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    k_kirou

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    k_kirou

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    ここから地獄に行きます

    早兵逃避行IF1 青い月の夜だった。
    「た、隊長……冗談、ですよね?」
    「京介。君は――私だけのものだ……!」
     日本の敗戦、そして自らの失脚を悟り、陸軍超能部隊を率いる早乙女は兵部に銃口を向けた。深い考えがあったわけではない。ただ、これまで積み上げて来たものが呆気なく失われる絶望があった。その絶望により衝動的に彼を――兵部京介を手に掛けるしかないと思ったのだ。
     もしこれが衝動でなければ早乙女はもっと上手くやっていただろう。自分を信頼している少年の寝首を掻くなど容易いことだ。権謀術策渦巻く軍部で相応の立ち回りをとってきた早乙女にとってその程度、策と言うまでもない。
     だが、彼は大きな流れに無力だった。切れる手札を全て出し尽くし、手元に残ったのは少年ひとり。彼には、全てを覆す能力があったかもしれない。だが最後の一枚で盤面を変えたとしてもそこに早乙女の居場所はない。それならば、これを誰かに渡すくらいなら、自らと共に破り捨てて盤上から降りた方がいくらかマシというものだ。
     かねてより思い詰め、しかし取るべきではないと律し続けていた選択肢が絶望によって抗い難い衝動となった。後も先もない、彼が唯一持つ銃という力の引き金を絞る。反動と共に、過ちを悦ぶ甘美な想いが心を満たす。
     しかしそれは一瞬のことだった。
    「――っ! 隊、長……!」
     超常能力者ではない早乙女にすら感知できる強さで兵部の念動力の盾が展開される。銃弾は呆気なく勢いを失い、弾かれもせず床に転がる。
    「何故だ、京介。何故……」
     彼は確かに拳銃の弾を防ぐだけの能力を持っている。だが彼が止められるはずがなかった。兵部は心の底から早乙女を信頼しているのだから、裏切られた絶望のまま凶弾を受けるはずだ。少なくとも早乙女はそう確信していたからこそ、こんな馬鹿げた選択をしたのだ。
    「……隊長、銃を下ろしてください」
    「…………」
     銃弾を防いでも兵部は警戒を解かなかった。不可視の盾は未だ展開されたままだ。彼を殺すのは最早不可能だろう。
     緊張した眼差しが早乙女を見詰める。その中に絶望はなかった。さりとて敵意もない。戸惑いと、迷いと、不安、そして寄せられる信頼。早乙女のよく知る兵部のものだ。彼はここにきてもまだ意志と希望を失っていない。
     だがそれは彼がまだ子供だからだ。大人である早乙女にはもう未来など見えない。緩慢に銃口を自らに向ける。彼を手に入れることが叶わないのなら一人で逝く他ない。
    「……さようなら、京介」
    「隊長!」
     室内に拡散していた念動力が迸る。
    「っ!」
     早乙女の手にあった銃が弾け飛ぶ。床に放り出されたそれは二度と弾丸を撃ち出せない形に変形していた。
    「どうして。どうしてですか、隊長」
     自決も封じられ、早乙女に抗う手段は無くなった。それでも兵部はまだ警戒を残したまま、膝をついた早乙女にゆっくりと近づいた。
     突然のことで、衝撃を受けたのは事実だ。隊長がこんなことをするはずがないと信じたかった。
     接触感応能力にも目覚めていた兵部は、能力の扱いに不慣れな時期に透視して知ってしまった早乙女の感情を十分に承知している。彼は自分たちを――とりわけ自分を、愛している。だからこの凶行に及ぶだけの理由があるはずだ。
     力なく項垂れ、断罪を待つ早乙女の肩に触れる。能力を使って思考を読み取る気はない。彼の口から聞きたかった。
    「教えてください、隊長。何があったんです……?」
     兵部にとって、早乙女は全てだ。戦局が悪化し、仲間を失う中で家族である超能部隊を守り通してきた家長だ。子供の兵部やはぐれものの仲間達には分からない、難しい「大人の社会」を渡る能力のある強い人だ。
     その彼がこんな風に思い詰めてしまったのなら、支えるのが家族ではないだろうか。
    「…………未来の君は、美しかった」
     絞りだすように早乙女は言った。
    「え……?」
    「君は……若く美しいまま……そうだ、今と変わりない姿で……あの未来に……」
     早乙女は銃を向ける前、兵部に未来予知について語った。それによれば兵部が能力者達の先導者になり世界を滅ぼすという。その姿が若い、今のままだと言うのだ。
     だがそれは、兵部がイルカ達に見せられた未来とは異なる。兵部の知る未来では愛する人に撃たれる美しい女性――破壊の女王が超常能力者を率いていた。そこに兵部自身の姿はなかった。
    「あの、隊長」
     知っていることを話すべきだろうか。けれどあれは、黙っているべきことのような気がしている。イルカ達が兵部にだけ見せた意味があるはずだ。
     何も言えずにいる兵部を早乙女は見上げた。
    「京介……君は私の作り上げた最高の……能力者なんだ……」
     世界を見ても今や兵部に並ぶ超常能力者はいない。あらゆる能力を扱うことの出来る超常能力脳幹細胞という天性の資質に命を落とした仲間の力を受け継ぎ、彼は過去に例のない存在になった。精神的に未熟な部分はあるが、それはいずれ時間が解決するだろう。
     それが手に入らない、奪われるくらいならば、いっそ。
    「僕と、心中したかったのですか」
     力なく早乙女が頷く。
    「私は全てを失う。もう君の隣にいることは出来ない」
     兵部は早乙女の傍らに膝を付き、静かに首を振った。
    「あなたが望むならどこへだって行ける」
     この力があれば何にでもなれると兵部に教えたのは早乙女だ。暴走事故で死んだ母と能力を否定した父は兵部を残して逝った。敬愛する早乙女にまで置いていかれたら、一体どこへ行けばいいというのだろう。
    「僕を信じてください。隊長」
     信じてくれるのならどこまででも飛べる。この愚かな戦争を止めるには兵部一人の力では足りなかった。それだけ人間の作り出した兵器の力は強大で、国や組織に立ち向かうにはあまりに無力だった。無辜の人々を守ることは出来ず、世界は変えられなかった。
     だが、目の前の男の心と体を、夢を守ることはまだ失っていない。
    「……私を許してくれるか。京介」
    「はい。一緒に行きましょう。隊長」
     こうして、彼らは姿を消した。残された仲間すら捨て、疲弊した軍当局の目を逃れ、足跡を残さず、闇の中へ。
     後には壊れた拳銃だけが残された。
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