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    kurageneneko

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    5月29日インテで頒布した無配です。7月の新刊の冒頭サンプルになります。

    #杉尾
    sugio

    それでも僕らは愛を解きたい(無配)「さっぶっ。」
    ゴゥっとブンっの間みたいな音を立てて吹き抜ける春の嵐が、満開の桜を惜しげもなく散らしていた。
    この分だと一週間後は葉桜決定だ。引っ越しを手伝ってくれた寅次を駅まで送った帰り、まだ入学前の大学の構内で一人小さく溜息を吐いた。
    春休み中の夕方に学生の姿はほとんどない。昼前あたりから強くなった南風の所為で、既に満開を迎えていた早咲きの桜はもう半分くらい地面に落ちている。
    ――「地元の人も花見に来るくらい見事な桜並木があったんだけどな。父さんは毎年それとは違うところで桜を見てたんだ。」――いつかの春。もしかしたら家族で花見に出掛けたときだったのかもしれない。たぶんほろ酔いだった父は何故かそう得意気に言っていた。
    「…それってまだあんのか?」
    踏まれて茶色くひび割れた花弁が少し悲しい。佐一はなるべく薄ピンクの絨毯を踏まないようにゆっくりと目的地を目指した。

    「家から通えるとこにすりゃよかったのに。」――荷解きを手伝ってくれながら、小二の冬から一緒に暮らしていた同い年の従兄弟は不貞腐れた声でそう溢した。
    「今更なんだよ。志望校教えたときに言えよ。」――一拍置いてそう返したら、まさか本当に受かるとは思わなかったのだと寅次は振り返らずに小さく答えた。
    「うるせぇわ…。」
    実際のところ自分でもそう思っていた。合格発表のページにアクセスするまで三十分近くは大学のホーム画像を睨みつけてたし、一応『合格』を確認した後も寅次の家族に伝えるまでに最低十回は再確認を繰り返した。
    「オレは『不死身の杉元』なんだよ。」
    高二の一学期、この大学を第一志望…と言うより、この大学しか受けるつもりはないと言ったときの担任の顔は今でも忘れられない。冗談だろうと笑ったあとに「本気か。」と額に縦線が見えそうなくらいの悲壮感を浮かべていた。
    失礼過ぎんだろと内心腹を立てていたけど、そのあとすぐに受けた全国模試で『E』の称号と、志望者数と同じ順位を受け取ったとき、自分でも死んだと思った。
    「父さん…頭良かったんだな。マジで。」
    『E』判定の模試のすぐあと、小学生のときからずっと続けていた柔道をあっさりと辞めて、当に死ぬ気で人生初の猛勉強を始めた。
    「父さんも子どもの頃は算数が一番得意だった。佐一は父さんよりも得意になるかもしれないな。」――小二の夏休み。家族旅行へ向かう車の中で算数の成績を父はそうやって褒めてくれた。土日も関係なくいつも忙しく仕事をしていたはずなのに、時間が空けば疲れた顔一つ見せずに遊んでくれた大好きな父さん。そのあまりに嬉しそうな顔に、つい調子に乗って、このとき「じゃあ俺も父さんと同じ一級建築士になる!絶対なる!」なんてうっかり軽はずみな『絶対』を誓ってしまった。
    「おっ。それじゃあ佐一はきっと父さんの最強のライバルになるなぁ。父さんも佐一に負けないように頑張らないとな。」
    「へへ…。」
    幼い息子の思いつきの人生設計を今思えばちょっと大袈裟なくらいに父は喜んだ。
    「お前と一緒にあの桜の下で花見なんかできたら最高だろうな。」
    父は優しく目を細めていた。佐一はもう一度「へへ」と笑って、少しだけ下を向く。本当は算数より社会と体育の方が得意だったし、父の仕事がどんなものなのかなんて詳しくは全然知らない。スポーツ選手、電車の運転士…本当は他にもまだ決め切れない将来の夢がたくさんあったのだけど、そのときの佐一は自分のことが誇らしくて、そしてちょっと照れ臭くて、そんなことは忘れていた。
    「あ~あ、滅多なことは口に出すもんじゃねぇよなぁ。」
    昔、遭った事故で派手に残った顔の疵を無意識に小さく掻く。佐一は子どもの頃によく考えもせずに言った将来の夢を父に訂正できないまま、結局父の母校であるこの大学に何とか合格した。
    「あぁ。」
    大学の一番奥にある校舎・理工学部棟。煉瓦造りで何処となく威圧感のある四階建て校舎。その手前で数メートル手前で杉元は足を止めた。
    「え~と。」
    薄暗くなった空間にじっと目を凝らす。校舎と校舎の間に確かにそれはまだ存在した。
    「…え?あれ?」
    佐一が目指したそこにあったのはさっきまでの並木道を外れて、ただ佇むみたいな一本の桜。荘厳とか壮麗とかそんな仰々しいものではなく、その桜の木は本当に取り残されたみたいにぽつんとそこに立っていた。
    「わぁ…。」
    高い校舎に囲まれたその桜の周りにはビル風の吹き上げが起きているのか、他の桜より白いその花弁は下から上へ舞い上がって、宛ら吹雪の中みたいに見えた。
    ――何かスゲぇ…。綺麗。
    吸い寄せられるみたいに桜吹雪まであと数歩のところまで近づいた足が唐突に止まる。花びらの吹雪の中にぼっちの広葉樹以外の何かが見えた気がしたからだ。
    「あ?ん?人?」
    それは確かに人間だった。舞い上がる花びらの向こうに桜の木を背に足を投げ出して座っている人間の影が微かに見えた。
    ――在校生?先輩?
    桜吹雪に同化しそうな白いコートを着ているその人影は頭からすっぽりとフードを被っていて全く顔が見えない。杉元はもう一、二歩だけ近づいて、花びらの隙間に目を凝らした。
    「…。」
    気配に気が付いたのか、人影が座ったままで杉元の方を振り返った。それと同じ速度で煽られたフードが風を孕んでふわりと落ちて、中から同じ年頃の男の顔が見えた。
    「白っ!」
    単純明快な感想が口に出て、佐一ははっと慌てて口元を隠した。不意に露わになったその顔は吹きすさぶ花びらよりもまだ白くて、佐一は金縛りにでもあったみたいにその顔から目を離せずにいた。
    「…。」
    顔と同じ色をした長い指が少し乱れた前髪を慣れた感じに撫でつける。一瞬だけ見開いた目は大きな黒目が目立って、ちょっと息を飲むくらいに印象的だった。
    「あぁ…。」
    じんわりと立ち上がった男は印象的な目元を歪に細くして、何かを納得したみたいにゆっくり頷いた。
    「…。」
    ぼんやりと踏み込んだ杉元の前髪を風が揺らす。佐一の顔をじっ見つめながら、男の唇が小さく動いた。
    「えっ?何?聞こえ…ぐわっ!」
    唐突に湧いた乾いた機械音に、風に攫われた男の言葉を聞き返そうとほんの少し前傾した体が仰け反る。
    「な、何?」
    それと同時に視界に飛び込んだ強い光に、佐一は咄嗟に手の甲で影を作った。
    ――何?レンズ?カメラ?
    無理矢理薄っすら開いた視界に、丸く光るレンズが見えた。
    「あ?何だぁ?」
    目を閉じる前より確かに近い距離で男は佐一に向ってカメラを構えていた。不安より苛立ちが先立つ性分だ。全く理解の追い付かない出来事に杉元は本能的にぐぅと拳を握り締めた。
    「…何だよ?てめぇは…。」
    「…くくく。」
    あからさまに眉根を寄せる佐一を喉の奥で笑いながら、男はカメラを下ろした。
    「あぁ?だから何だって訊いてんだろ?」
    佐一の鼻の付け根に濃い皺が寄る。男はやっぱりまた喉で笑って、自分の頭を撫でるみたいに前髪を撫でつけた。
    「くくく…おっかねぇ奴だなぁ…。」
    「…何だよ?」
    初めてはっきりと聞こえた低く少し掠れた声がより一層気に障る。かなりの高確率で先輩かも知れない配慮なんかすっかり忘れて威嚇する佐一に、男はちょっと見ないくらいのパーソナルスペースまで躊躇なく詰め寄って立ち止まった。
    「ほぉ…。」
    謎の感嘆を漏らして、何度か首を傾げて佐一の顔を見上げる。…近い。でも目を逸らしたら負けのような気がして、眉間に力を込めたまま杉元も男の顔をじっと見下ろしていた。
    「…。」
    数秒間の意味不明の沈黙。根拠のない対抗心で目を逸らせないでいる佐一をせせら笑うみたいに男はニィと右側の口角だけを器用に釣り上げた。
    ――何?何で笑うの?怖っ。
    独特の笑い方で歪に攣った白い頬には、左右対称な縫合痕のような傷があって、それらの調和が醸し出す何とも言えないホラー感に、杉元の喉がぐぅっと鳴った。
    「ん?」
    ――え?何?ふにっ?
    謎の感触を何処かに感じた。その瞬間だったのか、それともその前後にでも油断した瞬間があったのかはわからない。とにかくあり得ない距離で真っ黒い眸とガッツリ視線が合った。
    「ん?」
    ごく近い距離、当に息のかかりそうな距離に男の眸がある。いや「かかりそう」ではなくすでに鼻息は「かかって」いた。杉元がそのことをやっと知覚したのは、唇の隙間から相手の舌先が侵入しようとしたときだった。
    「うわぁぁぁ!いやぁ!」
    咄嗟に胸を押して突き放す。ちょっと負けた記憶のない馬鹿力でバランスを崩した相手はいい勢いで地面に尻を打ち付けた。
    「…痛ぇなぁ…。」
    「何?何なの?お前?」
    ただ狼狽して目を瞬かせる佐一に不満の言葉を零しながらも、男は悪戯っ子のように嬉しそうに目を細めていた。
    「…ホントに何?お前。」
    袖口で乱暴に自分の口元を拭いながら、ほんの少しだけ落ち着いた佐一の問い掛けに男はただ愉快そうに「ははあ!」と笑いながら立ち上がった。
    「今のは傷ついたぜぇ…杉元佐一ぃ。」
    「え?何で…」
    名前を知ってるのか――そう杉元が続けるより早く、男は佐一の手の中に何かを強引に押し付けた。
    「ちょっ…。」
    男の目元が三日月みたいな弧を描く。チロりと出した赤い舌が唇の上を一周する。質問には一ミリも答えないまま、佐一の指を勝手に重ねて、手に押し付けた何かを握らせた。
    「やる。」
    「は?」
    短い言葉と同時にくるりと男が背を向ける。
    「…。」
    呆然と見送る佐一の視界から桜吹雪を浴びるように突っ切った男の姿が暗がりに消えて行った。
    「…。」
    訳がわからない。夢?頬でも一発殴ってみたら目が覚めるんじゃないかと右手を見た。
    「…ビール…?」
    佐一の右手の中では中身が半分くらいになったビール缶が人工的な金色の光を放っていた。
    「誰?」
    殴る代わりに三五〇ミリリットルの缶を右頬に当てる。まだほんのりと冷たい。風が髪の中を抜ける。
    「…何なの…?怖いんですけど…。」
    桜吹雪は相変わらず小さな渦を巻くように舞い上がっている。
    「…あ?」
    ぼんやりと見渡した視界の中にさっきは気づかなかった白い看板を見つけた。丁度、男が座っていた辺りにあるそれに苦々しく舌打ちしてから、佐一はまたぎゅっと鼻梁に皺を寄せた。
    白い看板の書かれたゴシック体――『芝生内立入禁止』。
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    hisoku

    DOODLE作る料理がだいたい煮物系の尾形の話です。まだまだ序盤です。
    筑前煮 夜の台所はひんやりとする。ひんやりどころではないか。すうっと裸足の足の裏から初冬の寒さが身体の中に入り込んできて、ぬくもりと入れ換わるように足下から冷えていくのが解る。寒い。そう思った瞬間ぶわりと背中から腿に向かって鳥肌も立った。首も竦める。床のぎしぎしと小さく軋む音も心なしか寒そうに響く。
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