如月42月23日
ユーリから日本での活動のスケジュールを聞いた。MZD主催のパーティ絡みの収録は向こうでやることが多い。まだ少し先だけれど、テレビとラジオの予定。
特に断る理由もないし、詳細はお任せして僕は予定通り六の家に先に行っておく。いや、帰る。
「と、いうことなんだよ」
電話で家主に報告したら、向こう側から考えるような声が返ってきた。
「どうかしたかい」
『ちょっと待ってな』
電話機を肩に挟んで、ぱらぱらと紙を捲るような音が聞こえる。それだけのことに耳をそばだてる。寂しいとかじゃなくてね、面白いから。
『それ、俺も呼ばれてる現場だ』
「あらぁ」
僕も彼も常連で、出会ったのだってその縁だからこういうこともある。何年かに一度ぐらいの調子だし、インタビューなんかだと当然時間は違ってくるから後から知ったりするのだけど、今回はテレビだ。つまり共演。
僕は少しだけ困ってしまった。
……どうやってテレビ局まで行こう。
「一緒に行く?」
『そう、だな……?』
近くで会ったから一緒に来ました、なんて白々しいかな。ユーリとアッシュのことは気にしなくていいんだけど、僕らの関係は世間的に秘密でもなく公でもない。だから同じタクシーから出てくるのはちょっと奇妙だ。
『ま、どうにかなるだろ』
「そうだね。まだちょっと先だ」
それじゃあ明日帰るよ、そういって電話を切った。
2月24日
「何でお前は……」
呆れる六に僕は珍しくちゃんと申し訳なく謝った。半笑いになってしまったのはご愛敬ということで顔の前で手を合わせる。
彼も怒っているということではない。まぁ怒れないよね。
僕はメルヘン王国に財布を忘れてきて無一文で日本に着きました。現金はおろかカードその他一式置いて来たからお金を下ろすことも出来ない、とか。
「……俺ん家までどうしたんだよ」
「電子マネーって便利だよね……」
携帯端末は流石に持っていた。オートチャージなのを幸いに、それが使える交通機関とかタクシーとかを使えば案外なんとかなるものだ。だけど電子は電子、現金に換えることは出来ないのだ。
「連絡は入れたから、ユーリ達が日本に来る時に持ってきてくれるって」
都合のいいスケジュールで助かった。六の家でゆっくりしていれば当面、現金が必要なことなんてないだろう。
六はうんとため息を吐いて自分の財布を取り出した。紙幣を数枚、僕に差し出す。
「いいの?」
「いいも何もないだろ。ちゃんと返せよ」
使ってない財布、どこかにあったなと物入れを探し始める。
「ヒヒッ。身体で返すね?」
「阿呆」
嘘々。ちゃんと覚えておくよ。
僕は沢山六に厄介になっているんだ。
2月25日
寒いと身体を動かさない。寒いと縮こまってどうにか暖を取ろうとする。寒いと……つまり肩が凝る。
「どういうわけだよこれは」
頭が痛いと訴える僕の首や肩に触れて撫でて揉もうとして、六は言った。素人なりに身体メンテナンス知識のある彼曰く、凝り固まってどうしようもないらしい。
「湿布……温湿布あったっけな」
鍼とか灸とか、そういうところへ行った方がいいかもしれないとまで言う。
「なら温泉行こうよ。暖かいし」
「そんな度々贅沢出来るかよ。ま、銭湯なら行ってもいいな」
「そうしようそうしよう。……いたた」
ズキズキと煩わしい痛みが頭の奥で反響する。眉間に皺が寄っている自覚はある。ついでに肩だって腰だって気が付いてしまうと痛い。
「……まずは頭痛薬か?」
「そうだね。手始めに君、くっついて温めておくれ」
それが多分一番効くよ。多分ね。
2月26日
六のことを可愛いと言うときっと怒るのだろうけど、僕は彼を可愛いと思う。姿形はそれはもう大の男で、見てくれだけで言えば当然僕の方が可愛いに当てはまるに違いないけど、こうして一緒に暮らしている日常の些細な仕草には僕なんかよりずっと可愛げがあるのだ。
例えば、そう。
もう温かくなってきたからと昼間に窓を開ける。次にそこを通りかかった時に、まだ寒いのに何故窓が開いているんだ、きっとスマイルが開けたに違いないというような顔をして窓を閉めて、部屋を見回して首をすくめる。
忘れっぽいわけじゃないのに、どうしてだろうね。
その窓は君が開けたのだと、僕は教えてあげない。
「暖房、つけておくかい?」
「寒いならつけろよ」
「どうせ夜には寒くなるさ」
少し考える、その顔も幼く見えて可愛い。
「それもそうだな」
僕は頷いて、余分に開いている障子も閉めて暖房をいれた。
また気が向いたら色々なところを開けておこう。それが出来る季節だ。
2月27日
新聞を傍らにチケットぐらいの小さな紙を繰り、僕は頷いた。
「六、当たったよ。宝くじ」
それは彼が買っていたものだ。
「おう幾らだ? 億万長者になれたか?」
たまに俗っぽいことも言う。
「なったらどうする?」
「そうだなぁ。豪遊して、後は、どうもしねぇな」
「だろうさ。三千円ね、当たり」
「三千円かー」
収支はプラスで豪遊するにはささやかだ。
六は顎を手に少し考えた。頷いて、僕に言う。
「ちょっと駅前に行ってよ、そいつを引き替えてスーパーでなんか美味いもの買って来てくれよ」
「ふむ。鍋かい」
「そうだな、鍋なら何でも入る。野菜は家にある分で足りるはずだ」
「心得た」
つまり普段の食事を豪華にしようという魂胆。僕は大賛成だし、幸運のご相伴に預かるなら小間使いぐらいして来ようとも。
宝くじには夢が詰まっているねぇ。
2月28日
カレンダーを見た。今月はもう終わるとあった。
うるう年ではないので二十九日は存在しないのだ。そしてもちろん、二月であるので三十日だとか三十一日だってない。早いものだ。一年で最も早く終わる月。
「二十九日というのは僕のようだ」
「その心は」
六は興味なさそうに湯呑を傾けながら言った。
「あったりなかったり。いたりいなかったり」
「落第」
こいつは手厳しい。
「お前は透明になれるだけで、居なくなったりはしねぇだろ」
「おや、まぁ」
嬉しいことを言ってくれる。
「うるう年ってのは、四年分の余分を一日にして帳尻を合わせようってことだ。そっちの理屈で言うんなら合格をやったかもな」
僕だってそれくらいのことは知っているさ。けれどもこういうのは語感が大事でしょう?
見つからなかった僕を見つけてくれるなんてロマンチックで好きだけれど。
「僕の誕生日、二十九日にしておけばよかったかな」
「なんだよそれ」
意味の分からないことを僕が言う。六が笑う。
それで短い二月は満足さ。