興味の問題五条悟という男は周りの意見を気にしない。誰かの言葉で行動を変えたり、愛想を向けたりというのは不必要だと思っている。そんな非効率的な事をするより、彼にはやるべき事があった。
任務が午前中で終わったある晴れた日。五条悟は一人の友人を待つ。それは彼にとって唯一にして初めて出来た親友と呼べる相手。本来であればそんなに親しい間柄の友人を待つ間は少なからず前向きな感情であるはず。しかし、当の本人は大層不機嫌そうに眉間の皺を深めていた。何故かと言うと本日、既に六人目を突破したのだ。
「あの〜、お一人ですか?」
「良かったら、私達とお茶しましょう」
所謂、ナンパというやつだ。
「だーから、行かねぇって」
しっしっ、と追い払うように手で牽制するが、全く効果がない。最初の女は昼休憩の合間にでも来たようなOLで、昼食に誘われたが相手の顔も見ずに一言「嫌」と答えれば去っていった。次は同い年の女子高生三人組で逃げ道を塞ぐように囲われ、デートに行こうと言われたので「無理」と断ったが諦めない。いい加減鬱陶しいと、無視を始めたらいつの間にか居なくなっていた。
「絶対楽しいですよ~!」
「お兄さんの好きなところでいいから」
三度目が今である。香水のキツい大学生くらいの二人にお茶に誘われたが、当然の如くお断りを入れる。だが、これがまた執拗いのだ。かなり。
「だーから、行かねぇって。邪魔だからどっか行ってくんない」
「冷たいこと言わないで、ね、奢るから」
「んな金に困ってねぇ」
「ならいいじゃん、行こう!」
何が良いのか理解に欠ける。そろそろ五条の丁寧な対応とやらも限界だった。これ程までに断ったのに誘ってくる神経の図太さに呆れを通り越して感心してしまう。無視してどこかへ行ってしまってもいいのだが、何故こいつらの為に自分が移動をするのかと負けたような気持ちになるので止めた。
そうこうしている内に優しさも限界を迎えはじめ、舌打ちをしてとどめの一言でも言ってやろうと思ったその瞬間。
「すみません、私達この後予定があるので。失礼しますね」
そう言ってにこり、と爽やかに笑う前髪の特徴的な男が一人、突然五条の目の前を遮った。そのまま腕を引かれその場を後にしたのだが、結果として狩りの対象が二人に増えたと更に目の色を変えた大学生を無視する形となる。
「……おっせぇ。」
素直にその後ろ姿を付いていく五条はそう文句を言うと、目の前の待ち人はごめん、と小さく笑った。名を夏油傑。相変わらずのチャームポイントである前髪は走ったのか少し乱れている。
「悟、待たせたお詫び」
そう言って差し出されたのは某有名チェーン店のストロベリーフラペチーノ。ホイップが増量されたそれを見た五条は一瞬表情を輝かせるものの、直ぐ不満げを形作ってから受け取る。
「つーか、何。そんな任務長引いたわけ?」
「いや、それ買ってたら遅くなった」
「は?なんで」
続けて買う前に自分の所に来いと言いかけたが何か違う気がしたので喉元で留める。
「新作の看板が出てたからさ、悟飲みたいかなって」
「……サンキュ。」
五条は夏油が自分の存在を隣に居ない間も置いておいてくれたのだと分かると無性に嬉しくなる。ずずっ、と吸い上げた手元の甘さに目眩がしてしまいそうだった。
「それにしても悟、女性にああいう態度は失礼だよ」
「はぁ?行きたくもねぇもんにしつこく誘われて迷惑してたんだよこっちは」
ェー、と得意の下品な表情を浮かべた五条を揶揄うように夏油は言葉を続ける。
「だからって、そんなんじゃ女性からはモテないよ」
そう言って、何事も無いように笑った夏油の隣を歩いていた足はぴたりと止まった。
「……悟?」
そんな親友の様子に気が付いてくるりと振り返った夏油をサングラス越しに青空みたいな瞳が捕える。
「お前にも?」
一つ、落ちたと思われた言葉は真っ直ぐに届く。
「……え」
「なんでもねぇ!これ捨ててくる!」
問われた意味を正確に理解できなかった夏油は聞き直そうとした。だが、その瞬間にずずずっ、と勢いよく残りのフラペチーノを吸い上げた五条が背を向けて走り出したのでただ見送るしか出来ず取り残される。
五条悟という男は周りを気にしない。誰に何を言われようと、誘われようと望んでなければそれまでだ。
それは、呪術高専に入学した今も変わらない、はずだった。
裏路地にたまたま設置されていたゴミ箱に、空っぽになったカップを投げ捨てた五条はぐしゃりと髪を乱暴に掴む。
「くそ、どんな顔して戻ればいいんだ……」
意味を理解した夏油が五条の迷いなど無に返す勢いと速さで追いかけて来るまであと少し。