人様の誕生日を祝うという発想がまず五条悟には無かった。生まれた時から祝われる側であり、家に関係のある人物としかまともに関わりがない。友人等は居る訳がなかったのだ。そんな中、呪術高専に入学し、初めて祝いたい、という感情と対面する事になる。だが、思った時は既に遅し。
「硝子!どうすりゃいい!?」
「……」
携帯へ連絡が来たと思ったら数分後のお部屋訪問に家入は思いっきり顔を顰めた。それもそのはずで、投げかけられた言葉からしてあまり良いものではない事はすぐ分かる。確か五条は、昨日から泊まりの任務で、今日の夕方に帰ってくると彼女は記憶していた。現時刻は午後の二時半頃。予定より早く終わったその足で女子側の寮へ直行して来た事は明白。
「主語を言え」
「傑の誕生日!!昨日だったって!」
「知ってる」
そう、昨日二月三日は五条にとっての親友、夏油傑の誕生日。家入が当たり前の様に言ってみせると、五条の表情がまた変わる。その驚きに大きめの双眼を丸める様子を見て、わざと家入は得意気に口元を緩めてみせた。
「なんで教えてくれなかったんだよ!」
「聞かれなかったし。私も知ったのは昨日で、五条はもう任務だったよ」
「くそ」
非の打ち所が無い返答に五条の焦燥感はより増してしまう。十二月、自分の時は祝ってもらったのに、もっと早く聞いておけば良かったと今更しても遅い後悔をする。しかも、夏油の誕生日だと聞いたのは五条が数回しか話した事のない同行している補助監督からだった。
「……硝子は、誰から聞いたんだよ」
「夏油本人。昨日、寮に戻る前に会った」
「あーー!俺だけじゃん!知らねぇの」
ぐしゃ、と髪の毛を掻き乱した五条は小さな子供の様でこれ以上苛めるのは流石に可哀想かと家入は溜息を零す。そもそも、夏油の誕生日が二月三日だと教える気になればメールでも電話でも出来たのだ。それをしなかったのは、彼女自身の選択であり、こうなる事もある程度予測していた。
基本的に家入は、夏油と五条の面倒事には関与しない。喧嘩が始まると素早くその場から巻き込まれないよう離れ、最近ではお互い無自覚ながらも想い合う惚気の様なものを聞かされる始末。しかし、そんな大事な人の誕生日を自ら聞かなかった五条が悪い、と特に連絡はしなかったのだ。
「祝えばいいじゃん」
「は?」
「過ぎたからって祝ったらいけないなんてルール無いだろ。折角なんだから、一日二日誤差だよ」
世話を焼く気など無いのだが、毎回溜息混じりに口から出てしまうヒントには困ったものだと家入は思う。これも全て報酬に煙草が貰えるから、という事にして欲しい。
「後から祝ってもいいんだ。なら、硝子も来いよ。三人で祝おうぜ」
「……私は、五条が祝った後にする。それに、おめでとうなら昨日言ったし」
先を越された上に当日にその言葉を贈れた家入に対して五条には確かな対抗心が芽生え眉間の皺が深まる。それを対抗心と言うより嫉妬心の方が適しているというのは本人だけが気付かないまま。
「傑、今日任務だったよな。夕方には終わるって言ってたし、部屋で待つことにする」
そう言うと来た道を戻ろうとする五条の姿を見送る寸前で家入は口を開いた。
「あ、ちょっと待った」
「ん?」
家入は五条をそのまま廊下へ立たせると部屋の中に戻っていってしまう。放置されてしまい、このまま戻ってもいいのかと思った所で再び扉が開く。
「これ持っていって」
「……クラッカー?」
手渡されたのは何の変哲もないクラッカーだった。流石にこれがプレゼントでは夏油が可哀想だと切なげな視線を送った五条に家入が緩く笑う。
「違うよ、これ五条の誕生日祝った時の残り。どうせなら使ったらいいよ」
「余りもんじゃん……まぁ、貰っとく。ありがとう、硝子」
「どういたしまして」
祝える物を何も持っていない五条からしたら、自らの時の残りでも無いよりはマシだと思った。そうして女子寮から男子寮へと続く廊下を足早に歩き、自分達の並湯なうんだ部屋を目指す。既に夏油が任務を終えて戻ってきていたらと急いでしまったが、扉を何度かノックしても中から返事はない。間に合った、と五条は思いながらドアノブを回すと慣れた様子で中に入る。
「……」
ごちゃ、とベッドの上に脱ぎ捨てられた服に時間に間に合わず慌てた夏油を想像しながら五条は緩んだ表情を浮かべる。 そうしてゆっくりとベッドに腰掛け、その静けさに少しだけ緊張が強くなった。友人を祝った経験等無い。流石の五条悟も経験が無い事はどうにもならない、が今まではそれでも何とかしてきた。今回だって、きっと。
「傑ーー!誕生日おめでとう!」
「うわぁ!!」
再び開いた扉から見慣れた呪力の色が濃くなる瞬間に響く破裂音と、五条の声。そして、紙吹雪が自分に向かって飛んでくる事に驚いた夏油の叫び。
「さ、悟……?」
「ん、誕生日おめでとう、傑」
「あ、ああ……ありがとう」
二人して部屋の出入口で棒立ちになったまま祝う様子はあまりにも不思議な光景だ。
「一日遅れたから、やっぱ嬉しくねぇ?」
五条は自らが想像していた以上に夏油の反応が遅いので