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    k_kirou

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    地獄が決定してきた回

    早兵逃避行IF5 同盟者の手引きを経て兵部たちが山奥の邸宅へ辿り着いた頃にはとっぷりと日が暮れていた。念動力と瞬間移動を使えばもっと早い時間に着くことも出来ただろうが、不測の事態となれば長時間の逃走を余儀なくされる。突入までは消耗を最小限にしておくのが早乙女の方針だった。
     幸いにも空は晴天の満月で、灯りを持たずとも青い月が冷え冷えと光を落としていた。鬱蒼とした木々の影から、静かに佇む屋敷を望む。
     手入れが行き届かず放置された庭木こそ荒れ果ててはいるが、一見してあの日のままだ。夏にここを離れてから半年と経っていないにも関わらず、兵部の胸には重い懐かしさが込み上げていた。
     その耳に早乙女が低い声を寄せる。
    「目標は伊號装置の奪取。灯りはないが中に警備の者がいる可能性が高い。どういった組織かも不明だ。しかし――もし余裕があるのなら他の物資や資料も回収したい」
    「はい」
     あの日は逃げるように屋敷を後にした。殆ど何も持たず、残してきたものは多い。ここは兵部たちの温かい家だった。
     上着越しに胸元を握り込む。長く親しんだ生地の感覚が心強くも痛くもある。
     兵部は旧軍への反逆者として活動する時には早乙女の意向で軍服を着るように言われ、作戦前に着替えていた。こうしていれば自分たちの識別になり、相手に敵対の意志があればすぐ攻撃を仕掛けて来るであろうし、少しでも同情の心があればそれと分かるだろうとの意図だ。
     気を引き締めなければならない。思い出がどれだけ忘れ難くとも今から行うのは作戦行動だ。
    「外壁に近づき安全確保の後、感応能力で全館を走査。装置の在処を確認したら瞬間移動で侵入し、これを確保する」
    「了解」
     全て変更はない。ここへ着く前に予め聞いていた通りだ。
     成長過程にある兵部の接触感応能力は未だ不安定で、広域が対象となると相手に高度な超常能力者がいた場合、兵部の能力では見つけられない可能性が高い。それならばある程度目星のつけやすい伊號装置の所在を確実に突き止め、何かあれば練度の高い念動能力で強行突破する方が手堅い。
     兵部の能力を熟知した早乙女の指示は的確で明快で、迷う心を落ち着かせる。
    「――行きます」
     死角となる壁際へ早乙女を連れて瞬間移動を行い、壁に手を触れて狙いをつけた場所に意識を集中させる。間取りを透視する必要はない。それは既に頭に入っている。どうやら装置はあの日から場所を移されていないらしい。危惧していた警備の人間も部屋から離れた詰所に居るだけだ。それも眠っているのか、気配はごく弱い。
     兵部は無言で早乙女に頷き、再び瞬間移動で音もなく邸内へ侵入を果たした。
     窓から差し込む月光、床を這う電線管、締め切った部屋に揺蕩う空気の匂い。季節が変わるだけの時間が過ぎたはずだが、何もかもがあの日のままのように感じられた。伊-八號の装置を撫でる早乙女の横顔すら、背広姿という違いはあってもあの再演であるかのようだ。
     ここから全てが始まり、終わり、そしてもう一度始めたのだ。
    「…………。あの、隊長、少しだけ僕の部屋に行ってきてもいいでしょうか」
     もう一度付近を透視したところ、人の気配が無いことは間違いなかった。早乙女がこの部屋から必要なものを見繕う間、いくらかの私物を取ってくるだけの時間はあるはずだ。どの道、伊號装置が消えたとなれば明日の朝には侵入が露見する。それならば父親の形見である懐中時計と在りし日に部隊の皆で撮った写真を持ち出したかった。
    「行っておいで」
     早乙女の柔らかな声に胸を撫で下ろす。今の早乙女はそれを禁ずるかもしれないと思っていた。
     念のため、平時より慎重に意識を空間に向かわせる。瞬間移動の座標を定め、転移しようとした間際、自分のものではない揺らぎを感じた。
    「――っ!」
     窓の方だ。慌てて気配が現れた場所を振り返る。
     真っ先に目に入ったのは月光に輝く白銀の髪。嫋やかな洋装に強い意志の宿る瞳をした女性。様変わりしたとしてもその人を違えることはない。
    「不二子……さん!?」
     早乙女の話では死んだと聞かされていた。
    「久しぶりね、京介」
     姉弟の喜ばしい再会とは思えない鋭い視線が向けられる。それは兵部を素通りして隣に立つ早乙女に向かった。
    「やぁ、蕾見くん。生きていたのかい」
     不二子は答えない。ただ敵意に満ちた目で早乙女を睨み続けている。
     確かに兵部も、そして早乙女も彼女の死亡を確認していなかった。早乙女がそう仕向けたと聞いて、負傷して無防備な療養の身だった彼女は当然――と思い込んでいた。早乙女の方は幾ばくか生存の可能性を考慮していたのか、特に驚いている様子はない。
     知っていたのではないだろうか。この屋敷の情報を得て、不二子について何も分からないというのはあり得ない。
     嫌な想像に背中を冷たい汗が伝ったが、今はそれを考えている場合ではない。
    「不二子さん、どうしてここに……?」
     兵部の問いには答える気があるようだ。早乙女に注意を残したまま、不二子は兵部を見た。
    「……京介。あなたが居なくなった後、あたくしは占領軍と手を組んだわ。あなたはきっと生きていて、帰ってくると信じてこの屋敷だけは守り通しました」
     相当な苦労をしたことは想像に難くない。すっかり変わってしまった髪の色がそれを物語っていた。
    「ここはあたくしたちの家。たったひとつの帰る場所ですもの。だけど――」
     不二子の手に拳銃が現れる。
    「その男は危険よ! 京介、私と来なさい!」
     銃口は真っ直ぐに早乙女に向けられた。
    「待って、不二子さん!」
     早乙女を庇うように兵部は前に出る。
    「そいつは、あたくしたちを――仲間を、殺した裏切り者なのよ!」
     悲痛な叫び声だった。彼女の全てが弟だけは守りたいと訴えていた。
     兵部には、不二子を説得するだけの言葉がない。間違っているのは兵部の方だ。弁解の余地はない。今となっては兵部も早乙女以外の何もかもを裏切った身だ。何を言っても彼女を傷つける。
     相対し、敵対するしか出来ない。
     震える不二子の指ではたとえ引き金を弾いても、早乙女に弾丸を当てることは出来ないだろう。だが、不二子も瞬間移動の能力を持っている。芥の奇襲攻撃同様にいつでも死角に移動し、至近距離から発砲できる。そうなれば兵部の盾も意味がない。
     不二子にとってもそれは同じだった。目的は早乙女の手から兵部を取り戻すことだ。そして早乙女を然るべき裁きの場へ連れて行く。それが彼女にとって仲間への弔いだ。しかし兵部の様子から、彼がどういう事情か早乙女に心酔していることは見て取れた。裏切りを告発しても動揺しない、ということは既に知っていたのだろうと察しがついた。
     兵部と正面からやりあっても敵いはしない。能力の優劣は兎も角、お互いに本気になれない以上、組み合うことになれば負けるのは女の不二子だ。
     譲れず睨み合う、均衡を崩したのは早乙女だった。
    「京介」
    「――っ、隊長!」
     静かに呼ばれた名に兵部が警戒を忘れて振り返る。
     その声はいつもの声だった。兵部に相手を殺すように命じる時の声だ。
     早乙女は不二子を殺せと、兵部に命じている。
     どうして、どうしてこうなった。何故彼は顔色ひとつ変えずにそれを口にする。生き延びた彼女を仲間にするでもなく、葬ろうとする。
    「脳を狙いなさい。高度な能力者は脳を破壊しなければ暴走の危険性がある」
    「早乙女、あなた……っ!」
     兵部のただならぬ様子に呆気に取られていた不二子が構えを改める。漏れ出た念波が戦闘を厭わないことを示す。
     兵部は唇を噛み、不二子に向き直った。
    「不二子さん、ごめんなさい。僕は全部知っているんだ。それでも僕は隊長を――信じたい」
     視界が滲んだ。それでも超感覚での空間認識の補助があれば照準を誤ることはない。銃を模した右手に左手を添え、念動力を指先に集中させる。
    「京っ――」
     二度、三度、不二子の額を撃った。鮮血が飛び散る。そこはかつて兵部が撃たれた場所だ。倒れた不二子は身動きひとつしなかった。
    「よくやった、京介」
    「行きましょう、隊長。もうここにはいたくない」
    「……わかった。資料を回収するから少し待ちたまえ」
     硬い生地の袖で目元を拭う。
     眩む頭で見回した部屋で写真立てが目に入った。中身は兵部が持ち帰ろうとした集合写真と同じものだ。それを手に取り、そっと伏せた。もう持っていきたいという気にはなれなかった。
    「……さようなら、姉さん」
     伊號装置はそれなりの質量だ。事前の手筈通り、持てるだけのものを持ち、兵部と早乙女は蕾見の別邸を去った。

     青白い月光の中、後に残されたのは不二子の亡骸――ではなかった。血塗れの影がゆっくりと起き上がる。
    「……っ、あのバカ!」
     ぬめる額に手を当てる。不二子は確かに兵部に額を撃たれた。だが瘤が出来ている程度で裂傷すら無い。この血はテレポートで不二子の体内から抜き取ったものだ。量から考えれば兵部のものや外に待機させている警備員の分もあるだろうか。急激に貧血状態に陥ったところに集めた血液ごと額を撃たれてバランスを崩して昏倒した。
     不愉快な汚れをスカートを千切って拭う。
    「それにしてもここまで能力の制御ができるなんて……」
     負傷から回復して、生き延びるために不二子も能力を伸ばしてきた。だが、兵部のそれは到底追いつけない域にあった。あれだけ感情が乱れていながらこの精度は尋常ではない。
     最早手段を選んでいられない。
     今の早乙女が何を考えているのか分からない。不二子とて、かつては彼を自分たちの隊長として――頼れる大人として信頼していた。だが、逃げ延びた後に彼が仲間を裏切ったかもしれないと知って冷静ではいられなかった。そんなことは何かの悪い間違いで、消息不明となった兵部も何か事情があって彼と共にいなくなったのだと思いたかった。
     義弟の行方を捜すため、真実を確かめるため、藁をも掴む思いで方々へ手を伸ばした。父の伝手も、卑怯な手段も、使えるものは何でも使った。
     得られたのは冷たい事実だけだった。今日までは彼が上手く言い包められて利用されているのではないかという一縷の望みを抱いていたが、それも潰えた。
     あの男は兵部に自分を殺させようとした。彼と共にいて兵部が幸せになれるわけがない。早乙女が兵部を見る目はそれだけ恐ろしいものだった。
    「京介……」
     兵部を止めなくてはならない。たったひとりの弟なのだ。もう何一つ、大事なものを失ったりしたくない。
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