。……ま、痕が消えるまでは行けねーけどな」
「くッ、あの時の自分を殴ってやりてぇ……」
「ふはっ、すげぇ悔しそーな顔。まぁ、コレが消えたら海までバイク飛ばしてさ。いっぱい遊んでこよーな、千冬」
「ッ、はい! 約束ですからね!」
そうして初の海デートの約束を交わして微笑み合う二人。既に海デートで頭がいっぱいになり浮かれていた千冬であったが、それが苦悩の始まりとなるのであった。
真夏のビーチ、そして水着姿の愛しい彼女。視界に飛び込んでくるのはまさに暴力並みに刺激の強い場地の魅惑の水着姿。それを前に、果たして千冬は理性を保てるのか──それはまた別のお話。