不可抗力なんです。 お袋が知人から銭湯の無料券を貰ったらしい。それがオレの手元にやってきたから千冬を誘って二人で銭湯に行くことにした。千冬と銭湯に行くのは今回が初めてだ。オレも長らく銭湯に行く機会がなかったから内心わくわくしていた。久々に大きい風呂で存分に足を伸ばして寛げるのかと思うとテンションも上がるというものだ。
男湯の暖簾を潜ると少しむわっとした温い空気と温泉特有の香りを感じた。脱衣所内はオレと千冬の二人だけで、着替えを置く棚を見るとカゴが三つ疎らに置いてある。どうやらオレ達の他に三人客が居るらしい。それぞれカゴを手に取り、棚に二つカゴを並べた。早く風呂に入りたくてうずうずしていたオレは早々に服を脱ぎ始める。
最後に銭湯に来たのはいつだったか。あれは確か空手の稽古が終わった後、真一郎君に連れられてマイキーと一緒に三人で銭湯に行った時が最後だった気がする。そんな懐かしい記憶を思い出しながら脱いだ服をカゴの中に入れていく。手首につけていたヘアゴムで髪の毛を後ろで一纏めにし、ポニーテールにしてからのお団子を作る。これなら毛先が湯船につく心配もないだろう。最後に持ってきたバスタオルをカゴの上に被せれば準備完了だ。あとは浴場へと続く扉に向かうだけ。普段全身を石鹸で洗っているからシャンプーやボディソープ等が入った所謂お風呂セットは持ってきていない。石鹸でさえ持ってくるのが面倒だったので備え付けの物で済ませるつもりだ。
自分の準備は出来たのだが隣に居る千冬の準備は出来たのだろうか。そこで初めて千冬の方を向いた。
「千冬ぅ、準備出来たかー」
「はい! いつでもいけますッ!」
「…………」
一瞬思考が止まった。何かがおかしい。目の前の違和感に視線を千冬の顔からゆっくり下げていくと、腰に巻かれた手ぬぐいが異様な形をしていた。真っ白な布を押し上げる明らかに臨戦態勢なソレを見て、思わず『一体何の準備が出来たンだ?』と心の中でツッコミを入れてしまった。
(これから風呂に入んだよな……? なんでこんなに元気なんだコイツ)
それはもう元気よく天を向いているソレに、開きかけた口を噤んだ。こういう時一体どういう反応をすれば正解なのか今すぐ誰か教えてくれと思ってみても、生憎訊けるような相手は此処にはいない。適当に茶化してやれば良かったのかも知れないが、千冬があまりにも目をギンギンに光らせながら此方を見てくるものだから茶化す言葉も出ず黙ってしまった。
(よし、見なかったことしよう)
生理現象なら仕方ない。同じ男としてオレにも理解はある。自分の意志とは関係なくそうなってしまう事だってあるだろう。ここは気にせずスルーすることにしようと決めて、浴場へと続く扉に手をかけた。きっと風呂に入れば元気のいいソレも治まるだろうと思っていたのだ。
身体をさっと湯で流してから早速湯船に浸かった。やっぱり久々に入る温泉は気持ちが良くて、千冬もオレも湯船に浸かった途端「あ"〜〜」とおっさん臭い声が出てしまう。無意識に出ちまうよなコレ、って二人で顔を見合わせ笑った。首まで湯に浸かってみたり、大浴場の天井を見上げてぼーっとしてみたりと各々好きなように寛ぐ。足を伸ばして風呂に入れるというだけでも十分嬉しいが、やっぱり温泉の熱い湯に浸かると家の風呂では取れない疲れも取れる気がするし肌もすべすべになった気がした。
それから二人並んで身体や髪を洗っていたが、結局千冬のソレは元気なままで。千冬自身はというと、いつにも増して緩んだ顔をしていた。下半身は兎も角、きっと千冬も自分と同様に銭湯を満喫出来ているのだろう。時折ちらりと千冬の股間に視線を向ける。丁度タオルを外していた所為で不覚にも"ご本人"と対面してしまい、気まずくなり慌てて視線を逸した。認めたくはないが、勃起状態とはいえ自分のよりもデカイように見えたのだ。身長や年齢は上でも、男としてのモノは千冬の方が上なのだと視覚からの情報が訴えてくる。自分だってまだ成長途中だ、これからもっとデカくなるに違いないと思ったところで現時点では負けていることに変わりない。対抗心を燃やしつつも地味にショックを受け、にがい気持ちになるのだった。
全て洗い終わってから千冬のソレは再度タオルで隠さたのだが最初と変わらぬその姿に、タオルがその役目を果たせているのか謎だ。とはいえ直接見えないだけマシではあるが、全然隠れていないので正直殆ど意味を成してはいない。
これが初めて千冬と銭湯に行った日の話である。
あれから時は経ち、東卍の集会を終えた場地はトイレに行っている千冬を待つ間暇を持て余していた。すると、先程までマイキーやドラケン達と話していた武道が此方に駆け寄ってきた。
「場地君! よかったらこの後一緒に銭湯に行きませんか?」
「銭湯?」
「偶にマイキー君達に誘われて入りに行くんスけど、今日この後皆で行くみたいで。もしよかったら場地君もどうかなと思って」
「あーー、ワリぃけど今日は遠慮しとくワ。千冬待ってっし」
「そっすか。分かりました!」
マイキー達がよく銭湯に入りに行っていたのは知っていた。だが集会後は自然と千冬と過ごすことが多くなっていたから誘われても断るばかりでいた。偶には銭湯に行くのもいいなと思うが、オレが行くとなると恐らく千冬も行くことになるだろう。あれから千冬とは二回銭湯に行ったが、毎度"アレ"が起きるので流石に千冬を連れて行くのはまずいなと思ったのだ。オレ以外にあの状態を見られるとなると、千冬だって気まずいだろうというオレなりの配慮のつもりだった。
武道からの誘いを断った時、いつかの武道との会話が脳裏を過ぎった。
「……そういや、タケミチは千冬と銭湯に行ったことあるって前に言ってたよな?」
「? はい。それがどうかしたんスか?」
「そうか……なんつーか、お前も千冬の"アレ"見て驚いたんじゃねぇかと思ってよ。オレも初めて千冬と銭湯行った時はビックリしたし」
「ん? えーっと、アレって何すか?」
「は? アレはアレだよ。ちんこが──」
「あーあー分かりました! って、別に普通でしたけど……いやオレよりはデカかったか。じゃなくて! 流石に人のをジロジロ見たりしないですよ! 何で場地君はそんな事知ってるんスか?」
「何でって……そりゃあ、あんだけ主張激しかったら嫌でも分かンだろ」
「主張が、激しい……? え、ちょっと意味がよく分かってないんスけど。主張が激しいとはつまり……?」
「たってたンだよ、勃起だ勃起。アイツ毎回銭湯行くとああなるからよ。つってもアイツとは三回しか行ってねぇけど。だからタケミチが千冬と一緒に銭湯行ったんなら見たんじゃねーかと思ってよ」
「え、っと……それは見てないっス、はい。というか、多分そうなっちゃうのって場地君の前だけでは……」
武道が何かを察したと言わんばかりの表情で視線を遠くへと飛ばした。歯切れの悪い言葉をぼそぼそと呟くものだから最後の方はうまく聞き取れなかった。そこで武道が訝しげな表情で尋ねてくる。
「てか、え? 三回行って三回とも?」
「おう」
「……ソーデスカ」
「ンだよその顔は」
「いやいや何でもないっスよ! あー! オレもう行かないと、マイキー君達待たせてるんで。それじゃあお疲れ様でした場地君!」
「? おー、またなタケミチ」
ぎこちない笑みを残して足早に去っていく武道の背中を眺めていると、今度は後ろから走ってくる音が聞こえてきた。振り向くと、少し息が上がった千冬がいた。
「場地さん! お待たせしてスンマセン! じゃあ帰りましょうか」
「おー。……千冬ぅ、オメーさぁ」
「?」
「……いや、やっぱなんでもねぇ」
「えっ、そこまで言われたら気になるんスけど! ちょっと、場地さーん!」
後ろから飛んでくる千冬の声を気にせず愛車の方に向かって歩き出す。千冬の"アレ"は単なる偶然だと思っていた。それなのに何でオレと一緒に風呂に入る時はああなるのか答えは分からない。今は分からなくていい気がした。何となくだが、不思議と嫌な気がしなかったから。
◇ ◇ ◇
ちゃぷん──。身動ぐと湯船が音を立てた。
「……ンなこともあったな」
「何の話ですか?」
「昔の二人で銭湯に行った時の話」
大の男が二人で入るにはどう見ても狭い浴槽にオレ達は収まっていた。一人で入ったとて足を伸ばしきれない浴槽だから当然窮屈ではあるが、これはこれで悪くはなかった。大浴場には大浴場の良さがあるように、この狭い浴槽にも良さはある。たまにこうして千冬と身を寄せ合って湯船に浸かるのもオレは好きだった。
オレの背後には千冬がいて、その身体に凭れかかるようにして背中を預けている。湯加減も丁度良いのだが、背中から伝わる千冬の体温も心地良く感じた。
「もー、あの時の話はいいじゃないスか。場地さんからしたら笑い事でしょうけど、オレあの時マジで全然治まんなくて大変だったんですからね? 何たって好きな人と一緒に風呂に入るんですから……あんな風に反応しちまうくらいあの頃のオレは若かったんですよ」
きっと背後では拗ねた顔をしているのだろうと声色から察した。でもまだ悪戯心が収まらないオレは、少しだけ千冬の方を振り向きながら挑発的な眼差しで見つめてやる。
「へぇ? んじゃあ大人になった千冬はオレと風呂に入っても、もうおっ勃てねぇんだな?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら少しだけ尻を後ろへと押し付けてやれば、鳴りを潜めていた千冬のソレがぴくりと反応する。何度か尻をすりすりと擦り付けていると、ふにゃりとしていたソレは硬度を持ち始め、むくりと頭を擡げ始めた。
「ちょ、場地さん……っ、あんま悪ふざけが過ぎるとどうなっても知らないですからね」
オレの挑発から逃げるべく腰を引く千冬だったが、生憎この狭い浴槽に逃げ場はない。立とうにもオレが立ち上がれないよう脚に体重を掛けているから無理だろう。
「あの時の千冬のちんこ、カワイかったなぁ?」
「っ〜〜場地さん! 恥ずかしいんでもう忘れてくださいってば!!」
千冬を揶揄うのは愉しい。こういう反応が面白くて癖になるのだ。愉快だとばかりに声を上げて笑っていたら突然腰の辺りをガッと掴まれた。驚いて口をきゅっと閉じたオレの耳元で千冬がねっとりと囁く。
「場地さぁん。此処でするのとベッドでするの、どっちがいいですか?」
さっきまでの揶揄い甲斐のあるカワイイわんこは何処へやら。急に雰囲気がガラリと変わる気配に悪戯心も引っ込んでいく。
「なっ、誰がヤるって言ったよ。明日も仕事あンだろーが」
「場地さんが煽ってくるのが悪いんスよ。今のはどう見ても誘ってきてましたよね」
「誘ってねぇし、千冬の反応が面白ぇのがわりぃだろ」
そう言って唇を尖らせてみるが、千冬は熱の籠もった瞳でオレを見るばかりで引く素振りはなさそうだ。こうなれば逃げるが勝ちと思い直ぐさま立ち上がろうと足に力を込めたが一歩遅かった。いつの間にか千冬の腕が腰に周されガッチリとホールドされている。今度はオレの逃げ場がないらしい。振り向いた途端、柔らかな感触が唇を襲った。唇を舐めたり、何度も下唇をやわく食まれて弄ばれる。
「っ、まて、って……はぁ、……シねぇって言っただろ」
「煽った場地さんが悪いです」
「……千冬のタコ」
「タコでもイカでも何でもいいっすよ。ほら、こっち向いて?」
「んっ、」
千冬の顔を恨めしげに見やれば、顎を掬われてまた唇が重なる。僅かに開いた唇の隙間から熱を持った舌がぬるりと挿し込まれてしまえば、あとはもう何も考えられなくなるくらい口内を犯されるだけだ。唇から漏れる水音と、身体が動く度に揺れる湯船の音が浴室内に響く。
「場地さん、かわいい」
「、ッ」
顔も身体も熱くて仕方ない。逆上せそうだと頭の片隅でぼんやり考えていると、千冬がオレの身体を持ち上げるようにして湯船から立ち上がる。
「このままだと逆上せちゃうんでベッド行きましょっか、場地さん♡」
瞳をギラつかせながらもニッコリと微笑みかけてくる千冬の様子に諦めがついた。どうやらこのまま食われる他ないらしい。明日大学が休みで良かったと心底思いながら、あの頃よりも大きく成長した千冬に寝室へと連れて行かれるのだった。
尚、ちんこのデカさについてもまだ勝てていないオレであった。