兵部吸血鬼パロ2絶海の孤島、切り立った崖の内に緑の森と棄てられた古城が聳える地図に無い楽園。それが僕ら『パンドラ』の本拠地だ。
吸血鬼と人間の共存に異を唱える吸血鬼至上主義集団にして、ヒト社会から追われたはぐれ吸血鬼の最後の砦。
「ああ良い気味だ。『バベル』の奴ら、いつまでも気付きやしない!」
当世において純血種――つまり人間との混血でない吸血鬼は稀だ。伝承通り、強大な力と引き換えに弱点の多い純血種は先の大戦で絶滅したとされている。それは間違ってはいないが、正確でもない。
ヒト対ヒトの戦争で多くの吸血鬼が所属国の戦力として投入され、命を失った。その一方でヒトから混血以外の要因で純血種同等の吸血鬼に成った者がある。
それがこの僕、『パンドラ』の首魁・兵部京介だ。
純なる吸血鬼は流れる水を渡れない。だから海に拠点があるなどと考えもしない!
ちょっと調べれば戦時中の僕が日本国外で活動していたことくらい分かるのに、奴らはそんなことも調べられないらしい。
「なぁ、次の住処は船にしようぜ」
「……少佐。戯れは程々に」
「戯れじゃないさ。ましてや道楽でもない。何のためにお前をまだ人間で置いていると思ってるんだ」
「人間、ではありませんよ」
「うん、僕にしちゃ変わりない。ヒトじゃないけど人間、だ」
僕の腹心の真木は実にいい奴だ。
これが子供の頃に混血児としてはぐれていたのを拾って、僕はこんなことを思いついた。「吸血鬼だけの楽園を創ってやろう」ってね。
混血は僕と違ってヒトのように年を取る。拾った時はまだ子供だったこいつはとっくに僕の背を追い越して一角の大人の図体に育った。
「いつ、吸血鬼にしていただけるのですか」
「もう少し待てよ。お前はもうちょっと老けた方が貫禄が出る」
子どもの頃に成長を止めちゃ、ろくなことがないからな。色々不便だし。
そうして宥めすかして、真木はまだ混血の、人間みたいな吸血鬼のままだ。
純血種がヒトや混血種と血を分け合って眷属にすれば幾らかの弱点と引き換えに純血と同等に近い力、つまり規格外の超常の能力と、永遠の生命を得る――と、文献にはある。
さて、僕のようなイレギュラーの血にも同じ作用があるのか、やってみないことには分からないが可能性は無くも無いのだろう。
真木は深く溜息を吐いた。
「あなたのことだ。気長に気まぐれを待ちます」
「うん。そうしたまえ」
養い子はネクタイとシャツを寛げて、僕の前に首を差し出す。
時計を見てそんな時間かと合点した。
純血の吸血鬼の特性を持ちながら僕が克服できなかった弱点のひとつ、血を得なければ生きられない。でなければ気が触れるような渇きに何年ものたうち回ることになる。かつての純血種のいくらかはそれで太陽の下に身を躍らせて死んだという。
「それじゃあ」
下げられた頭に触れ、長く、癖の強い髪に指を絡める。彼の固有能力で織られた炭素繊維だ。
晒された首には二つの牙の痕が並ぶ。僕がつけた、消える暇もない吸血痕。
僕らは十分に知っていることであるが、混血の血はヒトよりか腹持ちが悪い。故に頻回の吸血を要するし、こと純血に近い能力を持つ僕は多くの血を欲する。混血種向けの血液製剤なんかじゃとても足りない。
だからこの楽園の子たちは僕の庇護と引き換えに求めに応じてくれて、真木はその筆頭。
「少佐、」
背徳に牙を突き立てる。違わず重ねた傷跡に触れる時、僅かな身動ぎがあった。赤い生命が分け与えられる。
聡いこの子はもう分かっているのだ。僕は誰も同族にする気なんてない。