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    gt_810s2

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    gt_810s2

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    『案山子が望む、最良の未来 』 私は案山子だ。

     一度はその身を預けた人――――命を賭け、目指すものは違えど一つの目的のために戦ってきた友が我々を導くためではなく突き放すために背を向けた時に、追いかけ、同じように戦うことが出来なかったのだ。
     私の剣はあの人のためにあった。彼の進む道が私の進む道であり、その足跡をなぞることが喜びだった。それが友のために戦うことで得られる幸福だと気付くまでに随分時間がかかってしまったが、確かに彼は私の希望だった。私は彼のために剣を振るい、頭を悩ませ、もてる力全てを使った。その先にどんな景色が待っていようと、目に見えるものなど何もなくとも、それでよかった。
     だからだろうか。彼がいなくなってからぽっかりと穴が空いてしまった。襲い掛かる群衆中に消えていく彼の姿を、敵だと聞いていたはずの男と背中合わせで心底楽しそうに笑う彼を見て、足を止めてしまったのだ。反射で手を伸ばすことが出来た彼女はまだいい。彼のために必死になる火が灯っていたのだ。その肩を抑え、彼の望みは我々がここで立ち止まることなのだと言い聞かせ物陰に隠れていた私とは違う。
     鬼兵隊参謀という地位に立ち、多くの者を動かした。だが私は、全くの無力だったのだ。私の名を飾るハリボテだけが形をもち、中身は臆病なただの案山子。鬼兵隊参謀の武市変平太とは結局、その程度の男だったのだ。
    「武市先輩、どうしたんスか?」
    「はい? ……あぁ、すみません。少し立ち眩みが」
    「今日暑いっスね。この先に小屋がある筈だから、そこまで頑張ってください」
    「えぇ、大丈夫です」
     額を汗が滑り落ち、指先までが重たい。腰に下げた水筒の中身は先程空になって、喉を潤してはくれない。目的地まで到達さえすれば龍穴を祀る神社があるはずだから、そこまで耐えればいい。小屋があるということは、少し休んでから十五分ほどすれば辿り着く。
    「また子さん」
    「はい?」
    「ありがとう」
     鮮やかな金髪が照り付ける陽射しを浴びて輝いている。編み笠で影が出来たとしてもその若い煌きはくすむことはない。幼い少女が好きだという己の趣味嗜好とは別として、若者特有のただそこに立つだけで放たれるパワーをなんと呼べばいいのだろうか。眩しい。もう蹲ってしまいたいと叫ぶこの老体も、自然と足が動くようだ。彼女がいるから、私はまだここに立っていられるのだ。
     心から出た感謝の言葉だったのだが彼女は少し違う捉え方をしたようで、少しだけ頬を赤らめたが「あと少しなんだから!死ぬのは早いっスよ!」と私の荷物を取り上げた。バテそうなのは自分も同じはずなのに、強い子だ。目の奥が熱くなって、こみ上げるものを唾液と共に呑み込んだ。
    ――――こっちは問題ねェ、それよりまた子の事を頼む。
    ――――あれは俺やお前とは違う。根っからの悪党じゃねェ、悪運は頼りにならねェよ。
    ――――時間がねェ、俺達ゃ先にいく。頼んだぜ。
     私が彼から託されたのは彼女であり、私が受け取ったのもまた、彼女であった。あの瞬間、確かに私たちは友として約束し合ったのだ。鬼兵隊とは、国家転覆を齎す過激派テロ組織ではない。星一つ強さを持った集団でもない。道に迷った少女一人を救うために生まれた、友が友のために戦う、なんてことはない集いであった。
     私に彼女を託して彼は一度消えてしまった。その時彼は、己の道を進んでいた。今度は友のためではなく、己のためだけに進むのだと。彼なりのけじめだったのだろう。だから私も己の道を進んだ。彼が安心して進めるように彼女を護るのだと。
     後悔、しているのだろうか。自分自身の感情が未だに理解しきれない。こんなことははじめてだった。「探しましょう」と誘われたとき、あっけにとられた私に彼女は潤んだ瞳を輝かせて言った。
    ――――これは晋助様のためじゃない。鬼兵隊のためでもない。……私がしたいこと。武市先輩、アンタはどうっスか。
     彼女は私に問いを出しながらも、自分に言い聞かせるようでもあった。正直驚いた。全ての戦いが集結した後、坂田銀時とその仲間たちの行く末は簡単に調べがついた。帰ってきた中に、彼の姿がなかったことも。もとより、全てが終わっても彼は私たちの下に帰るつもりは一つもなかったように思えるが、それでも、生きて帰ってきたのなら私たちが呼ぶ声には応えてくれると思ったのだ。彼はそういう人だった。己を求める声を捨ておけない。捨てるとしても、ただ考えなしに放り投げることはしない。世は彼がはたらいてきた悪事の数々を見て、きっと血も涙もない非情な男だと考えるだろう。本当にそんな男であれば、彼は世界を相手に喧嘩などしようとは考えなかったはずであるのに。
    「また子さん」
    「なんスか! また弱音吐いたら承知しないっスよ!」
    「いえね。晋助殿を見つけたら、あなたも先日成人したでしょう。……だからね、お酒でも飲みませんか。鬼兵隊、みんなで」
     隣で生きをのむ音が聞こえた。彼女は恐らく悟っていたのだ。私が、心のどこかでその存在を信じ切れていないことに。彼女のためと、この期に及んで他人に理由を見つけて前へ進んでいることに。
    ――――賢い振りしてやる前から諦めて逃げ回ってりゃ、想定外の事なんて起こるワケもねェ。
     そうですね、晋助さん。貴方の言うとおり、こんな世の中は奇蹟の一つくらい信じないとやっていられないかもしれません。そしてね、あの時貴方は知らなかったでしょうけど――いいえ、私も当時は知りませんでしたが――私は案外、奇蹟を奇蹟じゃなくしてしまう力を持っているみたいなんですよ。
     あの日己の身を焼き滅ぼして貴方に生み出そうとした十五分は、仲間の努力が作った十五分となりました。奇蹟に賭けて、諦めていた私に、見えない道の中も進むことが何かを繋ぐのだと教えてくれた仲間がいたんです。そうして私は貴方の背を再び見つけることが出来たんです。今こうして、貴方を探すために歩めるんですよ。
     だからね、晋助さん。私は貴方が見つかることを奇蹟だなんて呼びませんよ。つまらないこの世を面白くするのは奇蹟ではなく、望む結果を得るために尽力する自分自身の力なんです。貴方がいない世界は実につまらない。だから頑張ってみますよ、また子さんと一緒に。腰が曲がって、また子さんに支えて貰えなくては歩けなくなったって、きっと、貴方を見つけ出してみせますからね。
    「……当たり前っス、晋助様を見つけて、私は、私は今度こそ! あの人の笑顔を、私たちといる時に見せてもらうんだから! だから武市先輩! キリキリ歩くんスよ!」
     また子さんの声が山の静けさを開く。
     今日が駄目でも、また明日。この身が朽ち果てたとしても、きっと貴方を追いかける。案山子だってね、欲しいもののためなら頑張れるんです。それを教えてくれたのは貴方なんだから。待っていてくださいね。

    **********

    「あぁまた子さん、今日の夕飯、は…………」
     民家を改良して作られた炊事は全て自分で行うという宿だったから、二人分の夕飯を作っていた。いつも台所には訪れないまた子さんが珍しくやってきたが、その疑問より先にもうすぐ食事が出来ると告げるため開いた口がすぐに動かなくなり、あっという間に視界が曇って見えなくなった。
     ふらふらとよろめきながら近付いて、また子さんと向き合って、年甲斐もなく、涙をボロボロと流した。また子さんも同じようだった。二人分の涙が落ちてきたのを彼女の腕の中にいた彼もまた、泣き声をあげた。
     嗚咽を漏らしながら、私は自慢したくてたまらなかった。彼が悪運と笑った、私の特技を。奇蹟と表した、私の目標を。
     晋助さん、ほらね、言ったでしょう。誰かが欲しいものを得るために頑張ることを、奇蹟なんて言わないんですよ。今度は私が貴方に教えてあげますよ。貴方だってね、友達に黙っていなくならなくたって、自分の好きなことが出来たんですよ。それは我儘じゃないんですよ、だって、貴方のそばにいたかったことだって、私たちの我儘なんですから。だからもう、今度は、追いていったりなんて許しませんよ。
     言いたいことは一つも言葉にならなかった。なんとか絞り出した一言も、すぐに涙に滲んでしまった。
    「……おかえりなさい、みなさん」
     これでやっと、四人、揃いましたね。
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