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    無自覚さめ→しし
    勝手に誘惑される医師M
    期間内に間に合わせるように後半を大分端折ってます。

    誘惑のストロベリーパイ~あるいは医師Mの回想~ たとえば朝歯を磨いている最中だとか。
     たとえば昼食を終え一息ついた瞬間だとか。
     たとえば夜ベッドの上で眠りが訪れるのを待つ間だとか。
     そういう、思考の空白が生まれる僅かな時間。ふと気がつくと村雨の頭を占めるものがある。
     ふう、と村雨はため息を吐いた。

     ──ことの起こりは、数ヶ月前に遡る。

     その日は叶が料理配信をするというので、獅子神宅に村雨を含め友人達が集まった。
     しかし発案者の真経津は早々に飽き、主導の叶も配信で映える程の腕前はなかった。用意された教本がもう少しまともなら初心者とはいえ村雨にもやりようはあったろうが、曖昧で感覚的すぎる表現ばかりではどうにもならなない。『少々』『キツネ色』など個人の感覚に任されすぎだ。もっとはっきりグラム数や時間を記載すべきだろう。あの教本は低評価に違いない。
     このまま無理に進めたところで望む結果は得られまい。そう村雨が判断し、完全に調理へのモチベーションを失った時だ。
    「あっ! イイコト思いついた!」
     そう言うやいなや叶は配信を中断し、エプロンを外し、パーカーすら脱ぎだした。インナーもなく直に着ていたらしい。インドア趣味の成人男性にしては引き締まった体をいきなり晒した叶に、村雨達は一様に眉を顰めた。
    「うわ、何いきなり脱いでんだ?」
    「あなた露出癖があるのか?」
    「料理の代わりにストリップ配信でもするの?」
    「風評被害!」
     可能は次々にかけられる言葉に肩を怒らせて叫ぶと、脱いだパーカーを獅子神へ差し出した。それで村雨も真経津も、叶が何をしたいのかを察した。
    「……なんだよ?」
    「もー、決まってるだろ? 敬一君がコレ着るんだよ」
    「は?」
     村雨に反対する理由はないので傍観を決めたが、当の獅子神は困惑を隠せていない。否、叶が何をさせるつもりか理解し、その上で己の身に降りかかる面倒から目を逸らしているだけだろう。
    「オレのグッズの中でも人気商品なんだぜ。けどまあ、さすがに今日は新品持ってきてないしな」
    「いや、そういうことを聞きたいんじゃ」
    「コレはレアだぞ~。なにせオレが着てたヤツだしな!」
    「オイ叶」
    「あ、だからって転売はダメだからな!」
    「…………はぁ」
     有無を言わせず畳みかける叶に獅子神は折れた。そもそも勝てる見込みもないのだから、無用の応酬である。
     叶のやろうとしたこと、それは替え玉だ。叶のかわりに獅子神に調理をさせる。そして当然、替え玉という体(テイ)であるので、カメラに映っているのは叶だと誤認させる必要がある。その手段として、叶は直前まで着ていたパーカーを獅子神に着せようとしたのだ。
     村雨からすると、いくら服を交換したところで手までは付け替えられないのだし、それほど意味のある行動には思えなかった。いくら映すのが手元だけだとしても──むしろ手元のみだからこそ──すぐ発覚するだろうとさえ考えていた。何も言わなかったのは、それをやるのが叶と獅子神で村雨には関係のないことであったからだ。
     が、替え玉に気がついてか気がつかないでか、件の配信のコメントは大いに盛り上がったそうだ。ならば門外漢の村雨があえて口を挟む理由などどこにもない。
     閑話休題。
     問題は獅子神の着替えがリビング、つまり村雨の目の前で行われたことにあった。
    「さすがに裸でいんのはヤだから敬一君のそれ寄こして」
    「は? バカやめろ脱がそうとすんじゃねえ!」
     役割を終えた村雨は茶を啜りながら騒ぐ獅子神を見ていた。
     獅子神の着るニットを奪おうとする上裸の叶との攻防も。しばらくして獅子神が潔くばさりとニットを脱ぎ、叶のパーカーと交換するところも。それから。
     あっさり上裸を晒した獅子神の肉体は、公言する趣味に嘘偽りがないと証明する仕上がりだった。といっても獅子神が好んで着ている薄手のニット越しに浮き出るラインから十分想像できたものである。
     ただ一点、ある箇所を除いて、だが。
     獅子神はすぐに叶から受け取ったパーカーを着込んでしまったが、それは村雨の目にしっかりと焼き付いてしまった。見たモノが頭から離れず、危うくケーキ用にと持ち込んだイチゴをすべて食べきってしまうところだったほどだ。
     結局残りのイチゴは真経津と叶にそれぞれ一個ずつ均等に分けられることとなったわけだが、村雨としてはそれも気に食わないポイントだ。……決して駄々をこねるほどイチゴが食べたかったわけではない。
     村雨の失態は、目を奪われた瞬間を真経津に目撃されていたことだろう。
    「やっぱ高いイチゴは違うな! オレ生のフルーツ食べたの久しぶりかも」
    「ったく、本当なら一個と言わず中にも挟むはずだったのによお……」
    「提供したのは私だが?」
    「でもホント、キレーな色だね。生クリームとイチゴのコントラストがおいしそう! 村雨さんもそう思うでしょ?」
     そう言って真経津は見せつけるようにイチゴを摘まむと、ニヤニヤ笑いながら頬張って見せた。
     柔らかな白色の土台に載せられた、紅く艶めく二粒の果実。
     真経津の言葉を額面通り受け取るなら、生クリームに覆われたスポンジケーキと、せめてものトッピングとして配置されたイチゴのこと、である。
     が、村雨にとってはそうではない。少なくとも、そのタイミングで村雨が想起したのは直前目撃した光景だった。
     服で隠れて日に焼けることのないクリーム色の肌と、ポツリと粒立つ薄紅の突起。
     つまり、そういうことだ。
     ほんの一瞬見ただけの獅子神の上裸、正確にはその両胸の頂。

     村雨の脳内には、獅子神の乳首がしっかりくっきりと焼き付いてしまっていた。

    「はーぁ……」
     村雨は短時間で二度目のため息を吐いて額を抑えた。点けっぱなしのテレビから流れる騒々しいトークは思考を妨げるほどの内容もなく、村雨の消極的な抵抗は無意味でしかなかった。
     目を瞑れば、今も目蓋の裏に鮮明に描くことができる。
     ケーキ作りの後、村雨はしばらくの間それを忘れることができなかった。己の優れた記憶力が恨めしいとさえ思ったほど。
     けれど大抵、時間が経てばその分積み上げられる新しい記憶によって、古い記憶は隅に追いやられ薄れていくものだ。例に漏れず、村雨をもってしても特徴的でもなければ特に傷を負っているわけでもない、一身体部位の記憶は徐々に薄れていき、遠からず忘れてしまうに違いなかった。
     しかして現実とは、時に人を弄ぶものだ。
     村雨がそうして己の不可解な執着を忘れかけるたび、なぜか村雨は獅子神の両の乳首を直接的間接的に目撃してしまった。
     時にそれは、夏祭りで乱れた浴衣の合わせから覗く乳輪であった。
     時にそれは、激しいトレーニング後に張り付いたウェアを押し上げる突起であった。
     時にそれは、臨終ごっこで患者衣に着替える際露わになった粒立つ乳首であった。
     そして村雨の診断が誤っているのでなければ、それは徐々に紅く、大きくなっているように見えた。
     村雨は時計を見た。刻々と時間が迫っている。時間とは何か?
     ──獅子神が村雨の元へやってくる時間だ。
     呼び出しのは村雨である。名目上は治療後の経過観察。しかしそれだけのつもりはない。村雨は己の診たモノを確かめようとしていた。
     単に村雨が記憶を誇張しているだけで、獅子神の乳首は最初からああだったかもしれない。本人に自覚がないだけで何かしらの病気である可能性もある。ちゃんと調べて、確かめなければならない。
     なぜなら、村雨の脳内にフラッシュバックする獅子神の乳首は、やたらと紅く、ピンと勃起して、まるで性器のようにいやらしかった。
     はたしてこれが村雨の勘違いであれば問題は───それはそれで別問題だが──ない。
     しかしもし、勘違いでない場合は?
     あれは人の手による行為の結果ではないか。
     獅子神が、村雨の前でだけやたら無防備に服をはだけているように感じるのは気のせいか。
     擦過傷の対処方を訊ねながら「服で擦れちまって」と乳首を見せてきたのは、村雨に対する誘惑と感じるのは自意識過剰か。
     ごくり、と想像に知らず喉が鳴る。
     どちらにせよ、答えはすぐに出る。その瞬間、自分がどういう行動に出るのか村雨は予想がつかない。ピ、ピ、と時を刻む数字を見つめながら、村雨はその時を待っている。
     ビーッ、と来訪を告げるインターホンがけたたましく鳴った。
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    Replies from the creator

    knm

    PROGRESS6/30開催さめししオンリー【醒めし視界に愛は降る】にて発行予定の新刊サンプルです。
    絶賛原稿中。
    村雨視点の5章構成に加えて、原稿が間に合えば獅子神視点の後日談全6章予定。

    局部・自慰描写があるのでR-18。
    村雨視点は挿入なし、獅子神視点で本番が書けたらいいなあ。
    【サンプル】下心は必然を呼ぶ1/発端、あるいは天啓

    「呪ってやる!」

     村雨礼二はオカルトを信じない。
     幽霊や超能力はもちろん、『呪い』などという非科学的事象を信じては医者なんぞやっていられない。物事には必ず原因がある。無から生まれるものなどありはしないのだ。
     そんな村雨に対し、馬鹿馬鹿しくも呪ってやるなどと喚いた男は地面に這い蹲っている。そのままスーツの男達に取り押さえられ、引きずられ、待機していた車に雑に詰め込まれる。
     村雨は早々に興味をなくし背を向けていたため直接目にはしていないが、男のくぐもった悲鳴とバタンとドアが閉まる音は聞こえていたので十割合っているだろう。
     男は村雨がオークションで買った人間だった。複数の婦女に対するつきまとい行為と暴行未遂、出所後にギャンブルに手を出すが運も実力もなくあっけなく倉庫行きとなった、ありがちな過去を持つ男である。
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