姉弟パーティー潜入捜査のアン兵 潜入捜査で重要なのはただ1点、怪しまれず目的を果たすこと。映画や何かでは正体が露見して騒ぎになるようなスリリングな物語が好まれるが、あれはエンターテイメントだからだ。実際は潜入されていたことすら気付かれずに引き上げるのが上策、である。
「……兵部!? それにバベルの……!」
「静かにしろ、馬鹿!」
思わぬ顔に騒ぎ出す口を慌ててサイコキネシスで締め上げ、つくづく潜入捜査に向いてない男だ、と兵部は悪態をついた。
その隣から不二子が顔を出す。ドレスを身にまとって兵部の腕に手を置く姿はどこからどう見てもパートナーと共にパーティーへ訪れた嫋やかな女性だ。
「いいじゃない名前くらい。あたくしたちは正式な招待客よ。身元だって偽ったりしてない。久しぶりね、アンディ・ヒノミヤくん。あなたはお一人?」
*
さる資産家のパーティーだった。
表向き、東アジア某国で急速に成長する新鋭の企業のオーナーとされている主催者には黒い噂が絶えない。例えば強引な土地開発、軍事企業との不必要な繋がり、レアメタルの不正取引――。
インパラヘン王国から情報提供を受けた不二子は臨月にある国王夫妻およびマサラの名代として主催者に近付くことにした。
「わざわざ潜入なんかする必要ないだろ。情報なんかちょっと行って盗ってくればすぐじゃないか」
「そっちはね。でもこれは私たちの問題じゃないから」
「……まぁ、借りはある」
確かに主催者の噂は気掛かりなものであるが、端的に言えばバベルやパンドラが積極的に手を出すような案件ではない。世界中のどこにでもある小さな懸念事項のひとつだ。
今回、兵部と不二子が動いたのは先般のビーモス事案の折に立場を越えて加勢に加わったマサラへ礼をするためだ。となれば彼女の国が「使える」形で情報を得なければならない。
故に正々堂々の潜入捜査として、二人はカップルとしてこの場を訪れた。
まさか知り合いと出くわすとは思わずに。
*
ターゲットとなる主催の到着を待つ間、不二子は他の招待客達に囲まれて楽し気に談笑していた。今回はプライベートとはいえ、バベルの関係者で、インパラヘン王国の代理で、美しい女性である。こういった場では自然と引く手数多、彼女の方も情報収集に都合が良いという塩梅だ。
一方で男二人、兵部とヒノミヤは暇を持て余して不二子と付かず離れずの壁際で周囲の観察に勤しんでいた。
「別に兵部がいるのは驚かないんだけど、なんでまたあの人と」
「成り行きだよ。いつものわがままさ」
「いつもの、ね」
「君こそ。また財団のお使いか」
「犬みたいに言うなよ。俺だって働いてんの」
まともで当たり障りのない社交というものは二人には不向きである。おまけに今日の招待客達は経営者だの実業家だの、彼らとは畑違いの者達ばかりで聞き耳を立てていても面白い会話などどこにもない。
「仕事ならこんなところで油売ってていいのか」
「ああ、本当ならあっちこっちに尻尾振っておくつもりだったんだけど、予定変更。お前らに付いてた方が間違いない」
「賢明な判断だが、貸しだぞ」
「働いたらチャラにして?」
「言ってろ」
ヒノミヤの、正装に合わせつつも眼帯が目立たないように整えた髪型は新鮮で、片側から寄越される視線に兵部は馬子にも衣装だと思うことにした。公平に判断するのなら、世間的に見てヒノミヤの顔立ちは整っている方だ。身なりも親切な職場の指導の賜物か、野暮ったいところはない。普段からこういった場にも出入りしています、という精悍な佇まいだ。
そうこうしていると、いかにも話しかけたいという素振りの年嵩の女性が近付いて来た。それに気付いて婦人が口を開くより前に軽く手を上げる。
「ああ、失礼マダム。彼と商談中でして。お誘いなら後ほど」
誰に似たのかどこで覚えたのか、断り文句すらスマートだ。
それでいて兵部にはへらへらと笑いかけるのだから成長が無いとあらぬ烙印を押してやりたくもなる。
「……モテて嬉しいか」
「お前は意外と声掛かんねぇのな」
「年齢層だよ。あと一緒に来た相手が悪い」
妙齢の女性には絶大な人気を誇る兵部であるが、今日のパーティーの参加者は二十代後半のヒノミヤが年少の部類に入るほど中高年が目立つ。加えてさきほどまで恋人には見えない間柄の年上の女性――明らかに身内をエスコートして歩いていたのであれば掛かる声も掛からないというわけだ。
「あの人が僕を弟だって言い触らしてるんだ」
「ご愁傷様」
もうちょっと若ければまだ子供としてちやほやされたんだけど、と兵部は半ば自棄になって漏らした。
その顔をじっと見て、ヒノミヤは思案する。
「何だ」
不躾な視線を咎めて睨み返されたが、そんなものには慣れている。それよりも、
「今日のあんたマジで未成年に見える」
兵部の表情が不愉快で歪んだ。
「僕を誰だと思ってるんだ。いつもと変わらないだろ」
「服」
「ああ、この服ね。君も似たようなの着てるじゃないか」
「あと、顔」
「顔!?」
声を荒げ、ヒノミヤに詰め寄るように身を乗り出した兵部のグラスが揺れ、中身が零れそうになるのを肩を押さえて慌てて止めた。薄い黄金色をした微炭酸の液体はこういった場で定番のアルコール、ではないのだろう。
それをさもアルコールであると思わせ、常人には計り知れない不思議な、ある種の近づきがたい雰囲気を纏っているのがヒノミヤの知る兵部である。外見上は未成年であると知っていても、立ち居振る舞いがとてもそうは思わせない。そのはずの彼が今日はどうにもおかしく、年相応なのだ。
その原因をヒノミヤは表情に見た。
だがこれ以上の説明は兵部を怒らせるだけである。
いかにも「子供っぽい」対応をしてしまった自分に気付き、兵部は居住まいを正した。
「最初から君にすればよかった」
失敗を語るような声色に今度はヒノミヤの頬が感情通りに緩む。
「俺と来たら良かったって?」
「違う。不二子さんの相方役」
「いやそれは……立場ってもんがあるだろ」
思わず漏れた舌打ちは何への苛立ちか、兵部自身もはっきりとはしない。ヒノミヤの指摘する通り、思慮の足りない未成年の如くである。
「それに俺、あの人エスコートできる気しねぇって。させられるならともかく」
「僕も似たようなもんだ」
そろそろ商談には見えなくなってきただろうか。先ほどの女性が未だにちらちらとヒノミヤに話しかける機会を窺っている。
「余程気に入られたんだな」
「勘弁してくれよ」
バルコニーに控室、どこにでも行き場はあるが、さて不二子の方はどうだろうか。
「やっぱり潜入捜査なんか向いてないな」
兵部の視線に、行くなら早く行きなさいと姉の目配せが答える。
「いいのか? ターゲットとの接触とか」
「そんなのどうにでもなる。僕達は僕達らしく裏側から、だ」
会場内は多くの会合施設がそうであるように超能力対策が施されている。しかし汎用的な対策など兵部の能力にかかれば何の意味も成さない。
「警戒と護衛は任せる」
「マジ?」
「派手なことしたら怒られるんだよ。女王とか、姉さんに」
ヒノミヤは早足で広間を出ようとする兵部の後を目立たないようにゆっくりとした大股で追いかけた。面倒な仕事になりそうだ、と思いながら。
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姉弟没シーン
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多様化が叫ばれて久しい世の中ではあるが、格式あるパーティーとなれば男女のカップルで参加することが世界の常識だ。
基本的には夫婦や恋人。そうでない場合、年齢や立場にもよるが、親子にきょうだい、仕事上のパートナーや上司と部下なんて取り合わせもある。
「だからって何で僕が! 居るだろ、バベルの男共とか!」
「護衛が務まる相方が欲しいのよ。賢木クンは忙しいし、バレットじゃ若すぎてちょっと不自然でしょ? その点あんたならECMも効かないし」
「僕だって見た目なんかバレットと変わらないだろ」
「きょうだいで通るもの」
「…………」
彼女の口からそう、言われると断れない。
「貸しだからな、姉さん」
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不二子さんから誘っていてあの照れはないし、弟扱いもしなさそう~~と思ったので没
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冒頭の回収出来てないのと細かいニュアンス~はそのうち清書します。