三等分って、なかなか出来ない「ん、悟は何味がいい?」
唐突に問いかけられた言葉に、男の理解力はぴたりと止まる。ここは東京某所にある呪いを学ぶ場、呪術高専。そこの校舎棟、一学年の教室に居る三人は同級生であった。悟、そう呼ばれた教室内の廊下側に座る男子生徒は五条悟。由緒正しき名家出身のお坊ちゃまだが、長くなる為割愛とさせて頂く。
「傑、急にどうした」
傑、そう五条に呼ばれた彼は教室内真ん中、五条から見て左隣に座っている夏油傑の事。独創的な前髪がチャームポイントだが、それも今は割愛とする。
「どうもこうも、それチョコレートだろ」
夏油の手元を除き込むように見詰めて発した声は、今までの物とは違った柔らかさが含まれる。何故なら、その声は教室内に唯一存在する女子生徒の物だからだ。名を家入硝子、堂々と制服のポケットに仕舞われた煙草の銘柄は見せて貰えないので割愛となる。彼女の席は夏油の左隣となる窓際だ。
「チョコレート?それに何味なんて種類あんの?」
出会ってから約半年、五条、夏油、家入はたった三人だけの同級生である。時刻は午後十二時、本日は任務も無い為、三人揃っての座学だった。昼食も終わり、デザートタイムとなっていた最中、五条と夏油の話が上手く噛み合わない。
「悟はあんまりチョコレート食べないっけ。ほらこれ、三種類あるんだよ。」
ザラーッ、と夏油が自らの机上へ袋の中身をひっくり返す。そこに並ぶのは何の変哲もない一口サイズのチョコレート。しかし、外装にはビター、ミルク、ハイミルクの三種類がそれぞれ違う文字色で綴られている。
「へぇ!味ちげーの?」
五条は幼い頃からあまり庶民的な娯楽には触れてこなかった。そのせいか、夏油と家入が持ってくる食べ物やゲーム、遊びは新鮮なものばかり。今のチョコレートもそうだった。糖分摂取というのは、頭を回転させる為に、自身の強さを維持する為に必要なものだ。だからこそ、五条にとって味の変化など考えた事もなかった。
「私はビターかな」
「んじゃミルク貰うよ」
夏油と家入は五条へ考える暇も与えずに取っていく。その様子を五条はぽかん、と口を開けたまま見ている事しか出来ずに居ると夏油はもう一つ手に取ったチョコレートの包みを剥がし、目の前にいる友人の口の中へと放り込む。
「っ、!?……甘い」
「そりゃあね、ハイミルクだし」
五条は口の中にあるチョコレートをゆっくりと溶かしながらそのとろけるような甘さに驚いた。家入の冷静な指摘に納得していると夏油が無造作に並べられていたチョコレートを種類別にしていく。
「悟はハイミルクでもいい?」
「いーけど」
「私はビター、硝子はミルク」
綺麗に三等分されたそれは、五条にとって初めての分け合いだった。
「これで三人分、完成」
「すげぇ」
「ふは、感動するところ?」
家入には五条が零した言葉の真意がよく分からなかった。ただ単に分け合う事になったチョコレート、それだけなのだが。
「だってさ、この先、これを買えばお前らが一緒に食ってくれるってことじゃん」
真っ直ぐな言葉ほど、人に届く物はない。現に、面食らった家入と、五条の言葉に心底嬉しそうに笑う夏油。
「教育はちゃんとしとけ、夏油」
「やだな、硝子。今回は悟の勝ちだよ」
「勝ち負けあんの、コレ」
全く夏油と家入の真意を掴めていない五条はそう問い掛けながらもう一つ、ハイミルクのチョコレートを手に取る。夏油には甘過ぎる、家入にも少し甘い、それを満足そうな顔で食すのだ。
「夏油」
「なに」
隣の男を呼んだ家入はぺりぺりと包みを剥がし、ミルクのチョコレートを口内に放り込む。
「このチョコ、甘過ぎるから次は煙草も一緒買ってきて」
その言葉に、夏油はぶはっ、と噴き出すように笑うのだった。
結局の所、三人共甘過ぎるそれを飲み込むのに慣れていない。ただ、それだけのこと。