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    gt_810s2

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     朝食を作れるようになったのは、銀時と暮らしはじめてからだ。油を引いたフライパンの上にベーコンを敷いて、火が通って固まり始めた頃に卵を落とす。焦げないように何度かフライ返しで隙間を作り、表面がかたくなってきたら水を入れて蓋をする。弱火で暫く待っている間にサラダの用意だ。昨日刻んで湯がいておいた人参とほうれん草を混ぜる。ツナ缶の中身と混ぜて、プチトマトを並べてから二人分の小皿に盛り付けた。
     先にテーブルに出して、様子を見ながら卵の形を整えて、皿に盛った。包丁で半分に割って、もう片方を別の皿において配膳した。万斉はそれを見て「ほう」と呟いた。
    「まさか晋助が料理が出来るようになるとはな」
    「苦手だとは言ったことねえだろ」
    「そうか? 春に調理実習で米を研げと言われて洗剤を見つめていたと記憶しているが」
    「…………余計なことばかり覚えてんじゃねえ」
     確かはじめて銀時に料理の作り方を教わった時、似たようなことで揶揄われたのを思い出した。「これだからボンボンは」「お勉強ばっか出来ても仕方ねえだろ」と文句を言いながらも嬉しそうだったことを覚えている。
    「寂しそうな顔をしているな」
     かけられた言葉を受け取らずに箸を持った。気分でかけた胡椒の辛みが、舌の上でピリピリと弾けた。万斉の家には味噌がなかった。一日に一杯は味噌汁がないと文句を言う銀時と暮らしていたから、妙にあの喉を通る出汁と熱が懐かしく感じてしまう。だがそれだけだ。かれこれ六年ほど過ごしてきたから穴が空いたように錯覚しているだけだ。時間をかけてアイツの形に削れた俺の心は、元の形を取り戻すのが難しいらしい。
     思えば奴と出会った小学生の時から、その存在が消えたことはなかった。ひょっとすると俺の心はその頃から奴の形を憶えていたのかもしれない。
    「明日お前の実家に戻ったら、明後日には引っ越しか、荷物はいいのか」
    「合鍵はまだある。……あいつがいない時に取りに行くさ」
    「流石、お互いの予定を完璧に把握していただけあるな」
     別に意図してそれぞれの行動を共有していた訳ではない。ただ自然とそうなった。そうだ、共に暮らして、同じ大学に通っていれば勝手に覚える。俺は商学部、奴は社会学部だったが、一年生の時は教養科目がよく被った。履修科目の組み合わせの自由度が高いのがうちの大学の魅力だ。学食はどちらかが席をとって置いて食べるのが通常で、それは喧嘩をして口をきいていなくても変わらなかった。だから、成り行きだ。
    「お主も素直でないな。そうだ、折角だから馴れ初めでも…………来客だ」
     万斉の言葉を遮るようにインターホンが鳴った。モニタを確認した万斉は笑って振り返る。画面には見知った顔が映っていた。
    「何用でござる」
    「高杉。ここにいんだろ」
    「さあな」
    「いいから出せ、話がある」
     淡黄蘗色の色味を持つ万斉の瞳がこちらを伺う。思っていたよりもバレるのが早かった。と、いうより、追いかけてくるとは思わなかった。来るもの拒まず、去るもの追わず。その言葉が丁度しっくりくるような男だ。酒の熱に浮かされて体を重ねた日以降も、特に俺たちの関係は変わらなかったように思える。一夜の過ちにされるのは腹が立つから付き合うことにした。それなりに出かけもしたが、好きだとか愛しているだとか、想いを伝えるようなことはなかったと思う。俺自身も、そう言葉にすることはなかった。どう伝えていいのかもわからなかった。セックスは気持ちよかった。太い指が肌を撫でる感触を、いつの間にか気に入っていた。余裕をなくして肌を染め、紅い瞳を濡らして俺を見つめる視線には、所有欲を満たされた。だがそれは恋だとか愛だとか、そういう感情なのか。せめてそうだと強く言えれば、銀時といる覚悟も出来たのかもしれない。
     あの日の夜取り戻した記憶の中の銀時も、執着という言葉とは程遠い男だったように思える。なのに俺は――――前世の俺は、銀時を縛り付けた。咎を背負わせておきながら、奴を己の中に閉じ込め、最後の最後まで、離してやることが出来なかった。終わらせられるのは俺たちしかいないと言いながら、実際、俺はそう願っていたのだ。銀時を終わらせたかった訳じゃない。俺は恐らく、俺を許せなかったから銀時に終わらされたかったんだ。そうして証明したかった。俺は最善を尽くしたのだと、その末に、この世で最も強い男に負けたのだと。その男すらどうにも出来なかった悲劇は、どうしようもなかった、俺は護りたいものを護るために尽力したが届かなかったのだ、と。己の武士道を貫き通した、俺は俺の侍を失わなかった、と。
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