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    gt_810s2

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    gt_810s2

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     高杉に決意を打ち明けてから十日が経った。こちらから連絡するとは言ったものの、それでも週に一度は会っていたはずが高杉の方から俺を訪ねてくることはなかった。珍しく気を使われているのかとも考えたが、そういう気質の男でもない。妙なタイミングで依頼が立て込んだせいで、会いに行くことも出来ない上、話し合いの準備をすることも出来ていなかった。今日だって午前中は仕事で、午後と明日休んだら、明後日にはまた浮気調査の依頼に行かねばならないのだ。
     そもそも、何を用意したらいいのかもわからない。例えば世間一般で男と女が夫婦になる時に用意するような指輪を買うといったって、俺には金もない。そもそも俺と高杉が揃いの指輪をつけるのか? デカい金剛石のついた輪っかを左手薬指にはめる自分たちの姿を見て、酷く不似合いに思う。かと言って、それは二人が「そう」であるという証明にもなるものだ。欲しいか欲しくないか、そう聞かれたら欲しい。だが、相応しいものがわからなかった。揃いの刀でも持つか。銃刀法違反だ。着物。ペアルックなんざ恥ずかしい。柄じゃない。誓いを立てるに相応しい何か。それが考えても考えても思いつかなかった。
    「銀さん、明日のごはんはどうします?」
    「おー、明日はいいわ」
    「神楽ちゃんは? どうする?」
    「いらないネ。パピーが忙しくなるみたいだから、明日は最後の晩餐ヨ」
    「神楽ちゃん、それ意味違うから。本当のお別れみたいになっちゃうから」
     年月が過ぎ、顔の造形が大人びて体格も相応に成長しても、神楽と新八は変わらない。伸びた脚を組んでソファーに肘をつき、酢昆布をボリボリ音を立てる神楽に、新聞紙の整理をする新八。歳をとるという概念が微妙な定春も、傍で舌を出して座ったままでいる。こいつらにも話しておかなければならない。だがこっ恥ずかしくて、そのままだ。高杉に話してからは、そういうことだと言うつもりはあった。何を変えるつもりもないが、ただ、俺なりのけじめとして。
    「幸せだなあ……俺ァ」
     ぽつり、と零れた言葉に、二人と一匹が俺を見た。机に突っ伏して、そのまま顔を隠すと、声だけでもわかるニタニタと揶揄うような笑みを浮かべた奴らが次々と言葉を投げかけてくる。
    「なんですか銀さん、僕らに言いたいことがあるなら言ってくれてもいいんですよ」
    「今なら私たちは焼肉食べ放題で銀ちゃん以上に幸せになれるアル!」
    「あ、僕はお通ちゃんのベストアルバムがいいなあ」
    「定春はドッグフード一年分ネ」
    「あーあーうるせえお前ら! なんも言ってねえし言いたいこともねえからあっち行ってろ!」
     散々突っつかれ、またギャーギャーと騒がしくしながら、自然と頬は緩んだ。あいつらもどこか嬉しそうで、こういうのが幸せというのだとまた噛み締めて、目頭が熱くなるのがわかった。俺は今幸福なのだと。こいつらがいて、高杉と共に生きていく道を選ぼうと出来ている。これ以上ないほどに恵まれていて、でも、これだけで終わりじゃない。それを護るために生きていける。何度も空になった懐が、こんなにも多くのもので満たされている。
     つながりの証明を物に頼ろうとしたことが愚かだったか。この万事屋の関係に、何一つ必要なものなんてない。俺たちに足りないのはきっと言葉だ。思えば最初に高杉を抱きたいと告げてから、それ以降、ほとんど言葉なんて交わしていなかった。そう、好きの一つも――――。
    「あれ」
     頭を抱えて青ざめる俺を、きょとんと音の付きそうな表情の新八と神楽が見つめている。黒曜石みたいな定春の瞳に俺の顔が映った。嫌な予感がして、心臓の音が騒がしくなる。ごくりと唾を呑み込んで、最悪の可能性が頭に浮かんで警鐘を鳴らす。
    「わり、ちょっと……俺、行ってくるわ」
    「え、ちょ……銀さん!?」
     床を踏み鳴らすと重たい音が響いて、同じように騒がしく階段を駆け下りると水を撒いていたお登勢が「うるさいよアンタ!」と怒鳴ってきたが気にしちゃいられない。とにかく行かなければならない。俺の予感が正しければ、そう、高杉のあの日の態度は照れ隠しとかそういうものじゃない。もしかすれば、いや、確実にあいつは、そう、そういう男なのだ。察しが悪いわけではない癖に、大事なことはちっとも理解しないのだ。わかっていた。わかっていたはずなのに。
     はやる鼓動をおさえ、行く人の合間を駆けて一直線。目指す場所はたった一つ、高杉の暮らす入母屋だ。早く捕まえなければ。俺は、まだ。
    ――――あいつに好きって言ってねえ!
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